第87話 再会
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『あのね、お兄ちゃん……わたし……』
学校に向かう前、神木宅、織斗の部屋で結奈が言った。
全員による作戦会議を終えて、それぞれ準備に取り掛かろうと解散したあと。
結奈だけが織斗の部屋を出ず、ベッドに腰掛ける織斗の袖をきゅっと掴んだ。
「私……ヤスくんと、話した事あるの……」
しどろもどろに話す結奈。
顔色がひどく悪く、織斗は不審に思いながら結奈を見上げる。
「それは、前に聞いたけど」
「文通……とかしててね、手紙のやりとり」
「あぁ、うん。仲良かったんだよな?」
「日記……を見てね、ヤスくんの……それで思い出したの。わたし……たぶん、最低なことした」
カタカタと、結奈の唇が震えた。
只事じゃないと織斗が立ちあがろうとしたとき、結奈がぽそりと呟いた。
「ゆびわ……」
「指輪?」
「ヤスくんが右手につけてた……術印描いてたあの指輪、たぶん私が、送ったものだと思う」
「…………は?」
「術の、媒体になる道具って、ナンバーズの子たちのそれは、その人にとって思い入れのあるものって、姫未ちゃん言ってて……どうしようお兄ちゃん……私、最低なことしてた」
俯く結奈の瞳に涙がたまったが、唇を噛み、それが溢れないように堪えた。
「だから、封印する以外に方法がないなら私が……私の大事な人は私が、私がヤスくんを封印する」
下唇からは血が滲み出ていた。
血の味を舌に感じながら、結奈が言った。
*
なに言ってるかわかんねー、聞こえねーよ。
と、泰鷹の声がした。
それは目の前にいた織斗だけでなく、離れていた結奈の耳にも届いた。
キラキラと舞う光の残像、泰鷹を吸い込んだ封印の光は消えた。
当然、泰鷹の姿も魂も今現在、この世界にはない。
「……私の声、聞こえなかったのかな」
床に座り込んだ結奈が、小さく言った。
ジョーカーを手に持ったまま、織斗は結奈を直視できず、顔を逸らした。
「ごめん、結奈」
「……どうしてお兄ちゃんが謝るの?」
「俺が、封印したから」
「状況が状況だった、仕方ないんでしょ? ……ごめんなさいは私だから……」
「違う! 結奈は……」
振り返った織斗が言葉を止めた。
不審に思った結奈が顔を上げると、廊下の向こうに二年生のエンブレムを付けた女子高生がいた。
「えーっと……これ、どういう状況?」
織斗の術は、封印術が終わると同時に解けていた。織斗自身、結奈に気を取られていて気がついていなかったが。
絵莉は織斗と結奈を交互に見て、首を傾げる。
「もう大丈夫なの? ……ていうか、さっきの人は?」
「……なにこの人」
ポケットの中から飴袋を取り出す結奈だが、織斗が慌ててそれを制した。
「待て、結奈。こいつは敵じゃない! えーと、えーっと」
混乱した織斗が、絵莉の腕を掴んだ。
織斗と結奈の間に立たせ、お辞儀をするように絵莉の頭を押さえる。
「こちら一般人の小原絵莉さん。俺のクラスメイトで咲の友達」
「なに言ってんの、神木。ていうか手やめて、離して」
「で、こっちが市原結奈、神木一族のナンバーズです」
「神木一族? ナンバーズ?」
「いや、違う。違うんだ、小原。勘違いするな」
「は? なに? なに言ってんの、ホント。ていうかこの子、神木の従妹よね? 知ってるわよ」
「知ってんの? なんで?」
「だって中学一緒だし、緋末くんと仲良いって中学の時に目つけられてたじゃん。まぁ、実際に好きオーラがすごかったけど」
淡々と語っていた絵莉だが、結奈が気まずそうに顔を下げたことで言葉を止めた。
取り繕うように、結奈に歩み寄る。
「ご、ごめんね。嫌なこと思い出させちゃった。私は全然、緋末くんのこと何とも思ってないから」
「彼氏いるもんな、お前。あれ、でも出会ったのって高校入ってからだよな?」
「うるさい、神木。空気読んで」
「私、そんなにわかりやすかったですか?」
「ん?」
「広く……緋末先輩のことが好きって、目に見えてわかりました?」
「えー、うーん……まぁ」
困ったような顔を背ける絵莉だが、やがて観念したようにため息を吐いた。
「バレバレではあったし……あとあなた、周りの子に言ってたわよね?」
「え?」
「好きな人は緋末広くんって、色んな人に言ってたって聞いたことあるけど……だから目をつけられた、普通に話してるだけじゃ何も言われなかったって」
「私、中学の時は……小学校……小学校の知り合った頃……でも……」
途端、結奈の顔から血の気が引く。
ごめんね、と結奈を慰める絵莉と、どう声をかけていいかわからず黙り込む織斗。
と、その時、階段の方で聞こえた微かな足音に織斗はトランプケースに手をかけて意識をそちらに向けた。
しかし途中で、その人物が誰かを察知して、安堵のため息を漏らす。
「無事でよかった、咲」
「織斗くんこそ……絵莉ちゃん?」
「咲?」
階段を駆け降りて織斗たちの元へ来た咲が、絵莉の存在に気がついて歩み寄る。
その時になって、織斗は階段が元通りになっていることに気がついた。
いや、結奈が来た時点で術は解けていた……それ以前に泰鷹が現れた小原絵莉と遭遇した段階で、何かが変わっていたのかもしれない。




