第86話 再来
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一階フロアにある教室を一つ一つ、織斗は覗いて確認して行った。
「……誰もいない?」
人の気配がしないどころか、物音一つしない。何が起きているかわからない、この校舎も、上階も。
織斗がいるのは、特別棟と呼ばれる音楽室や図書室、調理実習室などの施設が集まる建物だ。
外に繋がる出口まで消されていた。
「閉じ込められてるよな……姫未、ひめみっ!」
声を張り上げてみるがやはり、手のひらサイズの和装少女は現れない。
以前、『私は神出鬼没だし、いずれいなくなる』と自分で言っていた。
「だけど、こんな急に……」
突然、人の気配を感じた織斗が廊下の先を見つめた。違和感があるのは、廊下の最先にある部屋、歴史資料室。
足音を立てないようにゆっくり近寄ると、ガタッと物音と共に資料室の扉が開いた。
「あれ? 神木?」
「……小原?」
資料室の中から出て来たのは織斗のクラスメイトで咲の友人でもある、小原絵莉だった。
制服姿のまま、キョトンと首を傾げている。
「なに……なにしてんの、お前……」
「神木こそ……え、神木、大丈夫なの?」
「大丈夫ってなにが?」
「お腹壊したんでしょ? 緋末くんと一緒に」
「…………は?」
「みんなでご飯食べた時にお腹壊して、あんたたち二人は今日も休むって咲が……そういえば、咲は大丈夫?」
「咲? あ、あぁ……いや、それより……もしかして小原、緋末の人間だったりする?」
「なに言ってんの?」
「あ、違うよな。顔が全然」
「それ、私のことバカにしてるわよね? 緋末くんは確かに綺麗な顔してるけど」
「えっと、じゃあ俺の親戚?」
「聞いたことないけど。ていうか何なの?」
絵莉は訝しそうに織斗を見つめる。
目線を合わせていた織斗だが、ふと顔を上げて周囲を見渡した。
「小原、いつからここにいた?」
「私? 資料室で本読んでたらうっかり本棚の隙間で寝ちゃって、気がついたらこの時間」
「うっかりのレベルがこえーよ。じゃあ、マジで本当に関係ない……人払いが、できてない」
「人払い?」
「ルールが……いや、世界が狂ってる」
呟いた次の瞬間、織斗がトランプケースからカードを取り出した。
「解印!」
宙に浮いたダイヤのカードが、廊下の向こうから飛んで来た炎を弾き返す。
印を唱えるのがあと一秒遅かったらおそらく、織斗と絵莉の身体は炎に包まれていた。
「えっ? え、なに?」
「小原! 俺から離れんな!」
動揺で後ずさる絵莉の腕を、織斗が掴んだ。
「ちょっと、神木……なにこれ、なに……」
「足音……一人だ」
絵莉の言葉を無視し、織斗は炎が飛び出してきた方を睨む。
ぼうっと、小さな灯りが見えたかと思うと、次の瞬間にはその人物の姿が認識できた。
「ヤス……」
近づいて来ていた、炎の攻撃を放ったのは常盤泰鷹だった。この戦争の元凶、織斗が探していた相手。
泰鷹は織斗を認識したあと、その背後にいる絵莉を見て笑みを浮かべる。
「やっぱ当主様か。もう回復したんすか? 早すぎねぇ?」
「…………」
「あれ? 俺と話したくない?」
「いや……話はしに、来たけど」
「あぁ、後ろにいる鼠が邪魔なんすね」
すっと、泰鷹が拳を握った右手を差し出す。
「解印」
噴き出し飛んでくる炎球を、織斗はスペードのカードを使って消した。
背後に投げつけたダイヤのカードは、絵莉の周りを取り囲んでいる。
「小原! 少しだけ離れてろ、三メートルくらい!」
「え? え?」
「それくらいなら術の効果が継続す……っ」
絵莉の方を向いていた織斗だが、殺気に振り返りしゃがみ込んだ。
ぶんっと風を切る音が耳に聞こえ、頭上を大鉈が横切った。
「避けてくれて助かりましたよー。首切ったらさすがに死ぬよな、あんだでも」
鉈を持ち直し、泰鷹がケラケラと笑う。
「……死んでもいいと思ってやったろ、今」
「その予定はないけど、それくらいの気持ちでいかねーと敵わないっすもん、あんたには」
泰鷹は大鉈を担ぎ直し、再び織斗に向かって振りかざす。
ガードしようとしない、避けるだけの織斗を見て泰鷹はニヤリと笑った。
「ほらー、あの女に力使ってるから、防御の手札ないんでしょ?」
「……防御はしなくても、攻撃はできる。解印」
織斗が触れたトランプケースからカードが多数飛び出し泰鷹に襲いかかった。
全ての攻撃を、泰鷹は自身の炎で燃やし尽くす。
手元のカードが無くなった織斗は床に手のひらをつき、泰鷹を見上げた。
「もう終わりっすか? これが当主様の実力とは、笑わせてくれますね」
高笑いしながら、泰鷹は炎を纏った拳を織斗に突き出す。
水のカードで対抗するが、炎の威力が勝り簡単に消されてしまった。
「……っ」
ちらっと背後に目を向けた織斗は、三メートル近く離れた場所に絵莉がいることを確認してかがみ込んだ。
身体の大きい泰鷹との体格差を利用して、彼の脇の下を抜けて背後に回り込む。
「解印」
織斗の声と共に、泰鷹の周りで小規模な爆発が起こった。
もうもうと立ち上がる白い煙。
炎を纏って身を守る泰鷹だが、煙が消えた瞬間、自分の足元を見てため息をついた。
「前言撤回……想像以上に強いっすわ、当主様」
泰鷹の足元には、床から生えた蔓が絡み付いていた。
足首にぐるぐると巻きついた蔓は、泰鷹の身体を這いずり手首まで拘束していた。
織斗はトランプケースに手をかけたまま、泰鷹を見つめる。
「聞きたいことと、話したいことがある」
「……何すか?」
「お前が集めてた仲間、他のやつらは?」
「あぁ、全員死んだんじゃねーすか? 知らねーけど」
「死ん……」
「まず体育館に集合したんすよー。だけど開戦前? 八時半回る前に緋末のやつらが攻撃しかけてきたみたいで、全員やられちゃいましたね」
「お前が無事な理由は、その説明が他人事なことと関係あるか?」
「そっすね。俺は別のとこにいて、電話で話してただけなんで」
「……家畜、って言ってな? そいつらはもう、役目を終えたのか?」
「……なんだ、あんた、頭いいじゃん」
ふっと、泰鷹が感心したような笑みを見せる。
握りしめていた大鉈を床に放り投げ、織斗に向き直った。
「あんなの最初から戦力には組み込んでない、派手さを演出するための道具だったんで。俺はただ、神木と緋末が仲違いすればいい、戦争を仕掛けたかっただけなんで」
「……どうして?」
「どうしてって言われも困るなぁ。マジで一つじゃない、色んなことが重なって、何もかもが嫌になったんすよ。あ、強いて言うなら人生やり直したい?」
「人生やり直したい?」
「もっとこう、全ての人に優しいというか平等というか? やりたい事をやりたい時にできて、牛丼弁当食いたい時にはちゃんと食えて、好きな人が自分のことを好きな、誰かに嫉妬したり悔しい思いをすることがない。そんな世界で俺は、人生をやり直したいっす」
そう言って微笑んだ次の瞬間、泰鷹の身体が燃え上がった。
パチパチと蔓の燃える音。
織斗は残りのダイヤ全てとその他のカードを何枚か取り出し、絵莉のいる方へ投げつけた。
廊下の隅に座っていた絵莉はカードが飛んで来たことで頭を抱えて蹲る。
「解印」
織斗の声と共に、絵莉の前に壁が出来上がった。
強度の弱い薄い壁だが、今から使う術を弾く事と目隠しとしては十分威力を発揮してくれる。
織斗が再びケースに手をかけたとき、炎を纏った泰鷹の手が織斗の腕を掴んだ。
「っ……解印!」
水で弾き返す織斗だが効果は薄く、力尽くで腕を振り払って背後に飛んだ。
「壁なんか作っても無駄ですよ。あの女もどうせ死ぬんだから」
「……死なせない」
「死ぬよ、全員。この世界が終われば人間なんて……辛いとか悲しいとか、くだらない事を思う感情が全部、無くなる」
炎の拳を振り翳す泰鷹を避け、織斗はトランプケースに手をかけた。
取り出したカード一枚を、指でぎゅっと握る。
だけど一瞬、織斗は躊躇いの感情に支配された。その隙を狙って、泰鷹の腕が手首を掴んだ。
じりっと熱が手に伝わって、微かな痛みに織斗は目を閉じた。
「……決心できた。その姿になったらもう、人間じゃないよな」
ぼそりと呟いた織斗が、持っていたカードを翻す。
反対の手を振り上げていた泰鷹が、織斗の手にあるカードを見てぴたりと動きを止めた。
「おい…………おいおいおい! ふざけんなよ、自分の一族に……」
「なんでこうなったかは、お前が戻って来てから……浄化が終わってから考えよう。封印」
ぱすっと、ジョーカーから光が飛び出す。
キラキラと舞う光の粒子。
光が泰鷹を包み込む。
直前で、織斗の背後に人影が現れた。
「ヤスくん!」
思わず振り返る織斗。
かろうじて顔を向けた泰鷹の瞳に、結奈の姿が映し出された。




