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第85話 それぞれ、神木と緋末、前段階

*



 泰鷹《やすたか》が指定した戦争開始時刻は午後八時半。

 戦場は織斗《しきと》たちが通う高校だった。


「学校を戦場にするなんて、何考えてんだよあいつ」


 織斗たちが正門の前に着いたのは八時半前、ギリギリの時間だった。


「いい選択だと思うよ、行動範囲が限られていて尚且つ多数が自由に戦える場所」


 織斗の後ろをついてきていた咲《さき》が校舎を見ながら言う。

 全ての建物の電気が消え、真っ暗だった。


「でも、もし誰か学校に残ってたら……」

「あり得ないでしょ。人払いしてるだろうし、それにこの学校、緋末《ひうら》の管理下にあるから」


 八時半までに全ての教師を学校から追い出すなんて容易い、と咲は時計を確認した。


「あと一分……結奈《ゆな》ちゃん、大丈夫?」


 咲が後ろを見ながら言う。

 それにつられ、織斗も振り返って遅れて正門に着いた結奈を見る。


「ちょ、待って二人とも……」


 はぁはぁと息を切らせた結奈が足を止め、正門を睨んだ。

 平然としている織斗や咲とは対照的に、結奈は既に疲れ切っている。


「二人とも足速すぎ……」

「なに言ってんだ、これでもゆっくり走ったんだぞ。結奈に合わせて」

「織斗くんに同じく」

「……ほんと、ついていけない。(ムリムリ! 私、召喚系だし、自分で戦わないから体力ないし、それ以前にか弱い乙女、女子高生だから!)」

「心の声は元気だね」

「つーか、ブラックに運んでもらえばよかったんじゃね?」

「……名案だね、お兄ちゃん!」


 結奈が両手をポンと鳴らすが、織斗と咲はため息をついて顔を背けた。

 早めに神木家を出た織斗たちだが、どうしても行くと聞かなかった結奈の走りに合わせたせいで、戦闘開始ギリギリの時間になってしまった。


「ていうか、結奈いらなくね? ブラックさえいれば良くね?」

「ちょっと、織斗くん……」

「ダメだよ! 私がいないと……私が、戦うの」


 ぎゅっと飴袋を握りしめる結奈が決心したように立ち上がる。

 その時、校舎から爆発音が響いた。

 瞬時に顔を上げる織斗たち、三階の一室から白い煙が立ち上がっていた。


「特別棟の三階……図書室のあるフロアだ」


 織斗が呟き、トランプケースに手を当てる。


「……ねぇ、これ、人払いしてる……別世界での戦闘だよね」


 顔を引き攣らせた結奈が言う。

 織斗と咲は顔を見合わせ、互いの武器を手に持った。


「明日って何曜日だっけ?」

「土曜だね」

「じゃあ問題ないか」

「それは……どうかな?」


 織斗はトランプを投げて自分の周り、そして咲と結奈の周りに防御の壁を作った。


「俺の目の届かない場所では効果がなくなるから。はぐれるなよ、特に結奈!」


 駆け出した織斗の後を結奈が追い、その後に咲が続く。


「ねえ、結奈ちゃん」


 結奈の隣に並んだ咲が、織斗に聞かれない程度の声で囁く。


「私は、結奈ちゃんが悪いとは思わないよ」

「……咲ちゃんが決めることじゃない」

「どちらにしても、情は捨てた方がいい……」

「言わないで、わかってるから!」


 咲の言葉を遮り、結奈は足を速めた。咲は不安そうな顔で結奈の後に続く。

 校舎に入った織斗は真っ先に階段に向かい、三階へと向かった。

 正門から見えた白い煙、きっとそこに常盤泰鷹か、あるいは広がいると予測して。


「待って織斗くん、上はダメ……」


 階段の踊り場で咲が叫ぶが、すでに遅かった。

 織斗が振り返ると同時に足元の床が崩れ、重力に引っ張れた。

 手を伸ばすが何も掴めず、織斗は下の階に落ちる。


「お兄ちゃん!」

「結奈! お前、ヤスに会っても……」


 しかし最後まで言えなかった。

 織斗の身体は一階の床に叩きつけられ、背中に痛みが走った。

 目を開けると天井は綺麗な状態で元どおり、穴が空いた痕跡など微塵もなかった。


「……どういう魔法だよ、これ」


 立ち上がり階段を登ろうとする織斗だが、振り向いた先に階段はなかった。

 咲と結奈につけていたはずのカードは、トランプケースの中へ戻っている。


「やべ、はぐれるなって言ったの俺なのに……」


 なんとかして合流したいと、織斗はとりあえず廊下を歩くことにした。

 通い慣れた高校、外の明かりしかない暗い廊下を一歩一歩、警戒しながらゆっくりと進んでいく。



*



 緋末の屋敷、機械室でキーボードを叩いていた后《こう》だが、織斗たちが三人バラバラに離れたのを確信し、後ろに振り返った。


「とりあえず、こっちはオーケーですかね?」


 部屋の出入り口付近、壁に敷き詰められた機材の一つに背をもたれていた広《ひろ》が、目を閉じたまま自分のヘッドホンを外す。


「音声だけか?」

「あ、すみません。仕掛けてたカメラは全部壊されちゃって。目ざといですよねぇー」

「カメラの位置が悪かったんだろ? 無能はどっちだ?」

「……あ、でも盗聴器は無事なんで、会話は聴けますよ」

「常盤泰鷹は?」

「まだ発見できてません、映像が使い物にならないんで」

「時間がかかるか?」

「声が聴けたらだいたいの位置が……」

「だいたい?」

「……すぐに正確な位置がわかるように、修正しておきまーす」


 焦燥を悟られないように、后は画面に向き直ってキーボードを叩いた。

 広は后の背中を睨んだあと、踵を翻して部屋の扉に手をかける。


「常盤泰鷹が現れたら呼んでくれ」

「え? あれ、戦場には行かないんですか?」

「天気予報を、見ておこうと思って」

「…………は? はい?」

「雨が降るなら傘、持ってってやらないといけないから」

「…………」


 かける言葉が見つからず、呆然と広を見つめる后。

 やがて広が、静かに部屋を出て行った。


「傘って……もしかして、二年前の……」


 その時のことを、后は人から聞いた話でしか知らない。

 本家次男の血を引いているという女の子が現れて、屋敷中が大騒ぎになった。何の確証もない嘘みたいな話を信じる間もなく広が、その子を東京分家で受け入れると宣言した。

 二年前、中学の修学旅行の帰り、緋末広が緋末家の当主になった日。

 雨が降っているにも関わらずその子は、自分の傘を持っていなかったという。


「たしかに、同じだったもんな……顔だけ見たら僕の方が似てるんだけど……目の色が本当に、同じだった」


 その少女が持つ漆黒の瞳を思い出し、后は頭を振って画面に向き直った。


「当主様は夢を見てる……それは僕も同じか。都合の悪いことを夢だと思い込んで、現実から逃げてる」


 はぁーっと大きなため息をつき、后は再びキーボードを鳴らし始めた。

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