第85話 それぞれ、神木と緋末、前段階
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泰鷹が指定した戦争開始時刻は午後八時半。
戦場は織斗たちが通う高校だった。
「学校を戦場にするなんて、何考えてんだよあいつ」
織斗たちが正門の前に着いたのは八時半前、ギリギリの時間だった。
「いい選択だと思うよ、行動範囲が限られていて尚且つ多数が自由に戦える場所」
織斗の後ろをついてきていた咲が校舎を見ながら言う。
全ての建物の電気が消え、真っ暗だった。
「でも、もし誰か学校に残ってたら……」
「あり得ないでしょ。人払いしてるだろうし、それにこの学校、緋末の管理下にあるから」
八時半までに全ての教師を学校から追い出すなんて容易い、と咲は時計を確認した。
「あと一分……結奈ちゃん、大丈夫?」
咲が後ろを見ながら言う。
それにつられ、織斗も振り返って遅れて正門に着いた結奈を見る。
「ちょ、待って二人とも……」
はぁはぁと息を切らせた結奈が足を止め、正門を睨んだ。
平然としている織斗や咲とは対照的に、結奈は既に疲れ切っている。
「二人とも足速すぎ……」
「なに言ってんだ、これでもゆっくり走ったんだぞ。結奈に合わせて」
「織斗くんに同じく」
「……ほんと、ついていけない。(ムリムリ! 私、召喚系だし、自分で戦わないから体力ないし、それ以前にか弱い乙女、女子高生だから!)」
「心の声は元気だね」
「つーか、ブラックに運んでもらえばよかったんじゃね?」
「……名案だね、お兄ちゃん!」
結奈が両手をポンと鳴らすが、織斗と咲はため息をついて顔を背けた。
早めに神木家を出た織斗たちだが、どうしても行くと聞かなかった結奈の走りに合わせたせいで、戦闘開始ギリギリの時間になってしまった。
「ていうか、結奈いらなくね? ブラックさえいれば良くね?」
「ちょっと、織斗くん……」
「ダメだよ! 私がいないと……私が、戦うの」
ぎゅっと飴袋を握りしめる結奈が決心したように立ち上がる。
その時、校舎から爆発音が響いた。
瞬時に顔を上げる織斗たち、三階の一室から白い煙が立ち上がっていた。
「特別棟の三階……図書室のあるフロアだ」
織斗が呟き、トランプケースに手を当てる。
「……ねぇ、これ、人払いしてる……別世界での戦闘だよね」
顔を引き攣らせた結奈が言う。
織斗と咲は顔を見合わせ、互いの武器を手に持った。
「明日って何曜日だっけ?」
「土曜だね」
「じゃあ問題ないか」
「それは……どうかな?」
織斗はトランプを投げて自分の周り、そして咲と結奈の周りに防御の壁を作った。
「俺の目の届かない場所では効果がなくなるから。はぐれるなよ、特に結奈!」
駆け出した織斗の後を結奈が追い、その後に咲が続く。
「ねえ、結奈ちゃん」
結奈の隣に並んだ咲が、織斗に聞かれない程度の声で囁く。
「私は、結奈ちゃんが悪いとは思わないよ」
「……咲ちゃんが決めることじゃない」
「どちらにしても、情は捨てた方がいい……」
「言わないで、わかってるから!」
咲の言葉を遮り、結奈は足を速めた。咲は不安そうな顔で結奈の後に続く。
校舎に入った織斗は真っ先に階段に向かい、三階へと向かった。
正門から見えた白い煙、きっとそこに常盤泰鷹か、あるいは広がいると予測して。
「待って織斗くん、上はダメ……」
階段の踊り場で咲が叫ぶが、すでに遅かった。
織斗が振り返ると同時に足元の床が崩れ、重力に引っ張れた。
手を伸ばすが何も掴めず、織斗は下の階に落ちる。
「お兄ちゃん!」
「結奈! お前、ヤスに会っても……」
しかし最後まで言えなかった。
織斗の身体は一階の床に叩きつけられ、背中に痛みが走った。
目を開けると天井は綺麗な状態で元どおり、穴が空いた痕跡など微塵もなかった。
「……どういう魔法だよ、これ」
立ち上がり階段を登ろうとする織斗だが、振り向いた先に階段はなかった。
咲と結奈につけていたはずのカードは、トランプケースの中へ戻っている。
「やべ、はぐれるなって言ったの俺なのに……」
なんとかして合流したいと、織斗はとりあえず廊下を歩くことにした。
通い慣れた高校、外の明かりしかない暗い廊下を一歩一歩、警戒しながらゆっくりと進んでいく。
*
緋末の屋敷、機械室でキーボードを叩いていた后だが、織斗たちが三人バラバラに離れたのを確信し、後ろに振り返った。
「とりあえず、こっちはオーケーですかね?」
部屋の出入り口付近、壁に敷き詰められた機材の一つに背をもたれていた広が、目を閉じたまま自分のヘッドホンを外す。
「音声だけか?」
「あ、すみません。仕掛けてたカメラは全部壊されちゃって。目ざといですよねぇー」
「カメラの位置が悪かったんだろ? 無能はどっちだ?」
「……あ、でも盗聴器は無事なんで、会話は聴けますよ」
「常盤泰鷹は?」
「まだ発見できてません、映像が使い物にならないんで」
「時間がかかるか?」
「声が聴けたらだいたいの位置が……」
「だいたい?」
「……すぐに正確な位置がわかるように、修正しておきまーす」
焦燥を悟られないように、后は画面に向き直ってキーボードを叩いた。
広は后の背中を睨んだあと、踵を翻して部屋の扉に手をかける。
「常盤泰鷹が現れたら呼んでくれ」
「え? あれ、戦場には行かないんですか?」
「天気予報を、見ておこうと思って」
「…………は? はい?」
「雨が降るなら傘、持ってってやらないといけないから」
「…………」
かける言葉が見つからず、呆然と広を見つめる后。
やがて広が、静かに部屋を出て行った。
「傘って……もしかして、二年前の……」
その時のことを、后は人から聞いた話でしか知らない。
本家次男の血を引いているという女の子が現れて、屋敷中が大騒ぎになった。何の確証もない嘘みたいな話を信じる間もなく広が、その子を東京分家で受け入れると宣言した。
二年前、中学の修学旅行の帰り、緋末広が緋末家の当主になった日。
雨が降っているにも関わらずその子は、自分の傘を持っていなかったという。
「たしかに、同じだったもんな……顔だけ見たら僕の方が似てるんだけど……目の色が本当に、同じだった」
その少女が持つ漆黒の瞳を思い出し、后は頭を振って画面に向き直った。
「当主様は夢を見てる……それは僕も同じか。都合の悪いことを夢だと思い込んで、現実から逃げてる」
はぁーっと大きなため息をつき、后は再びキーボードを鳴らし始めた。




