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第82話 帰宅

*



 織斗が神木家のドアを開けると、玄関に結奈《ゆな》と凛が座っていた。


「おかえり、お兄ちゃん」


 微笑みを浮かべて立ち上がる結奈の隣に座る凛は、織斗を一瞥しただけですぐにまた手元のパソコンに目を落とす。


「ただいま。ごめん、心配かけた」

「心配なんてしてないよ、お兄ちゃん! 大丈夫だよ」

「……心配してねーのかよ」

「あっ、えっと、そういう意味じゃなくて」

「傷はー? 本当に治ってんの?」


 目線はパソコンのまま、無愛想に凛が言う。

 織斗は首に巻かれている包帯を外し、瘡蓋になった切り傷を結奈と凛に見せる。


「わっ、結構深く切られたんだね……痛いよね」

「俺は、別に……」

「別にじゃないでしょ。死にそうだったじゃん……咲さんがいなきゃあんた、今、ここにいなかったかもだから」


 画面に目を向けてキーボードを叩きながら、凛が言う。

 視線を落とした織斗は、凛の向き合っている画面が真っ暗な事に気がついた。

 キーボードに置いた手は、指先が震えている。


「……ごめんな、凛」

「なんであんたが謝んの? ……役に立たなくてごめん……ほんと」

「あの状況じゃ仕方ない……そういえば、咲……」

「あんたにつけてる盗聴器のおかげで場所わかったから、すぐ連絡した」

「ごめん、お兄ちゃん。私も行ったんだけど、咲ちゃんの方が早くて……何も、間に合わなくて」

「いや、結奈は来なくてよかった……うん、来なくて……そういえば俺、途中から記憶ないんだけど」

「……見る?」


 ちらっと、凛が顔を上げた。

 だが、織斗と目が合いそうになるとやはり顔を背ける。


「カメラ、つけてたの。あの時、咄嗟に」

「……カメラ? え、あ、俺に?」

「映像悪いし途中で途切れてるけど……私は正直、後悔してる」

「後悔? どうして……」


 と、織斗が凛に歩み寄ったところで、リビングのドアが開いた。


「織斗! おまえというやつは!」


 織斗の祖父、元助《げんすけ》の怒鳴り声にびくっと身を引く織斗だが、その身体をぎゅっと、元助が抱きしめた。


「馬鹿か、おまえは……祖父より先に命の危機になるやつがあるか。順番が違うだろ」

「……ごめん」


 肩を抱き返そうとした織斗だが、背中に視線を感じて元助から離れて振り返った。


「……咲」


 玄関のドアに、制服姿の咲が立っていた。

 頬や額に絆創膏、夏だというのにシャツの下には長袖のインナー、スカートの下には黒いタイツ。


「おかえりっ、織斗くん!」


 織斗の方が驚いてしまうような、咲の満面の笑顔。

 ぱっと、大袈裟な動作で顔を背ける結奈と凛を見ようともせず、咲は織斗に近寄る。


「怪我、もう大丈夫なんだって? よかった」

「あぁ……うん。あのさ、咲……」

「なに?」

「あの時のこと、俺が怪我? えっと、街の丘公園でのこと……」

「あのね、私ね、今日学校に行って来たの」

「……学校?」

「織斗くんも広も休みだし、私だけでもと思って行ったんだけど、服装が変だから傷隠してることバレちゃって。まぁ、それは誤魔化したんだけど絵莉ちゃんがね、どうしたの酷い顔してるよって……なんか、バレちゃって……あ、全部は喋ってないよ。ただ……大切な友達が、いなくなっちゃったかもしれないって話を、聞いてもらった」

「大切な友達って……」

「映像をね、見せてもらってね……あ、えっと、すごく荒くてよくわかんなかったけど……ううん、何があったかは、ちゃんと……クリアに、見えて……」


 ポタッと、咲の足元に水滴が落ちた。

 次いでボタボタっと、瞳から涙が零れ落ちる。


「あんなことになってるなんて私、思わなくて……もっと、あと五分……早く、着いてれば……」


 咲の鼻先が、織斗の胸にぶつかった。シャツを通して胸に冷たい感触が伝わってくる。

 無理に微笑みを浮かべていた結奈も、無表情を取り繕っていた凛も、それぞれが互いの表情を見られないように顔を背けていた。

 静まり返る廊下で、咲の泣き声。


「私……どうしたらいいかな? こういう時って、どうしたらいいのかな? 緋末にも行けないし、広とも話できなくて」

「俺も連絡してみた。無駄だったけど」

「あやめちゃん……どうしよう、織斗くん……どうしよう」

「わけわかんないよな。だからたぶん、今は泣くしか出来ないし……泣き止む事も出来ないよな、このままじゃ」


 織斗が咲の頭に手をあて、自分の胸へと押し付ける。

 目を瞑るとあの時の光景が浮かんできて、深呼吸して瞳を開いた。


「泣いててもキリがないと思う。現状、今この状態では」

「うん……」

「切り替えろ、咲。俺もそうする。泣く時は付き合うけど、まだ受け入れなくていい」

「……難しい」

「……帰りに、街の景色見ながら考えたんだ。正しい選択はなんだろう、って」

「正しい選択?」

「咲が前に言ってくれた、俺は正しい未来を選べる人だって。でも今、全然自信ない。だから話をしよう。今、どうするべきか一緒に考えて……まずはヤスが仕掛けた戦争、そこに行ってあいつを捕まえる」


 織斗の胸元で咲が頷いた。

 凛はパソコンに手を置いたまま、項垂れる形で返事した。

 結奈だけが唯一、声に出して「うん」と応えた。



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