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第81話 同じ空

第3部

『深夜編』



*


*



 目を覚ました織斗《しきと》の瞳に、陽の光が映った。

 大きな窓のカーテンは開いたままで、光はそこから差し込んでいた。

 遮るものは何もなく、窓から見える景色は上空のみ。

 晴れ渡った空がとても青くて、果てしなく遠いと感じた。


「同じ空だ……」


 ベッドに横たわっていた織斗が、ゆっくりと上体を上げる。

 右手と首元に包帯、水色の入院着、真っ白なシーツに同じ色の天井。


「病院?」


 部屋の中を見渡してから呟く。

 腕から繋がっている点滴、枕元に『神木織斗 様』の文字。

 ベッドは他に三つあるが、織斗以外の患者はいない。


「あ、起きた?」


 突然の声に振り向くと、部屋の入り口に若い男が立っていた。

 二十代……二十歳前後の容姿を持つ男。

 色素の薄いふわふわの髪、同じく薄い色の瞳。

 男は織斗に近寄り、首元の傷口に手を触れた。ぴりっと僅かな痛みが走るが、我慢できないほどではない。その様子を観察した男は、織斗から手を離して枕元にあったナースコールを押した。

 織斗は状況がわからず、黙って男を見る。


「久しぶり……いや、君の記憶にとっては初めましてになるね、当主様の息子」


 織斗と目が合うと、男は優しく微笑んで自己紹介を始める。


「先代神木ナンバーズ、中村隆也《なかむらたかや》と申します」

「先代?」

「そう、悠斗様。君のお父さんの代に右腕として側に置いてもらっていたんだ」

「父さんの……え、なんでそんな人が」

「ここの院長とは長い付き合いでね、その縁で。どうしてここにいるかは、僕が凛《りん》の……」

「中村先生! 戻ってたんですか!」


 隆也の声を遮るように、看護師が病室のドアを開けてズカズカと入って着た。

 隆也は片手をあげ、愛想よく微笑む。


「やあ、久しぶり」

「お久しぶりです! またこちらで?」

「東京には戻るけどね、ここには帰らないよ。知り合いと一緒に開業することになったんだ」


 古い知り合いなのか、楽しそうに会話をする二人。

 しかし途中で隆也が昔話を止め、織斗の状態を看護師に伝え始めた。


「傷も治りかけてるし、大丈夫と思う」

「でも、本当に……いえ、たしかに傷は癒えてるんですけど、あれだけの状態だったのに……」


 看護師がちらっと織斗を一瞥して、すぐに視線を逸らした。

 隆也に目線を戻し、話を続ける。


「どうしてもというなら……くれぐれも、よろしくお願いします」

「わかってる。書類は後でいいよね? それと無理言ってごめんって院長に……僕から連絡しておくよ」


 隆也は苦笑いをし、看護師を病室から追い出す。

 彼女が出て行ったところで振り返り、織斗のベッドに近づいた。


「さて、帰ろうか」

「帰るって、うちに?」

「他にどこがある? それに、のんびりしてるほど時間に余裕はないよ」


 隆也はささっと荷物をまとめ、織斗に着替えるよう促した。

 だが、惚けて動こうとしない織斗にしびれを切らし、ベッドに腰掛ける。


「常盤泰鷹《ときわやすたか》から連絡があった。戦争開始は明後日の夜八時半」

「ヤスから……明後日の夜八時半?」

「その連絡を最後に、常盤泰鷹の行方はわからなくなった。現状はわからないけど、彼が管理してたサイトは凛が抑えたから……」

「あやめ……あやめは?」

「緋末《ひうら》の状態はわからない。不要な外出は避けているみたいだし、屋敷にも近寄ることが出来ないって、咲《さき》ちゃんが報告してくれた」

「……そうか、うん……」

「その、あやめちゃんだっけ? 彼女の状態は君が一番、わかってるんじゃない?」


 隆也の言葉に織斗は目を見開き、項垂れた。

 痛みと混乱でわけがわからなかったが、確かに見えた。

 あの傷、出血量。

 誰がどう見ても……


「いや、でも……俺も首切られたし、それでも生きてるし……」

「二族の当主ってのは、なかなか死なないからね。特に君は、歴代当主様の中でもかなり頑丈なほうだと思う。普通の人間というか、悠斗《ゆうと》様ですら、あの状態なら病院に到着する前に息を引き取ってた。一般術師の彼女なら、なおさらだろうね」


 織斗は思わず、息を呑んだ。

 ぎゅっと、真っ白なシーツを握り締める。


「まずは帰ろう、みんな心配してる」

「俺は、何ともない」

「うん、そうだろうね」

「俺よりも……あやめが……」

「だから、緋末にはまだ接触できないって」

「咲が様子見に行ってるって……」

「身体中、傷だらけになって帰って来た」

「……傷だらけ?」

「緋末の屋敷に様子見に行ってくるって、その二時間後、『ごめんなさい』って、目を真っ赤にして。もう一回、行ってもらう?」

「いや……帰る。俺が、家に帰る」


 ため息を吐いた隆也が、着替えを織斗に差し出した。

 無言でそれを受け取った織斗が、ベッドから立ち上がる。

 不思議なほど、身体は普通に動いた。


「さすがだね、動けるんだ?」

「……俺、大怪我したの初めてだから、この状態がさすがなのか普通なのかわかんねーけど」

「普通なら死んでるよ、大怪我どころじゃなく。緋末当主からもね、連絡があったよ」

「……広《ひろ》から?」

「常盤泰鷹の仕掛けた戦争に乗っかるってさ。まぁ、戦場は指定されてるから、僕ら術が使えない人間が巻き込まれることはないだろうけど」

「……広は、なんて? どんな感じだった?」

「声色はわからない。凛が言うには、機械で作った緋末当主の声、実際には喋ってないだろうって。これ以上詳しいことは、帰りながら話す」


 カーテンを閉めて、出口へと向かう隆也。

 慌てて後を追っていた織斗だが、隆也が立ち止まった事で足を止めた。


「今さぁ、神木の家の空気、微妙なんだよね。君に対してどう接するか、みんな悩んでる」

「……あぁ、わかってる」

「だから、帰ったらちゃんと自己紹介出来ないだろうから、ここで言っとくね?」

「? なにを?」


 くるりと振り返った隆也がガッと、織斗の両肩を強く掴む。


「織斗くん、ほんと……当主様にそっくりだよね」

「……えーっと、たぶん。咲や凛にも、写真の父さんに似てるって……」

「あっ、当主様って先代様だからね、今の当主は織斗くんだもんね」

「あー、うん……」

「あぁっ、話が逸れてる……えっと、だから、僕、君のお父さんの代のナンバーズだから、今年で四十二になります」

「……四十二?」


 なんの数字だろうと一考した織斗だが、すぐに答えに思い当たった。


「えっ、四十二歳? いや……いやいやいや、どう見ても俺よりちょっと年上にしか……」

「だよね、よく言われる! どこの大学ですかーって。専攻は油彩画ですか、とか、ほんとわけわかんないっ!」

「……美大生と間違われてんだな。あ、じゃあ俺、タメ語……」

「いい! いいんだよ、君はそのままで! 当主様と同じ顔、同じ声で、僕のことは気軽に隆也と呼んでくれたらいい!」

「……はぁ」

「あ、それとね僕、凛の父親だから。不束な娘がお世話になってますー。じゃあ、行こうか」


 ぱぱっと顔を切り替えて、踵を返して歩き出す隆也。

 惚けていた織斗が、はっと我に返って隆也の後を追った。


「はぁぁあ? 凛の父親? あいつ中二だよな? え、あんた、中学生の娘がいんの? 冗談だよな?」

「織斗くん、ここ病院だから、静かにね」

「……さっきとキャラ変わってないか?」

「病院ではクールなイケメン医師を演じてるからね。大抵の大人は、表と裏の顔を上手に使い分けてるよ」

「裏の顔こえーよ、お前」

「ふぁぅあ! 今の! 今の当主様っぽい! もう一回! あ、当主様って先代の……」

「表と裏使い分けれてないですよー、凛のおじさん」

「おじさんって呼ばないで! 隆也でいいよっ! 当主様と同じ顔、同じ声で!」

「……気持ち悪いな、あんた」


 歩きながら織斗は、凛が神木家に来た時、『うちの父さんは先代当主様を崇拝してる』と言っていたことを思い出した。


「それにしては異常過ぎだろ……呑気だな、こんな時に」


 ため息をついた織斗が、隆也に合わせて病院を後にする。

 建物から出ると太陽の光が顔にぶつかって。

 なんだろう、思ったより……まともに陽の光が見れた。


「さぁ、行こうか、織斗くん」


 タクシーの前に立つ隆也に歩み寄るときに「ありがとう」と発した言葉はきっと、彼に届いていないだろうと思った。


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