第80話 あのとき言えなかった言葉
*
「
なぁ、あやめ。
少し話をしていいかな?
さっき、緊急集会開いたんだ。東京分家で暮らす緋末一族全員って俺言ったのに、ほとんどのやつが来なくてさ。
理由聞いたらあやめがどうとかって、お前の話しだしたけど、なに言ってるかわかんなかったから無視したら怒鳴られた。
ちゃんと弔いたいって、誰も死んでないのに。
緋末の人間で今日、死んだやつなんかいないのに。
夢でも見てんのかな、あいつら。あぁ、夢を見たのは俺か。街の丘公園のベンチでお前を待ってる時、変な夢を見た。
思い出したくもない。
悪夢のような、嫌な夢。
それで、屋敷に戻ったら家臣たちが騒いでて……なんか、すげーうるさかった、みんな。
広様って呼んでくるやつもいて、久しぶりにその言い方聞いた。
初めてだと思う。怒鳴られたり、楯突かれたのは。
みんな俺に遠慮してるというか、本心をぶつけて来ないから。それ以前に東京分家に関しては家長である俺に全ての権限があるから、文句言ってくるやつなんかいないし。
うるさいのは京都本家……いや、父様はうるさいけどあの人は正論言ってるから。
面倒なのは古株の老人たちなんだ。
お前をこの家に迎え入れた時だってそうだ。悪いのは叔父なのにどうのこうのって、すごいうるさかった。まぁ、やり合ったのは父様だから俺は矢面に立ってないんだけど。
話が逸れてるな、本題に入る。
戦うことにしたよ、神木と。
お前は咲と仲が良かったから、辛いかもしれないけど。
緋末と神木はもともとそういう関係、敵だったから仕方ない。
コウって知ってるよな、五十嵐后。お前と歳が近い中二のナンバーズ。あいつも向こうのナンバーズと仲良いみたいだけど、『僕は当主様の意向に従います、緋末の人間なので』って、あっさり承諾した。
そんなもんだよ、友達って名前がついた関係なんて。
仕掛けて来たのは向こうだ、俺は絶対に、許さない。
神木家を、この関係を潰す。
血は全員に分けた。殺傷も問わないことにした。誰も反論しなかったよ。だって俺の、当主の言葉なんだから。
『当主様の幸せを一番に願っています』って誰かが言ってたけど、緋末は本当に本家の血に忠実だよな。
素直で従順で、首を縦に振ることしか出来なくて本当、虫唾が走る。
あやめが屋敷に来た日だってそうだ。
家憲がどうのって、不徳の子だとか陰で話してるやつがいたよな?
すぐに離れを改装して、俺の手元に置いて……籠の中に入れて、大事にするつもりだった。
だから別に、不登校もそれでいいと思ってた。
正直にいうと少しだけ、後悔してるんだ。
あの時、ちゃんと話しておけばよかったのかなって。あやめに罪はない、変なこと言うのやめろって俺が話して、仲介してればよかったのかなって。
学校いこう楽しいからって俺がちゃんと、外の世界を教えてあげないといけなかったよな、って。
なぁ、あやめ。
緋末の屋敷、狭苦しくないか?
離れで俺と暮らすの、嫌じゃない?
あ、料理はしばらくいいよ。咲が教えに来てくれることになったから、それまで。
普通に作れるようになったらまた、食べさせて。
大丈夫、ちゃんと習えば上達する。
楽しみにしてるんだ、実は。
三人でまた、この部屋で、あやめの作った飯食って。
その頃にはきっと、神木との戦いも終わってるから。
みんなで一緒に、星を見よう。
約束した、街の光を見て、一緒に帰って。
そうしたら『ただいま』って言葉は、誰に言えばいいのかな?
お互いに『おかえり』の言葉を贈り合うのかな?
どう思う?
返事しろよ。
なぁ、あやめ。
お前いま、どこにいるの?
もう夜遅いから早く、帰ってこい。
」
無音のスマホを耳から離し、広は再度、発信ボタンを押した。
ブツっと音を立てる通話の向こうからは、『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が〜〜』のアナウンスが流れて、あやめに繋いでくれない。
何度やっても、繋がらない。
「面倒くさがりだからな、あいつ。ちゃんと充電しとけって今度、言っておこう」
縁側にスマホを置き、広はため息をついて空を見上げた。
緋末の屋敷、当主の間、【離れ】と呼ばれる場所。
『星が見える』と、以前、咲が言っていた。
中庭の外灯も、部屋の光も全て消えている今、たしかに、空は輝いていた。
「空の光と、街の光……」
ぽそりと呟いたその時、チリンと小さな鈴の音が鳴った。
聞き覚えのある、宝物……かんざしにくくりつけていた香り玉の中にある、小さな鈴の……
同時に、花の匂いが鼻を掠めた。
あの時と同じ、ふわっとした花の香りが。
慌てて外に出るが、人の気配はない。
誰かがいるはずがない。
静かな庭を月明かりが照らしていた。
「……ははっ…………あははははっ」
いるわけないだろ、あやめが。
こんな場所に、いるわけがない。
だってあいつは、もう……あやめは……
「あは、は……ははっ」
笑声まで枯れてしまったのか、もう声が出なかった。
その場に腰を落とし、蹲って身体の震えを抑えた。
夜だから、今は。
大丈夫、朝になれば元通りになる。
明日の朝、目を覚ませば……
そう言い聞かせ、広は手のひらを目元に持っていった。
広自身は気づかなかったがその瞳の色は、漆黒ではなく青色に染まっていた。
『あやめ。俺さ……寝起きが悪いんだ』
『あの寝起きは悪いというより酷いだと思います』
『だから離れで一緒に暮らすのはいいんだけど……朝、俺、面倒くさいかも』
『いいですよ』
『いい?』
『私が当主様を起こします。私が当主様の目覚まし時計、朝になります』
振り返れば、思い出なんていくらでもある。
あやめにとっては、最初から『当主様』だった。
当然だろう、あやめが来た日に当主になった。
そのためにその役を受けたんだから。
『聞いてください、当主様。私、あなたの上手な起こし方を開発しました』
右手の親指を立てて、他の指は十五度にそらして。
目をキラキラさせながら解説するあやめの顔を、直視することが出来なかった。
恥ずかしさ故か、『あー、うん』と頷くだけで、顔を背けてしまった。
次に目があったとき、あやめは無表情に戻っていた。
『私の命はあなたにもらったもの。生ある限り私は、当主様に命を捧げます』
要らないって、そういえばよかった。
命なんかいらないから、笑ってくれ。
楽しそうに、毎日が幸せだって、そう思って生きれるように。
それでよかったのに。
『うん』と頷くしか出来なかった自分の浅はかさよ。
二年も一緒にいたのに、どうして俺たち、ちゃんと会話できなかったのかな?
もっと仲良く、ほかにやりようがあったと思うんだ。
おはよう、おやすみ。
ただいま、おかえり。
一つ屋根の下で、たわいない挨拶さえまともに交わせなかった俺たちは。
あぁ、そうか……
『いってらっしゃい』
その言葉さえも、まともに交わせてなかったなよな。
だからあの時、恥ずかしそうに顔を背けたのか。
嬉しかったんだよな、ごめん。
戻りたい、あの時に。
もし、やり直せるのなら。
過去に戻ることが出来るのなら、俺は…………
はっと、我に返った広が目尻の涙を拭う。
顔を上げると満天の星空が見えて、手を伸ばしたが触れることはできなかった。
朝はいつも、あやめの声から始まる。
そして『おはようございます、当主様』と声をかけてくれて……
あやめのいない朝なんて存在しない。
伸ばした手を床に降ろし、広は微笑んだ。
「だからもう、夜は明けなくていいよ」
『敵として戦うのは夜だけ、昼は友達でいよう』
そう約束した。
「なら、夜が明けないなら、これからはずっと敵同士だな、織斗」
ここにはいない相手に問いかけたが、返事はない。
微笑んだ広が目を閉じると、瞼の裏に闇が見えて、夜だと思った。
神木と緋末が戦闘を行う、長い長い、夜の時間。
なぁ、あやめ。
俺、お前にこれ言ったかな?
お前の母親はろくでもないと思う。
金だけ受け取ってさっさと出て行った、以降、一度も様子を見に来ない。
俺なら……会いに来れない事情があったとしても、電話をするよ。
手紙を書く。
そっちが会いに来いって呼び出すかもしれない。
どうしようもない人だけどそれでも、好きだという。
押し付けられた様な贈り物、嫁入り道具のかんざしを宝物だという。
どうかと思うけど三つだけ、お前の母親に感謝したいことがあるんだ。
一つ目は、一人でもお前を産み育ててくれたこと。
二つ目はこの屋敷にお前を連れて来てくれたこと。
三つ目は、あやめという名前をつけてくれたこと。
綺麗な花の名だなって俺、ちゃんと伝えてたっけ?
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No.7「花の名」終了
第2部『日常編』完結
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