第79話 痛み
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意識が、飛んでいた。
はっとした織斗が園内を見渡すと、神木の術印を持った男たちが、織斗の周りに倒れていた。
戦っていたところまでは記憶にある。
手のひらのナイフを抜く間も無く攻撃されていたから、印を唱えてそれを防いでいたが……自分が倒した記憶はない。
むしろ多数対で、血を多く摂取した者もいるから苦戦していた。
一人では勝てないと思っていた、自分一人では……意識が飛ばされていた。
「あやめ……?」
顔を上げると、あやめを抱えて公園を飛び出す広の姿が見えた。何が起きた……と、織斗は先程のことを思い返す。
印を唱えてカードを操っている時に、白い制服と艶やかな黒髪が目について……
かんざしを片手に掲げるあやめが、涙目になって広の元へ駆け寄っていた。
なぜ術を使わないのか。
あやめなら遠隔攻撃が出来るのに……そう思ったがすぐに、その理由に気がついた。
かんざしに刻んだ術印は、青でなく黒に変わっていた。
術が使えない……「行くな」と叫んだ最初の声は、あやめに届いていない。
やめろ、あやめ。行くな!
そう叫んだ瞬間、大鉈の刃が、あやめの身体を貫いた。
「……っ」
途端、吐き気のようなものに襲われて織斗は俯いた。
胸の奥から何かが込み上げてくる。
ダメだ、動かないと……そう思って顔を上げたとき、日が暮れていることに気がついた。
「夜……いつの間に」
辺りは薄暗く、時計の針は午後七時過ぎを指している。
「やっべ、意識飛ばされた。怒られたし」
声に振り向くと、泰鷹が頭を押さえて立ち上がったところだった。
織斗と目があうが、泰鷹はすぐに視線をそらした。
「あー、予定とは違うけど、逆によかったっすね」
「……逆に、よかった?」
「振り出しに戻っただけですよ、神木と緋末の最初の関係に。戦ってるんでしょ、俺ら」
「そ……んなことしてない! それよりお前、なんで……あやめが……」
「あやめ? あぁ、さっきの? あの傷じゃダメだな、最初の犠牲者に相応しい可愛い子でしたね」
「ふざけ……っ」
織斗に突き刺さったナイフを、泰鷹が足で踏みつける。
「痛いですかー? 声も出ないほど?」
「……痛……く、ない」
「そんなわけないっしょ、平和ボケしてるあんたが……あぁ、もしかして悲しいんすか?」
拳を握りしめて俯く織斗。
その顔の下、地面にポタッと水滴が落ちたのを見て、泰鷹が言った。
「人間てさぁー、本当に苦しい時は身体の痛みなんかどーでもよくなるんだよ。わかります?」
「……わかるわけ、ない」
「……嘘つきばっかだな、人間は」
カチッと、小型のナイフを手にした泰鷹がその刃で織斗の首元を引き裂いた。
声も出なかった。
ボタボタと、赤い血が地面に滴る。
「うわっ、思ったより深く切っちまった。まぁ、大丈夫だろ、あんたの身体は」
泰鷹は小瓶を取り出し、織斗の血をその中に集める。
ちゃぷんと、それが半分まで満たされたところで、泰鷹は上空に目を向けた。
「すぐに応急処置すれば、ね」
夜空に輝く星の一つがキラッと瞬いた……と思ったら、その光は螺旋状に展開する。
「すげーな、無理だわこれ。俺、勝てねーわ」
ぼそりと呟いた泰鷹がナイフを振り回し、絡みつこうとしてくる糸を引き裂く。
タンっと、咲が地面に足をつく。
と同時、公園内に張り巡らされた糸がしなった。
咲が指をくるくると動かすのを見計らって、泰鷹が印を唱える。
「解印」
泰鷹の声と共に、彼の周囲が燃え上がった。
近寄ろうとした咲は一旦後ろに飛び、手を振るって水柱を出した。それに糸を絡め、炎の中にいる泰鷹を拘束しようとする。
「嘘だろ、あんた……解印!」
泰鷹は炎の威力を前方に集中させ、糸を焼き切る。
安堵した泰鷹だが、はっとして振り返った先、背後から蔓が伸びてきた。
「解印、かいいん……くっそ、キリねぇな」
必死に印を唱えていた泰鷹だが、このままではいずれ拘束されると思い、自身を巻き込んで炎の威力を高めた。
燃え上がる炎、泰鷹に触れようとした咲の手は、あと僅かというところで熱に弾き返されてしまった。
正面から向き合って対峙する咲と泰鷹。
地面を蹴ろうとした咲を、泰鷹が片手を上げて制した。
「俺と争ってていいのか? そこに転がってるの、誰だかわかるよな?」
泰鷹の視線の先には、地面にうつ伏せになっている織斗の姿。
その時になってようやく、咲は織斗の状態に気がついた。
首元の大量の血、意識は既に失っている。
「っ……」
ちらっと園内を見渡す咲だが、すぐに視線を織斗に戻した。
他の人間は問題にしなくていい。
泰鷹は、戦えばきっと勝てる、時間をかければ全員拘束できる。
だけど……
「あんたにとって一番大切なのは、兄貴だろ?」
泰鷹の言葉に咲は一瞬、動きを止めたが、すぐに駆け出して織斗を抱えた。
咲の姿が見えなくなったところで、泰鷹ははぁーっと大きなため息を吐く。
「夜だな」
昨晩、織斗から聞いていた。
『緋末と敵対しているのは夜だけ』と。
その言葉を反芻し、泰鷹が呟いた。
「じゃあ、しばらく朝はこない……夜が続くんだな、これから」




