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第79話 痛み

*



 意識が、飛んでいた。

 はっとした織斗が園内を見渡すと、神木の術印を持った男たちが、織斗の周りに倒れていた。

 戦っていたところまでは記憶にある。

 手のひらのナイフを抜く間も無く攻撃されていたから、印を唱えてそれを防いでいたが……自分が倒した記憶はない。

 むしろ多数対で、血を多く摂取した者もいるから苦戦していた。

 一人では勝てないと思っていた、自分一人では……意識が飛ばされていた。


「あやめ……?」


 顔を上げると、あやめを抱えて公園を飛び出す広の姿が見えた。何が起きた……と、織斗は先程のことを思い返す。

 印を唱えてカードを操っている時に、白い制服と艶やかな黒髪が目について……

 かんざしを片手に掲げるあやめが、涙目になって広の元へ駆け寄っていた。

 なぜ術を使わないのか。

 あやめなら遠隔攻撃が出来るのに……そう思ったがすぐに、その理由に気がついた。


 かんざしに刻んだ術印は、青でなく黒に変わっていた。


 術が使えない……「行くな」と叫んだ最初の声は、あやめに届いていない。


 やめろ、あやめ。行くな!


 そう叫んだ瞬間、大鉈の刃が、あやめの身体を貫いた。


「……っ」


 途端、吐き気のようなものに襲われて織斗は俯いた。

 胸の奥から何かが込み上げてくる。

 ダメだ、動かないと……そう思って顔を上げたとき、日が暮れていることに気がついた。


「夜……いつの間に」


 辺りは薄暗く、時計の針は午後七時過ぎを指している。


「やっべ、意識飛ばされた。怒られたし」


 声に振り向くと、泰鷹が頭を押さえて立ち上がったところだった。

 織斗と目があうが、泰鷹はすぐに視線をそらした。


「あー、予定とは違うけど、逆によかったっすね」

「……逆に、よかった?」

「振り出しに戻っただけですよ、神木と緋末の最初の関係に。戦ってるんでしょ、俺ら」

「そ……んなことしてない! それよりお前、なんで……あやめが……」

「あやめ? あぁ、さっきの? あの傷じゃダメだな、最初の犠牲者に相応しい可愛い子でしたね」

「ふざけ……っ」


 織斗に突き刺さったナイフを、泰鷹が足で踏みつける。


「痛いですかー? 声も出ないほど?」

「……痛……く、ない」

「そんなわけないっしょ、平和ボケしてるあんたが……あぁ、もしかして悲しいんすか?」


 拳を握りしめて俯く織斗。

 その顔の下、地面にポタッと水滴が落ちたのを見て、泰鷹が言った。


「人間てさぁー、本当に苦しい時は身体の痛みなんかどーでもよくなるんだよ。わかります?」

「……わかるわけ、ない」

「……嘘つきばっかだな、人間は」


 カチッと、小型のナイフを手にした泰鷹がその刃で織斗の首元を引き裂いた。

 声も出なかった。

 ボタボタと、赤い血が地面に滴る。


「うわっ、思ったより深く切っちまった。まぁ、大丈夫だろ、あんたの身体は」


 泰鷹は小瓶を取り出し、織斗の血をその中に集める。

 ちゃぷんと、それが半分まで満たされたところで、泰鷹は上空に目を向けた。


「すぐに応急処置すれば、ね」


 夜空に輝く星の一つがキラッと瞬いた……と思ったら、その光は螺旋状に展開する。


「すげーな、無理だわこれ。俺、勝てねーわ」


 ぼそりと呟いた泰鷹がナイフを振り回し、絡みつこうとしてくる糸を引き裂く。

 タンっと、咲が地面に足をつく。

 と同時、公園内に張り巡らされた糸がしなった。

 咲が指をくるくると動かすのを見計らって、泰鷹が印を唱える。


「解印」


 泰鷹の声と共に、彼の周囲が燃え上がった。

 近寄ろうとした咲は一旦後ろに飛び、手を振るって水柱を出した。それに糸を絡め、炎の中にいる泰鷹を拘束しようとする。


「嘘だろ、あんた……解印!」


 泰鷹は炎の威力を前方に集中させ、糸を焼き切る。

 安堵した泰鷹だが、はっとして振り返った先、背後から蔓が伸びてきた。


「解印、かいいん……くっそ、キリねぇな」


 必死に印を唱えていた泰鷹だが、このままではいずれ拘束されると思い、自身を巻き込んで炎の威力を高めた。

 燃え上がる炎、泰鷹に触れようとした咲の手は、あと僅かというところで熱に弾き返されてしまった。

 正面から向き合って対峙する咲と泰鷹。

 地面を蹴ろうとした咲を、泰鷹が片手を上げて制した。


「俺と争ってていいのか? そこに転がってるの、誰だかわかるよな?」


 泰鷹の視線の先には、地面にうつ伏せになっている織斗の姿。

 その時になってようやく、咲は織斗の状態に気がついた。

 首元の大量の血、意識は既に失っている。


「っ……」


 ちらっと園内を見渡す咲だが、すぐに視線を織斗に戻した。

 他の人間は問題にしなくていい。

 泰鷹は、戦えばきっと勝てる、時間をかければ全員拘束できる。

 だけど……


「あんたにとって一番大切なのは、兄貴だろ?」


 泰鷹の言葉に咲は一瞬、動きを止めたが、すぐに駆け出して織斗を抱えた。

 咲の姿が見えなくなったところで、泰鷹ははぁーっと大きなため息を吐く。


「夜だな」


 昨晩、織斗から聞いていた。


『緋末と敵対しているのは夜だけ』と。


 その言葉を反芻し、泰鷹が呟いた。


「じゃあ、しばらく朝はこない……夜が続くんだな、これから」

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