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第一話(終)  一日目終了




 翌朝、鳴り響く目覚まし時計の音で織斗は目を覚ました。


「ねぇ、これうるさいんだけど」


 次に聞こえたのは、鈴の音のような可愛らしい声。

 寝ぼけ眼で無視していると、次の瞬間、ガッと音がして目覚まし時計の音が止まった。


「なにっ!?」


 慌てて飛び起きると、枕元にあるはずのアナログ式の置き時計の部品が床に散らばっていた。


「うるさかったから」


 ちょこんと枕に腰掛ける、手のひらサイズの和装少女。姫未は悪びれた様子もなく、キョトンと織斗を見上げている。


「姫未……お前これ、投げたの?」

「こんな身体だけど、力は結構あるんだよね」


 片手で軽々と、自分より何倍も大きい枕を持ち上げる姫未。

 織斗は言葉も見つからず、目覚まし時計と時間差でセットしていたスマホのアラームを止めた。


「別にいいんだけどさ、百円で買った安物だし……いや、よくないからな! 人の物勝手に壊すのよくないからな!」

「……どしたの、急に」


 何が悪いのか全くわかっていない姫未。織斗は面倒くさくなって、「あとで爺ちゃんに聞いてくれ。時計を壊すことの何が悪いのか」と呟いて、ベットから起き上がった。

 階段を降りてリビングへ入ると、怒った顔をした元助が織斗と姫未を出迎えた。


「おはよう、爺ちゃん」

「遅いぞ、織斗! 早く食え!」


 足の悪い元助は余程のことがない限り二階に上がって来ない。だから織斗の起床が遅くても、こうして小言をいうしかしないのだ。

 早くしろと急かされて、いつも通りの時間に家を出る。門扉を開けると太陽が昨日と同じ位置に登っていて、普段通りの朝が来たことを告げていた。

 

「あれ、なんか普通……夢だったのかも……そうか、夢か!」


 おかしな夢を見た。

 妙に生々しいし記憶もはっきりしてるけど。そんなことよりも時間がやばい。いつもよりも遅い時間にいつもの通学路を駆け抜け、織斗は学校へと急いだ。

 織斗の自宅は閑散とした住宅街にあるが、人通りはそれなりにある。今は通勤通学の時間帯だけあって、目に見える範囲に歩行者と車の姿があった。

 しかし走ってからしばらく経ち、織斗は違和感に気付いて立ち止まった。


「人少ない……いや、いなくね?」


 いつの間にか人通りがなくなった。振り返って見ても同様、車すらいない。

 あ、これ昨日と同じ状況だ。

 恐る恐る視線を正面に戻すと、道路の真ん中に男子中学生が立っていた。アニメキャラの女の子のお面を被っていて顔は見えないが、織斗の通っていた中学の制服が男子のものだった。

 ひょろっと背の高い細い体躯、艶やかな黒髪。


「神木の当主さんですよねぇー? おはようございまーす」


 なよっとした喋り方、軽快な声と共に、少年が野球ボール程度の大きさの球体を織斗に投げつけた。


「は、え? なにっ!?」


 反射的に身をかわす織斗。地面に落ちた球体がその場でバチィっと電気を発して、爆発した。

 直径一メートル程度の、焦げた跡が地面に残る。


「焦げ……電気が爆発して……そっか、敵一族……」


 混乱と動揺で頭が回らない。戦わないと、と思いポケットに手を入れるが……


「あれ? トランプ……やべ、机の上に置きっぱだ! え、どうしよう、どうしたら……ひめみ、姫未ー!」


 咄嗟に彼女の名前を叫ぶ。何事かと攻撃の手を止める少年の眼前を、ヒュンと緋色のなにかが横切った。

 宙を舞っていたそれが、織斗の前で飛行を止める。


「トランプ忘れるとかバカなの? 敵はいつ襲ってくるかわからないんだから」

「ありがとう姫未! マジでありがとう!」


 姫未からトランプを受け取った織斗が少年へ向き直る。つられて、姫未も少年のほうへ目を向けた。


「正気を保ってるわね。血の匂いもしないし、ナンバーズかな?」

「ナンバーズ?」

「一族の中でも特別な術力を持つ子たちで、当主の血がなくても……」


 しかし話の途中で、少年が電気の球を織斗たちめがけて投げてくる。

 織斗はトランプからスペードの3を取り出し、数字の面を少年に向けた。


「えっ、ちょっと待って。スペードって水よ? 電気に……」

「解印!」


 姫未の忠告も届かず、トランプから溢れた水が電気の球目掛けて飛び出した。


「……え、電気に対して水使っちゃう?」


 呆れたように呟いた少年、すぐさま反対の手に持っていた球をもう一つのそれに向かって投げる。

 二つの球がぶつかり、激しい音と共に空中で稲妻が弾ける。

 電気を纏った水はそのまま地面に落ち、軽い爆発を起こして消えた。


「……理科の実験みたい」


 呆然と眺めていた織斗だが、姫未に耳を触られて振り返った。


「やめ……耳やめて、ほんと!」

「なにやってんの! 電気に対抗して水を出すって、あんた本当に馬鹿ね」

「あ、電気に水ってダメなんだっけ? 水タイプが弱いんだよな?」

「なによ水タイプって」

「それより攻撃……」


 正面に向き直る織斗だが、少年の姿は消えていた。

 トランプ片手に惚ける織斗。

 やがて背後から犬の散歩をしている人が歩いて来て、住宅街の人通りが元に戻った。


「逃げ……られた?」

「よかったわね、逃げてもらえて。普通にやりあってたら負けてたわよ」

「そっか、よか……よくねぇ! 捕まえるんだった!」

「捕まえる?」

「下っ端捕まえて向こうの当主の情報聞き出そうと思ったんだけど……無理、疲れた」


 地面に座り込む織斗。

 道ゆく人が不思議そうに織斗を一瞥し、しかし足早に通り過ぎていった。

 肩に乗った姫未が、再び織斗の耳を突く。


「あはははははっ! やめ、マジでやめて!」

「捕まえるなんて無理でしょ、今のあんたじゃ」

「仕方ねーじゃん、あいつの武器すごかったじゃん」

「あんたの武器のほうがすごいの。だいたい普通の子は一人一属性で、全部使える当主は一族の中でも一番強いんだからね」

「一人一属性?」

「電気系の子は電気しか扱えない、水系の子は水だけとか、一人一つなの。普通の術師はね」

「普通の術師か……俺は普通じゃない、当主だからこんなに弱いのか」

「だから、逆! あんたが一番強いの! ていうか織斗、昨日も言ったけど、私の姿は一般人には見えないからね?」


 姫未の言葉に、織斗ははっとして顔を上げる。

 通り過ぎるうちの何人かが、ちらちらと織斗に視線を向けていた。


「学校行くか……学校? まって、いま何時!?」


 慌てて時間を確認すると、八時半を過ぎていた。


「遅刻! どう頑張っても無理! ……帰ろう」

「今の時代の学校は、そんなに気軽にお休みしていいものなの?」

「姫未、ちょっと電話してくれない? 神木織斗くんは今日、お休みしますって。理由聞かれたら足が遅くて電車に間に合わなかったとでも言っておいてくれ」

「あんた、昨日めちゃくちゃ足速くなかった? 術使ってないのに、力解放してる敵一族の子から普通に逃げてたわよね? ていうか、だから、私の声は一般人には聞こえないってば」

「今から行くの嫌なんだけど。遅刻すると広に怒られるんだよ」

「ひろ? ……ひいろ?」

「ひろだよ、緋真広。同じ学校で同じクラス……そういえば俺、小学生の時からずっと広と同じクラスだ……怖。そんなことより学校……」

「あ、待って」


 駆け出そうとした織斗の耳を、姫未が引っ張った。

 笑いそうになった織斗だが、何とか堪えて姫未に向き直る。


「なに? 俺、遅刻してんだけど……」

「あんたが術師だとか始祖の一族だとか、昨日話したことは他の人に言っちゃダメだからね?」

「え、なんで?」

「当たり前でしょ、常識的に考えてよ。それと、宿縁抗争以外で術力を使わないこと。わかった?」

「よくわからないけど、わかった」

「どっち?」

「わかっ……痛! 耳の中に手入れないで! あはははははっ! わかった、わかったから!」


 くすぐられ過ぎて涙目になっていた。

 織斗は目を擦り、鞄を抱え直す。


「大丈夫。俺、口はすげー軽いけど約束は守るタイプだから」

「……口軽いの?」

「言うなって言われたことは言わない。嘘はつけないから、追求されたらどうかわかんねーけど」

「ダメでしょ、それ」

「とりあえず学校! 俺、もう行くから」

「いってらっしゃい」


 ポンっと背中を押され、織斗は思わず振り返った。

 首を傾げる姫未と目が合う。


「なに?」

「あ、いや……いってきます」


 正面に向き直り、足を踏み出した。


『いってらっしゃい』なんて、久しぶりに聞いたかもしれない。

 朝バタバタして、祖父にちゃんと挨拶できない自分が悪いのだが。

 空を見上げると、相変わらず雲ひとつない快晴だった。

 だけど昨日とは違う。

 確かにに違う。

 今日という朝、背中を見送ってくれる小さな少女。



 目が覚めたら世界が変わっていますように。

 そう願って何度、同じ朝を迎えただろう。


 今日は違う。

 新しい朝が始まった。


 その期待とわくわくを胸に、織斗は学校への道を駆けた。


一話終了です。読んでいただき、ありがとうございます!

ストックはあるので、長く楽しんでいただけるとは思います。

先をどんどん書いていきたいので、気になる・面白いと思っていただけましたらその段階からでいいので、応援よろしくお願いします。

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