第一話 面倒くさいから和解しよう
「呑気に構えておるがな、織斗。お前は今後また今日みたいに命を狙われるんだぞ」
「えっ、マジで。今日だけでめっちゃ疲れたんだけど」
「敵一族の子封印したから織斗の存在バレちゃったしね、今後容赦ないでしょうね」
花瓶に生けてある花を指で突きながら姫未が言う。紫陽花とたいして変わらない大きさ、平安時代のお姫様のような着物、ただし丈が短い。
「ていうか、お前なに?」
織斗の問いに、姫未が顔を上げる。
「私? だから姫未だって」
「名前じゃなくて、存在? 小さいし服も変だし」
「変じゃないでしょ! 十二単知らないの?」
「十二単にしてはスカートの丈が短くね?」
「これはアレンジ。第二次世界大戦終わったあたりからミニスカートが流行り出して、その頃に私も思い切って衣装チェンジしてみたの」
「衣装チェンジって……第二次世界大戦?」
「あ、そっか。織斗は私のこと知らないんだっけ?」
花瓶からぴょんとテーブルに降りた姫未が、織斗の前まで歩いてくる。
身構えた織斗だが、姫未はただにこっと微笑んだ。
「簡単に言ったらトランプの妖精かな? 宿縁抗争が始まった頃、つまり千二百年前から二族間の戦いが起きるたびに神木家に寄り添ってきた、守神みたいな存在なの」
「妖精……あぁ、だから小さいのか。つーか千二百年前って、ガチババァもガチ超えたスーパーウルトラババァじゃん」
「ちょっと待って、口が悪すぎない? 元助、あんた孫にどんな教育してんの?」
言葉を挟む気すら起きない、元助は指でこめかみを抑えて軽く深呼吸した。
「とにかく、明日に備えてもう寝なさい、織斗」
「え、まだ夜ご飯食ってない」
「鍋にカレーがあるから、自分で食べなさい」
「爺ちゃんは?」
「この状況で飯なんか食えるか!」
「えー、腹減るけどなぁ。つーか明日もその敵一族ってやつが襲ってくる感じ? ていうか敵一族ってなに? なんで俺を襲ってくんの?」
「お前が神木の当主だからだ」
「でも俺関係ないじゃん、何も知らなかったし」
「関係なくはない、神木の血が流れているどころかお前は本家の長男だ」
「だから知らねーし。あ、そっか、さっき封印したやつ婆さんの仇とか復讐って言ってたな。俺に関係なくても、爺ちゃんとか父さんのこと恨んでんのか」
ピクッと、元助の眉が動いた。
「あの子の祖母の年齢なら、元助が当主の代の宿縁戦争でいざこざがあったのね」
目元を引き攣らせている元助の様子に気づかず、姫未が空気の読まない質問をする。
織斗もまた、祖父の顔は見えていない。
「爺ちゃんも敵一族ってやつに棘がある感じだし、そりゃ家族に『こいつは敵だよ』って言われて育ったら、自分に関係なくてもあいつは悪いやつだって思っちゃうよな」
はははっと笑いながら話す織斗の言葉に、元助は何も言えなかった。
疑いもしなかった。生まれた時から向こうの一族は敵だった、物心ついた時にはそれが常識になっていた。
自分が何かされたわけでもないのに、会ったことがあるわけでもないのに相手が悪いと……
「つーかさ、和解すればいいんじゃね?」
「和解?」
ようやく元助が顔を上げる。
テーブルの上の姫未も元助と同じように、何言ってんだこいつという風に首を傾げた。
織斗はよほど腹が減っているのか、テーブルの隅に置いてあった小分けのお菓子の封を開け、チョコレートを口に含んだ。
咀嚼したところで、再び話を始める。
「向こうも一族ぐるみってことは当主がいるってことだろ? 向こうの当主と話して、宿縁戦争? 抗争? 俺たちの代でやめようって話する」
「そんなことが……」
「あー、簡単にはできないか。今日のやつもめっちゃ怒ってたしな。でもマジで関係ないじゃん、婆さんの初恋がどうとか聞かされなきゃ知らなかった話じゃん。自分の人生を家族に奪われるってすげー変だと思うけど。それが普通になってんだよな、神木や向こうの一族の中では」
やはり聞けば聞くほど耳が痛い、と元助は思った。反論する言葉も見つからず、ただ黙って織斗の話を聞く。
「まぁとりあえず話しなきゃな、よくわかんねーし。だから敵一族のこと教えて欲しいんだけど」
「……言えない」
「言えない? 当主じゃなくなったから相手の事は忘れたってこと?」
「…………」
元助は無言で姫未を見つめた。視線を送られた姫未は「えっ?」と明らかな動揺を見せ、わざとらしく視線をそらす。
「私も、知らないー」
「は? なんで? 千二百歳なんだろ?」
「言い方が嫌味! 私は前の宿縁抗争終わってからトランプの中に封印されてたし。宿縁抗争の時以外、不用意に神木に近づかないし」
「姫未も相手のこと忘れてるってこと? ヤバくね、老化しすぎだろ」
「ちょっと待って。千二百年生きてるけど体は老化してないからね?」
「じゃあ中身だけボケてるってこと? 老害じゃん」
「ちょっと待て」
「それより腹減ったんだけど。ご飯食べていい? 爺ちゃん食欲ないんだっけ? 姫未は?」
「私は食べなくても生きていける」
「じゃあ俺一人で食べるな。マジ腹減ったー」
椅子から立ち上がった織斗がキッチンへ向かう。
取り残された姫未と元助は織斗の背中を見送り、やがて目線を合わせた。
「元助あんたさ、孫の育て方失敗してない?」
「失敗なんて言わんでください。勉強はできないし面倒くさがりで大雑把でアホだけど、いい子なんです」
「いい子ってのは認めるけど」
「わっ、今日牛すじカレーじゃん、ラッキー!!」
キッチンから聞こえてきた声に、姫未と元助は同時に呆れたようなため息を吐く。
「アホってのも認める」
姫未の言葉に、元助は小さく頭を下げて「すみません」と謝った。




