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第73話 また明日



 放課後、授業が終わってすぐ咲は広の席へ向かった。

 机に顔を伏せ、まるで居眠りしている様子の広を見て、咲は自身の手のひらを見つめる。

 広の寝起きが酷いことは以前、遼馬と戦った際に知った。起こし方にコツがあって、上手に広を起こすことが出来るのはあやめしかいない。


「家電を叩くイメージ……だっけ? えっと、人差し指を、十五度?」

「もしかして、俺を起こそうとしてる?」


 くくっと笑いながら、広が顔を上げた。


「右手の親指を立てて、他の指は十五度にそらす。って、あやめが言ってた」

「広、寝てなかったんだね」

「寝るわけないだろ、こんな場所で。あやめがいないのに」

「ちゃんと起こしてくれる人がいないもんね……大丈夫?」


 咲の言葉に、広が虚な表情で微笑む。昼休憩の時の夢現とは明らかに違う、顔色が悪く体調不良が目に見えてわかった。

 心配して声をかけようとする咲の肩にぽんっと、手のひらが乗る。


「なにお前、すげー顔色悪いじゃん。悪い物でも食った?」


 咲の肩越しに、織斗が言う。

 広は織斗を睨み、深くため息を吐いた。


「悪いものがあったとすれば、川谷の飴だな」

「あ、やっぱり? それで気分悪くなった? すげー笑える。美味しかった? 川谷の飴、美味しかった?」

「織斗くん、ちょっと……」

「……咲、川谷から飴をもらってきてくれ」

「えっ? いやいやいや、織斗くんに変なもの食べさせたくないから」

「…………」

「咲は俺のこと好きだからなー。そういえば、血って大丈夫なんだっけ?」


 織斗の言葉に、広と咲は同時に首を傾げる。


「遼馬の時だって、広の血を飲んであんなことになっただろ?」

「あれは、俺の血だったからだろ?」


 虚ろな表情のまま、広が答える。


「一般人の血を飲んでも術力には影響しない。そんなこと気にしてたら輸血も出来ないし、日常生活も困難だろ?」

「私が知ってる中でも、一般人の血を摂取するのは……あ、でも時雨……緋末の従者から、他人の血を飲むなって言われた」

「時雨?」


 その名前を聞いた広の表情が途端、厳しいものに変わる。


「いつ?」

「えっと、遼馬くんと戦ったとき」

「あの夜? 時雨がいた? 織斗もその話聞いたか?」

「いや、俺は戦うのに必死だったから。あいつがいたことも知らない」

「時雨が言ったことなら気にしなくていい。万事がテキトーなやつだから、あれは……それより眠い」


 はぁーと、ため息を吐いた広が机に顔を伏せる。

 これは只事ではないと、織斗と咲は目を合わせて広に向き直った。


「広、大丈夫?」

「家まで送ってやろうか?」

「冗談じゃない。神木の当主がうちの屋敷に来るなんて……咲ならいいけど」

「咲はダメだろ。屋敷にはあいついるよな、昨日も来てた、咲に惚れてるやつ……そういえば広、怒ってないの?」

「怒る? 何が?」

「昨日のメッセージ」

「……次あんな馬鹿やったら、土管と一緒に頭を切る」

「忘れてたんじゃねーか」


 ケラケラ笑う織斗だが、広に睨まれて言葉を止めた。


「今日はどうする? 寝とく?」

「いや、夜までには治す。また後で」

「でも広、辛そうだよ?」


 食い下がろうとする咲の腕を、織斗が掴んだ。

 咲を押し除けて、広と向かい合う。


「俺は正直、広の家というより、広が面倒くさいやつだと思う」

「……言われなくてもわかってる」

「今日は早めに解散できるように、理由というか言い訳考えとけ」


 織斗の言葉に、広はふっと軽い笑みを浮かべた。


「ありがとう、織斗。じゃあ、また夜に」

「夜? 違うだろ」

「違う?」

「夜は敵だろ、俺たち。だから、友だちとして会えるのは明日の朝だ。また明日な、広」


 呆気にとられた広と咲だが、やがて同時に笑みを浮かべた。


「また明日ね、広」


 咲が追随する。

 広は笑みを浮かべたまま、踵を返して歩き出した。


「また明日、織斗、咲」


 いつもよりゆっくりとした動作で教室を出て行く広。

 その背中を見送ったあとで、織斗が咲に向き直った。


「よし、俺らも帰るか!」

「あ、ごめん。織斗くん、私用事ある」

「用事?」

「絵莉ちゃんがね、バレー部に見学に来ないかって」


 制服の裾をいじりながら恥ずかしそうに言う咲が、ちらっと顔を上げた。

 織斗が咲の視線を追うと、廊下の窓から顔を覗かせていた大原絵莉が制服のカッターシャツを脱いで、バレー部の練習着を見せつけてきた。 


「だ、ダメかな?」


 側には、遠慮がちな咲の声。


「ダメじゃねーけど……咲、バレー部入んの?」

「あ、ううん。見学だけ。入らなくていいから、たまに助っ人来てくれないかって」

「……え、デジャブ。ちょっと前も同じ会話したよな……小原おまえ! 咲のことバレー部入れる気満々じゃねーか!」


 織斗が叫ぶと、絵莉は笑いながら親指を突き立てるポーズをした。


「過保護なのよ、お兄さんは。咲なら大丈夫、私が守るから!」

「どっちかってーと守られる側だけどな、小原は。気をつけて行ってこいよ、咲」

「えっ、いいの?」

「なんでダメって言われると思ってんだよ。あ、ボール壊すのはダメだからな。気をつけてってそういう、力を加減しろってことだからな?」

「大丈夫、ありがとう!」


 バッと、咲が制服のカッターシャツを脱ぐ。その下には絵莉と同じ、バレー部の練習着を着ていた。

 

「えっ、いつから……つーか、練習着に着替えたなら制服着る必要なくね……?」

「行ってきます、織斗くん!」

「あ、あぁ……いってらっしゃい」


 目まぐるしい出来事についていけず、咲の背中を見送る織斗。ふと、ひらひらと揺れるフリルスカートが目についた。


「スカートか……え、短すぎだろ? ダメだろ、あれ」


 以前、凛が現れた日の朝に祖父が言っていた、『咲のスカート丈が短い』と。その言葉を思い出し、咲のスカートの裾を見つめる織斗。

 しかし背後から視線を感じて振り返ると、織斗の真後ろに川谷が立っていた。


「神木、なに見てるんだろーって思ったけど……もしかしてお兄さん、双子の妹のスカートガン見してる?」


 真横で言う川谷の表情が意味わからなすぎて怖くて、織斗は自分の祖父が女子高生(孫)のスカート丈をガン見していたところから川谷に説明を始めた。

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