第72話 他者の血がついた飴
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広と咲が教室に戻ると、織斗と川谷が取っ組み合いをしていた。
目配せし、咲が織斗に声をかける。
「織斗くん、川谷くん、なにしてるの?」
「あ、咲、おかえり」
「聞いてよ、妹ちゃん! 君のお兄さん酷いんだよ! 見て!」
川谷が右手を掲げると、指を含めてぐるぐる巻きにされた包帯から血が滲み出ていた。
「ごめん咲、鞄の中から包帯借りた」
「それは、いいんだけど……下手過ぎるよ?」
血が滲んでいるようでは意味がない、と、咲は包帯を解いて傷口を見た。
親指の付け根から手首にかけて、線のようにある傷口から血が滴っている。
「保健室……には行ってないよね。消毒は?」
「消毒?」
「……ごめん、絵莉ちゃん。私の鞄から消毒液とって」
「消毒液なんて持ち歩いてるの? 咲、女子力高すぎでしょ」
咲が川谷の傷口を手当てしている間に、絵莉が事の詳細を話し始めた。
織斗の寝不足を心配した川谷が、眠気覚ましになる辛い飴があると言って飴の缶を取り出した。だが缶の蓋が固くて力づくで開けた拍子に、切り口で手を切ったとのこと。
「缶の切り口で切っただけでは、こんなに血は出ないよ?」
「血の気が多いからな、川谷は」
「神木、その言葉って褒めてる? それとも馬鹿にしてる?」
「どっちかわかんねーってことはバカなんだろ」
「神木の方が成績悪いだろ! この前の日本史のテスト!」
「三十二!」
「同点だな!」
「神木も川谷も、どっちもバカでしょ」
「……絵莉ちゃん、四十三点だったよね? 平均点七十点のテストで」
「……咲と緋末くんは、百点だったのよね」
しーんと、空気が重くなる。
その様子を静かに見ていた広が、呆れたようにため息を吐き、織斗に昼食の入った袋を差し出した。
中身を確認した織斗が、首を傾げる。
「え、広のおごり? 怖いんだけど」
「俺が買うわけないだろ。咲に礼いって、もう一回謝れ」
ぱっと織斗が咲に視線を送る。
川谷の手当を終えた咲が俯き、「ごめん」と小さく口にした。
「怒ってたにしても、無視するのはやり過ぎだったと思う。ごめんね、織斗くん」
「いや、謝るのは俺だから。うるさかったよな、本当ごめん」
「うるさいから怒ってたんじゃなくて……私、あの目が苦手で」
「目?」
「あ、えっと、メロンパンでよかった? 織斗くん、好きだよね?」
「すげー好き。買ってきてくれたんだな、ありがとう」
織斗と咲が普通に話始めたところで、広は安堵して自分の席に着いた。
その様子を見ていた川谷が、広を追いかけて飴を差し出す。
「……なに?」
怪訝そうな表情の広が、じっと川谷を睨む。
川谷は飴を差し出したまま、微笑んだ。
「この飴辛いから眠気覚ましになるんだ。緋末もどーぞ」
「……少し前に同じような台詞を聞いたんだけど、男から言われると気持ち悪いな」
「え? なに?」
「いらない。飴の類はいま、食べないようにしてる」
「え、なんで? いいから食べとけって、美味しいから!」
「いらないって、本当に」
面倒くさそうにため息を吐く広。
その一瞬の隙をついて、川谷が広の口に飴を押し込んだ。
「「あ……」」
織斗と咲は同時に声を上げ、息を呑む。
「これ、結奈ちゃんの飴だったら……」
「めっちゃ笑えた」
「……私は笑えない」
「結奈の封印術ってハード過ぎると思ったたんだけど、案外簡単に出来るな」
「いや、今のは……広、油断してたし」
「まぁ、大丈夫だろ。今のはただの川谷の飴だから……川谷の飴って言い方、なんか気持ち悪いな」
「織斗くん……」
双子の言葉通り、封印術が出るなんてことはなかった。
しかし……
「馬鹿が! 殺す気か!」
咄嗟のことに、広は飴を丸ごと飲み込んでしまった。
広に怒鳴られた川谷は「あ、ごめん」と悪びれなくヘラヘラ笑っていた。
「ねぇ、その飴……川谷の血が入ってるわよね?」
だが、絵莉の声に、全員の視線がそちらに集まる。
絵莉は首を傾げながら、缶の中を確認した。
「ほら、やっぱり。手を切ったとき、ボタボタって缶の中に血が入ったから……」
絵莉が見せつける缶の中には、表面に血が塗られた黄色い飴がいくつか。
「緋末くん、飴と一緒に川谷の血を飲んじゃったのね」
「…………」
ガッと広が口元を押さえるが、飴はすでに喉元を通り過ぎていた。
「え、飲んだ……俺、飴飲み込んだんだけど……」
「なにショック受けてんだよ、広。たかが血だろ、川谷の」
ケラケラと笑う織斗を咲が諭すが、時すでに遅し。
飴の缶を絵莉から奪い取った広が、ゆらりと織斗に歩み寄る。
「そうか、たかが川谷の血か……じゃあ、織斗おまえ、この飴食べれるよな?」
「えっ? いやいやいや、無理! 川谷の血とか気持ち悪いし、そもそも川谷の飴ってだけで無理!」
「うん、じゃあ織斗、飴食え」
「え、ちょ……無理無理無理! やめて、広!」
「やめて神木緋末コンビ! 俺の飴で遊ばないでっ!」
逃げる織斗と、それを追い回す広。追随して何故か、川谷まで二人を追いかけて行った。
織斗が騒がしいのはいつものことだが、広が走り回っているのは珍しく、クラス中の注目の的となった。
呆然と様子を見ていた咲だが、絵莉に肩を掴まれて振り返る。
「教室うるさいから外の花壇のとこで食べよう、咲。あれ、またメロンパン? 兄妹揃ってそれ好きねー」
「……絵莉ちゃん、冷静だね」
「ほっといたらいいわよ、どうせ後から三人で仲良くご飯食べるんだろうから。行こう」
絵莉の言葉通り、昼食を摂り損ねた織斗達が五時間目の終わり、三人で言い争いながら遅めの昼食を食べていた。




