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第71話 二人分のメロンパン



 翌日、織斗が目を覚ますと咲の姿はなかった。

 学校に着いて咲の姿を見つけた織斗は安堵したが、咲の機嫌は直っておらず、謝罪は昼休憩まで続いた。


「まだ怒ってる?」


 昼休憩が始まってすぐ、織斗は咲の席へ駆け寄った。

 咲は目を合わせず、教科書を片付ける。


「怒ってるように見えるなら、そうなんじゃない?」

「ホントごめんて」

「…………」


 無視する様な形の咲と、その顔を覗き込む織斗。

 そこへ、昼休憩はいつも咲と過ごしている小原絵莉おはらえりがやってきた。


「うわ、神木。まだ咲につきまとってんの?」

「謝ってんだよ、俺は」

「昨日のことは神木が悪いわよ。なんでそっちが寝不足なの? 目の下にクマできてるじゃない」


 絵莉の言葉に顔を上げたのは咲だった。

 しかし織斗と目が合いそうになると、慌てて顔を背ける。


「私、売店行ってくる」


 顔を背けたまま、足速に教室を出て行く咲。

 唖然とそれを見送る織斗と絵莉だったが、やがて絵莉がちらりと織斗を一瞥した。


「すっかり嫌われたわね、お兄さん」

「いま言うなよ……空気読んでくれ」


 はぁーっとため息をついた織斗が、頭を抱えて振り返る。


「あれ? 広は?」


 そして広の姿がないことに気がつき、川谷かわやに声をかけた。


「緋末なら売店行くって出て行ったけど、神木には何も言わなかった?」

「聞いてない。俺、咲のとこいたし」

「あぁー、それで声かけづらかったのか。それ以前に今日の緋末、様子がおかしかったし」

「様子がおかしかった?」

「ぼーっとしてるというか、寝不足? 夢現って感じだろ、今日一日」

「へぇー……そういえば俺、朝から咲のことばかりで広とまともに話してないかも」

「あぁー、妹ちゃん怒ってたもんな」


 他人事だとわかっていて、川谷は愉快そうに笑う。

 織斗は今日何度目かのため息をつき、自分の席に腰を下ろした。

 自分も昼食がなかったが、咲の後を追うのは気が引けるので売店に行くのはやめておいた。





 教室を出た咲は、廊下の向こうに広の姿を見つけて足を速めた。


「広も売店?」


 背後から声をかけると、広の肩がびくぅっと跳ねた。

 ぐるんと首を回して振り返る仕草が大袈裟で、逆に咲の方が驚いてしまう。


「あぁ、なんだ、咲か」

「えっと、あ、急に声かけてごめんね?」

「いや、別に……売店? あぁ、今から行くけど」

「私もなの、一緒に行こう」


 断る理由もなく、広と咲は並んで歩く。

 しかし咲はすぐに、広の様子がいつもと違うことに気がついた。

 心ここにあらずというより、夢現のような。


「広、寝不足?」


 咲の声に、やはり広は大袈裟な反応を示す。


「あ、ごめん。いや、寝不足というか……」

「寝起き?」

「……今の俺、寝起きの態度とってる?」

「大丈夫、普通だよ」

「ならよかった……夢を、見たんだ」

「夢?」

「妙にリアルな夢で。起きてすぐも、今もまだ、覚えてて……」

「夢見てる時は眠りが浅いっていうよね。ちゃんと寝れてないのかな?」

「いや、寝れたのは寝れたけど……」


 広が視線を落として咲の顔を見つめる。しかし咲が振り向くと、ぱっと顔を背けてしまった。

 その動作が先ほどの織斗と自分のそれに重なり、咲は少しだけ自己嫌悪した。怒りを表現するにしてはやり過ぎだったかもしれない、と。

 ほぼ無言で昼食を購入し、教室に戻る途中の廊下で咲がぽそりと呟いた。


「話、しようかな……」

「話?」

「えっと、織斗くんと喧嘩して、今日一日無視してたの」

「あ、そうなんだ」

「……広、今日本当におかしいね。体調悪いなら無理しないで早退してね?」

「大丈夫、そういうのじゃないから」

「でも……」

「前にもあったな、こういうの」


 広の言葉に、咲は首を傾げる。

 しばらくして、それがいつの事か思い出して笑った。


「鮭入りのオムライス? あやめちゃんが作った半生の」

「初心者なのにあいつ、ハードなもの作りたがるんだよな。最近は魚料理にハマってる」

「魚料理?」

「先週かな? 牛乳に漬け込んだ野菜の中に鱈を入れた料理食わされた」

「牛乳に鱈かぁ……」

「いや、それは結構美味しかった。人参と玉ねぎと、卵が丸ごと入ってたこと以外は」

「卵丸ごとというのは?」

「殻ごと、そのままだな」

「あははっ、やっぱり」

「……今度さ、料理教えに来て」

「料理? 広に?」

「俺も頑張らなきゃいけないけど、まずはあやめに。やる気はあるけどどうすればいいかわからないみたいで、一人で空回ってるから。今度、あやめに料理教えてやって」

「……行く、絶対いく!」


 途端、咲の顔が綻んだ。

 嬉しそうな笑顔を広に向ける。


「い、いつがいいかな? 今日……は私、用事あった」

「その前に織斗と仲直りしてからだな」

「え?」

「前だってそうだったろ? 変な勘違いしてうるさかった。お兄さん、咲のことになると必死になるから」


 ふっと微笑む広を見て、咲も同じ笑顔を返した。


「広は本当に、優しいね。いつも、私たちを助けてくれるね」

「今回のは仲介しなくていい気するけどな。それ、二人分だろ?」


 広の視線の先には、咲が売店で購入した昼食の袋。

 中身はメロンパン二つとおにぎりだが、咲が自分で食べるのは、メロンパン一つだけ。


「優しいのは咲だよ」


 ぽんっと手のひらを咲の頭に乗せ、広はまた歩みを進める。

 咲は二人分の昼食が入った袋を握りしめ、広の後を追った。

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