第68話 昼は友だちで夜は敵
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午後九時過ぎ、織斗と結奈は自宅近くの公園にいた。
街灯が照らす暗い公園、地面はデコボコに荒れ、遊具は破壊されていた。
「毎回だけど、激しすぎる!」
「ちょっとお兄ちゃん、こっち来ないでよ!」
結奈が隠れていた大きな土管に織斗が入り込む。結奈が使うのは召喚術なので、術師本人は離れた場所にいても問題はない。
だから結奈は安全地帯にいたのだが、織斗が来たことによって慌てて追い出そうとする。
「お兄ちゃんがこっち来たら、ここ狙われて危ない……」
ちょうどその時だった。
スパンッと音を立て、土管が半分に割れた。
織斗と結奈の頭上に星空が広がる。
「よかった。首切れてたらどうしようかと思った」
日本刀を握り返しながら、広が言う。にこっと、明らかな作り笑顔を浮かべて。
土管の上部が地面に落ちる。
広はその日本刀で、幅三メートルはある土管を地面に平行に、真っ二つに切ったのだ。切れ目は織斗の頭ギリギリで、あと五センチ下だったら頭が切れていた。
唖然として動けない織斗と結奈。だが、駆けつけたブラックが結奈を掴み、公園の隅に連れて行った。
「わっ、ブラックありがとう。ナイスタイミング! お兄ちゃん、私このまま帰るから!」
「は? ……え?」
「ドラマ録画するの忘れてたの、ごめん! (わざとだけど)」
「心の声漏れてるからな! いや、ちょっ……」
ピュンと、今まで苦戦していたのは何だったのかという勢いでブラックと結奈の姿が消える。
「嘘だろ、俺一人……今日マジのやつがいるからやばいんだけど」
ちらっと、織斗が背後に目を向ける。
少し離れた場所にいた男と、その隣にいたあやめが織斗に向かって術を放っていた。
「容赦! 日本語わかる? 二対一って最初から不利だから!」
織斗はカードを複数枚取り出し、敵との間に二メートル平方の盾を作った。
バンっと、あやめの水柱と家臣の男の蔓が盾にぶつかって弾かれる。
「能力ていうか、トランプを上手く組み合わせて使えるなら当主が一番有利なんだから、二対一でちょうど良くない?」
ぴょこっと、織斗の胸ポケットから顔を覗かせる姫未。
織斗は目線を正面に向けたまま、話を続けた。
「頭悪いやつが頭使って戦えるわけないだろ! つーか弱いから、俺!」
「……情けないと思わない? 自分で」
「思う! けど、俺、一人じゃ勝てねーんだよ。そういう性格だから!」
「仕方ない、寂しがみ屋の織斗くんに助言してあげる。ハートの7、8、10で一気に攻撃。これなら水も消せるでしょ」
「ハート7、8、10、解印!」
ぶわっと燃えあがる炎が、カードから放たれて盾にぶつかる。
「何してんの? 自分の作った盾に攻撃あててどうするの?」
「……人間てのは、目の前に盾があったら攻撃する生き物なんだ。登山家が山登りする理由が、そこに山があるからであるように」
「なに言ってんの? 日本語の使い方、あやめちゃんに教えてもらえば?」
「あいつから学べる日本語はない。あ、でも英語は普通に喋れるらしいぞ、さすが緋末だよな」
「待って織斗、それどころじゃないかも」
姫未が指差す先では、織斗の放っている炎が巨大な盾のちょうど真ん中部分に当たっていた。
ピキッと、炎のぶつかっている場所に小さなヒビが入る。
「……なんで炎でヒビが入るの? あの盾、どういう素材で作ってる?」
「え? えーっと、なに使ったかな?」
しかし考える間も無く、炎は盾を突き破った。
パキバキッと大きな音を立て、盾が粉々に砕け散る。
その破片は炎を纏い、公園中に飛び散った。
「うわっ、なにこれ! すげー!」
ひらりと身を翻し、炎の破片を避ける織斗。
「運動神経よすぎでしょ、あんた。頭悪いのに。脳筋なの?」
織斗の肩に乗る姫未は呆れたように呟く。
広はというと、その場から動くことなく刀を一振りし、自身の周りに降りかかってくる破片を消した。
横目を向けると、蹲って頭を抱える家臣の男と、かんざし片手に炎の破片を防いでいるあやめの姿があった。
「術の使い方がうまいな、あやめは」
ポツリと呟き、広は地面を蹴ってあやめと家臣の男の元へ飛んだ。
再び刀を振ると、一瞬にして公園内の破片が消滅する。
「あ、当主様……すみませ……」
「危なかったな。これに懲りたらもう、戦いに来たいなんて言わないことだな」
「それは大丈夫です! 次の時もまた連れてきてください!」
「…………」
広は困ったようにため息を吐き、術を解いた。
踵を返し、家臣の男に背を向ける。
「もういいだろ、帰るか」
「え、あ、当主様!」
家臣は立ち上がり、慌てて広を追う。
その後に続くあやめ。
しかし公園の出口に来た時、「ちょっと待て!」と織斗が叫んだ。
「毎回思ってたんだけど、たぶんそっちの家臣も同じこと思ってるんだろうけど、どうして当主のお前が、本気を出さない?」
織斗の質問に、広は眉をひそめる。軽蔑するようなあやめの目。
家臣の男はオロオロとしながら広の言葉を待った。
「馬鹿が」
しまった、声が漏れた。と広は思った。
なぜ今それを聞いてくるのか。この関係が家臣にバレないように、必死に演技しているというのに。
「答える義理はない」
はぐらかして逃げようとする広だが、
「答えになってない!」
織斗の追撃に、足止めをくらう。
「……いや、マジで」
「アホですか、あの人」
呆れて言葉が見つからない広と、哀れんだ表情で織斗を見返すあやめ。
「あの、当主様……」
そんな広たちに、家臣の男が恐る恐る声をかける。
「自分も不思議に思っていました。なぜ当主様はこのような中途半端……いえ、えっと……当主様が本気を出せば、神木の当主など簡単に……」
「確かに、当主様なら一発で倒せます。だけどそうしないのは、私たち家臣のためなんです」
スパンっと言い切るあやめ。
家臣の男のは「え?」と首を傾げ、広は面倒くさそうにため息を吐いた。
「あやめの言う通りだ。俺の行動には、理由がある」
「理由というのは……」
「神木の当主を倒すなんて容易いことだ。だが、俺が瞬時にかたをつけたとして、お前ら家臣は満足するか?」
「え?」
「お前は神木に対してそれ程の憎悪を持っていないが他の奴らはどうだ? 神木を敵視し、仇を打つと意気込んでいる家臣はたくさんいる。そいつらは、俺が一人で神木を倒すことを望んでいると思うか?」
「それは……」
「私ならそんなこと望みませんね」
「そう、あやめの言う通りだ。多くの者は神木を倒す瞬間を共有したい、そう願うだろう」
「えぇーっと、つまり当主様は……」
「俺は一人で戦ってなどいない。脇には常にお前たち家臣がいる」
「つまり当主様は、私たち家臣のレベルを上げたいのです」
「家臣の、レベルを?」
「俺の当主としての責務は一つ、緋末家全体の能力をあげ、一族総出で神木を潰すことだ」
「当主様は俺たちのレベルを上げるために、敢えて自分は手を出していないと……!」
「その通りです。そして当主様は雑魚な私たち家臣を傷物にすまいと、封印される前に戦いを切り上げているのです」
「微力を貸しながら動向を見守る、その理由はそういうことだな」
「さすが私たち緋末のリーダー、当主様です。素晴らしいです、当主様」
「……当主様! さすが、当主様です!」
わっと拍手が起こる。
目を輝かせ尊敬の眼差しを向ける家臣の男。
「そうと決まれば今日はもう帰りましょう! 神木の当主! 勝つのは緋末だからな、次の夜はあの子も連れて来いよ!」
織斗を指差し、捨て台詞を吐いた家臣の男は広の腕を引き公園を出て行く。
ジロリと織斗を睨む広とあやめの視線。
織斗は身震いし、姿が見えなくなるまで見送った。
「なにあの茶番。緋末の当主、寝起きだったっけ?」
姫未がボソリと呟いた。
次の瞬間スマホが鳴り、織斗は画面を確認する。
[何聞いてんだ馬鹿が! 余計なことするな緋末の家臣に俺たちのことがバレたらどうする]
怒りを露わにした、広からのメッセージ。
間髪開けず、新しいメッセージが入った。
[アホですかあなた、中学から人生やり直すんですか? 校長に話しときましょうか?]
送り主は広だが、おそらくあやめが打ったものだろう。
「えーっと、悪い。広、もしかして寝起き?」
メッセージを送ると、すぐに返信がきた。
[は?]
[当主様を侮辱してます? 頭おかしいんですか? 空飛ぶペンギンですか?]
二通目の内容に、織斗と姫未は首を傾げる。
「空飛ぶペンギンってなに?」
「おかしい、ってことを表現した比喩だろ。つーか、あやめ、打つのはえーな」
「どうする? なんて返す?」
「うーん……それにしても息のあった演技だったな。いざという時のために練習してんの?」
「あんた、それ、怒られるわよ?」
「なにが? わっ、もう返事きた」
[即興だ馬鹿が!]
[ばかばかかば! 小学校からやり直すんですか? むしろ幼稚園あるいは保育園、乳児と呼ばれる月齢もしくは胎児の頃から人生やり直したらどうですか?」
「バカがカバになってんじゃねーか、何でだよ。あやめの返信の速さも広のスマホの予測変換も怖い」
「なんて返す?」
「いや、もうやめる」
スマホをポケットに収める織斗。
「明日学校で怒られる、絶対……絶対、怒られる」
「楽しいねぇ、今の状態」
「今の状態?」
「昼は友達で夜は敵、っていう不思議な関係。今までの神木と緋末からは考えられない、おかしなことしてるとは思うけど」
「まぁ、広とはこうなる以前に友達だったし……確かに、楽しんでるとこあるな、俺。最近は封印術使わなくて済んでるし。ダメだな、宿縁抗争終わらせるのが目的なのに」
困ったようにため息をつき、公園を出る織斗。
その背中が見えなくなったところで、姫未の背後に人影が現れた。
「終わるかな? 宿縁抗争……二族の戦い」
姫未の言葉に、後ろにいた人物がため息を吐く。
「楽しいんだろ? 終わっていいの?」
「私の意志とは関係なく終わるでしょ、この関係」
「……到着したみたいだよ、あの人」
「そう……終わるわね、本当に。今の神木と緋末の、昼の関係が」
ふっと笑みを浮かべたあと、姫未は織斗の後を追って公園を出た。




