第66話 プレゼント
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翌日は土曜日。
駅前の噴水広場のベンチに、あやめは座っていた。半袖ベージュのパーカーワンピース、白くて細い腕で後ろ手をつき、足をぷらぷらさせて暇を持て余している。
艶やかな黒髪に人形のような整った顔立ち、陶器のような肌。異彩を放つあやめの姿に視線は集まるが、誰も声をかけようとしなかった。
その中で一人だけ、タタタッと軽快な足音を立ててあやめに近寄る人影。
「あやめちゃん、お待たせ」
聴き慣れた声に、あやめがぱっと顔を上げる。
そしてふわっと、花が咲くように顔を綻ばせた。
「大丈夫です、全然待ってません」
「時間ギリギリになっちゃったから……これ、なんだかデートみたいだね」
「私はデートだと思っています。咲さんとのお出かけは毎回、夜空に浮かぶ三日月を押しのけて差し込む太陽の光のような、明るくて温かくて楽しいデートです」
きらきらしたあやめの目、表情。
咲はふふっと笑い、あやめに手を差し出した。
「パンケーキのお店、リベンジしよっか」
「はい……はいっ!」
咲の手をとって立ち上がるあやめ。
手を繋いだまま、咲の服装をじーっと見つめる。ノースリーブの白シャツに紺色のミニスカート。胸元は緩いシャツのおかげでそこまで目立っていないが、細い体躯ははっきりとわかる服装。
「咲さん、オシャレさんになりましたね。可愛いです」
「あ、これ、織斗くんが選んでくれたの。私はいつもの服装でよかったんだけど」
「……いつもの服装とは?」
「ネットで可愛い服買ったの! ペガサス? ユニコーン? パステルカラーで描かれた馬が胸もとにバーンってあるやつ! スカートもね、七色の虹を意識したヒラヒラの……」
「私、以前、二度とダサい格好で外出しないでくださいと言いましたよね? 前言撤回します、咲さんはダサいです」
咲の手を引っ張るようにして歩き出すあやめ。咲は困惑しながらも、あやめについて行く。
「……咲さん、やはり、その服装は部屋着でいいかもしれません」
「どうして?」
「ただでさえ咲さんは可愛いのに、そんなオシャレな格好をしたら注目を集めてしまいます」
「注目?」
「……咲さんって、殺気には敏感だけど好意には鈍感ですよね。いえ、それでいいです。咲さんは初々しいままでいてください。私より五つも歳上ですが、ペガサスとユニコーンの違いもわからないような咲さんにはパステルカラーのファンシー幼女趣味がお似合いです」
「……もしかして、バカにされてる?」
「私服のセンスは壊滅的だと思います」
手を繋いだまま、歩みを進めるあやめ。
咲は首を傾げながら、あやめについて行った。
交差点の前にあるパンケーキ屋で、咲とあやめは向かい合って座った。
注文したフルーツケーキは作るのに十分程度かかるとのことで、咲は意を決してあやめに向き直る。
「あのね! あやめちゃん!」
窓の外を見つめていたあやめだが、咲の大声にびくっと正面に向き直る。
あやめだけでなく店内の視線も集めてしまったが、客達はすぐに顔を背けた。
「ごめん、大声出して……」
「それは構いませんが。どうかしました?」
「うん、あのね……プレゼントを」
「プレゼント?」
「あやめちゃん、この前、プレゼントがどうとかって言ってたでしょ? 広が刺された、緋末の子と戦ったとき」
「……あぁ、鏡遼馬との。交差点で当主様と会ったときですね」
「そう! あやめちゃんの作ったオムライスが半生で広がお腹壊して胃薬買いに行ってたとき!」
「…………え?」
「…………あ、これ言っちゃいけないやつだった」
ぱっと、口元を両手で覆う咲。
惚けた顔をしていたあやめだが、その時のことを思い返し、首を傾げた。
「オムライスはたしかに、作りましたが……ケチャップを練り込んだ米の上に卵が乗ってるものをイメージして作ったのですが、何故か卵が米に吸い込まれて消えたという」
「卵は最後に乗っけるだけだね! 手順間違ってるね!」
「そのオムライスを食べて当主様がお腹を壊し、胃薬を?」
「違う、違うよっ!」
「……殺意の気配を察知できる当主様がなぜ、背後に隙を突かれたのかと不思議に思っていたのですが……」
「だからね、あのっ、プレゼント!」
バンっと、咲が机の上に小さな紙袋を置く。
大きな音に再び周囲の視線が集まるが、やはりみな遠慮してすぐに顔を背けた。
「……プレゼント?」
目線を紙袋に向け、首を傾げたままあやめがいう。
咲は羞恥で俯き、ボソボソと小声で説明を加えた。
「あやめちゃん、プレゼント交換がしたいのかなぁと思って」
「いえ、私は……え?」
「だからまずは私から、あやめちゃんにプレゼントをと思って……いま、開けていいよ」
「…………プレゼント」
ピンク色の紐でラッピングされている、手のひらサイズの小さな紙袋。
あやめの細い指がそっと、紙袋に触れる。
持ち上げると同時、ふわっと、花の香りが鼻を掠めた。
「……可愛いです」
中身を取り出したあやめがぽそっと、小さく呟く。
紙袋の中には、紐のついたビー玉程度の小さな球体が入っていた。
赤と青、紫の和紙で装飾された手毬のような和柄。
紐を指で掴み持ち上げるとチリンっと小さな鈴の音が鳴り、再び花の匂いが漂った。
「香り玉……みたいなものを、作ってみたんだけど」
「咲さんが作ったんですか? 手作りですか?」
「うん。糸でくるくるって……あ、中身はちゃんと、それ専用のやつを買ったから大丈夫」
「……かわ、可愛いです」
無表情で淡々と呟き、香り玉を見つめるあやめ。
嫌だったかな、間違えたかもと不安になった咲だが、あやめを見て考えを改めた。
嬉しいを表現したオーラがあやめの周りをふわふわと漂っていたから。
「う、嬉しいです……嬉しいです!」
今度は声にだして、あやめが言った。ぎゅっと、香り玉を胸に抱いて。
咲まで嬉しくなって、「うん」と返事して微笑む。
「わ、私あの……プレゼントとかもらったことなくて……あ、宝物につけますね! いや、咲さんからもらったこれも宝物だけど……宝物が二つになります!」
わたわたと、あやめが鞄の中からかんざしを取り出した。
戦闘時に使っている、緋末の印が描かれた武器だ。
それにしゅっと、香り玉の糸をくくりつける。
「……それにつけるの?」
「はいっ、私の宝物なんです! 母が、『私には必要なかったから、あんたにあげる』ってくれた嫁入り道具で……」
「嫁入り道具?」
「あ、えっと……はい。母は母にはなれたけど、嫁にはなれなかったから、もう私に、って……」
ボソボソと、言葉尻が小さくなるあやめ。
羞恥を隠すように俯くあやめの手にそっと、咲が手を重ねた。
「じゃあそれは、あやめちゃんの子どもがお嫁さんになるまで、大事にとっておかないといけないね」
「そ、そうなんです!」
ぱっと、あやめが顔を上げる。
嬉しそうに、顔を綻ばせて話を続ける。
「あ、娘が生まれるとは限りませんが。その時はお嫁さんに……そもそも子どもがそれ以前に結婚できるかわかりませんが」
「あやめちゃん可愛いから、いろんな人が言い寄ってくるだろうね」
「それは嫌です。私は咲さんレベルの美少女もしくは純粋無垢で天使のような笑顔の愛らしい女の子でないと結婚しません、無理です」
「……うーん、じゃあ、子どもは無理だねぇ」
くすくすと笑う咲を見て、あやめはまた恥ずかしくなって下を向いた。
「でもいつか、誰かに渡せるといいね」
しかし咲の言葉に、あやめが再び顔を上げる。
「あやめちゃんが大切だと思う、意思を繋いで欲しいと思う誰かにそれを、渡せるといいね」
「はい……はいっ!」
ぎゅっと、宝物二つを胸に抱えるあやめ。
弾けるような笑顔は咲でさえ初めてみるもので、やはり自然と、顔が綻んだ。
二人の様子を遠目で見ていた店員が、空気を読んで咲とあやめのテーブルにフルーツケーキを運べたのはその二分後。
ホイップクリームがでろでろに溶けていた。




