第65話 神木の電波少女×緋末の電波少年
朝更新した「第64話 初めての家臣が電波系少女」
本文にエピソードを追加しました。
読んでいた方がいたらすみません、64ページ後半に戻っていただけたら…
*
織斗と咲が自宅に戻ったのは午後八時過ぎ。
玄関のドアを開けるとすぐ目の前、廊下に凛が立っていた。
「このバカ当主!」
凛の怒声にびくっ身体を震わせて反応したのは咲だけで、織斗は面倒くさそうに顔を背けた。その態度が気に入らなかったのか、凛が織斗の胸ぐらを掴む。
「なにその態度! なに考えてんの、ほんと!」
「うんうん、はいはい、俺が悪かった」
「なにその気の無い返事!」
「あー、そうだな、俺が悪い」
「だからなにその態度!」
織斗を掴む凛の腕に力が入る。見かねた咲が、凛の手をとって織斗から引き剥がした。
「凛ちゃん、私たちが帰ってくるってよくわかったね」
「当たり前でしょ、当主にGPSしかけてんだから」
「GPS……?」
「おい待て、俺知らねーけど」
「事前に知らせたら盗聴器にならないでしょ!」
「盗聴器もかよ! マジか、どこ!?」
「それより今は緋末の当主に盗聴器バレた問題をどうするかでしょ!」
「そんな話してねーよ!」
「あ、あの、凛ちゃん! GPSとか盗聴器って……」
「あぁ、安心して、咲さんには仕掛けてないから」
「おい」
「当たり前じゃん、普通の人に仕掛けるわけないじゃん。プライバシーあるし、覗きとか最低じゃん」
「なんで俺には仕掛けてんだよ!」
「あんたが当主だからでしょ!」
殴り合うような言葉の争いが始まり、咲は気配を消してそっと廊下を抜け出しリビングに入った。
祖父にただいまの挨拶をして廊下に出ると織斗と凛はまだ口論していて、バレないように風呂場へと逃げ込んだ。
「まぁ、いいや、目的は果たせたし」
咲が風呂場の扉を閉めたところで、凛が口を止めて手に持っていたパソコンを開いた。
「おまえ、いっつもパソコン持ち歩いてんな。重くねーの?」
「はぁ? 愛があればこれくらい軽いもんでしょ。ていうか今から私、忙しいから。邪魔しないでね」
ぷいっと視線を逸らし、階段を登って二階へ行く凛。リビングに行こうとした織斗だが、ちらっと見えたパソコンの画面が気になって凛を追いかける。
「凛、その地図ってもしかしてこのへんの?」
パソコン画面には、織斗たちが暮らす町の地図が表示されていた。
織斗の自宅がある場所に赤い丸点がついていて、もう一つ、青い点は細い道をどんどん北に移動している。
「うん、神木のカラーは赤でしょ? 逆に緋末は青らしいから、緋末当主のGPSカラーは青にしといた」
「……俺の現在地が赤で、広の位置が青? で、リアルタイムでどこにいるかわかる?」
「うん。GPSってそういうものでしょ?」
「……だから! へんなもんつけんなよっ!」
「うるっさい! 頭悪いやつは静かにしててよ! ていうかあんたテストでしょ、勉強しなよっ!」
「聞いてたんじゃねーか、さっきの会話!」
「盗聴ってそういうものでしょ!」
ギャーギャーと言い争いながら、凛が二階の一室のドアを開けた。織斗の部屋の向かいに位置するその部屋は普段使われておらず、ほとんど空の状態だった。
不審に思いながらも凛の後を追って部屋に入った途端、織斗は言葉を失った。
空っぽだったはずの部屋いっぱいに、巨大なコンピュータが置かれていた。
「なんだこれ……」
「見てわかんない? コンピュータ」
「それはわかるけど……お前、結奈の家で暮らすことになっただろ? 荷物の類はそっちに……」
「空き部屋にエアコンついてないんだもん、あっちの家。だからここに置いた」
「いや……いやいやいや!」
「うるっさい! 大きい声出さないで!」
「え? だって、えぇー……つーか、なにしてんの?」
キーボードが三つ置かれた机、壁にはモニターが五つ設置されている。その椅子に腰掛け、キーボードをカタカタと鳴らす凛。
モニターを見つめる織斗だが、数字や英語が書かれているだけでわけがわからなかった。
「簡単に言うと、ハッキング」
「ハッキング?」
「そこ説明しないといけないレベル? 他者のコンピュータに侵入することだから」
「……おぅ」
「盗聴機能に加えて発信装置と微弱電波を発して近くを飛んでるネットワークを探知する機能をつけといたの。組み立ては私の専門だからね。解体でもしない限り探知されてるなんて気づかない。かなり作りこんだから、簡単に解体なんて出来ないだろうけど」
「あー……うん」
「わかってないよね? まぁ、いいや。しばらく静かにしててね」
再び画面と向き合う凛。黙ってそれを眺めていた織斗だが、肌寒いことに気がついて顔を上げた。
エアコンがよく効いているにも関わらず、扇風機が回っている。
「電気使いすぎだろ……」
「切らないでよ! 機械のこと知らないの? バカなの?」
扇風機の電源を切ろうとした織斗だが、凛に怒鳴られ手を止めた。
「冷やしとかないとヒートするって常識、小学校で習わなかったの?」
「小学校か……俺の時代には習わなかったな……」
「三つしか年変わらないでしょ、織斗と凛ちゃん」
いつの間にか織斗の肩に乗っていた姫未。
神出鬼没すぎて驚くのも忘れる、と織斗はさして気にしないことにした。
「こんにちはー、従者さん」
画面を向いたまま、素っ気なく挨拶する凛。
姫未はニコニコしながら「こんにちは」と返し、凛の操作する画面を見つめた。
カタカタ鳴るキーボードの音。
凛は手元を見ずに指を動かすがきちんと文字や記号が打ちこまれ、ものすごい速さで画面がスクロールしていく。
「相変わらず自由だな、姫未」
流れる画面を見ながら織斗が言う。
姫未はチラッと振り向いたあと、織斗と同じようにモニターに目を向けた。
「お兄さん、妹が可愛すぎて私のこと全然相手してくれなくなったからねー」
「姫未がどっか行ってるせいだろ? ……ババ抜きでもする?」
「あんたそれ、緋末の当主に怒られてたわよね?」
「見てたのか……あのとき姫未、いなかったよな? どこから見てた?」
「…………」
微笑んだままの姫未は答えようとしない。
なぜだろうと尋ねようと思った時、バンッと盛大な音が室内に響いた。
音源は凛の手元。
「あー、もう! むかつくっ!」
キーボードを叩いた両手で、凛は頭を抱える。
「なにこいつなにこいつ、なにこいつ!」
色素の薄いふわふわ髪をぐちゃぐちゃにかき乱し、凛は再び画面に向き直る。
キーボードを鳴らすと、先ほどより早いスピードで画面が切り替わっていった。
「凛、さっきから何やって……」
一歩、足を踏み出した織斗だが、その瞬間、パキッと何かが割れる音がした。
「え?」
「ちょ……ちょっと!」
一番に立ち上がったのは凛だった。
床に散らばっている電子小物を避けながら織斗に近寄り、胸ぐらを掴む。
「なに考えてんの! 足元もまともに見れないの、どんだけ注意力散漫なの、このバカ当主!」
「あ、いや……ごめん」
胸ぐらを掴まれ振り回されるが、文句は言えなかった。
織斗の足元にはノートパソコン、凛が持ち歩いている三台のうち一つが見事に半分に割れていた。
「何したらこんな漫画的な壊れ方するの? 怒り通り越して哀しいというよりむしろ喜楽的な感情になるんだけど!」
「喜怒哀楽全ての感情がこもってんな。おまえすげーな、日本語の使い方うまいな」
「今そんな話してない! それよりどうし……しまった!」
散々騒いでいた凛だが、何かを思い出したようで慌てて画面に戻った。
しかしキーボードに手をかけたと同時、
『あ、神木の当主さんですか? お久しぶりでーす』
場違いな、ゆったりした男の声が部屋に響いた。
「おかしいとは思ってたんだよね、緋末にしてはセキュリティーが甘いって……」
その場に座り込む凛。
織斗は状況がわからず、凛の肩を掴んだ。
「おい、凛。ちゃんと説明しろよ。どうなってんだ?」
「逆探知。私が通った道を辿って、こっちの情報を特定された」
「はぁあ?」
『僕、こういうのは得意だからねぇー』
「ムカつく……違うから、油断してただけ、私まけてないから!」
『あははっ、リンちゃんって負けず嫌いなんだねぇー』
「りんちゃ……あんた、なんで私の名前知ってんの⁉︎」
『ふふふー、なぜでしょー? 一番、僕が天才だから。二番、僕が緋末の人間だから。三番、その中でも僕はナンバーズだから。はい、どれでしょう?』
「ゲームなんてしてないっ!」
『ノリ悪ーい、つまんなーい。ちなみに全部正解です』
「ゲームになってないっ!」
「ナンバーズ?」
ぽつりと、小声で呟いた織斗の声を機械が拾い上げたようで、通信相手の少年がスピーカーを通して応える。
『神木の当主さんせいかーい。緋末のナンバーズ、五十嵐后でーす。お姫様の后って書いてコウって読むんだよ。名前だけ聞くと、僕のこと女の子と勘違いする人もいるみたい』
「男じゃん! 声、男だから!」
『ちょ……リンちゃんおもしろいんだけど。リンちゃんはどんな漢字』
「すずの漢字!」
「……え? おまえ違うくね? 鈴のリンじゃなくね?」
「なにいってんの、当主!」
「凛ってあの……難しいほうの……」
「どうでもいいでしょ。そんなこと!」
「だって自分の漢字……」
『あははっ、神木家はおもしろいねぇー。リンちゃんにメール送っといたから、後で確認しといてねー』
「メール!? はぁ? ちょっと!」
『ちゃんと返してねー、じゃあにぃー』
ブチ……という音が室内に響く。
呆然とする織斗と、面白そうに笑みを浮かべる姫未。
俯いていた凛が、ダンっと握った拳で机を叩いた。
「な――――…な、なにあいつー!!!」
叫び終えたあと、凛は散らばっている電子小物を拾い集め、パソコンへ向き直る。
「なにあいつ、何あいつ!」
カタカタとキーボードを鳴らす音。
さっきより乱暴で、雑なタイピングだった。
「若いっていいわねー」
「……千二百歳の姫未が言うとリアルだな」
触らぬ神に祟りなしと、織斗と姫未は静かに凛の様子を窺い、やがて部屋を出て行った。




