第62話 神木家家臣
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朝食時も元助の説教は続き、織斗は逃げるようにいつもより早めに家を飛び出した。
「なに急いでるのー?」
神木宅前の公園を通り過ぎたところで、姫未が織斗の肩に乗った。
織斗はちらっと視線を送り、すぐにまた正面に向き直る。
「走りたい気分」
「えっ、なに? 青春? 駆け出したい気分なの?」
「そういうのじゃないけど!」
「かぁわいぃー」
「それ、千二百歳の姫未がいうと洒落にならないからな? 十七の俺からしたらおまえ、おばさんつーか婆さんだからな?」
「だから、それ言うならあんたはスーパー爺さんてかハイパー爺さんだからね?」
「なんでだよっ!」
ケラケラ笑う織斗の肩に、ちょこんと姫未が腰掛ける。
可愛らしいな、と織斗は思う。姫未は大きさだけでなく容姿も美しい。目が丸くて柔らかそうな頬、白い肌、膝上丈スカートの着物ドレス。
「でも織斗、その勢いで走ってたら危ないわよ。人にぶつかったらどうするの?」
「ぶつかってくるやつが悪い」
「あんたそれ、向こうも同じこと思ってるからね? ていうか、このスピードだと確実に織斗が悪いからね?」
「大丈夫だよ。人がいても避ければいいから……」
その矢先、織斗は住宅街の角から出てきた人物とぶつかった。
ドンっという衝撃音。
織斗がぶつかった相手は背後に吹き飛び、地面に尻もちをついた。
「あーぁ」とため息をついた姫未が、シュッと織斗の胸ポケットに姿を隠す。
「ご、ごごごめん!」
織斗のほうは全くの無傷で、被害者の少女に手を差し伸べた。
少し茶色ががったふわふわの髪が腰まで伸びる女子中学生。スカート丈は長く、座り込んでいるにも関わらず太ももは見えなかった。
少女は据わった目で織斗を見上げ、辺りを見渡す。
「めがね……」
「メガネ? ああ……」
織斗は少女の足元に落ちていた眼鏡を拾い、手渡す。
少女は乱暴に眼鏡を受け取り、自分の鞄に目をやった。大きめのリュックが転がり、中身が散乱していた。
小型のノートパソコンが三台と、薄型のタブレットが一つ。
「ごめん、大丈夫かこれ……」
屈んでパソコンを拾おうとした織斗だが、手が触れる直前で少女に腕を掴まれた。
「何してくれてんの……」
俯いた少女が、ボソリと呟く。肩が震え、怒りを抑えている風だった。
やがて少女が立ち上がり、織斗の胸ぐらを掴む。
「あんた、機械を何だと思ってるの! ちょっとの衝撃ですぐ壊れる、人間よりもはるかにデリケートなものなのに! わかってんの?」
「あ、えと……」
少女は織斗の胸ぐらを揺らし、まくし立てて喋る。
織斗は呆気にとられ、しどろもどろに声を出すしかなかった。
「ごめん……パソコンが入ってるなんて思わなくて……三台も……」
「は?」
「いや、えっと、これ弁償とかするべき、だよな?」
「弁償? あんた、これの価値わかってんの? そこらの電気屋いってみてよ、同じもの一つとしてなから! 私が作った、世界で唯一のコンピュータなんだからこれ!」
「作った? このパソコン、お前が作ったの?」
「文句ある?」
「いや、すげーなと思って」
「え?」
「作ったんだろ、パソコン。お前まだ中学生だよな、それなのにこんなの作れるなんて……ちょっと見ていい?」
織斗が指差すと、少女の顔が急に明るくなりパソコンを差し出してきた。
「もちろん! どれから見る? オススメはこれ。中をいじって……」
興奮した少女が専門的な話を始める。
困惑しながらも、少女の話を聞こうと努めるが織斗だが、全く頭に入ってこなかった。
「俺、そろそろ時間が……」
面倒くさくなった織斗がおそるおそる言うと、少女がはっとして顔を上げた。
「私も時間ないのに! むしろ私の方が急いでたのに!」
「めっちゃ語ってたけど……ていうか、パソコン壊れてない? 大丈夫な感じ?」
「なに言ってんの、大丈夫に決まってんじゃん。私が作ったものなんだから! あ、じゃあ一応、情報もらっていい?」
「情報?」
「なにか弁償するものがあったらこっちから連絡するって言ってんの」
「あぁ、神木織斗です」
「いや、名前とか聞いてない……かみき、しきと? え? 神木の?」
「は? あぁ、そうだけど……悪い、時間が……」
「わかった、もういいよ」
ぐいーっと、少女が織斗の胸ぐらを掴む。
いいなら掴んでくるなよとは思うが、言い返すことが出来ず織斗はされるがままになっていた。
「急な用事があればこっちから連絡するから」
「連絡? えっと、うん……わかった。あ、荷物拾うの手伝う……」
「触らないで! 私が拾うから!」
ぱっと、少女が織斗を解放して地面に散らばった荷物に手を触れる。
噛み付いてきそうな勢いに気圧され、織斗は「じゃあ」と踵を返した。
走り去る織斗を見送ったあと、少女は深くため息をつく。
「……壊れてたらどうしよう」
少女は荷物を拾い、鞄の中からイヤホンを取り出して片耳に装着した。
次に取り出した小型のタブレットには、この街の地図が表示されている。
「まぁ、本家は金持ってるだろうし……あれ? 解散したから貧乏なんだっけ? どっちでもいいや」
地図上には赤い点が一つ。
少女のいる現在地から北へ向かって動いていたそれが、駅の前でぴたりと動きを止めた。
「寄り道してんじゃん、あいつ……猫? なに、誰と会話してんの? 独り言多くない、こいつ」
ボソボソと、自身も独り言を言っていることにも気づかず、少女は鞄を抱えて歩き始めた。
織斗が去っていったのと逆、神木宅の方向へ。




