第58話 白と光の世界
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「……え?」
そこからは一瞬だった。
眩い光に目を閉じて、再び開眼した織斗は白い世界にいた。
比喩でも何でもない、本当に白しかない世界。
周囲も上空も床も全部、白。だけど部屋というわけではない、開放感はあるし壁や天井は感じない。
色づいているのは織斗と、纏っている服だけ。
「なんだ、ここ……」
振り返るともう一人、色がある人物がいた。
艶やかな黒髪に白い肌、細くて小柄な体躯。
先ほどまで戦っていた、術力に支配されて我を失っていた……
「遼馬?」
名前を呼ばれた少年、遼馬の身体がピクッと跳ねる。
やがてゆっくりと顔を上げ、織斗を見つめた。
目の色は先ほどとは異なり、緋末特有の漆黒の瞳。
「どうして僕の名前、知ってるんですか?」
目線を落として俯いたまま、虚な表情で遼馬が言う。
「あぁ、そっか。当主様から聞いたのか。共闘して僕のこと倒しましたもんね、仲良いんですね」
「え、あ、いや……まぁ、仲はいいな、幼なじみで親友だし」
「あなた、神木の当主ですよね?」
「あぁ……いや、違う」
「違うんですか?」
「その違うじゃなくて、俺と広が仲良いってのが……今さら誤魔化しても仕方ないな。うん、仲良いよ。小学校の時からずっと、一緒にいる」
「……そうですか」
「あれ? 驚かねーの? 緋末は神木を目の敵にしてるって、広が言ってたけど?」
「過激派の人はそうですけど、僕は違いますし」
「過激派? いや、おまえ、術力手に入れたくて広を刺したんだよな? 充分過激だと思うけど」
「……ここを出たら、当主様に謝っておいてください」
遼馬は膝に顔を埋め、深く息を吐き出した。
「特別って言葉は、人を惑わせると思うんです」
「……ん? え?」
「特別な力を持ってるから使ってみたい、特別な一族に生まれたから僕は偉い、特別な才能があるはずだから戦闘に参加してみたい。当主様に認められて……当主様の、特別になりたい」
はぁーっと息を吐き、項垂れる遼馬。
首を傾げる織斗を置いてけぼりに、話を続ける。
「だけど僕は、僕に特別なことなんて何もなかった。当主様の血をもらったのに、術を使えるのに中途半端な攻撃しかできなかったし、子ども騙しみたいな馬鹿みたいな方法で封印されるし」
「馬鹿みたいで悪かったな……広の血を手に入れたら、自分が特別になれると思ったのか?」
「思いましたよ。だって当主様ですよ? 当主様以上に格好良くて強い人を僕は知らない。だから、血をもらって術力を手に入れたら僕も、特別な人間に……」
「いや、それ、広のおこぼれもらってるだけだよな?」
「……は?」
「なんて言うんだっけ? 虎の威を借る狐? 人のふんどし? とにかく、それってお前の個性が成したものじゃないよな?」
「……なに言ってるんですか?」
「だから、えっと、広に頼るのやめて、自分にしかない個性探せよ」
「個性?」
「人から貰うんじゃなくて、自分で見つけろよ。これなら人に負けない、自分だけしか持ってない特別な能力を」
ぼうっと織斗を見上げていた遼馬だが、やはり顔色は変わらず再度のため息を吐いた。
「特別な能力なんて僕には……そんなもの、あると思います?」
「え? いや、知らね」
「知らないって……今、自分で探せって……」
「だから言ってるだろ、自分で探せって。自分のことは自分が一番、わかってんだから。それに俺が見つけて意味あんの? 俺がこれ頑張っていったらお前、それを頑張るの?」
「……頑張れと言われたら、まぁ……」
「っあー! だから! そういうのが個性がないって言ってんだよ!」
「だって、当主様に比べたら、僕なんて何も……」
「当たり前だろ、バカ。広に比べたら他の奴らなんてゴミみたいなもんだろ、チリ屑?」
きっと、遼馬が顔を上げて織斗を睨んだ。
ようやく目線がぶつかって、互いの瞳の色が見えた。
「あのなぁ、神様は不平等なんだ。生まれながらに当たり前に不平等に、できる奴には二物を与えてる」
「……酷い世の中ですね」
「そんなもんだろ、人間世界なんて。だから気にすんな、二物も三物も持ってるやつなんて。神様は不平等だけどある意味平等だから」
「……なに言ってるんですか?」
「人間てのは絶対なにか一つ、そいつだけの特別を持ってる。長い人生の中でそれを見つけれるか見つけれないかだけで、絶対に一つは特別を持って生まれて来る。数では広に敵わないだろうけど、お前にしかない才能、特別なものがあるんだよ、絶対」
「……そんなこと、よく言い切れますね。まるで見てきたかのように」
「そうじゃないとやっていけないだろ、同じ空の下、不平等なこの世界で。大丈夫だ、安心して生きろ。自分次第で世界は変わる。神はそういうふうに人間を、この世界を作った」
「……達観してますね」
はぁーっとため息を吐く遼馬。
やがて顔を上げ、「そうですね」と小さく呟いた。
「料理が、好きです」
「料理?」
「最近わかった事だけど、当主様も桐生あやめも料理の腕が壊滅的で……僕なら上手に、美味しいの作れるのにって」
「へぇー、その歳で料理できんの? すげーじゃん」
「……そうですよね。僕、もうすでに、特別見つけてますよね……馬鹿なことしたなぁ」
ははっと、遼馬が渇いた笑みを漏らす。
織斗はしゃがみ込み、遼馬に目線を合わせた。
「料理人になったらさ、広に弁当作ってやってくれ」
「弁当?」
「いつも菓子パンとかおにぎりとか、売店で買ったもの食べてるから」
「あれは、当主様が……いや、そうですね。毎日持っていきたいと思えるお弁当を僕が作ります……作りたいです」
「……お前さ、自分で謝れ」
「え?」
「料理人になることや広に対しての謝罪、聞かなかったことにするから。ここ出たら自分で広に謝りにいけ」
「……出れませんよ。だって僕は……」
「浄化が終わったら外に出ても大丈夫って姫未が言ってた。約束する、俺は絶対、お前を元の世界に戻すから、しばらくはここでしっかり考えろ。反省して、広への謝罪の言葉を考えて、この先の未来をどう生きるか」
「なんでそんなこと……あなた、神木の当主でしょ?」
「さっきも言ったけど俺と広、仲良いんだ。だから戦いをやめたい、宿縁抗争を終わらせるために色々考えてるんだ」
「宿縁抗争を、終わらせる?」
一考したあと、遼馬は「そっかぁ」と呟き、首を垂れた。
「終わらせるために……そうか、だから……僕のやろうとしたことは最初から、間違ってたんですね」
「間違ってたつーか……まぁ、そうだな」
「ここを出たら僕、頑張るんで……当主様にとって、特別な料理人になるように頑張ります」
顔を上げて微笑む遼馬に、織斗は同じ笑顔を返した。
最初の暗雲とは違う、晴れたような笑顔。
「約束ですよ、いつか僕を外に出してくださいね?」
「あぁ、任せろ」
「じゃあ、あなたは、ここを出ないといけないですね。先に帰って待っててください」
すっと、遼馬が織斗の額に人差し指を当てる。
その行為の意図はわからなかったが、織斗は目を閉じた。
温かい感覚が、遼馬の人差し指の先端から伝わってくる。
「さようなら、神木の当主さん……またいつか」
遼馬の声とともに、織斗を包んでいた温かい感覚が消えた。




