第四話 神木の妹と緋真の長男
*
翌日の昼休憩、事の顛末を伝えると広は飲んでいたお茶を吐く勢いで驚いた。
「ちょっと待て、今なんて言った?」
「だから、部屋片付けたら妹と同じ部屋になる。俺が兄ちゃんだから、二段ベットは俺が上って事で落ち着いた」
「二段ベット? なに、一緒の部屋で寝るの?」
「だからそう言ってるだろ。なに、驚くとこ?」
「え、驚くとこだろ? 俺がおかしいの?」
「大丈夫、あんたは正しいわ」
会話に割り込んできた声に、織斗と広はそちらを向く。
織斗たちが昼食をとっている机、牛乳パックの上にちょこんと、手のひらサイズの姫未が座っていた。
「私も散々言ったのよ、双子っていっても男女同じ部屋ってどうなの、って」
腕を組み、怒ったように姫未が言う。織斗はまたかという風にため息をつき、目を合わせないようにした。
「それはそうだが……お前、何してる?」
「何って、話に混ざってる?」
「そうじゃなくて、何故学校にいる? 俺は神木の敵なんだから、気安く話しかけるなよ」
厳しい視線を送る広だが、姫未はニコニコ笑うだけで相手にしていなかった。
「ひ、広。知ってると思うけど、姫未は俺たち以外に見えてないからな?」
広はハッとしてあたりを見渡した。室内は騒がしく、話を聞いている者はいなかった。
これ以上相手にすまいと顔を背けるが、姫未は再び広に話しかける。
「昼間は敵じゃないんでしょ? だったら私とも仲良くしていいと思わない? ねぇ緋真の当主、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるわけないだろ! というか、話しかけてくるな!」
今度は立ち上がり大声で叫んだ。
教室中の視線を浴びる広を、織斗は苦笑いで見つめた。
*
午後八時半。
織斗は自宅がある住宅街の一角で緋真の家臣と戦っていた。しかし三十分過ぎたころ、相手は踵を翻し逃げ帰ってしまった。
織斗は大きく息を吐き、その場に座り込む。
「逃げたってことは終わり、だよな。できるだけ封印はしたくないからいいけど……なんかスッキリしねぇー。つか、広は? なんで来ないんだよ!」
「家で待ってるんじゃない?」
離れたところで見守っていた姫未が織斗のそばに寄り、ちょこんと肩に乗る。
「いやいや、なんで家?」
「眠いんじゃない?」
「俺だって眠いよ! 変な疑いかけられたら困るから、夜はちゃんと戦いたいって広が言うからこうして出てんのに。結奈は配信見たいからって来ないし」
「咲ちゃんは?」
「あいつはこっちの暮らし慣れてないから、しばらくは戦わせない」
「咲ちゃん強いと思うけど」
「強さがどうこうじゃねーよ。俺が……あいつを外に出したくないって言うか」
「過保護ね」
「まぁ、念願の本物の妹だし」
「そういうのシスコンって言うんだって。知ってた?」
「それとは違う! 大事にしたいんだ!」
「なにが違うのかわからないけど。とりあえず、家に帰ってゆっくり寝たら?」
促され、織斗は住宅街を歩いた。
クスクスと、楽しそうに笑う姫未を肩に乗せて。
*
同時刻、広は駅前の噴水がある広場に腰かけ、トランプを眺めていた。スマホの振動を感じ、画面を見つめる。
あやめから、『今日の宿縁抗争が終わった』との連絡だった。
「今日の、って……」
その言い方がおかしくて、思わず笑みが溢れる。
二年前、封印を解いて術力を手に入れた時はこんな事になると思っていなかった。いつか、織斗が術力を手に入れるまでは、緋真の誰かが神木家の存在に気づくまでは、いつかはきっと……
縁を切るつもりで、でもその覚悟ができなくて一人思い悩んでいた。
まさかこんな日が、織斗と協力して『宿縁抗争』に対抗する日がくるとは。
「でも今日は……悪かったな」
罪悪感はあったが、戦いの場にいかなかった。
京都、緋真本家から連絡があったのは夕方のこと。珍しく本家家長の父親から電話があった。
『書面に誤字があった。緋真当主としての自覚を持て』
抑揚のない事務的な声、意味がわからず広は耳を疑った。
そんなことで……向こうから電話があるなんてどれぐらいぶりだっただろう。こちらから連絡をした際は、取り次いでもらえないと言うのに。
激昂で未だ混乱していた。だから今夜は行かなかった、取り乱してしまいそうだから。
家臣の前でうまく演技出来そうにないから。
「ダメだな、自分で決めたことなのに……帰るか」
大きなため息をつき腰を上げた。そのとき、見覚えのある服を着た少女が広の前を横切った。
「え……?」
広自身、無意識だった。
とっさに、少女の腕を掴んでいた。
「あ、……ごめん」
慌てて腕を離す。少女は不思議そうな顔をしたあと、警戒心を露わにして広を見る。
「その服、見覚えがあって」
彼女の着ているシャツを見ながら広が言う。白シャツの胸元に[気会い]と書かれてう。よくあるオシャレな文字ではなく、素人がボールペンで書いたような下手なデザイン。
少女は自分の胸元を見つめ、次に顔を上げて広を見た。
「これ、兄に借りたんです」
「兄?」
「中学の修学旅行で買ったらしいです。文字は自分で書いたらしいけど、似たようなのあるんですね。漢字間違ってるし」
「似たようなのはないだろ。漢字違うし」
それは中学の修学旅行一日目、観光地で購入したシャツが地味だからと、織斗がボールペンで文字を書き込んだものだ。
漢字が違うと呆れ返ったのを覚えている。
兄とは神木織斗のことだろう、そうなるとこの少女は……
「名前聞いていいかな?」
「私ですか? 神木咲です」
「神木、さき?」
「? はい」
「漢字は?」
「花が咲く、の咲です」
「……あぁ」
納得したように呟き、広は咲の顔を見た。
可愛い、たしかに。輪郭や鼻筋、他人の話を聞く時のの愛想の良さや穏やかな表情。
織斗と長く付き合ってきた広だからわかる。確かに、織斗の家族だ。
「あのさ、俺のこと……わかる?」
咲が顔を上げ、広を見つめて首を傾げる。
「どこかでお会いしましたっけ?」
「覚えてない……」
「え? あ、えっと……でも私のこと知ってる人そんなに居ないはずだし、えーっと」
頭を抱える咲を見て、気づかれていないことを確信した。
演技をしている風でもない。
「ごめん、俺の勘違いだ。中学の同級生に似てる気がしたけど、よく見たら違った」
「中学の同級生? じゃあ違いますね」
「えーっと、高校生だよね? こんな時間に何してるの?」
「高校生ではないです」
「は? あぁ、えっと……」
「街散策してました。田舎で暮らしてたから、都会がどんなものか見てみたくて。で、迷子になって家に帰れなくなりました。兄に連絡しようにも、通信手段がないし。そもそも、兄が出かけてる間にこっそり家から抜け出したので、助けを求めづらくて」
「なるほど」
織斗の妹だな、と広は思った。
顔や仕草だけでなく、自由奔放な性格も兄と同じだ。




