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第四話 15の嘘



 神木が敵対する一族が緋真だと知り、当主である広と和解というか妥協案を締結したのが先週のこと。


「ひーろー」


 教室に入った広の元へ、力無い声を出す織斗が歩み寄る。


「なんだ、お前。朝からダレてるな」


 怪訝な顔をした広が織斗を避けて自席へ向かう。織斗は「無視すんなよ」と後を追った。


「今日、化学のテストがあるんだって。広、知ってた?」

「知ってるも何も、昨日話しただろ?」


 厳しい視線に、織斗は「え?」と首を傾げる。


「化学の小テストあるから、元素記号覚えて来いって、帰り際に話したよな?」

「えー……もしかして夜? 俺、戦うことに必死だったから聞いてなかった」

「学校帰りだ、馬鹿。夜は敵なんだから、そんな助言するわけないだろ」


 広は呆れたようにため息を吐き、鞄の中から元素記号が書かれたプリントを織斗に差し出した。


「化学は三限だろ、それまでに暗記しろ」


 記号が敷き詰められたB4の紙。


「これ全部?」

「全部覚えれたら満点取れるな」

「広は?」

「全部覚えてるに決まってるだろ」

「じゃあ満点だな」


 大きく息を吐き、織斗は広の後ろの席に座る。


「俺、なんで高校生やってんだろ」

「その空っぽの頭に少しでも教養を詰め込む為だろ」

「容赦ないな、広。教養だけなら高校行く必要なくね?」

「目一杯、高校生活楽しんでる織斗が言うことじゃないな」

「そうだなー、友達いるから楽しくて学校来てるようなもん……俺、友達と遊ぶために高校生やってるんだ、だから勉強は」

「なら学力必要ないとこ行けばよかっただろ」

「そんな高校あんの?」

「探せばあるだろ、コミュニケーション能力の高さは武器になるし学ぶ意義はある。残念ながらうちは学力向上を条件に愉快な学園生活を提供してるから、諦めて勉強しろ」

「こんなにレベル高いと思ってなかっ……レベル高い高校でも留年しなかった俺は、できる子の部類に入るのかもしれない」


 軽い冗談を言ってみるが、広は見てもいない。愚痴ることは諦めて、プリントを眺める織斗。


「そういえばさ、」


 しかし広が話しかけてきたので、織斗は再び顔をあげる。


「織斗の妹って高校どうしてんの?」

「え、あれ? 妹って……」

「獣の仮面の子だろ?」

「俺、その話したっけ?」

「緋真はあらゆる社会、データに通じてるからな。今回の件は、本家通さずにやったけど」

「なにそれ、怖……」

「でも、本当に妹なのか? まさかと思って聞いたんだけど」

「可愛いだろ? 俺と双子だとは思えないほど」

「顔は見てない。けど、神木本家の双子の妹って七年前に」

「生まれつき身体が弱くて、親戚の家に預けられてたんだって」

「身体が弱くて預けた?」

「だから俺には存在を教えなかったらしい。死んだ時に悲しむくらいなら教えない方がよかったからって爺ちゃん言ってた」

「それは……」

「いくらなんでも酷いよな。そんな理由で妹の存在隠すとかありえなくね?」

「ありえない、つーか……嘘だろ、それ」


 伏し目がちに呟く広。

 織斗は言葉の意味が理解できず一瞬、言葉を止めた。


「嘘? なんで?」

「いや、……それ聞いて、妹はなにも言わなかったのか?」

「特になにも。もう大丈夫だから、しばらくここに置いてもらっていいですかって」

「一緒に暮らすことになったの?」

「あぁ、もともと兄妹だしな」


 嬉しそうな顔で織斗が答える。

 そういえば妹が欲しいと話していた時期があったなと広は昔の事を思い出した。

 結奈は違う、本物の妹が()()のだと。


「それより広、嘘ってなに? なにか知ってんの?」


 織斗の質問に、広はゆっくりと視線をそらす。


「……テスト暗記しとけよ」

「え、ちょ……広、なにか知ってるな?」

「その紙に書いてあるやつ全部覚えたら満点だから」

「お前、知ってんだな!」

「知らない」

「嘘つくな、バレバレじゃねーか。なんで嘘って……」


 ちょうどその時チャイムが鳴り、広が背を向けたので織斗は自分の席に戻った。

 その後、何度も尋ねたが広は答えてくれなかった。





「嘘なの?」


 夕方五時、織斗はベッドの上に寝転んでいた咲に尋ねた。

 咲の部屋は織斗の隣に位置する。ベッドとラグマットが置かれた、それ以外何もない簡素な部屋。


「え? っ、と」


 まさか急に、勝手にドアを開けられるとは思っていなかった。

 無防備な姿勢でいた咲は腰をあげ、入口にいる織斗を見返す。


「嘘って何のこと、かな?」

「あ、その前に、いま時間大丈夫? 部屋入っていい?」


 尋ねる順番が逆ではと思いながら、咲はベッドの端により織斗のスペースを作る。

 織斗はドアを閉め、咲の隣に座った。


「病気で離れてたっての、嘘なの?」

「……どうして?」

「友達に、嘘だろって言われて」

「友達?」

「えーっと……」


 話をしていて、織斗は自分が何を言っているかわからなくなってきた。


「ごめん。やっぱなんでもない」


 片手をヒラヒラさせながら、視線をそらす。

 不審に思った咲だが、それ以上追求しなかった。


「何もない部屋だな」


 織斗の言葉に、咲は自分の部屋を見渡した。

 八畳程のフローリングの洋室にベッドが一つとラグマットが一枚。


「咲、やっぱ俺の部屋来ない?」

「……え?」

「このベッド、俺のと組み合わせて二段ベットになるって爺ちゃん言ってた。もともと二人で使う予定だったからって」

「私はいいけど……織斗くんは、それでいいの?」

「いいってなにが? 兄妹だから一緒にいるべきだろ。それに俺、お前のこと知らないんだ。存在も知らなかった。二歳の時に別々になったから離れてた十五年、少しでも埋めたいじゃん? あ、嫌ならいいけど」

「嫌じゃない! 嫌じゃないし……けど、織斗くんは、それでいいの?」

「何回同じこと聞いてんの? 俺が一緒にいたいんだって」


 ケラケラと笑いながら言う織斗。

 咲は信じられないという表情をしていたが、織斗の顔をみてふやっと顔を綻ばせた。しかしはっと思い出したことがあり、真顔に戻る。


「織斗くんの部屋、床に……」

「あ、お菓子おいてたな。違う、昨日は夜に腹減ったから帰ってちょっと食べただけだ、すぐ片付ける」

「ゲームとか、レゴ? ブロックみたいなの、あるよね?」

「動画で見てちょっとマイシティ作ってただけなんだ、すぐ片付け……」

「……るのは、無理じゃない? あれは」

「……がんばって片付ける」


 なんとも言えない空気になり、気まずさを消すために織斗が咲のほうへ向く。

 驚いて肩を跳ねさせた咲だが、織斗と同じように姿勢を変えて二人で向き合う形になった。


「片付けたら一緒の部屋で暮らそうな。双子の妹にそう言うのも変だけど、よろしくな、咲」

「……よろしくね、織斗くん」


 勢いよく手を伸ばす織斗、恐る恐る織斗の手に触れる咲。

 思ったより冷たいな、気持ちいいと織斗は思った。

 思ったより暖かいな、心地いい、と咲は思った。

 懐かしい、優しい感触だとお互い感じた。



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