第三話 昼と夜を賭けた赤と青の戦い
ベンチに座った織斗が、退屈だと寝転ぶ。
「どうしました? 雲が食べ物に見えますか?」
「なんでだよっ! 普通に寝ようとしてただけだろ!」
しかしあやめの言葉に、間髪入れず起き上がってツッコミを入れる。
「もうお前喋んな。面倒くさい」
「面倒くさいのはあなたのふわふわ頭では? どうセットしてるんですか、それ。まさか寝癖ですか? 今ですら寝ようとてるのに?」
「うるせーつーか、ちょいちょい日本語おかしいよな、お前」
再びベンチに転がる織斗。
ちょうどその時、砂を蹴る音がして目線を向けると公園の入り口に制服姿の広が経っていた。
連絡を入れてから十五分も経っていない。織斗は慌てて起き上がる。
意識して見比べるとよく似た二人だった、広とあやめ。艶やかな黒髪に、同じ色の瞳、彫刻の様に美しい顔立ちと陶器の肌。
「従兄妹……」
織斗の言葉に眉をひそめた広は、ブランコに座るあやめと、彼女を糸で拘束している仮面の少女に視線を向けた。
「あやめ、捕まったのか?」
「そうですね」
「おまえが?」
「この人よりは弱いですから」
あやめは背後に立つ咲を指差した。
獣の仮面をしているせいで、咲の表情は見えない。
「……そいつに関する情報は?」
「あ、忘れてました。わかりません。顔も見えませんしね」
淡々と語るあやめの言葉に広はもう一度ため息をつき、織斗に目を向けた。
「どういうつもりだ、神木当主」
「え、あ、俺のことか。広に苗字で呼ばれるの変な感じだな」
「今までが嘘だったからな」
「嘘?」
「俺は緋真でおまえは神木だ、生まれ落ちた瞬間から敵だった」
「そうかもな、よく知らねーけど」
「知らないって……」
「爺ちゃんから聞いてね? 緋真と戦ってた神木家はなくなったんだ。俺は普通の人間として育てられたし、神木とか緋真とか術とか知らなかった。つか、未だにあんま興味ねぇ」
「おまえ……」
「一応聞くけど、和解する気は?」
「ないな。以前も話したが、緋真にとってはそんなに簡単な問題じゃない」
「だろうな。違うやつが当主だったらもっとグイグイいってたんだけど……広の家の面倒くささは俺も知ってるしな」
はぁーっと、織斗が大きなため息を吐く。
「よし、決めた。受け入れるよ、宿縁戦争」
「……宿縁抗争、な?」
呆れたように広が言い換える。
織斗は「そっか、ごめんごめん」と軽い感じで返事をし、トランプケースを出して広のほうへ掲げた。
広は警戒し、同じ柄の青いトランプを取り出す。
「戦っていいぞ、緋真と。どっちにしても姿変わっちゃったやつは封印しなきゃいけないしな」
「……やっと理解したか、先祖代々の因縁と俺たちが生まれ持った宿命と……」
「あ、待って。戦いはするんだけど、友だちは続けないか?」
「は?」
「俺は知らなかったんだ、神木とか緋真とか。広だってそうだろ? 封印解くまで、俺が敵だって知らなかっただろ?」
「そうだが、敵とわかった以上今までのようには……」
「じゃあ、俺らは敵になる前に友だちだったんだよ。敵になったことより、友だちになったことの方が先じゃん」
「いや、敵になったことの方が、先だろ。生まれる前、千二百年以上前から……」
「それは神木家って大きな単位の話だろ? 俺はいま個人、神木織斗として広と話してんだ」
「…………意味が、わからない」
本当に。と、広が小さな声で呟いた。
「緋真と神木の因縁の歴史は千二百年で、俺たちが出会ったのはほんの十年前だ。千二百と十じゃ重みが違う」
「だから、何で千二百って単位が出てくんの? 今は俺たち個人の話してんだから」
「個人……緋真は個々の人権より、家憲が優先されて……」
「あぁ、らしいな。だから、ぶっ壊そう」
うつむきながら喋っていた広が、顔を上げた。全てを諦めた、何も期待していない黒い瞳に、何も考えていない陽気な笑みを浮かべる織斗の姿が映る。
「俺たちの代でぶっ壊そう、家訓。カケン? とにかくこの二族間の戦い、宿縁抗争ってやつを」
「壊す……って」
「そのためにまず、勝負して欲しいんだけど」
「……勝負?」
織斗はトランプを持っているのと反対の手で、青と赤の糸を広に向けて差し出す。
「この紐をお互い、左腕に巻いて戦う。紐をとられたり、切れて腕から外れたりしたら負け。最後まで腕の紐を守りきったほうが勝ちってルール、どう?」
「……何の話だ?」
「あ、トランプ使うのはなしな。術に関しては俺、勝てる気しねーから」
「いや、だから、何の話かって聞いてんだけど」
「俺が勝ったら戦う時間を指定させて欲しいんだ。敵として戦うのは夜だけにして、昼間の太陽が出ている時間は今までどおり友達として過ごして欲しい」
「……なぜ?」
「だって学校にいれば安全じゃね? そこまでは見張られてないだろ、だから普通に友達できるし。あと単純に、朝仕掛けてくんのやめて欲しい。わー、マジで敵のリーダーが広でよかった! 面倒くさかったんだよ、毎朝毎朝マジで」
「待て、俺はまだ許可していない」
「え、なんで? いい条件じゃね? 夜戦ってれば敵対してます感出せるし。俺、ちゃんと本気で戦うしヤバいやつは封印する」
「……なにいってるんだ」
意味がわからなすぎて、単語が全部ひらがなになってしまった。広は片手で顔を覆い、指の隙間からちらっと目を覗かせて織斗を見る。
「お前が勝ったら俺が条件を受け入れる。で、俺が勝った場合は?」
「人質を解放する!」
「へぇ……じゃあ別に、その勝負受ける必要ないな」
顔から手を外した広はトランプを取り出し、その術で日本刀を作り出した。
「えっ?」とのけぞる織斗に、広が刃の先を向ける。
「わけのわからない勝負に挑まなくても、俺は力ずくであやめを取り返せる」
「え、あ、確かにそうだけど……待って、話が違う! 俺はまだ術力使いこなせてないから勝てそうな勝負しかけて……ちょ、待って!」
慌てて、織斗はケースからトランプを取り出す。
しかし動揺と混乱で手元が震え、数枚が地面に落ちてしまった。
「やべ、ちょ……」
「覚悟できてるか、織斗?」
「だから待って! 話が違、とりあえず待って! 今トランプ拾ってる……」
トランプを拾う織斗。しかに二枚目に手を伸ばした時、織斗が触れるより先にしゅっと伸びてきた手がトランプを掴んだ。
顔をあげると、薄紫の直垂を着た十五歳くらいの少年がトランプを差し出していた。平安時代のような派手な衣装と、紫色の髪の色。
人間ではないことは一目でわかる。
「何やってんだ、時雨」
鋒を織斗に向けたまま、広が言う。
いつの間にか、時雨が広と織斗の間に立っていた。織斗の気づかぬ間に、というか一瞬で。
「暴力的解決は良くないよ、ヒロ」
「何しに来た?」
「別に、面白いことがあるから来てみたらって誘われて」
「誘われた?」
誰に、と聞こうとして、広はその場にいない手のひらサイズの和装少女のことを思い出した。
「勝負くらいやってあげたら? ヒロが勝てばいいことなんだし。あ、神木のトウシュさん、初めまして」
突然、思い出したかのように時雨は織斗に視線を戻す。
話を振られた織斗はびくっと肩を跳ねさせ、立ち上がりながら時雨を見つめる。
「え、あ、初めまして……えっ、誰!? 貴族の方?」
「なにその反応? 面白いね、今回の神木は。改めまして、緋真の従者やってます、時雨です」
「従者? 緋真の? 身体でかくね? 姫未はこんな小ちゃいのに」
「あの人はねぇー、ワガママだからどんどん小さくなっていったんだよね」
「わがままだから小さくなった?」
追及しようとした織斗だが、ブチっと手に持っていた紐を奪われて正面に向き直った。
「手首に巻けばいいのか?」
青色の紐を眺めながら広が言う。
織斗は手の中に残る赤い糸を確認し、大きく頷いた。
「マジか、広! やってくれるんだな! マジか!」
「うるさい……声でかいんだよ、いつも」
「だってさ、よかった……え、なんで急に」
「お前が言い出したんだろ、馬鹿が。それとは別で、変に告げ口されても困るからな」
ちらっと、広が時雨を一瞥する。
時雨は口角をあげ、目が全く笑っていない笑顔を顔に浮かべる。
「そうだね、オレは口が軽いから」
左手首に紐を結びながら、広が時雨を睨む。しかしそれ以上言葉を交わさず、広はブランコのほうへと目を向けた。
広の視線に気づいたあやめが小さく頷き、広は覚悟を決めて織斗に向き直った。




