第22話 敵一族の正体 ---裏側①
*
咲の話を聞いたあと、織斗は頭を抑えながら自分の部屋に戻った。
なぜ疑問に思わなかったんだろう、なぜ深く追求しなかったんだろう。
織斗はベッドに腰掛けて深呼吸を一つした。
「ちょっと聞きたいことあんだけど、姫未」
名前を呼ぶとふわっと、緋色の衣をまとった小さな着物の少女が姿を現した。
「咲ちゃんとのお話は終わったの?」
姫未は机の上にあった消しゴムに、膝を組んでちょこんと座る。
「咲に色々説明してくれたみたいだな、俺が封印を解いた時のこととか、神木の現状や小学校時代からの幼馴染が親友だとか」
「まあねー、咲ちゃん家にいるからお互いヒマだし」
「おまえ、なんで俺の幼馴染の話知ってんの?」
「……え?」
「俺、そんな話したっけ?」
「緋末の当主のことでしょ? 話してたわよ、学校に頭いい友達がいて、勉強教えてくれるって」
「だから、その学校にいる親友イコール幼馴染だって俺、姫未に話たか? 小学校からずっと同じクラスで仲よくやってきたとか」
「…………」
「単刀直入に聞く。姫未おまえ、広と話したよな? 初日、俺が封印解いた日に。よく考えたらそのサイズの姫未が俺を家まで運ぶなんて無理……広だよな?」
「その話を、咲ちゃんとしてたの?」
姫未は諦めたように目を閉じ、ため息をついた。
「だから敵の正体は言えないっていったの。私も元助も」
姫未はゆっくりと、あの日の話を始めた。
*
最初の戦いを終え、公園のベンチで眠り込んでしまった織斗。
戦闘中は他人が近づくことはないが、しばらくすると人通りが元に戻る。
「どうしよう、誰かが気づいて救急車呼ばれても面倒だし、でもこのままってのも……」
「寝てるくらいで救急車呼ばないだろ」
すっと、姫未の横を抜けて織斗に近寄る人影。
「初めまして、神木の従者」
広は織斗の傍に座り、姫未に軽く会釈した。
「うちの従者は普通の人間と変わらないんだけど、なんであんたそんな小さいの?」
「従者……その顔、緋末の」
「緋末孝幸の息子で、現当主の緋末広だ。よろしく」
「え、あ、よろしく」
姫未に微笑んだ後、広は眠っている織斗を見た。
「封印しちゃったんだな、織斗」
「今回の場合はそれしかなかったでしょ。仕掛けてきたのはそっちだし」
「家臣が勝手にやったことだ、俺は知らなかった」
「そんなわけないでしょ。術は当主の血がないと使えないし、そもそも織斗が神木だって知らないでしょ?」
「俺の不在時はあやめに監視任せてたんだけど、人の多い場所でトランプ出したらしいな、こいつ。神木が誰か知らなくても、俺のと対になるトランプ持ってればそいつが敵の当主だってわかるだろ」
「でも血は……」
「健康診断のときの採血が抜き取られてるなんて思わないだろ、普通」
「じゃあ本当に、今回のはさっきの子の独断なの?」
「だから、俺は知らなかったと言ってる。家臣が術を使ってることに気づいたから、慌てて帰ってきた。まあ、手遅れだったけど」
そう言って広は織斗を背中に担いだ。
「鞄もてるか?」
「え?」
「家まで連れて帰る。すぐそこだから、頑張って運んでくれ」
ベンチにある鞄に目配せし、広は織斗を背負って歩きだした。
「ちょっとまって……ていうか重い!」
自分より大きな鞄を両手で抱え、姫未は必死に広と織斗についていった。
*
インターフォンを鳴らし、「お久しぶりです、広です」と広が言う。
怪訝そうな顔をする姫未。
玄関から出てきた元助は、広を見て懐かしそうに微笑んだ。
「久しぶりだな、広くん。どうした、織斗がまたなにかやらかした……姫未、さま?」
笑顔で出迎えた元助の表情が、姫未の姿を捉えた途端に固まった。
「久しぶりー、元助。老けたわね」
「え、姫未様がいるということは、織斗が術力を……」
はっと、元助が広に目を向ける。
術力と共に封印されていた記憶が、一気に蘇る。
狼狽える元助の様子を観察していた広だが、その表情が嘘ではない事を確信して安堵のため息を吐いた。
「あぁ、やっぱり、神木も記憶を失っていたんですね」
どう応えようか迷っていた元助だが、幼い頃から知る広の懐かしい表情を見て、覚悟を決めた。
「神木は先代当主の悠斗が術力をトランプの中に封印して……待て、緋末はどこまで知っている?」
「大丈夫です、解散した後の足取りは掴めていない。織斗が術師一族の神木だというのも、当主の力を得た俺しか気づいてません」
「広くんが当主になった、術力を使えるようになったのはいつだ?」
「二年前、修学旅行の時です」
「そんなに……なぜすぐに、他の者に織斗の正体を伝えなかった?」
「昔から俺らの関係を知っているお爺さんなら、言葉にしなくてもわかってくれると思いますが。とりあえずこいつ、降ろしていいですか?」
広が顎をしゃくって、背負っている織斗を差す。
聞きたい事は山ほどあるし状況も理解できていない元助だが、このままでは広が辛いだろう事も理解していた。
「織斗の部屋はわかるな? そこまで運んでやってくれ」
広は無言で頷き、靴を脱いで玄関へ上がる。織斗の靴は小さい手でいそいそと姫未が脱がせていた。
元助に会釈をして広が廊下を抜ける。
「姫未様」
広の後をついて行こうとした姫未を、元助の声が引き止める。
「リビングに残って状況やら、何があったか教えてもらえますか?」
「えっ、私?」
「織斗は彼に任せておけば良いので」
「いや、織斗を運んだ後で緋末の当主から話聞けばいいんじゃない?」
「緋末の当主、からですか?」
ちらっと元助が広に目を向ける。丁寧にお辞儀を返す広を直視できなくて、元助は目元に手を当てため息を吐いた。
「すまんな、広くん。わしは緋末当主って言葉とその顔に、どうも拒否反応がでる」
「顔?」
「小さい頃はそうでもなかったが今見れば高校時代の緋末……わしの代の当主にそっくりだな」
「……母親似です、俺は」
「いずれ似てくるだろうよ、長男なんだから。すまんが、織斗を置いたらもう声をかけなくていい、勝手に出て行ってくれ」
「……すみません」
「謝ることはないだろう。むしろ感謝してる、広くんといる時の織斗は本当に楽しそうで、わしも君ら二人の面倒を見るのが楽しくて……本当に、かわいかった」
「あ、なら、最後に一つ、わがまま言っていいですか?」
なんだ? という風に元助が首を傾げる。
真正面から対峙したが、元助は広から顔を背ける事ができなかった。広の顔が少年のような、昔よく見た懐かしい表情をしていたから。
「俺が敵だってこと、まだ言わないでください」
「……は?」
「自分で言いたいんです。タイミングもまだ考えてないし、うまくやれる自信はないけど……自分の口で、織斗に言いたい」
「……相変わらず甘ったれだな、君ら二人は」
「すみません」
「いつまでも担いでたら重いだろう、さっさと行って織斗を寝かせてやれ。……よろしく頼むぞ」
「はい」
もう一度頭を下げて階段を登る広。
その背中に、元助が声をかける。
「昔からそうだが、わしは君ら二人のお願いには逆らえん。言わなくてもわかってると思うが」
捲し立てるように言い終えたところで、元助は足早にリビングに戻って行った。
困惑した姫未が、元助の後を追う。
広はその様子を見て小さく笑い、織斗を担ぎ直して階段を登った。




