第三話 正しい未来を選ぶ力
*
翌日、織斗は平和に学校に行けた。
あれほどしつこかったやつらが、毎日のように襲ってきていた敵が今日はいなかった。
なのでいつもよりかなり早い時間に学校へ到着する。
「あれ、神木早いね!」
教室に入ってすぐ近寄ってきたのは、クラスメイトの川谷だった。
「よかったー、みんな困ってるんだよ!」
そう言いながら川谷が指を差すのは、自席に座ってスマホを叩いている広の姿。指の動きからして、パズルゲームらしきものをしているのだろう。
黙認されてはいるが、校則では校内のスマホ使用は禁止となっている。
あれだけ堂々としているにも関わらず誰も注意しないのは、纏うオーラが真っ黒だからだろう。
「すげー苛立ってんな……」
「怖いよな、今日の緋真!」
ケラケラっと陽気に笑う川谷からは、恐怖心など微塵も感じられない。
「神木さぁ、何とか言ってきてよ」
「なんで俺が……いや、マジでなんで?」
「仲良いだろ、神木と緋真」
「放っておくのも優しさだと思う」
「クラスの雰囲気が悪くなるんだよ。あれだけ堂々としてたら、先生も困るだろうし。俺としてはゲームしる緋真、レアキャラすぎて面白いんだけど」
「……川谷はいいな、人生楽しそうで」
不機嫌の原因は自分、神木と緋真の関係にあることは明らかだ。
気乗りしない織斗だが、川谷に背中を押され、広の席へ向かった。
チラチラと、教室中の視線が織斗に集まる。
「なぁ、広……学校でスマホは……」
「問題ない。許可を得ている」
「許可? え?」
「それよりお前、よく気軽に俺に話しかけてきたな」
「いや、だってみんなが……」
「雰囲気が悪くなるなら帰ろう。そしてお前は二度と、俺に話しかけるな」
大袈裟にスマホを机に叩きつけ、広は席を立ち上がった。
鞄の中に教科書とスマホを詰め込み、無言で教室を出て行く。
誰も声をかけることが出来ず、むしろ全員が教室の隅に逃げて彼の通り道を避けた。
「……喧嘩でもしたの?」
ぽんっと、織斗の肩に川谷の手が乗る。
「喧嘩ってか……対立つーか……」
「ま、テキトーなとこで謝っとけよ! 緋真の機嫌悪いと、ろくなことないから」
「いやいや、俺が悪いわけじゃないし。なんで謝らないと……」
顔を上げた織斗は、クラス中の視線が自分に集まっていることに気がついた。
なにがあったんだと心配そうな男子の目と、『緋真くんに何したの、謝れ!』という女子の視線。
全員がそう思っているわけではないと思うが。
「ろくなことないな、マジで……はぁ」
ため息をついて広の席を見つめた。
空っぽになった机と椅子。
今日はもう、話出来そうにない。
「つーか許可を得てるって……学校でゲームしていいって? んなわけねーだろ、何特権だよ」
*
その翌日も変わらず、広の機嫌は悪かった。
さすがにゲームはしていないが、話しかけるなオーラが凄く、一日中誰とも会話しなかった。
教師でさえ、広への指名は避けていたほどである。
それが二日続き、織斗までもが教室に居づらくなった。
「女子がうるせーんだよ!」
夜、咲の部屋にきた織斗がベッドに腰掛けて叫んだ。
学校での出来事た。
広の機嫌が悪いのは織斗のせいだと思い込んでいる女子が、とうとう織斗に詰め寄り始めた。違うクラスの者まで覗きに来る始末。
「友達もさ、早く謝れとか言ってくるし。確かに俺の関係ではあるけど、違うだろーがぁ!」
「……楽しそうですね、当主様」
織斗の隣に腰掛ける咲が、遠慮がちに言った。
途端、織斗が不満そうな顔を咲に向ける。
「楽しいわけないだろ、疲れる!」
「……そうですか」
「つーか、神木と緋真が敵で仲悪いってのはわかるけど、やっぱ俺たち関係なくない? 今まで通りでよくない?」
「当主様は神木のトップですから。向こうは緋真のトップだし」
「やっぱ和解するしかないよなぁ。咲もさぁ、その当主様ってのやめろ」
「そうですね……え?」
「織斗って呼び捨てでいいから。あ、急に話変えてごめん。あと、敬語も禁止」
「そういうわけには……」
「俺と広が家柄どうこう以前に友だちだったように、俺と咲は普通に双子の兄妹なんだよ。当主様とか敬語とか、俺が嫌だからやめて欲しい」
「じゃあ、お兄様で」
「どこの貴族だよ!」
「織斗、くんで」
「…………」
お兄ちゃんって選択肢はないのか。まあ結奈と被るからいいかと、心の中で思った織斗だが声には出さなかった。
「それで広のことだけどさぁ」
「あ、話し戻るんですね」
「あ、悪い……敬語!」
「すみま……ごめん」
「俺は最初から若いの方向で話進めてたんだよ。広が当主ならなおさら……今までは普通だったんだよ。それが急に敵とかさ。この先ずっとこんな感じで生きて行くなんて、無理すぎだろ」
「じゃあ、変えればいいんじゃないですか?」
「……? いや、敬語」
「ごめ……えっと、今の状態が嫌なら自分で何とかするしかないでしょ?」
「何とかって?」
「それは織斗くんが、自分で考えるべきだと思うけど」
「……なにいってんの?」
「あ、えっと……えーっと」
咲自身、なにを言っているかわからなくなってきていた。
向かい合って深呼吸し、再び互いの顔を見つめる。
「今の織斗くんにはね、正しい未来を選ぶ力があると思う」
「正しい未来?」
「織斗くん、楽しそうだから」
「俺いま、絶不幸中、めっちゃ悩んでんだけど」
「あ、今ってそういう意味じゃなくて……私の想像では、神木当主様はもっと暗い人だと思ってた」
「暗い? 俺が?」
「私が暮らしてた神木の親族宅は、家憲がどうとかで私に対して厳しかったし……本家はもっと、陰鬱なんだと思ってた」
「難しいこと苦手だからな、俺は」
「だから、織斗くんは選ぶ力がある。私や緋真の当主と違ってキラキラ輝いてるから、見てる景色が違う、明るい方へ進んでいける人だから……織斗くんの選んだ未来にはきっと、正しい選択肢があるって、そう思う」
「……短くまとめると?」
「今までの人生を省みて、織斗くんが一番良い方法を選べばいいと思う。悩んで考えて、納得して、自分で選んだならそれは絶対、後悔がないと思うから」
「……結局、なんのアドバイスにもなってないな」
ケラケラっと笑った織斗が、天井を見上げた。
「ま、そうだな……俺の問題だもんな。自分で考えないと。当主だしな」
「それに織斗くん、そんなに悩んでないでしょ? 答え、決まってるよね?」
咲の言葉に面食らった織斗だが、ふっと小さく笑声を漏らして俯いた。
「そうだな、答えというか……進みたい方向は、決まってる」
「じゃあそれを、綺麗に一つずつまとめて形にしていこう。あ、その前に一つ、いいこと教えてあげる」
「いいこと?」
「織斗くん、最初の日のこと覚えてる? 封印を解いた日のこと」
首を傾げる織斗に、咲がそっと耳打ちした。
「本当はね、内緒なんだけどね……」
なんだろうと耳を傾けていた織斗だが、途中で内容が信じられず、咲の方へ向き直った。




