第一話 術力の解放と主呪
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放課後の追試は上出来だった。広に渡された数式は半分も暗記できなかったけれど、それでも及第点は余裕のはず。
帰り支度をしていた織斗だがふと、硬いものが手に当たった。鞄の奥底に存在するそれを握りしめ、取り出す。
「……トランプ?」
出てきたのは、透明なプラスチックのケース。表面には赤色で象形文字のような模様が描かれており、中にはハートと数字が描かれたトランプカード。
「なんだっけ、これ……そうだ、連休中に掃除してて」
「何それ」
声と同時に、織斗は背後から肩を掴まれた。
振り返ると真後ろに、同じクラスの川谷がいた。
ついさっきまで、同じ部屋で追試を受けていた唯一の仲間だ。
「トランプ?」
断りもなしに、川谷は織斗からトランプケースを奪い取る。
「綺麗だな、なんの模様?」
「さぁ? 見たことある気はするけど」
「ん? これ、神木のトランプだよな?」
「俺のだけど、もらいものだから、それ」
「もらいもの?」
話をしながら、川谷はトランプケースを見つめる。
「中学の修学旅行のとき迷子になったんだけどさ、その時にもらった」
「迷子? 中学の修学旅行で? 何言ってんの、神木」
ケラケラと川谷が笑うが、織斗は真面目な顔だ。
「マジでヤバかったんだよ。周り誰もいないしさ」
「京都の観光地で? もしかしてすごい僻地?」
「違う、駅近の普通の道路。そいえば車も通ってなかったな」
「いやいや、そんな場所……神木、これ開かないんだけど」
スライド式のケースで、何度も開こうと試みるがピタリとも動かない。
蓋で開けるのかと試みるが、そのような切れ目もなかった。
「スライドして開けるんだよな?」
「あ、スライド式なの?」
「スライド式なのって……もしかして神木、開けたことないの?」
川谷からケースを受け取った織斗は、指で触りながらその感触を確かめる。
「あの時はわけわかんなかったし、夜に部屋のやつらと遊ぼうと思ったけどすっかり忘れてたな。ゴールデンウィーク前に掃除して出てきたから学校で遊ぼうと思ってカバン中入れて、また忘れてた」
「神木らしぃー」
「中三の春だから、もう二年前だな」
ここかなと当たりをつけ、織斗がスライド部分を指で押す。
その瞬間、ケースが開いて中のカードがパラパラと床に落ちた。川谷がどうやっても開かなかったケースが、いとも簡単に。
次に、織斗の眼前を緋色の衣が横切る。
「……え?」
織斗が顔を上げると、手の甲に小さな少女が立っていた。文字通り小さな、手のひらサイズの少女。
整った美麗な顔つき、白い肌に細長い足、着物の上からでもわかる豊かな胸元にかかる色素の薄い細い髪。
赤を基調とした平安時代の重ね着だが、スカート丈は膝上。十二単というより着物ドレス風の格好。
色素の薄い瞳の色、その中に織斗の顔が映し出される。
「なにあんた、バカじゃないの? いくら貰い物でも、普通その日に開けるでしょ、二年も何やってたの?」
ピンっと指さされ、織斗は慌ててて少女から目をそらす。
見惚れている場合ではない。
いま、この状況を整理しよう
…………できるわけがない。と、表情を固めたまま思考を巡らせる。
「そうだ、川谷。こいつなに……」
振り返った織斗は、再び声を止めた。教室中、織斗以外の人間がピタッと動きを止めていたのだ。
目の前にいる川谷は、訝しげな視線を織斗の手元に残したまま瞬き一つせず固まっていて、他の生徒たちも同様に動かない。
「あれ? えっ?」
「時が止まってるの」
「時が、止まってる?」
「ほら」
少女の指さす先には、秒針が十二の位置から進まない壁掛け時計。
「そういう風に術をかけておいたの。久々にその顔見れるから……」
少女の話が終わる前に、織斗はピシャッとトランプケースを閉じた。今見た現実を、全てシャットアウトするかのように。
カチッという秒針の音ともに、止まっていた時が動き出す。
「あれ? 神木いま、トランプ開けてなかった?」
川谷の声に、織斗の肩が大袈裟に跳ねた。
トランプケースを背中の後ろに隠し、挙動不審な態度で川谷に向き直る。
「開けてない……俺は何も、見てない」
「なに言ってんの? あれ、これって……」
床に落ちた二枚のトランプを拾おうとする川谷の指より先に、織斗はトランプを拾い上げてポケットの中に収めた。
「今の、神木の持ってたトランプの中身?」
「……違う」
「トランプ開けれたの? 見せて」
「無理! 触るな、怪我するぞ!」
「え、なに?」
「いや、あの……」
『怪我するってなによ! 失礼じゃない?』
織斗の耳に、先程の和装少女の声が聞こえた。
辺りを見渡すが、彼女の姿はない。
『ていうか開けて! まだ完全に封印解けてないんだから!』
「封印?」
鼓膜に直接響いてくるような少女の声。
反応した織斗の言葉に、川谷が首を傾げる。
「封印? なんのこと?」
「え、いや……もしかして川谷、聞こえてない?」
「何が?」
「……俺、疲れてるのかも。幻聴が聞こえる。女の声が」
「女の声? 彼女欲しいの?」
「違う! いや違わない、違う」
「どっち?」
『えっ、あんた彼女いるの? 誰、どんな子?』
「あっ、ほら今! 恋バナ詮索が始まった!」
「恋バナ詮索? ん?」
『詮索って言い方失礼じゃない? ていうか恋バナってなに?」
「恋バナ詮索ってなに?」
「恋バナってのは俺はいま彼女がいないってことで川谷は独身だけど彼女がいて……」
「どしたの、神木。なに言ってんの?」
『独身? あんたまさか、結婚してないわよね?』
「違う! 待て、混乱する! 同時に喋るな!」
「……なに言ってんの、神木」
頭を抱えて叫ぶ織斗と、呆れるような眼差しの川谷。相変わらず耳の奥で響く少女の声。
わけがわからなくなった織斗は、鞄を持って教室を飛び出した。
「帰る! また明日な、川谷!」
「え? おい神木……」
川谷の言葉は最後まで聞こえなかった。
廊下を駆け抜ける織斗の耳奥では、少女の声が鳴り続けている。
『走らないでよ! 中途半端に封印解いちゃったせいでトランプの衝撃がダイレクトにくる! 吐く!』
「は、吐いたら困るけど俺も吐く! 無理! 意味わかんねー!」
『なんであんたが吐くのよ! いいから、トランプ開けてよ。ねぇ聞いてる⁉︎』
「聞こえない! 無理無理無理! 俺、ホラー無理だから! 映画館で吐くタイプだから!』
『ホラー……ちょっと! 私、幽霊とかそういうのじゃないから! ていうか、吐くなら行かなきゃいいでしょ!』
「SFだと思ってた映画がホラーだった!」
『……わかんない。馬鹿でしょ、あんた』
呆れたような少女の声は学校を離れるにつれて小さくなり、駅に着いて電車に飛び乗った時には、完全に聞こえなくなっていた。




