第一話 平凡普通な高校生活
自分の家が変わってることは知ってたし、散々言われてきた。
両親は死んだし兄弟姉妹はいない。
祖父と二人だけの家で、時々隣に住む従妹と叔母さん。
妹が欲しいと言うと笑われた。
もうできないのにね、と。
これ以上の事は起きないだろうと。
面倒くさいのは嫌だと笑って誤魔化して生きてきた。
帰る家はあるし、友達はそこそこいる。
十年来の幼馴染である親友は世界一信頼してる。
あれ?
そう考えたら俺、結構恵まれてるんじゃね?
そうは思うけど何か足りなくて、
普通を望んでるはずなのに、自我が芽生えた頃からきっと、ずっと、
その[足りない]を埋めようと必死にもがいてる。
*
「……き、神木!」
耳に響いた怒声に、教室の端の席で空を眺めていた織斗は慌てて顔を上げた。
クラスメイト達の視線、鬼の形相の数学教師。
「八点なんて取っておいて惚けるとは、いい度胸だな。二年一組、出席番号六番、神木織斗」
教師の怒鳴り声に、織斗は居住まいを正した。
辺りを見渡して再び、教壇に向き直る。
「……もしかして、数学の授業中だった?」
「そこを説明しないといけないレベルか! 目を開けたまま寝てたのか!」
「あ、それ時々あります。なんか、ぼーっとして意識が飛んでることが……」
「そんなことは聞いてない!」
バンっと机を叩く音に、織斗のみならず他のクラスメイトたちも耳を塞いだ。
教壇に立ったまま、数学教師は授業そっちのけで織斗への説教を始める。
うんざりした表情を浮かべる生徒たちの中で一人、無表情で今しがた返ってきた自分の答案用紙に目を落としている男子生徒がいた。
用紙の右上には[100点]の文字。
平均点六十くらいって言ってたな……そんなことを思いながら、織斗は満点の用紙を睨む男を見つめる。
長い睫毛に細高い鼻筋、白い肌。漆黒の瞳が美しい、万人が美少年と認めるであろう整った顔立ちの男子高校生。
彼から目線を外し、再度、自分の答案用紙に目を向ける。
惜しいな、あとマイナス二点で出席番号だったのに。六点なら平均点の十分の一にもなる……なんだ俺、数学得意じゃん。
そんな事を思って、馬鹿馬鹿しくなってため息を吐いた。
分数っていつ習ったかな?
ダメなやつはとことん落ちこぼれだし、その対極にいる奴には天は平気で二物も三物も与えてる。
神様はいつも、当たり前に不平等だ。
「神木! 聞いてるのか!」
再び窓の外を見つめた織斗だが、教師の声に呼び戻され正面に向き直った。
*
「八点はないだろ、さすがに。脳じゃなくて綿菓子が入ってんのか、その頭」
昼休憩、売店で購入したという菓子パンの袋を開けながら織斗の向かい側に座る緋真広が言った。
100点の答案用紙を睨んでいた才色兼備男だ。
頭に綿菓子の意味がわからなかった織斗だが、しばらくして馬鹿にされていることに気がついて広を睨んだ。
「言い方……口が悪いんじゃないか、広」
「優しく言ったつもりだけど? じゃあ、髪の毛ふわふわだけど脳みそもふわふわなんだな、織斗は」
「……お前は知らないだろうけど、俺は繊細で傷つきやすいんだ」
「十年来の付き合いだけど、そんなこと知らなかったな。ていうか、繊細なやつは八点なんて恥ずかしい点取らないな」
「だからこう、もっとオブラートに」
「オブラートの意味知ってる?」
「……歌う時に、柔らかい声で」
「なに? ビブラートと間違えてる? やっぱ馬鹿だろ、おまえ」
はぁーと、広がわざとらしくため息を吐く。
馬鹿にされていることがわかっていても、言い返す言葉がない。
「……で、オブラートの意味は?」
「あー、説明しづらいな。飴とかキャラメル包んでる薄い膜、あれ」
「え、わかんね。つかどーでもいいし興味ない」
「お前……」
「いいんだ、広の物知り自慢は聞き飽きた。すごいとは思うけどさー、色んな事知ってるし背は高いし顔はいいし運動神経もいい。同じことやっても怒られないもんな、広は。性格はどうかと思うけど」
「最後の一言余計だろ。追試手伝ってやろうかと思ったけど、やめた」
ぴらっと、広が一枚の紙を指で摘む。
紙面には、びっちりと書き連ねられた数式。
「八点なんて快挙を成し遂げた馬鹿には必ず追試がついてくると思ってな、今回の出題を元に追試の問題を予想してみたんだ。けど俺、性格悪いらしいな?」
「……嘘です。ごめんなさい、広様は優しいです」
「あ、その呼び方やめて。学校で様付けされたくない」
「名家の跡取りだもんな、広は。緋真家が何してるか知らねーけど」
広からプリントを受け取った織斗が、それに目を通す。
しかしすぐに疲れて、顔を上げた。
「なぁ、追試って、今日の放課後なんだけど」
「喋る暇あったら覚えろよ。全部暗記しとけば八割はいけるから」
「全部は無理だな。つーか、その日のうちに追試って気が狂ってるとしか思えない」
「それは同意する。そういえば俺、午後の授業休んで京都行ってくるから」
「京都? 広の実家だよな? なんで?」
「実家というか、本家だな。理由は知らない、呼ばれたから行ってくる」
面倒そうに呟き、広が菓子パンを食べ始めた。
名家の跡取りなのにこいつ、毎日売店だよな……そんなことを思った織斗だが、口にはしなかった。
家の事は、広が触れて欲しくないことの一つだ。
織斗はため息をつき、自分も弁当箱の蓋を開けた。




