第二話 本気出した当主と一般術師の実力差
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ブラックと美優は飛び回ったまま攻防を繰り返し、しばらくして美優、翼竜の身体が地面に横たわった。
立った状態のままのブラックが、深くため息を吐く。
「すごいな、お前。強かった」
腕に負った傷を触りながら言うブラックの言葉に、美優がふっと笑声を漏らした。
「想いが強いのよ……だって初めて私、当主様と同じ土俵に立てるって……思ったのに」
「……相変わらずだな、お前ら一族は」
再度ため息を吐くブラック。
その様子が酷く疲れているように見えて、結奈は飴袋を漁って青い飴を探した。
「もういいぞ、結奈。それ以上食うなよ」
しかしブラックの言葉に、結奈は指を止める。
「でも、怪我……」
「飴とおまえの体は繋がってんだよ。飴を使えば使うほど体力がなくなって、限界を迎えると死ぬ。覚えとけ」
「私なら大丈夫だよ、怪我もしてないし」
「血が出るだけが怪我じゃねーだろ」
ちらっと、ブラックが結奈を一瞥した。
目に見えてわかる結奈の疲労。
本人は無意識かもしれないが、結奈は壁にもたれて座り込んでいた。酸素を求めているような、荒い呼吸。
「市原さんってどこか抜けてる……端的に言えば馬鹿ね」
二人のやりとりを見ていた美優が呟いた。
瞼を閉じて、ため息混じりに声を出す。
「だけど、私はそれ以上の馬鹿ね。覚悟はしてたけど、こんな姿になるとは思わなかった。かっこいい近づきたいなんて……好きになんてならなければよかった」
普通の人間の声ではない、ノイズが入った機械のような声だが、その声色が泣いているように結奈は感じた。
結奈は胸をおさえ、袋から飴を取り出して美優に差し出す。
「……なにしてるの、市原さん」
「えっと、飴、どうぞ」
「は? 封印されろってこと?」
「封印? 違うよ。これ、私のお守りだから」
「お守り?」
「緊張したり混乱したり、あと悲しい時に食べればいいって、お母さん言ってて……人を好きになることは、悪いことじゃないよ?」
「……なに言ってるの?」
「誰かを好きになるってことは、その人の幸せを願う……優しくしてあげようって思うことでしょ? 好きになって欲しいから好きになるって自分本位の人もいるけど……なんか話聞いてたら、北村さんの好きは、相手の幸せを願ってる好きだと思うから」
「当たり前でしょ、私はいつも……ずっと、あの方の幸せを一番に、最優先に願ってる」
「えっと、じゃあ、よかったね」
「よかった?」
「そのぶん、北村さんは優しくなれた。その人を想ってる分だけ、人に優しくすることが出来た。相手は誰だが知らないけど、その人のこと好きになれてよかったね」
ぱっと、美優の目が見開いた。
黙って話を聞いていたブラックも、結奈の言葉に驚き、やがて目を細めた。
「親子揃って恋愛脳……優しいな女だな」
呟いたようなブラックの声が聞こえていたわけではないが、美優が小さく頷いた。
「驚いた、あなたみたいな子がこの世にいるなんて」
「それ、褒めてる?」
「なに言ってるのよ……ふふっ」
思わず漏れてしまったような美優の声が人間の時のように柔らかくて、結奈は微笑んで飴を持っているのと反対の手を美優に差し出した。
「ねぇ、北村さん。友達になろ?」
「友達?」
「あのね、私もね……好きな人がいるの」
「……え、いや、知ってるけど……ていうか、あなたの好きな人と私の好きな人って……」
「だからえっと、同じ恋する女子高生同士? 協力して仲良くやりたいなーというか」
「……協力というか、ライバルだと思うけど……」
「ライバル? はっ、そうだね! 高めあっていこうね! (すごい、北村さん、良いこと言う、語彙力すごい!)」
「語彙力の問題じゃないし、心の声漏れてる……ふふふっ」
翼竜の姿だというのに、美優の笑い方はとても上品だった。
その笑顔を見た結奈はやはり、彼女と友達になりたいと思った。
「今度から美優って呼ぶね、私のことは結奈でいいから!」
「……私、あなたみたいな子嫌いだったわ」
「だったってことは、今は好き?」
「もし世界が違ったなら、私たちが普通の家の生まれだったら、私、結奈と友だちになりたい」
「なろうよ! 私ね、誰とでも仲良くなれるけど深い関係の友達いなくて……お兄ちゃんや広くんみたいな関係を、美優と築けたらいいな」
微笑む結奈につられ、美優が笑った。
ゆっくりと、美優が上体を起こす。
「築けたかもしれないわね……私が人間のままだったら」
ぼそっと呟いた美優の言葉。
はっとしたブラックが、慌てて結奈に手を伸ばす。
「ごめんなさい、私はもう元に戻れない。それ以前にあなたと私は……神木と緋真は、敵同士なの」
起き上がった美優が、翼を大きく広げる。
「……え?」
突然の攻撃に、状況が理解できずただ美優を見上げる結奈。
美優の硬い翼が結奈に触れる直前、美優の身体に三本の蔓が巻きついた。
「ぐうっ」と唸り声を上げた美優の身体が、床に崩れ落ちる。
美優に絡み付いた蔓は一瞬で消えた。ギロリと教室の出入り口を睨みつける美優。
その視線の先を追った結奈が、ぽつりと呟いた。
「お兄ちゃん……」
織斗は手に持っていたトランプケースを、ズボンのベルトに引っ掛けて差し込む。
結奈の無事を確認したあと、床に倒れている美優に目を向けた。
「プテラノドン……無理に力を解放したか、感情が暴走してるか……」
「ふっ……神木の当主のお出ましね。私にはもう、勝ち目がないわね」
美優の言葉に、織斗は眉を顰める。
「その姿になった時点で、お前の負けだろ」
「言ってくれるわね。醜いってのは自覚してるわ」
「……醜いとは思ってない。ただ、わけわかんねーとは思ってる」
カチッと、織斗がケースに手をかけると同時、美優が翼を広げた。
「解印」
美優の放つ風を得意の運動神経でかわし、ぶつかってくる翼はダイヤのカードでガードした。
唖然とその様子を見ていたブラックが、慌てて織斗に近づく。
「トランプってことは……あんた、当主か!」
「……え、なにおまえ? 人間? 羽生えてるけど……悪魔? えっ、めちゃくちゃかっこよくない?」
「いや……今はそれより……」
「あ、大丈夫。俺一人で倒せる。それよりお前、めちゃくちゃかっこよくない?」
ブラックの姿を認めた織斗は、子供のように目を輝かせた。目線はブラックに向けたまま、器用に美優の攻撃を避ける。
「あなた……術使ってないのに、これだけ避けれるって……くっ」
バタバタと翼を広げる美優だが、その攻撃も嘴も織斗には当たらない。
触れる直前でするっとかわされてしまう。
やがて織斗が美優に向き直り、その瞳に翼竜の姿が映し出された。
「デジャブっていうかさぁー」
「デジャブ? デジャヴでしょ?」
「……え、ごめん。よくわかんねーんだけど」
「発音の違いよ! で、既視感がなに?」
「キシカン? まぁいいや、俺、恐竜好きなんだよね。好きなんだけど……なんかイライラするというか闘争心抉られるというか」
「何言ってるの?」
「イライラしてる。ごめん、情報聞き出さなきゃだから拘束したいけど、一気に封印するかも」
ぱっと、織斗が床を蹴って美優の頭上に飛んだ。
背後に振り返る美優だが、そこに織斗の姿はなかった。
ピタッと、美優の背中にトランプのカードが触れる。
「一つ聞いときたいんだけど」
「…………」
美優は返事をしなかった。いや、できなかった。
背後を取られるとは思っていなかった。というより、見えなかった。
「お前らの当主、どこにいる?」
「……は?」
振り返ろうとした美優だが、織斗に背中を押さえつけられているので叶わなかった。
ぐっと奥歯を噛み締め、口角を少し上げる。
「どこにいるですって? あなたがそれ聞く?」
「は?」
「知るわけないじゃない、私が。下っ端で目もかけてもらえない、ナンバーズにもならなかった私が……なんで、同じ血が流れてるのにあなたの方が親しいのよっ!」
翼をはためかせ、美優が反撃をしかけようとする。
「封印」
しかし振り返る間も、織斗は許さなかった。しゅっと、ジョーカーのカードから白い光が飛び出して美優の、翼竜の体を包み込む。
冷徹な織斗の様子を見て、結奈は息を呑んだ。
「お兄、ちゃん?」
その横顔がまるで別人のようで、自分の知っている従兄だとは思えなくて。
結奈は胸の前でぎゅっと、飴袋を握りしめた。
カチッと、織斗がトランプケースを閉じた。
「大丈夫か……いや、怪我してるな」
振り返った織斗の顔はやはり、結奈の知っている織斗ではなかった。




