第116話 正しい未来への選択
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家を出た時は中降りだった雨が豪雨に変わったのは、凛と后が繁華街を抜けた時。
「凛ちゃん! こっちの方が近道になる!」
先を走っていた凛だが、后に呼び止められて踵を返した。
傘は邪魔だと思い、かっぱを着てきた。水溜りを何回も踏んで、長靴の底には水が溜まっている。
「スマホ防水してる?」
「スマホなんてダサいもの持ち歩いてない!」
「でっかいパソコン持ち歩くほうがダサくないっ!?」
「うるさい! 救急車の連絡はさっき父さんがしてくれたでしょ、それ以外にいざってことがあれば后が連絡して。機械なんていらない、一秒でも早く行きたい」
耳にはめている通信機、持ち主の声はかなり前から途絶えていた。
『雨で壊れた』と言っていた。
凛が送り続けていた声は随分前から、織斗に届いていなかったのだろう。
バシャバシャと足元を濡らして、階段を駆け上がる。
頂上、公園にたどり着いたところで、凛が叫んだ。
「当主!」
葉が生い茂る大きな木の下、織斗の姿を見つけた凛は駆け足でそこに向かった。
ヒュッと息を呑んで、立ち止まる后。たけどすぐに、かぶりを振って凛の後を追った。
「当主! ねぇ、当主、生きてる?」
うつ伏せに倒れていた織斗の身体を凛が持ち上げると、雨ではない赤い液体がボタボタと地面に落ちた。
「凛ちゃん、動かしたらダメ!」
后の叫び声に、凛の身体がびくっと跳ねる。膝に乗せた織斗の頭が落ちそうで、慌てて手で支える。
凛の隣にしゃがみ込んだ后は自分の着ていたかっぱを織斗の身体にかけ、口元に手を挙げて呼吸を確認する。
「息はあるね、意識は?」
「えっと、声かけても全然、反応しない……」
「当主さん、生きてますかー? 当主さん?」
耳元で大声を出す后。
ダメもとだったが、ぴくっと、織斗の指が動いた。
「意識、ある……凛ちゃん、呼びかけて。苦しそうなら無理しなくていい、臨機応変に」
「臨機応変て……」
「傷は腹部かな、まずいね、これ。救急車早く……」
「后って、医療系なの?」
「なに?」
「だってすごい、手慣れてて……冷静に」
「動画で見たことあるだけ。よくやってるじゃん、こういうの。冷静なのは、僕がなんとかしなきゃって思ってるから」
「わ、私も……」
「凛ちゃんは呼びかけ続けてってば! あぁ、そっか。どうして自分は冷静じゃないのかって? 当主さんのこと好きだからでしょ?」
「……好き?」
「僕より長く付き合ってて、情が移ってるでしよ? 大切な人が傷ついてる時に冷静になれないなんて当たり前のことだよ。だから、冷静でいる僕の指示をちゃんと聞いて! 何も出来ないならあっち行ってて!」
「あ、えっと、呼びかけ……」
凛は織斗の耳に顔を近づけ、名前を呼び続けた。
その間もテキパキと動く后。
大切な人が……
后の言葉を思い返して、凛は思った。彼はもう、人が死ぬところを見たくないのだと。
助けれる命なら助けたいと、必死になっているのだと。
「……とうしゅぅ」
弱々しく呼びかける凛。
その時わずかに、織斗の目が開いた。
「……あぁ、なんだ……凛か」
「当主! よかった! 大丈夫?」
「大丈夫……ではないけど……一人じゃ、なくなったな」
「え?」
「一人で戦ってるんじゃ、なくなった……俺の勝ちだな、これ」
ははっと笑った後、織斗は再び目を閉じた。
痛い……痛くて苦しい。
后が呼びかけてくる。
……腹?
あぁ、そっか。腹刺されたんだっけ。
広のやつ、容赦なくぶっ刺してくるから。
……瞬殺だったな、マジで。
抵抗する間も無かった。
痛い、マジで……痛いなぁ。
だから、腹の傷は大丈夫だって。
うるせーよ、后。
凛もそんな騒ぐな、泣くなって。
痛い、痛い、痛い。
心が痛くて、泣きそう……あ、ダメだ。
涙流れてるぽい。
身体熱い。
「……っぅう」
歯を食いしばって、痛みを堪えた。
涙を見られたくなくて顔を隠そうとするけど、腕が上がらない。
大丈夫か、雨が降ってるから。
涙はきっと、見えていない。
どうしたら朝が、いつもの日常に戻るのだろう。
目が覚めたら世界が。
あんなこと願わなければよかった。
変わらなくてよかった。
いや、変わってよかった。
咲が戻って来た、広の悩みが消えた。
凛と后が友達になった。
あやめと咲が出会えて……
「ひめみ……」
小さく名前を呼んでみるが、やはり彼女は現れなくて。
次に呟いた言葉は、声にならなかった。
救急車のサイレンの後。
誰だよ、あんなの呼んだやつ。
大袈裟だって、俺は大丈夫だって。
大きく息を吐いて、緋色の衣を思い浮かべた。
「ありがとう、ヒメミ」
あ、声出た。
そう思った途端、意識を失った。
広に会いたい。
会わなきゃ……
大丈夫、姫未から聞いたんだ。
俺の選択はやっぱり、間違ってなかったよ。
正しい選択肢へと導こう、未来を。
大丈夫、俺にはそれができる。
咲の言ってることは正しい、嘘つきじゃないよって。




