第114話 繋がれた縁
織斗と咲の攻撃を同時にかわす広の耳に、二人の声が交互に聞こえた。
「なに言ってる……」
聞こえない……聞きたくない。だけど耳を塞ぐ間もない攻撃のせいで、音が遮断できない。
訴えてくる言葉。
求められる、おはようの挨拶。
要らないのに、夢として消えればいいのに。現実なんて、辛い今なんて。
起こしてくれる人はもういない、それが事実なら。明日の朝起きたら、世界が変わっているのなら……
「いらない、現実なんて! こんな世界なら……辛い、悲しい気持ち、重い荷物を抱えて生きなきゃいけないなら、それが人間というならばもういらない、未来なんて! 人間世界なんて、もういらない!」
途端、広の瞳を染めていた青が色を増した。竜巻のような風が起こり、織斗と咲の身体が弾き飛ばされる。
地面に倒れる織斗と、木の幹に身体を打ちつける咲。
風が通り抜けた……
そう思って顔を上げた咲の眼前に、広がいた。
右手で咲の首を掴み、項垂れている。
獣の仮面は落ちて、半分に割れていた。取り繕ってきた顔、隠していた表情が、真っ二つに。
「……っ」
俯いて苦しそうに息を吐く広が辛そうで。泣きそうな顔を隠しているその仕草を、見るのが辛くて。
咲はふっと、笑みを浮かべた。
目は赤く腫れ上がっていた。
涙の跡は、雨に消されて見えない。
「広はね、生きなきゃいけないんじゃないかな?」
咲の言葉に、広の肩が僅かに跳ねた。
だけどそれ以外の反応を見せることはなくて、咲は話を続ける。
「私が緋末の屋敷にいた頃ね、あやめちゃん言ってたよ。広とは恋情とは別の関係になりたいって。それって、親子ってことじゃないかなと、私、思うの」
「……親子?」
「遺伝子的な父親はいるけど、そう呼べる関係の人はいないって……あやめちゃん、広に父親を求めてた。親子になりたかったんだよ」
「…………」
その時の広の脳裏に、あやめの言葉が蘇った。
『生まれ変わったら、私は……』
「だから未来が、世界がいらないとか言わないで……頑張って生きて、迎えにいかなきゃいけないんじゃないかな、広は」
「迎えにって……」
「もし、死んだ後の来世が存在するとして、あやめちゃんはきっと、広を探すよ。その時に広がいなかったら、世界が終わってたら悲しむでしょ? だから、頑張って生きて……生まれ変わったあやめちゃんを、迎えにいかなきゃいけないんじゃ、ないかな?」
咲の首を掴む、広の腕が弱くなった。
それを見計らって咲はぽすっと、広の胸に拳を突き当てた。
緩く握った拳で柔らかに、にゃんと可愛らしい鳴き声が聞こえて来そうな。
「……今の広が馬鹿なのと、未来への希望で相殺」
俯いた咲の頬を涙が伝っていた。
葉が生い茂る木の下だ、ぼろぼろと地面に落ちるそれが、雨でないことは明らかだった。
「十年後か二十年後か、先の未来で、広が未だくすぶってて、あやめちゃんが彷徨っちゃってるなら、ライオンパンチになる」
「………」
「傘を……」
顔を上げた咲の目にはやはり涙が溢れていて、頬を伝ってこぼれ落ちた。
色が変わった、あやめと同じ漆黒ではなくなった広の瞳をじっと、見つめる。
「あやめちゃんに傘を届けてあげてね。同じ傘の下で、今度は雨に濡れないように」
「…………さき」
ぽそっと名前を呼んだ、広の瞳が微かに揺れた。
だが次の瞬間、背後に現れた人影に、広は意識を戻して振り返る。
「……っ」
織斗の掲げるジョーカーを、広が自分のジョーカーで弾き返した。
反対の手、咲の首を掴んでいた手を離し、そこに日本刀を作って握りしめる。
織斗へと振りかざそうとした時、広の背後でグジャっと肉の割ける音がした。
「さきっ!」
織斗の叫び声に、広が振り返る。
日本刀の刃の切っ尖が、咲の左腕に突き刺さっていた。
「あ、ごめ……刀掴んで、止めるつもりだったんだけど……間違って刺さっちゃった」
微かに笑ったあと、ガクンと咲の身体が崩れ落ちた。
「咲! だから前面に出るなって……」
広を押し除けて咲を抱える織斗だが、腕を押し返された。
手のひらで地面を押し、咲は広の左手にあるジョーカーへと顔を近づける。
『広って、混乱すると変なことしたり言ったりする人?』
『……少し前にも、同じこと言われた』
最初に会話した時の言葉だ。
あれから何度も会って、話をして、今では疑問符なしで言える。
「広はね、混乱すると前が見えなくなる……変なことしたり言ったりするんだよ」
今現在も、混乱でわけがわからなくなっているのだろう。
立ちすくんで動かない広の、右手をぎゅっと握りしめる。
もし今、さらに混乱することが起きたら。
いや、そうでもしないときっと、彼には勝てない。
目を覚ますために、だから……
咲は、広の手の中にあるジョーカーを奪い取って絵のある部分を自分に向けた。
「混乱して寝首をかかれたらいいよ、王様……封印」
冠をかぶったライオンの絵柄、ジョーカーから白い光が飛び出す。
織斗くんの持ってる神木のトランプとは違うんだね、と尋ねた咲だけれど、声は出なかった。
だから心の中で、
兄とその親友の幸せを願った。




