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第113話 二対一


 トランプケースの開閉音と共に瞬時に姿を消す広。

 織斗は目線だけを動かし、意識を気配に集中させた。


「訂正しろ、そうすれば今日は見逃してやる」


 耳元で囁く声。ぱっと振り返るがそこに広の姿はなく、織斗の身体が後ろに引っ張られた。

 織斗の腰には、透明な糸。


「……っ」


 一秒遅ければ織斗の身体は真っ二つに避けていた。

 正面から振りかざされた広の日本刀が空気を切り、織斗は糸に引っ張られて地面に倒れ込んだ。

 とんっと、峰の部分を肩に乗せた広が織斗を見下ろす。


「あぁ、返事聞いてなかったな。どうする?」

「……訂正するわけない、嘘つくわけねーだろ、俺が広に」

「そうか。じゃあ、死ね」


 シュンっと振りかざされる刃。

 後ろに避けた織斗はカードをばら撒き、術を発動して広から距離をとろうとした。


「あまい、雑魚が」


 しかしそんな目眩しなど通用するはずもなく、広が織斗の背後に回る。

 織斗がカードを出すと同時に足首に絡みつく無数の糸。


「解印、かいいん、解印!」


 足踏みして広の攻撃を交わしながら、織斗は術を発動し続けた。

 気づかれていない。

 仕掛けるタイミングは任せている……だけどそろそろ……

 限界が来る、と思っていたところで、ピンっと広の腕が後ろに引っ張られた。


「……は?」


 片手の自由を奪われた広が目線を後ろに向けると同時、反対の腕にも糸が絡み付いた。

「まさか……」

「封印!」


 織斗の声に、広は瞬時に「解印」と唱えた。緋末のトランプが舞い上がり、広を拘束している糸が燃え落ちる。

 織斗の放った白い光は、広が掲げたトランプ、緋末のジョーカーに吸い込まれた。

 はぁはぁと荒い息を整え、広は背後に目を向ける。


「二対一か……」


 目線だけ向けたまま、広が背後の大きな木の上にトランプを投げつける。

 ガサガサっと葉っぱが揺れて、そこから降りた咲が木の根元に膝を着いた。獣の面を被っているので表情は見えないが、瞳はしっかりと広の姿を捉えていた。


「なるほどな、不意打ちで俺を拘束する……以前にもあったな、こういうの」

「最初の夜だな。あの時も、俺が勝ったけど」

「二度目はない。残念だが、作戦は失敗だ」


 ざっと地面を蹴る音。

 咲が飛びかかるが、広はトランプでそれを弾いた。


「咲! 前面に出るな、俺が行くから!」


 くるんっと一回転して地面に着地する咲に、織斗がいう。

 広はじろっと、織斗に目線を戻した。


「それで、俺を封印して、諸悪の根源を消滅して解決? お前らしくないな、あれほど戦いたくないと……」

「浄化されるって、姫未言ってた」

「浄化?」

「トランプの中は現世と切り離されるから、一定期間そこで過ごすと浄化されるって」

「……あぁ、言ってたな」

「遼馬と一緒に中の世界行った時も、いつかもとに戻す、外に出すって約束した」

「……封印された人間を、もとに戻す?」

「俺は最初からそのつもりだった、宿縁抗争が解決して中にいるこいつらが人間に戻ったら、外に出そうって」

「……それで、俺を封印する理由は?」

「人間じゃないからだよ、今の広が」


 声は咲のものだった。

 広が振り返ると、獣の仮面をかぶったまま、咲が立っていた。


「広、いま、自分がどんな顔してるかわかる?」

「顔?」

「つーか、目の色だな」


 今度は織斗が言った。

 どちらを向いていいかわからない広は、中間で目線だけを動かせる。


「あやめの目の色見た時に思ったんだ、広と同じだって」

「緋末の象徴、漆黒の瞳」

「だけど……」

「広の目の色ね、今……」


「「青く染まってる」」


 織斗と咲が、声を重ねて言った。

 

「…………あお?」


 目元に指をあてる広だが、自分では見ることができない。

 両手で頬をなぞる広の左肩に咲が飛びかかった。右肩には、織斗の放つ蔓の群れ。

 易々と攻撃を弾き、広は両サイドにいる織斗と咲を交互に睨む。


「広、世界は不平等だよ」


 咲が言った。仮面に打ちつける雨を見て、広は気がついた。

 目を、涙を見せないために顔を隠しているのだと。


「同じ空の下で笑ったり泣いたり怒ったり……幸も不幸も人それぞれできっと、同じ数だけ持っていない。太陽の光でさえ、平等に人を照らしてくれない」

「……それなら、生まれ持って不幸なやつは、なぜ生まれてきた?」

「それはさ、自分で考るべきだと思うぞ」


 答えたのは織斗。

 地面に置いたトランプに手を触れたまま、広を見上げる。


「どうして生まれてきたのか、こんなに辛いのに。どうしてこんなに辛いんだろう、どうしたら幸せになれるんだろうって、自分で見つけるしかない。世界は、当たり前に不平等だから」

「神様から何も与えられなかったと思うなら、自分で自分の幸せを探すしかない。だけど、広は逆だよ」

「逆?」

「荷物を持ちすぎてる。どうして広の采配ひとつで、他人の命が、人生が決まるの? 不平等だと、与えられなかった人が不幸になるの?」

「自分の人生が幸か不幸か、それを決めれるのは自分しかいないのに」

「抱え込まなくていいよ、広。たくさん持ってるから他人に与えなきゃなんて思わなくていい」

「って言ってもきっと、お前は人のために……誰かを幸せにしたいと願うだろうな。でも、そのおかけで、救われたやつはたくさんいる」


 バチィっと、織斗の手元で電気が起こった。

 稲妻が広の周囲を取り囲む。咲が操る糸を、広の日本刀が切り刻んだ。

 攻撃をしかけながら、織斗と咲は交互に言葉を発する。


「同じだよ、広」

「緋末のやつらも俺も、みんな同じだ」

「振り返ってみて、きっとわかる」

「全員がお前の幸せを願ってる、与えられたものを返したいと思ってる」

「頼まれたの、当主様をよろしくお願いしますって」

「広が目を覚ますように」

「この先の未来を、ちゃんと生きれるように」


 ピタッと、織斗と咲が同時に足を止める。

 広を間に挟んで、互いに向き合いながら、


「あの時、俺に声をかけてくれてありがとう」

「私と友達になってくれてありがとう」


 二人同時に、声をかけた。


「そのおかげで俺は、人間を好きになれた」

「私の世界が広がった」

「広のおかげで」

「広がいたから」

「今が楽しいと思う」

「未来に希望を持てる」

「だから俺は、」

「だから私は、」

「「幸せをもらった分、それ以上に、広の重荷を……不幸を奪い取る」」


 そしてまた、同時に攻撃を仕掛ける。


「目を覚ませ、広」

「目を覚まして、広」


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