第108話 電波系二人組の電気系
よじ登るようにステージに上がる凛。その晴れやかな生き生きとした表情とは反対に、后の顔は固まったようにまたは困惑して身体ごとその場から動けなくなっていた。
「じゃあコウさ、最後の日記見たよね?」
「最後の日記?」
「私も見ていい? パスワード教えて!」
「パスワード?」
わけがわからず、単語を繰り返すだけの后。
構わず、凛は話を続ける。
「ラッシーの日記! 最初から鍵かけて技術ある人しか見れないようにしてたけど、最後の日記はガチでロックかけてて、パスワード入力しないと開けなくなってるの! コウならそのパスワード、わかるよね?」
「……なんの話?」
后としては本当に何のことかわからないし、わけがわからない。
唖然とする后の顔を、凛が覗き込む。
「もしかしてコウ、日記知らないの? ラッシーの子どもだよね?」
「だから、僕はラッシーなんて生き物知らない」
「イガラシだからラッシー、コウのお父さん、五十嵐陽太であってる?」
「あってるけど……え? なんで……」
「友だちだったから、私とラッシー!」
「ともだち……友だち?」
「サイトとかメールとかでやりとりしてた友達なの!」
「いや……いやいやいや、会って話したこともないのに友だちっておかしいよね? 画面上、機械の上でのやりとりだよ? メッセージだってただの数字の羅列で、そこに血なんか通っていない、ただの機械に向かって友だちなんて……」
「なに言ってんの、コウ。機械は人間が作り出したものでしょ? そして人が触れることで息が吹き込まれる。画面の向こうには人間がいる言葉、知ってるでしょ?」
「画面の、向こうには……」
知らない、なんて言えなかった。
四年以上前からずっと今日まで、ついさっきも后はその言葉を聞かされた。
それぞれ別の人に。
「……し、知ってるよ! その言葉聞いたのこれで三回目だからね!」
「三回目?」
「一回目は父さんで、二回目はさっき当主さんに言われた。もう何回も聞いた、聞き飽きたけど、僕にはわからないよ! 機械なんてただの道具じゃん、その向こうに人がいるなんて……」
「え? わからないの? 三回も聞いたのに?」
「は……はぁ?」
「しかもそれ、同じ人じゃなくて違う人に言われたんでしょ? それぞれ違う人間に、同じ言葉を三回……それでどうして、わからないなんて言えるの? コウってバカなの?」
「ち、違……リンちゃんに何がわかるんだよ! 僕のことなんか知らないでしょ?」
「だから知ってるって! 育児日記読んでたから!」
「だから! その育児日記が僕にはわからない……育児日記?」
「コウが生まれた時からずっと書いてるラッシーのブログ! えっと……」
パソコンを探す凛だが、ステージの下に置いてきたことを思い出した。
そもそも、壊れているのとバッテリーが切れているので使えない。
「ちょっと待って、パソコン生き返ったら見れるから。ラッシーの日記」
「日記って、そんなものつけてたの? 父さんが?」
唖然とする后の頬に、凛が指を当てる。
后が抵抗する隙もなく、ぷにっと凛の人差し指が后の頬に入り込んだ。
「わ、わぁ! 本当だ! キサキちゃんのほっぺ、柔らかい!」
「えっ、ちょ……なに?」
「三歳のころお風呂の釜に落ちたって本当? あ、ジャングルジムから落ちた時の……本当だ! 腕に傷がある! えっ、お尻のアザは?」
「いやだから……なに、やめてっ!」
ズボンのベルトに手をかけようとする凛の手を、后が掴んで止める。
凛はおもちゃを見つけた子どものように、目をキラキラさせていた。
「なにっ? リンちゃん、何してんの!?」
「コウが本当にあのキサキちゃんだって、確かめてるの!」
「キサキちゃん? だから、僕は……」
「知らないなら見た方がいいよ、ラッシーの育児日記!」
凛の大声に、再び咲が笑い出す。
織斗は咲の頭に手のひらを置き、自分の肩へと押し付けた。
小刻みに揺れる、咲の呼吸の音が聞こえる。
「ゲーム開発日記の合間に、キサキちゃんの育児記録を書いてたの、ラッシー……陽太さん!」
「父さんが?」
「陽太さん、キサキちゃんのことすごい好きだよ! すごく可愛くて、でも頭が良すぎてちょっと心配してるって! ていうか、ラッシー元気?」
「…………え?」
「四年前からブログ止まっちゃって、メッセ送っても返って来なかったんだよね」
「死んだ、けど……」
「死んだ?」
「バグが起きたゲームのリリース日に、首吊って……」
「えっ、うそ! ゲームのリリース日って、最後の日記が書かれた日じゃん!」
「最後の、日記……」
「鍵かかってて開かない日記! じゃああれ、ラッシーからキサキちゃんへの最後のメッセージ……遺言?」
シン、と部屋の中に静寂が訪れた。
真っ白な何もない部屋、人の呼吸音以外聞こえない、静かな場所。
やがて后が、表情を固めたまま口を開く。
「……父さんの、遺言?」
「コウへのメッセージじゃん! 絶対そうだよ! 見にいこうよ、コウ!」
「えっ?」
「陽太さんの最後のメッセージ、鍵を開きにいこうよ! 何か思い当たる言葉ない? パスワードの手がかりになるような……」
「そんなもの、僕には……」
「ヒントは? なにか手がかりとか……そうだ、メッセージ! コウとやりとりしてた中に暗号ぽいものなかった?」
「僕とのメッセージの中には別に、なかったけど……」
はっとして、后は顔を上げる。
コウへのメッセージには暗号のようなものはなかった。だけどSNSの、后をずっと注意してくれていたあの人の文章の最後には時々……
「キサキへの、メッセージ……」
画面を見たかったが、通信機器がないことに気がついた。
もどかしくて俯く后の顔を凛が見つめ瞳と瞳、目線がぶつかり合う。
「行こうよ、コウ。陽太さんに会いに、最後のメッセージを聞きに行こう!」
差し出される手のひら、凛の笑顔。
手を伸ばす后だが、途中で手を引いた。
「でも、時限爆弾……」
「解除してよ。コウが組んだプログラムなら、自分で解除できるでしょ?」
「…………」
「コウ?」
「あれ、さぁ……ネットから拾ってきたのを、そのまま使ったんだよね」
「え?」
「覚えてる……部分もあるんだけど……いや、大丈夫かもしれないけど」
「私も協力する! さっきまでやってたし、二人で力合わせれば大丈夫!」
「僕とリンちゃんが力を合わせれば最強……何とかなるかもしれない、けど……」
「けど?」
「パソコン、使えないよね?」
后が指差す方向には、水浸しになって床に放置されているパソコン。
その隣にもう一つ、電源の入らないパソコン。
「ちょっと当主!」
「いや、だから、なんで俺に八つ当たりするんだよ? つーか……」
面倒そうにため息をついた織斗が、背負っていた凛のリュックを開けた。
中身を覗いて再度、ため息を吐く。
「凛ってさ、いつもパソコン三台持ち歩いてるよな?」
「そうだけどなに、文句ある!? 実用と予備と保存用! あんたが壊したせいで、一台は新品だから!」
「リンちゃん、パソコン三台持ち歩いてるの? 重くない? 僕でもちょっと引く……」
「コウは黙ってて!」
「じゃあ、保存用にしてるこれは使えないのか?」
織斗が鞄の中から、薄型のノートパソコンを取り出す。
片手で持って電源を押すと、ウィーンと音を立てて画面が明るくなった。
「……保存用!」
凛がステージを駆け下り、織斗からパソコンを奪い取る。
「使える、使えるこれ! すごい当主、お手柄じゃん! 当主にしては珍しく、すごいじゃん!」
「嬉しくねぇ……つーかお前、バカだろ?」
「コウ! これで大丈夫! パソコン使えるよ!」
顔を綻ばせて、后のいるステージへ駆け寄る凛。
しかしその腕を咲が掴み、凛は足を止めた。
「咲さん、なに? 急がないと……」
「提案なんだけど、パソコン二台あったほうがいいと思わない?」
「できるならそっちのほうが……私とコウ、二人でやったほうがいいに決まってるけど」
「それなら電池切れてるパソコン、ここで充電すればよくない?」
「…………は?」
「私はすべての属性、つまり電気も扱うことができます。そして凛ちゃんと后くん、二人の能力はなんだったっけ?」
咲の言葉に、凛と后の顔がぱあっと明るくなった。
そして同時に、声を上げる。
「「電気!!」」




