第106話 凛と后
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「会いたくなかったよ、リンちゃん」
機械と電気の部屋。
凛と目線を交わしていた后が、しゃがみ込んで床の水に手を当てる。
「……っ」
すかさず、凛も床に片手を置いた。顔を上げた后と、凛が再び目線を交わして睨み合う。
パシャんと水が跳ねる音。
三分ほどその様子を見守っていた織斗だが、沈黙に耐えきれず咲に声をかけた。
「なぁ、咲、あいつら……戦ってるんだよな?」
「たぶん……后くんが電気を操ろうとしてるのを、凛ちゃんが消してるんだと思う。目には見えないけど」
「なんつーか、地味だな」
冷静に二人を見つめる織斗に、咲は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「さすがだね、リンちゃん」
しばらくして、攻撃を諦めた后が立ち上がった。
ポタポタと、髪から水が滴る。
「リンちゃんさぁ、想像以上に可愛い顔してるね。僕、びっくりしちゃった」
「え? あ、えっ? そ、そうかな……」
「そうだよ。可愛いし、技術もすごいし……もしかして、今持ってるのが自前のパソコン?」
「そうなの! わかる? やっぱりわかる?」
「今時そんなデカいパソコン持ち歩くなんて、珍しいなぁって」
「馬鹿にしてるよね! ていうか、コウならわかるでしょ? いろいろ詰め込んだらこんな大きさになるの!」
「そーだねぇ」
「でも私とコウが出会えたから、世界が変わるかもね!」
「?」
首を傾げる后。
凛は得意げに笑みを浮かべ、話を続けた。
「私はどちらかと言うと物造り、ハード系が得意なの。コウはネットワーク、ソフト系が得意でしょ? すごくない? 私たち、それぞれの得意分野が微妙に異なってて、二人で力を合わせればきっと、最高の技術が開発できる!」
「……夢物語だね」
「夢でいいよ、今は! だけどいつか現実にしよう! 二人で最高最強の機械を開発しよう! だから私、ここに来たの!」
「……は?」
「改めまして、中村凛です。友だちになろう、コウ」
屈託のない凛の笑顔。
それを直視してしまった后は顔を背けることが出来ず、ぐっと下唇を噛んだ。
「だから、リンちゃんには来て欲しくなかったんだ。会いたくなかった」
誰にも届かないような小さな声で呟いたあと、后は腕につけていた時計を一瞥して時間を確認する。
「あと三十分だね」
そしてポケットから、スマホと同じ大きさの機械を取り出す。
透明なプラスチックで覆われたその中には、小さな電子部品が敷き詰められていた。
「リンちゃんてさぁ、子どもだよね」
「はぁ? コウだって私と同じ中二でしょ?」
「夢物語はさぁ、夢だから楽しいんだよ。そこに現実の苦悩や障害が入ると途端、目が覚めて嫌気が差す」
「そんなこと……」
「でもさぁ、想像以上にリンちゃんが可愛かったからチャンスあげる。手伝ってあげるよ、その夢物語」
后がプラスチックの小型機械を凛の足元に投げつけた。不審に思いながらも、凛はそれを拾って中身を見る。様々な機械が並べられている中に、小さな時計が埋め込まれていた。
タイマー式のその時計の残り時間は、残り二十九分。
「この展開にタイマー時計、まさかと思うけど……」
「パソコンに繋いでみて? それの正体わかるようにしてるから」
「っ……」
凛は鞄からパソコンを一台取り出し、鞄を織斗に押し付けてしゃがみ込んだ。
起動したパソコンに、小型機器を接続する。ぱっと、画面には窓が次々と表示されていく。
「やば、これ……嘘、やば」
震える手で一つ一つ確認していく凛。
顔を上げると、后がニコッと微笑んだ。
「え、本物? これ、本当?」
「本物の本当だよ。どう、リンちゃん、できそう?」
「……私にこれを渡したってことは、やって欲しいんでしょ?」
「チャンスをあげるって言ったでしょ? 無事にここを出れたら、その夢物語、手伝ってあげるよ」
「……約束だからね」
言葉を交わしたあと、凛は一呼吸してパソコンの画面に向き直った。
カタカタと、無心でキーボードを鳴らす。
「なんだ、これ。凛、なにしてるんだよ?」
「あっ、話しかけないほうがいいですよー」
凛のパソコンを覗き込む織斗に后が助言した。
ステージの上で頬杖をつき、ニコニコと微笑んでいる。
「リンちゃん、いま大変だから」
「大変?」
「時限爆弾、とか言わないよね?」
咲の言葉に、后はニコッと微笑む。
「せいかーい。制限時間は三十分、それまでにリンちゃんが解除しないと、この家吹き飛ぶんだよねぇ」
「この家って……緋末の屋敷が? そんなこと、広はいいって言ったのか?」
「言ったよー、僕の好きにしていいって」
「好きにって……」
「待ってそれ! 違うよね? 広がこの家を壊して良いなんていうはずない、ダメだよ」
咲の言葉に、后はふっと笑って目を細める。
「どうしてそんなことわかるんですかぁー? 緋末の人間じゃないのに」
「約束してたの、また遊びに来るって。あやめちゃんと一緒に待ってるって」
「……あやめちゃん、もう帰ってきませんよ」
后の言葉に、咲は息を飲んだ。
それ以上の言葉が見つからず立ちすくむ咲の前に、織斗が立つ。
「でも、思い出はあるだろ?」
「思い出?」
「広がこの家にいた、過ごしたって思い出」
「思い出ってほどいいものじゃないと思いますよ? 当主様、緋末のこと嫌ってたし、それに……未来を過ごすのに、この屋敷の思い出は辛すぎて重荷になる。だから僕が、当主様の過去を潰すんです。たくさんの人の未来を潰してきた僕が、最後に、大切だと思う人の過去を潰す……いい話だと思いません?」
「意味わかんねーんだけど」
「神木の当主さん、頭悪いもんね」
「お前よりは賢い!」
「xの二乗+3x+2は?」
「は? え……っと、7xの二乗?」
「織斗くん……」
「だってほら! いま算数関係ないだろ!」
「算数とか言っちゃうんだ。神木の当主さんって面白いですよね」
「何が違うんだよ!」
「うるっさーい!」
バシャンという音に振り返ると、凛がパソコンを水の中、床に叩きつけていた。
織斗に歩み寄り、その胸ぐらを掴む。




