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106/109

第106話 凛と后

*


*



「会いたくなかったよ、リンちゃん」


 機械と電気の部屋。

 凛と目線を交わしていた后が、しゃがみ込んで床の水に手を当てる。


「……っ」


 すかさず、凛も床に片手を置いた。顔を上げた后と、凛が再び目線を交わして睨み合う。

 パシャんと水が跳ねる音。

 三分ほどその様子を見守っていた織斗だが、沈黙に耐えきれず咲に声をかけた。


「なぁ、咲、あいつら……戦ってるんだよな?」

「たぶん……后くんが電気を操ろうとしてるのを、凛ちゃんが消してるんだと思う。目には見えないけど」

「なんつーか、地味だな」


 冷静に二人を見つめる織斗に、咲は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「さすがだね、リンちゃん」


 しばらくして、攻撃を諦めた后が立ち上がった。

 ポタポタと、髪から水が滴る。


「リンちゃんさぁ、想像以上に可愛い顔してるね。僕、びっくりしちゃった」

「え? あ、えっ? そ、そうかな……」

「そうだよ。可愛いし、技術もすごいし……もしかして、今持ってるのが自前のパソコン?」

「そうなの! わかる? やっぱりわかる?」

「今時そんなデカいパソコン持ち歩くなんて、珍しいなぁって」

「馬鹿にしてるよね! ていうか、コウならわかるでしょ? いろいろ詰め込んだらこんな大きさになるの!」

「そーだねぇ」

「でも私とコウが出会えたから、世界が変わるかもね!」

「?」


 首を傾げる后。

 凛は得意げに笑みを浮かべ、話を続けた。


「私はどちらかと言うと物造り、ハード系が得意なの。コウはネットワーク、ソフト系が得意でしょ? すごくない? 私たち、それぞれの得意分野が微妙に異なってて、二人で力を合わせればきっと、最高の技術が開発できる!」

「……夢物語だね」

「夢でいいよ、今は! だけどいつか現実にしよう! 二人で最高最強の機械を開発しよう! だから私、ここに来たの!」

「……は?」

「改めまして、中村凛です。友だちになろう、コウ」


 屈託のない凛の笑顔。

 それを直視してしまった后は顔を背けることが出来ず、ぐっと下唇を噛んだ。


「だから、リンちゃんには来て欲しくなかったんだ。会いたくなかった」


 誰にも届かないような小さな声で呟いたあと、后は腕につけていた時計を一瞥して時間を確認する。


「あと三十分だね」


 そしてポケットから、スマホと同じ大きさの機械を取り出す。

 透明なプラスチックで覆われたその中には、小さな電子部品が敷き詰められていた。


「リンちゃんてさぁ、子どもだよね」

「はぁ? コウだって私と同じ中二でしょ?」

「夢物語はさぁ、夢だから楽しいんだよ。そこに現実の苦悩や障害が入ると途端、目が覚めて嫌気が差す」

「そんなこと……」

「でもさぁ、想像以上にリンちゃんが可愛かったからチャンスあげる。手伝ってあげるよ、その夢物語」


 后がプラスチックの小型機械を凛の足元に投げつけた。不審に思いながらも、凛はそれを拾って中身を見る。様々な機械が並べられている中に、小さな時計が埋め込まれていた。

 タイマー式のその時計の残り時間は、残り二十九分。


「この展開にタイマー時計、まさかと思うけど……」

「パソコンに繋いでみて? それの正体わかるようにしてるから」

「っ……」


 凛は鞄からパソコンを一台取り出し、鞄を織斗に押し付けてしゃがみ込んだ。

 起動したパソコンに、小型機器を接続する。ぱっと、画面には窓が次々と表示されていく。


「やば、これ……嘘、やば」


 震える手で一つ一つ確認していく凛。

 顔を上げると、后がニコッと微笑んだ。


「え、本物? これ、本当?」

「本物の本当だよ。どう、リンちゃん、できそう?」

「……私にこれを渡したってことは、やって欲しいんでしょ?」

「チャンスをあげるって言ったでしょ? 無事にここを出れたら、その夢物語、手伝ってあげるよ」

「……約束だからね」


 言葉を交わしたあと、凛は一呼吸してパソコンの画面に向き直った。

 カタカタと、無心でキーボードを鳴らす。


「なんだ、これ。凛、なにしてるんだよ?」

「あっ、話しかけないほうがいいですよー」


 凛のパソコンを覗き込む織斗に后が助言した。

 ステージの上で頬杖をつき、ニコニコと微笑んでいる。


「リンちゃん、いま大変だから」

「大変?」

「時限爆弾、とか言わないよね?」


 咲の言葉に、后はニコッと微笑む。


「せいかーい。制限時間は三十分、それまでにリンちゃんが解除しないと、この家吹き飛ぶんだよねぇ」

「この家って……緋末の屋敷が? そんなこと、広はいいって言ったのか?」

「言ったよー、僕の好きにしていいって」

「好きにって……」

「待ってそれ! 違うよね? 広がこの家を壊して良いなんていうはずない、ダメだよ」


 咲の言葉に、后はふっと笑って目を細める。


「どうしてそんなことわかるんですかぁー? 緋末の人間じゃないのに」

「約束してたの、また遊びに来るって。あやめちゃんと一緒に待ってるって」

「……あやめちゃん、もう帰ってきませんよ」


 后の言葉に、咲は息を飲んだ。

 それ以上の言葉が見つからず立ちすくむ咲の前に、織斗が立つ。


「でも、思い出はあるだろ?」

「思い出?」

「広がこの家にいた、過ごしたって思い出」

「思い出ってほどいいものじゃないと思いますよ? 当主様、緋末のこと嫌ってたし、それに……未来を過ごすのに、この屋敷の思い出は辛すぎて重荷になる。だから僕が、当主様の過去を潰すんです。たくさんの人の未来を潰してきた僕が、最後に、大切だと思う人の過去を潰す……いい話だと思いません?」

「意味わかんねーんだけど」

「神木の当主さん、頭悪いもんね」

「お前よりは賢い!」

「xの二乗+3x+2は?」

「は? え……っと、7xの二乗?」

「織斗くん……」

「だってほら! いま算数関係ないだろ!」

「算数とか言っちゃうんだ。神木の当主さんって面白いですよね」

「何が違うんだよ!」

「うるっさーい!」


 バシャンという音に振り返ると、凛がパソコンを水の中、床に叩きつけていた。

 織斗に歩み寄り、その胸ぐらを掴む。


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