第二話 同じ高校に通う、一つ下の従妹
*
「おはよう、親友」
チャイムが鳴ると同時に教室に入り込んだ織斗。
ホームルームが終わって織斗の元にやってきたのは、緋真広だった。
「今日も遅刻だな」
「ち、こくではない、間に合った!」
「チャイム鳴ってたろ」
腕組みをし、呆れたようにいう広。
今週に入ってこの遅刻ギリギリ生活が続いている織斗を見かねての言葉だろう。
「寝坊、てわけじゃないよな? 織斗、寝起きいいもんな」
「まあな……」
「じゃあ、ここ最近、毎朝なにしてる?」
「なにって……」
わざとらしく目をそらす織斗。
姫未と出会い、不思議な力を手に入れた織斗は毎朝、敵一族と思われる人間に襲われていた。なぜか朝、それも平日の織斗が学校に向かっている途中。
住宅街から急に人気がなくなり、突然目の前にやつらが現れる。
昨日は鎌を持った男、一昨日は腹話術をする少年。今朝は理性を失った鳥人間を見事封印してきました。術の使い方が難しくて、敵の情報については何一つわかっていません。
なんて、目の前の友人に話できるわけがない。そもそも、話をすること自体禁止されている。
「電車が混んでて」
「それはいつものことだろ」
「そんでトイレに行って……」
「電車の中で? 混んでたんじゃないのか?」
「そしたら鳥が出てきて」
「鳥? 窓から?」
「いや、民家の脇から、ぼわって」
「……手品師と同じ電車に乗り合わせたのか?」
「あれすげーよな、ハンカチの中から鳩が出たり、剣を身体に刺しても切れないんだぞ! あ、広って大抵のことは出来るよな? 手品とか……」
「手品中の殺人って罪に問われるのかな? 俺、お前の腹を切ったせいで捕まるとか嫌なんだけど」
「……失敗前提で話するなよ」
シーンと会話が途切れる。
と、その時、教室の出入り口にいた生徒が織斗の名前を呼んだ。
顔を上げた織斗の目に、一年生のエンブレムをつけた女子生徒の姿が見えた。
「結奈!」
織斗は立ち上がり、教室の出入り口へ駆け寄る。
「お兄ちゃん! よかった、会えて。これお弁当」
赤い風呂敷に包まれた弁当箱を差し出すのは、市原結奈。
胸元まで伸びるふらふわの髪の毛、膝上三センチくらいのスカート丈、着崩した制服にぱっちりとした目元、その中には色素の薄い綺麗な瞳。
女子高生という言葉が似合う、可愛らしい少女だった。
「弁当?」
「月水金はお母さんがお弁当作るって話だったでしょ?」
「あ、今日水曜か。悪い」
「朝イチで来たんだけど、お兄ちゃんいなくて」
「織斗、遅刻したから」
「あ、広くん!」
織斗の肩越しに、広が結奈に話しかけた。
パッと、結奈が広から視線を逸らす。それは嫌悪からではない、照れで恥ずかしさからの態度だった。
「遅刻じゃないって言ってんだろ」
「そういえばお兄ちゃん、月曜も遅刻してなかった?」
「だから遅刻じゃないって」
「ここ一週間、毎日だよな」
わざとらしい作り笑顔で話す広。
結奈は耳を赤くし、広の顔を見つめていた。しかし視線に気づいた広と目があうと、やはり顔を背けてしまう。端的に言うと、結奈は広に片思いをしていた。
出会った瞬間の一目惚れ、小学生の頃からずっと。
「そういえば結奈ちゃん、明後日、英語のテストあるでしょ?」
「広くん、よく知ってるね! そうなの、範囲広くて大変で」
「勉強、教えようか?」
「…………え?」
呆けていた結奈だか、言葉の意味を理解し、赤面して両手を胸の前に掲げた。
「いや、いやいやいや、広くんにそんな! 学年いや学内成績一位、運動神経も抜群でなおかつ高身長美形の才色兼備! みんなのアイドル広くんにそんな、恐れ多い!」
「なんだそれ、広、そんな事言われてんの?」
ツッコミを入れたのは織斗だった。
広は表情を変えず、笑顔のまま話を続ける。
「織斗にはいつもテスト範囲教えてるし、結奈ちゃんは妹みたいなものだし」
「妹……私が広くんの……(それじゃ近親相姦になっちゃう。妹以上を所望します! ああ、でもそれじゃあ広くんファンクラブ、誰も手を出しちゃダメ同盟の先輩たちから目をつけられる)」
「おい結奈、心の声漏れてんぞ」
「え、なに? いやそれより広くんが……じゃあ、お言葉に甘えて」
「じゃあ放課後、一年の教室に迎え行くから」
「広くんがお迎えに……え、いや待って、それダメ!」
「どうして?」
「広くん一年の教室くると目立っちゃうから、直接自主室いくから!」
「……そっか、じゃあ、A館の自主室のとこで」
「うん、ありがとう! 私そろそろ戻らなきゃ。広くん、また後で……もしかしてお兄ちゃんも来たりする?」
急に声のトーンを変えて話す結奈。
織斗は呆れたような顔をし、首を横に振った。
「放課後は用事あるから」
「そっか! じゃあ広くん、放課後にね!」
あからさまに態度を変えて颯爽と去っていく結奈。
姿が見えなくなった後で織斗はため息をつき、隣に立っている広を見た。
「珍しいな、広が結奈に勉強教えるとか」
「中学の頃は教えてただろ」
「俺んち遊びに来るついでにな。わかってると思うけど、おまえ目立つんだからな。学校で結奈に接するときは気をつけろよ」
「わかってる」
広は目を細め、踵を返して自分の席に戻った。
「大丈夫、わかって……計算してやってるから」
呟いた小さな声は、織斗には聞こえていなかった。




