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一章4 異端の聖騎士



 ノクトは気絶したシエラをそっと抱き留めた。仕方なく聖騎士の力を使ってしまったが、効きすぎていないだろうか。心配しながら触れてみると、心臓は動いているし呼吸も安定している。大丈夫そうだ。


 ひとまず安堵し、魅了の力が消えたか確認した。瞳は伏せられ、甘い香りは徐々に薄まっていく。蠱惑的な雰囲気も消えている。何とかなったようだ。ノクトはその場に座り込み、深く息を吐いた。


「危なかった」


 シエラの魅了は強力だった。耐性があるノクトでさえくらりとするほどだ。ここが地下でなければ周囲に被害が出ていただろう。

 これほどまでに強い魅了は初めてだ。シエラの素材が最高級であることが関係しているのかもしれない。未完成の失敗作と言っていたが、これで完成していたらどれほど恐ろしい淫魔になっていたのか。否、まだ油断できない。これから成長する可能性がある。なにせシエラは生きているのだから。


 ノクトは意識のないシエラを見つめ、魅了について考えた。人間にとっては危険なものでしかないが、シエラにとっては生きる手段だ。淫魔が人間の精気を食うのは有名な話だ。通常の食事を必要としないのは、精気こそが重要だからだろう。


 ――ならば、シエラはいずれ精気を求めるのでは?


 その時を考えると頭が痛い。淫魔に精気を吸われると、大体の人間が衰弱して死んでしまう。強い淫魔を敵対者に送りつけて暗殺する方法があるほどだ。


 シエラは生かしてはいけないのだと思う。アスキスに任せて研究した後は、聖葬によって処分するしかない。しかし普段のシエラは無垢そのものだ。悪意がなく、ただ生きたいだけの少女を殺していいのだろうか。


「こんなことを言えば、アスキスや他の聖騎士から非難されるだろうな」


 我ながら甘いと苦笑する。現時点で問答無用で処分してもいいくらいなのに、シエラを殺したくないと思ってしまう。自分と境遇が重なるからだろうか。


「……生まれてすぐ捨てられた、か」


 ノクトもそうだった。母と父についての思い出がないことに、昔は随分悩んだものだ。

 思索の海に沈みかけた、その時だった。シエラの身体がほんのりと光を帯びた。警戒して身構えたが、魅了ではなさそうだ。シエラは意識を失ったまま何らかの力を発動している。その力を探ると、淫魔ではありえない気配だった。


 ――これは善に属する力だ。


 正確なことは分からないが、少なくとも魔ではない。しかしシエラは淫魔であり、善的なものとは相反する力のはずだ。これは明らかにおかしい。


「素材の中に特別なものがあるのか、それともシエラ自身に何かあるのか」


 せめてシエラを作った女神のことが分かればいいのだが、色欲の女神は世界中に何柱もいる。調べるのは骨が折れそうだ。それにノクトの力は戦闘に特化しており、調べ物には向いていない。アスキスに頼むしかないが、魅了を使ったシエラを生かしてくれるだろうか。


 様々なことを考えたが、ノクトはシエラを抱き上げて研究室を出た。魅了が強すぎるので、人が多い聖堂にいるのは危険だ。少し離れたところにある整備区画に移動した方がいい。聖騎士命令で人払いすれば誰も近寄れない。何かあったら自分で責任を取ればいい。


 外はすっかり暗くなっており、空には白銀の三日月が浮かんでいた。月明かりを頼りに回廊を進んでいると、同じ聖騎士の茶髪の男が現れた。名をレクターと言い、ノクトと同じく戦いの神から力を授かっている。良い男なのだが、少々荒っぽいのが玉に瑕だ。


「よう。抱えているのは噂の淫魔か」

「まあな。色々と問題ができたので、人気のない整備区画に移動させる。アスキスや司教に伝えてくれ」

「俺を使い走りにするのか。相変わらず天然で不遜な野郎だ」


 レクターは皮肉るように笑っている。伝言を頼むことが不遜だろうかと思いつつ、本来の職務について尋ねた。


「聖騎士に出動要請は出ていないか」

「今のところ平和だぜ。こっちも聞きたいんだが、おまえはいつまで護衛なんてしてるんだ。貴重な戦力なんだぞ」

「オルドー司教に聞いてほしい」


 するとレクターは不快そうに眉を寄せた。


「あのハゲ、幼いメイドに手を出そうとしたらしいぞ。決定的な証拠がなくて不問となったが、そろそろ追放すべきだ」

「私もそう思うが、それを決めるのは本部だ」

「ぶん殴って終わりにできねえかな」


 レクターの気持ちは分からないでもないが、殴ったら聖騎士といえど罪に問われる。それに司教の背後には太環府のお偉方がいる。本部があの司教に甘いのは、お偉方に睨まれるのが怖いからだ。難しい問題だが、まずはシエラを優先しなければならない。


「私は整備区画にいるから、何かあれば呼んでくれ」

「ちょっと待て」


 急に呼び止められ、怪訝に思いながらレクターを見た。彼は珍しく真面目な顔をしている。


「念の為言うが、入れ込みすぎるなよ。そいつは淫魔だ」

「それはよく分かっている。詳しくは後から報告するが、この子には不可解な点がある」

「そうじゃなくて……おまえはお堅いんだか天然なんだか分からねえな」


 レクターは何故か呆れているが、シエラが淫魔だということは重々承知している。それを説明しようとしたが、レクターは手を振って去って行った。


 妙な誤解をされているかもしれないが、この場に留まっても仕方ない。ノクトはシエラを抱え直して回廊を進んだ。すると途中で金髪の聖騎士とすれ違った。彼はレクターと違ってノクトを敵視しており、あまり話したくないと思う。彼も無言でノクトを睨んでいた。


 ――異端の聖騎士。


 そう呼んで蔑んでくるのだ。異端なのは否定しないが、蔑むのはやめてほしい。

 ようやく聖堂から抜け、人気のない整備区画に出た。聖堂の拡張の為に工事をしていたが、色々あって工事を中断している場所だ。ここならシエラが魅了を使っても大丈夫だ。


 作業員用の小屋に向かいながら、何気なくシエラを見た。月明かりの下で見る彼女はとても綺麗で、人形のように思えてくる。


「こんなに美しいのに人間ではない」


 それ故に聖葬される未来しかないのは可哀想だ。そう思ってしまう自分は未熟なのだろうか。

 




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