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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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89/89

町を抜ける日

夜明けと共に、敵が動き出した。


カーターは、町の外れの防衛線にいた。昨日、草地を押し込まれ、いまは町のいちばん外の家並みを背にしていた。ここを抜かれれば、戦いは、町の中に入る。家々の間で、逃げ遅れた住民を巻き込みながらの戦いになる。


「弾は」カーターは、聞いた。


「残り、二割です」部下が、答えた。


二割。昨日の朝は、四割あった。一日で、半分を使った。今日一日を持たせるには、足りない。昼を過ぎれば、底をつく。


カーターは、三日間を思い返した。初日は海岸で、二日目は草地で、今日は、町の外れで戦っている。一日ごとに、一キロずつ押し込まれてきた。敵は止まらない。夜が明けるたびに、数を増して戻ってくる。海の向こうから、いくらでも湧いてくるようだった。


こちらの数は、減る一方だった。負傷者が出て、戦える兵が減る。弾が減って、火力が落ちる。敵は増え、味方は減る。その差が、じわじわと戦線を、後ろへ押していた。


カーターは、町を振り返った。


避難は、まだ終わっていなかった。道は一本。逃げる人の列が、内陸へ細く続いていた。老人や、子供は、足が遅い。荷を負った者は、なお遅い。あと半日、この線を保てば、大半は逃げ切れる。だが、その半日を、二割の弾で支えられるか。


「撃ち方、節約」カーターは、命じた。「近づくまで、待て。一発を、確実に当てろ。——無駄弾は、もう、許されない」


草地の向こうから、敵が、押し寄せてきた。三日目にして、数はさらに増えていた。夜通し、上陸を続けたのだ。ヴァルタ兵の群れが、朝日を受け、剣を光らせながら迫ってくる。


「引きつけろ」


敵が、射程に入った。


「撃て」


バババッ、と、F88が火を噴いた。先頭の一団が、倒れる。だが、二割の弾では、昨日までのような弾幕は張れない。撃つ間隔が、空く。その隙に、敵が距離を詰めてくる。


昨日までなら、この距離で、押し返せていた。連射で、敵の勢いを止められた。だが、今日は、撃てない。一発、また一発と、狙って撃つ。その間に、敵は、着実に間合いを詰めてきた。


弾を節約するほど、敵は近づく。敵が近づくほど、危うくなる。節約が、かえって戦線を危険にした。だが、撃ち尽くせば、その先が、ない。カーターは、その二つの間で、引き金を選び続けた。


一時間。町の外れの最初の一軒が、敵の手に落ちた。


その家には、昨日まで、人が住んでいた。避難して、空になった家。その窓から、ヴァルタ兵が顔を出し、次の家へと進んでいく。町が、敵に侵食されていく。


じりじりと、戦線は、家並みの中へ押し込まれていった。


────


同日 午前 ダーウィン基地 解析室


赤城のもとに、カーターからの通信が、途切れがちに届いていた。


町の外れ、突破。市街戦に、入る。弾、残り二割。——短い言葉が、事態の深刻さを伝えていた。


赤城は、拳を握った。


助けたい。だが、動けない。日本の部隊は、基地に待機したままだった。法が、前線への派遣を許さない。この基地から、北岸の町までは、そう遠くない。だが、その距離を、日本の兵は越えられなかった。


「弾薬を、追加で送れないか」赤城は、幕僚に聞いた。


「送れます」幕僚は言った。「ですが、うちの備蓄も、削れます。次に、この基地が狙われたとき——」


「分かっている」赤城は言った。


分かっていた。豪州に弾を送れば、日本自身が丸腰に近づく。この基地にも、日本人がいる。技術者。分析官。守るべき、自国民が。彼らを守る弾まで、削るわけにはいかなかった。


そして、たとえ送っても、輸送に時間がかかる。いま、町で戦っている部隊に間に合うとは、限らない。前線までの道は、危険で、輸送隊自体が狙われかねない。


送れる弾には、限りがあった。送っても、焼け石に水だった。すべてが、足りなかった。弾も、時間も、法的な根拠も。赤城の手には、隣人を救うための何一つ、十分にはなかった。


赤城は、窓の外の北西の海を見た。


その向こうで、町が、燃え始めているかもしれなかった。


────


そのとき、解析室の扉が開いた。


入ってきたのは、十六夜と、そして——ナサだった。


亡命してきた、技術者。この半年、亡命艦隊で過ごし、少しずつ日本の言葉を覚えてきた男。その顔には、いつになく固い決意が、浮かんでいた。


「赤城さん」十六夜が言った。「ナサさんが、話したいことが、あると」


ナサが、前に出た。片言の日本語で、ゆっくりと話し始めた。


「私。決めた」ナサは言った。「本国。戻る」


赤城は、その言葉に驚いた。


「戻る、とは」赤城は言った。「本国に、か。——戻れば、殺されるぞ。お前は、寝返った。裏切り者として、裁かれる」


「分かっている」ナサは言った。「でも。私。しか。いない。本国。最奥。知る。この海。知る。両方。知る者。私だけ」


ナサは、言葉を探しながら続けた。


「本国。この海。ただの敵。思っている。でも。違う。この海。私を。人として。扱った。名を。呼んだ。——その話。本国。届けたい。届ければ。本国。変わる。かもしれない」


ナサは、この半年を、思い返しているようだった。火船で、この海を焼こうとした男。捕らえられ、殺されるかと思った。だが、この海の者たちは、ナサを殺さなかった。名を聞き、話を聞き、一人の人間として扱った。


その経験が、ナサを変えた。本国では、味わえなかった何か。敵を、ただの敵として見ない、その眼差し。それを、本国に伝えたい。ナサの決意は、そこから来ていた。


「その話を、届けるために」赤城は言った。「命を、賭けるのか」


「賭ける」ナサは言った。「戦争。武力。終わらない。豪州。押されている。日本。動けない。——でも。言葉。なら。届くかもしれない。私。その。言葉。運ぶ」


赤城は、十六夜を見た。


「彼の、決意は、固いです」十六夜は言った。「止めましたが、聞きません。——そして、たぶん、彼が正しい。武力では、この戦争は終わらない。それは、東京も気づき始めています。残る道は、証言だけ。その証言を届けられるのは、両方を知るナサさんだけです」


赤城は、しばらく、黙っていた。


町では、いま、豪州が血を流している。その戦いを止める手立ては、武力にはなかった。だが、もし、ナサが本国に証言を届け、本国が次の遠征を思いとどまれば——この戦争は、根元から変わる。


一人の使者が、艦隊よりも大きな仕事を、するかもしれない。武力では、押し返せない相手を、言葉で止める。それは、あまりに細い糸だった。だが、その糸しか、残っていなかった。


町の防衛は、時間を稼ぐこと。証言の使者は、その時間のうちに、戦争そのものを終わらせること。二つは、別々に見えて、一つの道だった。武力で、耐えている間に、言葉で、決着をつける。それが、いま描ける唯一の、勝ち筋だった。


武力で止められないものを、言葉で止める。それが、できるかもしれない、ただ一つの道だった。


「一人で、行かせるわけには、いかない」赤城は言った。


「私も、そう思います」十六夜は言った。「ですが、誰が——」


「俺が、行く」


声が、扉の方から聞こえた。


ミゼンだった。戸口に、立っていた。話を、聞いていたらしい。


「俺なら、行ける」ミゼンは言った。「俺は、海に落ちて、この海に拾われた。本国の生まれで、この海に、生きている。二つの名を持つ、そういう男だ。——本国の言葉も、この海の言葉も、分かる。ナサと、二人でなら、証言を運べる」


赤城は、ミゼンを見た。この半年、ミゼンは、二つの世界の間に立ってきた。どちらにも属し、どちらの言葉も話せる、稀有な存在。使者として、これ以上の適任は、いなかった。


「危険だぞ」赤城は言った。


「知っている」ミゼンは言った。「だが、危険を、承知で行く者がいなければ、この戦争は、終わらない。——俺は、その役目を、引き受ける」


────


同日 午後 豪州北岸 町の中


町の中の戦いは、激しかった。


家々の間の、狭い道。ヴァルタ兵が、剣を手に押し寄せる。豪州軍は、家の陰から撃つ。バン、バン、と、乾いた銃声が町に響いた。近距離の、撃ち合い。というより、殺し合いだった。


一軒、また一軒と、家が敵の手に落ちていった。


カーターは、部下を後退させながら戦った。だが、弾が、尽きかけていた。残り一割を、切った。撃てなくなれば、あとは、白兵戦。剣を持った敵に、数で劣る豪州軍が勝てる道理は、なかった。


「まだ、逃げ遅れがいるか」カーターは、叫んだ。


「数家族、残っています」部下が、答えた。「動けない、老人が、いて——」


カーターは、唇を噛んだ。


その老人たちを逃がすまで、線を保つ。だが、弾は、もうない。矛盾していた。守るための時間を稼ぐには、撃たねばならない。だが、撃つ弾が、ない。


一度だけ、カーターは、基地に切り札の投入を要請しようとした。戦車を。あるいは、榴弾砲を。それがあれば、この戦線は、支えられる。


だが、思いとどまった。


戦車を出せば、貴重な燃料と砲弾を使い切る。しかも、いまは市街戦。狭い家並みの中で、味方と敵と住民が入り混じっている。榴弾砲を撃てば、逃げ遅れた住民ごと、吹き飛ばしかねない。切り札は、あった。だが、この場所では、切れなかった。


高性能な兵器は、開けた戦場でこそ活きる。だが、いまは、人の暮らす町の中。近代の火力は、ここでは振るえなかった。


「銃剣、装着」カーターは、命じた。


弾が尽きれば、銃は、槍になる。豪州軍の兵が、F88の先に銃剣を着けた。近代の兵器が、原始の白兵戦の道具に変わる、瞬間だった。数えられる矢が尽き、ついに、剣と剣の間合いになった。


町の、広場で。豪州軍と、ヴァルタ軍が、白兵でぶつかった。


銃剣と、剣が、ぶつかり合う。金属の、打ち合う音。怒号。悲鳴。近代の軍と、帆船の軍が、同じ間合いで、同じ武器で、殺し合っていた。数百年の技術の差が、この間合いでは、意味を失った。


カーターの部隊は、訓練されていた。白兵戦の、心得もあった。だが、数が違った。一人が、二人、三人を相手にする。捌ききれずに、一人、また一人と、倒れていく。


それでも、豪州軍は、退かなかった。退けば、背後の避難路が断たれる。まだ、逃げている住民がいる。その盾に、なるしか、なかった。カーターは、剣を振るう敵の中で、銃剣を突き、払った。部下を下がらせながら、時間を稼いだ。


一分が、一時間にも感じられた。


────


同日 夕方 ダーウィン基地 港


ミゼンと、ナサが、小さな舟の前に立っていた。


亡命艦隊の、小型の、伝令用の舟。目立たず、速い。本国の海域まで辿り着くには、これしかなかった。大きな艦では、すぐに見つかる。小舟なら、あるいは、封鎖をすり抜けられるかもしれない。


「本当に、行くのか」赤城が、聞いた。


「行く」ミゼンが言った。「俺は、証人だ。海に落ちて、この海に、拾われた。二つの名を、持つ者だ。——本国に、この海のことを伝えるなら、俺がいちばんふさわしい」


ミゼンは、続けた。


「それに、ナサを一人にはできない」ミゼンは言った。「こいつは、本国のことを、知っている。俺は、この海のことを、知っている。二人で、一つだ。——片方だけじゃ、証言は半分にしかならない」


ナサが、ミゼンを見た。二人は、かつて、敵だった。ナサは、火船で、この海を焼こうとした。ミゼンは、その海の、側にいた。半年前なら、互いに殺し合っていたかもしれない、二人。


だが、いまは、同じ舟に乗ろうとしていた。同じ、証言を、運ぶために。


ミゼンには、それが不思議だった。海に落ち、この海に拾われ、二つの名を持つ身になった。その自分が、かつての敵と肩を並べている。だが、考えてみれば、それこそが、この海の、伝えたいことだった。敵だった者が、味方になる。憎んだ相手を、理解する。その証を、二人自身が体現していた。


「行こう」ミゼンが言った。


ナサが、頷いた。


十六夜が、証言の束を、ミゼンに渡した。


「この半年の、全てです」十六夜は言った。「ナサさんの話。ミゼンさんの記録。レイスとの、対話。この海が、積んできた、全部。——本国の、オルグという評議員に、届けてください。慎重派の、中心にいる人物です。話が、通じるとすれば、その人です」


「オルグ」ミゼンが、繰り返した。


「亡命艦隊の、アルセナ様が」十六夜は言った。「昔、本国で面識があったそうです。オルグなら、頭ごなしには拒まない。——それだけが、頼りです」


ミゼンは、束を受け取った。分厚い、紙の束。半年の、言葉の、重み。


「必ず、届ける」ミゼンは言った。


────


港には、アルセナも、来ていた。


「すまない」アルセナは、二人に、言った。「本来なら、私が、行くべきだ。だが、私が動けば、目立つ。亡命艦隊の長が、本国に向かえば、すぐに察知される。——お前たちに、託すしか、ない」


「分かっています」ミゼンが言った。


「オルグに、会えたら」アルセナは言った。「伝えてくれ。アルセナは、まだ、あの問いを覚えている、と。——なぜ、戦わずに済む道を探さないのか。その問いを、いまも抱えている、と」


アルセナは、ナサを見た。


「そして、ナサ」アルセナは言った。「お前は、裏切り者では、ない。始まりだ。——本国に、そう、言ってやれ。お前が寝返ったのではなく、新しい道を選んだのだ、と」


ナサの目に、光るものがあった。


本国で、裏切り者と呼ばれる覚悟は、できていた。殺されるかもしれない覚悟も。だが、アルセナの言葉は、その覚悟の意味を変えた。裏切りではなく、始まり。逃げるのではなく、道を選ぶ。同じ行為が、まるで違うものに、見えた。


「はい」ナサは言った。「始まりに。なる」


アルセナは、頷いた。そして、遠い水平線に、目を向けた。その向こうに、本国があった。かつて、アルセナ自身が追われた場所。そして、二人の使者が、これから向かう場所。


「頼んだ」アルセナは、静かに言った。


日が、傾いていた。空が、赤く染まっていた。その赤い海へ、小さな舟が、漕ぎ出していく。


舟が、港を離れた。ミゼンと、ナサを乗せて。北西の海の、その向こう。封鎖された海を越え、遠い本国へ。証言の束を、抱えて。


小さな舟だった。本国の大艦隊が封鎖する海を、この小舟で越えていく。見つかれば、撃たれる。嵐に遭えば、沈む。無事に本国へ着ける保証は、どこにもなかった。


だが、その小ささこそが、頼りでもあった。大きな艦なら、すぐに見つかる。小舟なら、波間に紛れて、封鎖をすり抜けられるかもしれない。細く、頼りない糸。だが、その糸が、二つの海を繋ごうとしていた。


赤城と、十六夜と、アルセナは、その舟が水平線に消えるまで、見送った。


誰も、言葉を発しなかった。ただ、祈るように、その小さな影が海に溶けていくのを見つめていた。


────


同じ夕方 豪州北岸 町


同じ頃。北岸の町では。


白兵戦の末に、豪州軍は、町の半分を明け渡していた。だが、その白兵戦が、時間を稼いだ。逃げ遅れていた数家族の住民を、その間に、避難路へ送り出せた。動けない老人も、若い兵が背負って、運び出した。


一人の住民も、見捨てなかった。それが、カーターの譲れない一線だった。町の半分を失っても、人だけは、逃がす。建物は、また建てられる。人は、そうはいかない。


カーターの部隊は、町の反対側の外れまで後退し、そこで辛うじて踏みとどまっていた。


弾は、尽きた。


あとは、銃剣と気力だけで戦っていた。それも、長くは続かない。


「あと、どれくらい、持つ」カーターは、聞いた。


「分かりません」部下が言った。「ですが——長くは」


そのとき。


海の方から、砲声が聞こえた。


亡命艦隊の、砲だった。アルセナが、湾口の守りを割いて、数隻を町の沿岸に回してきたのだった。海から上陸してくる敵の後続を、砲撃で断つ。


ドドン、ドドンッ、と、砲声が、響いた。


町に向かっていた敵の増援が、混乱した。海からの砲撃で上陸路を断たれ、前線のヴァルタ軍は、補給を失った。


アルセナの、賭けだった。湾口の守りを割けば、そこから、本国の艦隊がさらに突破してくる危険があった。それでも、アルセナは、数隻を町の救援に回した。目の前で、豪州が崩れるのを見過ごせなかった。


海から、ドドン、ドドンッと、砲声が、続いた。上陸してくる敵の舟が、次々と砕かれる。海岸に、たどり着けない敵が増えた。町の中で戦っていたヴァルタ軍は、後ろからの補給と増援を、断たれた。孤立した敵は、勢いを失った。


その隙に、カーターの部隊は、態勢を立て直した。


「持ちこたえろ」カーターは、叫んだ。「亡命艦隊が、時間を、稼いでくれた。——この隙に、線を、固め直す」


町の陥落は、辛うじて食い止められた。半分を、失いながら。だが、まだ、全ては失っていなかった。


────


その夜。


カーターは、通信で赤城と繋がった。


「持ちこたえた」カーターの声は、掠れていた。「町の、半分を、失った。だが、住民は、逃がせた。亡命艦隊が、海から、援護してくれた。——辛うじて、だ」


「弾は」赤城が、聞いた。


「尽きた」カーターは言った。「あとは、白兵と、気力だけだ。——明日、また来られたら、もう持たない」


赤城は、その言葉を聞いた。


明日、また攻められれば、町は落ちる。それが、現実だった。武力では、もう支えきれない。豪州の弾は尽き、日本は動けず、亡命艦隊の援護にも、限りがある。


「カーター」赤城は言った。「今日、使者が、発った」


「使者」


「本国に、向かう、使者だ」赤城は言った。「証言を、届けるための。——武力じゃ、ない道の、始まりだ。お前が、託した、あの道の」


通信の向こうで、カーターが、しばらく黙った。


「間に合うのか」カーターは言った。「その、使者は。——俺たちが、持ちこたえている、うちに」


「分からない」赤城は言った。「本国は、遠い。封鎖も、ある。いつ、着くかも、分からない。——だが、発った。それだけは、確かだ」


「そうか」カーターは言った。「なら、俺たちは、それまで、持ちこたえる。——一日でも、長く。その使者が、本国を、動かすまで」


その声には、疲れが滲んでいた。だが、諦めは、なかった。使者が発った一報が、カーターに耐える理由を、与えていた。ただ押されるだけの、防衛ではない。何かに、繋がる、防衛。時間を稼ぐことに、意味があると、分かった防衛。


「一つ、頼みがある」カーターは言った。「その使者が、本国に、着いたら。——俺たちが、ここで粘っていることも、伝えてくれ。武力で、決着をつけたいわけじゃない、と。ただ、この土地と、人を、守りたいだけだ、と」


「伝える」赤城は言った。「必ず」


通信が、切れた。


────


赤城は、屋上に上がった。


北西の海。その向こうで、町が、辛うじて持ちこたえていた。そして、その海のさらに向こう、封鎖された海の彼方へ。小さな舟が、二人の使者を乗せて、進んでいた。


武力の戦いは、町で続いていた。数えられる矢は、尽きかけていた。


だが、いま、もう一つの戦いが、始まっていた。言葉の戦い。証言の戦い。数えられない言葉を、遠い机まで、運ぶ戦いが。


その二つの戦いが、いま、同時に進んでいた。一方は、時間を稼ぐために。もう一方は、その時間のうちに、戦争を終わらせるために。


どちらが、先に尽きるか。豪州の、耐える力か。それとも、本国を動かす言葉の、速さか。町が持ちこたえている間に、使者が、本国に届くか。届いて、本国が変わるか。——全てが、間に合うかどうかの、勝負だった。


赤城は、北西の海を見続けた。


町では、いまも、戦いが続いている。数えられる矢は、尽きた。あとは、気力だけで、耐えている。その気力が、いつまで持つか。誰にも、分からなかった。


だが、海の彼方では、舟が進んでいた。数えられない言葉を、乗せて。武力が尽きた、その先へ。武力が、届かなかった、その机へ。


舟は、もう見えなかった。だが、進んでいた。封鎖された海を越え、遠い本国へ。


言葉を、運んで。

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