表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/90

突破

戦い再び 初日 湾口 亡命艦隊「エイカ」


水平線に、帆が、現れた。


最初は、一つ。次に、三つ。やがて、数えきれないほどの帆が、水平線を埋めた。


白い帆が、朝日を受けて光っていた。美しい、と言ってもいい光景だった。もし、それが、攻めてくる艦隊でなければ。


数えきれない、帆。一度目より、遥かに多い。


アルセナは、その帆の数を、目で追った。数えようとして、途中で諦めた。一度目は、二十三隻だった。今度は、それより明らかに多い。三十、あるいは、それ以上。


亡命艦隊は、この半年で、少しずつ艦を増やしていた。豪州の助けを借り、傷んだ艦を繕い、新しい水と食料を蓄えた。だが、それでも、数隻だった。本国の造船力には、遠く及ばなかった。本国は、自らの手で、いくらでも艦を造れる。亡命艦隊は、いま、あるものだけで戦うしかなかった。


その差が、水平線に、白い帆の数となって現れていた。


「殿下」観測班が言った。「三十五隻。——一度目より、多いです」


三十五隻。


アルセナは、艦橋で、その帆を見ていた。数えきれない、と思った帆が、数えられた。三十五。その数字が、かえって、重かった。


三十五隻。亡命艦隊は、数隻。豪州の防衛線が、後ろにある。だが、三十五隻を、湾口だけで止めるのは——難しかった。


一度目、二十三隻を、亡命艦隊は五日間しのぎ切った。だが、それは、切り札を止められたからだった。火船さえ防げば勝てる、という明確な目標が、あった。今度は、その目標が、なかった。ただ、多い。多いものを、どう、しのぐか。答えが、なかった。


「今度は、切り札はないようです」白瀬の声が、通信で届いた。「火船の、喫水の深い艦は見当たりません。——数で、押してくるつもりです」


「確かか」アルセナは、聞いた。


「艦の喫水を、一隻ずつ確認しました」白瀬は言った。「どれも、通常の、喫水です。火薬を満載した、あの沈み込んだ艦は、一隻もありません。——本国は、切り札を諦めたようです。切り札が通じないと知って、単純な物量に切り替えた」


「厄介な、切り替えだ」アルセナは言った。


切り札なら、対策が、あった。一度目、ミゼンとナサが、内側から止めた。決定的な一点を突けば、崩せた。だが、物量には、その一点がなかった。


「数で、押されれば」アルセナは言った。「湾口は、いつか、破られる。——一度目は、切り札さえ止めれば、勝てた。今度は、止めるべき切り札が、ない。ただ、数がある」


切り札のない、物量。


それは、ある意味で、切り札より厄介だった。切り札は、止められる。一度目、ミゼンとナサが、火船を止めたように。一つの決定的な弱点を突けば、崩せる。


だが、物量には、弱点がなかった。ただ、数がある。その数を減らすには、一隻ずつ沈めるしか、ない。そして、沈めるこちらの砲弾にも、限りがある。撃ち合えば、いつか、こちらの方が先に尽きる。


これは、亡命艦隊だけの問題では、なかった。豪州の、弾も、有限だった。日本の装備も、この惑星では、補充が利かない。撃てば、減る。減れば、戻らない。——この海の守り手は、全員、同じ弱みを抱えていた。撃つほどに、弱くなる、という、弱みを。


本国は、違った。本国の、矢は、尽きなかった。撃っても、また、造れた。失っても、また、送れた。——尽きない矢と、数えられる矢。その非対称が、この二度目の戦いの、本当の構図だった。


すり減らし合えば、数の多い方が勝つ。それが、物量の恐ろしさだった。奇策も、知恵も、通じない。ただ、多い。それだけで、勝ってしまう。


「持ちこたえられますか」レナが聞いた。


アルセナは、すぐには、答えなかった。


正直に言えば、持ちこたえられる、とは思えなかった。三十五隻。こちらは、数隻。豪州の防衛線は、あるが、陸の守りだ。海の上で、三十五隻を止めきることは、できない。いつか、必ず、破られる。


だが、破られると分かっていても、退くわけにはいかなかった。


「分からん」アルセナは言った。「だが、やるしか、ない。——後ろには、この土地の民が、いる」


半年前、この海で、誓った。私たち。あなたたち。戦わない。その誓いは、破られた。遠くの机に。だが、破られたからといって、この土地の民を見捨てることは、できなかった。誓いを、破ったのは、本国だ。この海では、ない。


「守れるだけ、守る」アルセナは言った。「一隻でも多く、湾口で止める。陸に行かせる数を、一隻でも減らす。——それが、いま、我々に、できることだ」


アルセナは、乗員たちを見渡した。


数隻の艦。数百の乗員。故郷を追われ、この海に流れ着いた者たち。彼らは、もう、失うものが多くは、なかった。故郷も、地位も、失った。残ったのは、この海と、この海がくれた居場所だけだった。


その居場所を守るために、彼らは戦う。三十五隻を、相手に。勝てないと、分かっていても。


「聞け」アルセナは、乗員たちに言った。「今日の、戦いは、苦しい。数で、負けている。正直に言えば、湾口は、いずれ破られるだろう。——だが、一隻でも、多く、ここで、止める。一人でも多くの陸の民を、守る。それが、我々を迎えてくれた、この土地への恩返しだ」


乗員たちは、頷いた。


誰も、勝てるとは、思っていなかった。だが、誰も、退こうとはしなかった。逃げ場のない者たちの、静かな覚悟が、艦を満たしていた。


「配置に、つけ」アルセナは言った。


乗員たちが、それぞれの砲に走った。


────


初日の、戦闘が、始まった。


敵艦隊が、湾口へ、迫る。三十五の帆が、風を、はらみ、まっすぐ、突っ込んでくる。一度目のような、慎重さは、なかった。ただ、押す。数で、押し切る。その意志だけが、帆に満ちていた。


「引きつけろ」アルセナは言った。「湾口の、いちばん狭いところまで。——そこで、撃つ」


敵艦が、湾口の狭まりに入った。


「撃て」


ドドン——ドドンッ。


亡命艦隊の砲が、火を噴いた。閃光が、海面を照らす。先頭の敵艦に、着弾。メリメリと、木の船体が、裂ける音。帆柱が、傾ぎ、倒れた。


一隻、沈んだ。


続けて、二隻目。ドォン、と、砲声。着弾。だが、逸れた。水柱だけが、上がる。三隻目に、狙いを変える。ドドンッ。命中。船腹が、抉れ、傾いた。


だが、その後ろから、二隻、来る。三隻沈めても、五隻、来る。沈めた分だけ、後ろから、湧いてくる。


ドドンッ、ドドンッ、と、砲声が、絶え間なく、海を、殴る。硝煙が、湾口を覆う。着弾。水柱。船が、裂ける音。——だが、敵は、止まらない。


一隻の敵艦が、砲撃をかいくぐり、亡命艦隊のすぐそばまで迫った。敵艦の甲板から、火矢が、放たれる。ヒュッ、ヒュッ、と、火の筋が、宙を走る。亡命艦隊の帆に、一本、突き刺さった。メラメラと、炎が、上がる。


「消せ」レナが、叫んだ。乗員が、水を、かける。ジュッ、と、炎が、消える。


数が、違った。


────


その頃、攻撃艦隊の、旗艦では。


新しい指揮官が、戦況を、見ていた。


「順調だな」指揮官は、呟いた。


数隻を失っていた。座礁した艦も、あった。火矢で、燃えた艦も、あった。だが、それは、想定の範囲だった。三十五隻。多少失っても、まだ、圧倒的に多い。


「敵は、少ない」指揮官は言った。「よく戦うが、数が足りん。押し続ければ、いずれ、すり潰せる。——このまま、押せ。一隻でも多く、湾口を抜けさせろ。抜けた艦は、そのまま、上陸に向かわせる」


指揮官には、勝利が、見えていた。


海図の、通りだった。数で、押す。押せば、抜ける。抜ければ、上陸できる。——全てが、計算の通りに進んでいた。


指揮官は、知らなかった。一度目の艦隊も、初日は、こうやって押していたことを。そして、その後、この海の何かに足を掬われたことを。


だが、いまは、まだ初日だった。初日は、順調だった。指揮官は、その順調さを、疑わなかった。


亡命艦隊は、地形を使った。浅瀬に誘い込み、ガリガリと、敵艦を座礁させた。潮を読み、風上を取り、火矢を放った。半年、この海を守ってきた、その知恵の全部を使った。


一隻の敵艦が、亡命艦隊を追って、湾口の内側へ深く入り込んだ。それを、待っていた。この海の浅瀬を知らない敵は、まっすぐ、砂州へ突っ込んだ。ガリガリガリ、と、船底が、砂を、噛む音。敵艦は、動けなく、なった。座礁だった。


「あそこだ」乗員の一人が、叫んだ。動けない敵艦に、火矢が集中する。ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ。火の筋が、次々と、突き刺さる。敵艦が、燃え上がった。メラメラ、ゴォォ、と、炎が、帆を舐め、船体を包む。


だが、それは、この海を知る者にしかできない戦法だった。浅瀬の位置。潮の流れ。風の向き。——半年、この海を生きてきた、亡命艦隊だからこそ、使えた。数では、劣っても、知恵では、勝っていた。


数隻を沈め、数隻を座礁させた。


それでも、押された。


三十五隻は、多すぎた。一隻を処理する間に、三隻が迫る。亡命艦隊の砲は、休む間もなく火を噴き続けた。砲身が、焼けた。乗員が、汗だくで、次弾を込める。——それでも、追いつかなかった。


知恵は、数に追いつかなかった。浅瀬に一隻、誘い込む間に、別の三隻が、浅瀬を避けて通った。火矢で一隻、燃やす間に、別の五隻が、射程の外を抜けた。地形も、潮も、風も、使い尽くした。だが、三十五という数の前では、その知恵も焼け石に水だった。


乗員たちは、限界だった。開戦から、休みなく、砲を撃ち続けた。腕は、痺れ、耳は、砲声で遠くなり、喉は、硝煙で嗄れていた。それでも、撃ち続けた。後ろに、この土地の民がいる。その一心で。


ダーウィン基地の、解析室では。


白瀬と十六夜が、湾口の戦況を見ていた。通信で、刻々と入ってくる、報告。沈めた敵艦の数。突破された数。亡命艦隊の、砲弾の残量。


「厳しいですね」十六夜が言った。


「厳しい」白瀬は言った。「亡命艦隊は、よく、戦っています。数隻で、三十五隻を相手に。ですが、数の差は、埋まりません。——このままでは、いずれ、湾口は破られます」


「破られたら」


「陸です」白瀬は言った。「上陸を、許します。そうなれば、豪州軍が迎え撃つ。——ですが、豪州軍も、この半年、直接の戦闘は、避けてきた。初めての、地上戦に、なります」


白瀬は、地図を、見た。北岸の、海岸線。その、後ろに、点在する、集落。もし、上陸を許せば、その集落が戦場になりかねなかった。


「東京は」十六夜が聞いた。「動きますか」


「分かりません」白瀬は言った。「豪州が参戦を要請すれば、東京は、検討するでしょう。ですが——日本の法は、他国のための戦闘を、厳しく縛っています。簡単には、動けない。動けても、限られた形でしか」


白瀬の、声は、重かった。守り手は、限界に、近づいていた。そして、いちばん強い力を持つ日本は、法によって手を縛られていた。


だが、体力にも、砲弾にも、限りが、あった。撃つほどに、亡命艦隊は、すり減っていった。


砲を扱う乗員の中に、若い一人が、いた。


半年前、この海に来たばかりの、若者だった。故郷を追われ、アルセナに従って、亡命してきた。戦いなど、望んで、いなかった。ただ、生きる場所が、欲しかった。この海は、それをくれた。豪州は、日本は、行き場のない自分たちを迎えてくれた。


だから、若者は、撃った。腕が痺れても、耳が遠くなっても、撃ち続けた。この海を、守るために。迎えてくれた、この土地を、守るために。


「まだ、撃てるか」隊長が、聞いた。


「撃てます」若者は、答えた。声が、嗄れていた。


嘘だった。腕は、もう、上がらなかった。だが、隣で、仲間が撃っている。後ろに、守るべき人々がいる。ここで、手を止めるわけには、いかなかった。


若者は、次弾を、込めた。重い砲弾。震える腕で、押し込む。そして、撃った。ドォン。着弾。一隻の敵艦の帆柱を、折った。


「よし」若者は、呟いた。だが、その一隻を倒す間に、また、二隻、迫ってくる。終わりが、見えなかった。


それでも、若者は、また、次弾を込めた。


そのとき。


敵艦の一隻が、亡命艦隊の一隻に肉薄した。至近距離。敵艦の、舷側の砲門が開く。


ドドォン——。


敵の斉射。亡命艦隊の艦の船腹に、着弾。メリメリ、バキバキと、木が砕ける音。船体に、大きな穴が開いた。海水が、流れ込む。


「浸水っ」乗員が叫ぶ。


その艦は、傾き始めた。乗員たちが、必死に、水を汲み出す。だが、穴は、大きすぎた。艦は、ゆっくりと沈んでいく。


「退避っ」隊長が、叫んだ。乗員たちが、海に、飛び込む。近くの味方の艦が、彼らを拾いに向かう。


一隻、失った。


数隻しかない、亡命艦隊の一隻。その損失は、大きかった。敵の三十五隻のうちの一隻とは、重みが違った。こちらの一隻は、代わりがいない。本国のように、また造ることは、できない。


若者は、沈んでいく味方の艦を見た。あそこにも、自分と同じような乗員が、いた。故郷を追われ、この海に流れ着いた、仲間が。


若者は、唇を噛んだ。そして、また、砲に向き直った。悲しむ、暇は、なかった。目の前に、まだ、敵がいた。


ドォン。若者は、撃った。仲間の分まで。


一隻、また一隻と、敵艦が、湾口を抜けていく。抜けた艦は、まっすぐ、豪州の北岸へ向かった。


亡命艦隊の砲は、抜けていく艦にも、撃った。だが、湾口を抜けた艦を追って撃てば、湾口を守る砲が、足りなくなる。守るか、追うか。どちらも、できなかった。砲の数が、足りなかった。


「殿下」観測班が、叫んだ。「三隻、湾口を、突破しました。——北岸へ、向かっています」


アルセナは、その三隻を、見た。


白い帆が、三つ。湾口を抜け、まっすぐ、豪州の海岸へ、向かっていく。止める術は、なかった。亡命艦隊の全ての砲は、いま、目の前の残りの敵艦に向いていた。三隻を、追う余裕は、なかった。


止められなかった。数が、多すぎた。湾口で食い止めるには、亡命艦隊は、あまりに少なかった。


アルセナは、その三隻を追おうとした。だが、追えば、湾口が手薄になる。手薄になれば、残りの敵艦が、さらに突破する。追うことも、できなかった。


「豪州に、伝えろ」アルセナは言った。「上陸される、と。——防衛の、備えを」


声が、苦かった。半年、この海を守ってきた。海の上で食い止めてきた。だが、いま、その防衛線が、破られた。敵は、陸へ向かった。この土地の、民のいる、陸へ。


半年前、アルセナは、この土地に迎え入れられた。亡命者として。行き場を失った、艦隊ごと。豪州は、アルセナたちを、拒まなかった。日本も、拒まなかった。共に、生きよう、と言ってくれた。


その恩を、アルセナは、忘れていなかった。だから、この海を、守ってきた。迎え入れてくれた、この土地を、守るために。——だが、いま、守り切れなかった。敵は、この土地の陸へ上がろうとしていた。迎え入れてくれた、恩人たちの、住む陸へ。


アルセナの胸に、悔しさがこみ上げた。守ると、誓った。だが、守れない。数の前に、亡命艦隊は、あまりに小さかった。


「殿下」レナが言った。「我々も、追いますか」


「追えない」アルセナは言った。「ここを離れれば、後続が、全部抜ける。——湾口を、守り続けるしか、ない。陸のことは、陸に、任せるしか」


アルセナは、判断を迫られていた。


湾口を守り続ければ、陸へ抜ける敵の数を、減らせる。だが、抜けた三隻は、止められない。逆に、湾口を捨てて、抜けた三隻を追えば、その三隻は討てるかもしれない。だが、その間に、残りの敵艦が、全部、湾口を抜ける。


一を取るか、多を取るか。


アルセナは、多を取った。湾口を、守る。抜けた三隻は、諦める。三隻を陸に行かせても、残りの三十隻を、湾口で食い止める方が、被害は少ない。——冷徹な、計算だった。だが、その計算の向こうで、三隻が陸の民に向かっていた。


「すまない」アルセナは、小さく、呟いた。誰に、言うともなく。陸へ向かう三隻を止められない、その無力への、詫びだった。


そして、アルセナは、残りの敵艦に砲を向け直した。目の前の三十隻を、一隻でも多く止めるために。抜けた三隻の分まで、目の前の敵を、削るために。


「撃て」アルセナは言った。


ドドンッ、ドドンッ。


砲声が、再び、湾口を満たした。


陸に、任せる。


だが、陸で待っているのは、豪州軍だけだった。この半年、後方支援に徹してきた、豪州軍だけ。日本は、まだ、動いていなかった。


アルセナは、そのことを、知っていた。日本には、日本の、事情があった。他国のために、戦うことを、日本の法が、厳しく、縛っている、と。半年、共に過ごす中で、赤城から聞いていた。


だから、上陸を防ぐのは、豪州軍だけになる。その豪州軍も、この半年、直接の戦闘は避けてきた。後方から、弾薬と、水を、送るだけだった。——その豪州軍が、初めて、前線で、敵と、向き合う。


うまく、いくだろうか。アルセナには、分からなかった。豪州の兵器は、強力だと、聞いていた。ヴァルタの剣や、火薬とは、比べ物にならない、と。だが、いくら、強力でも、数で、押されれば——アルセナ自身が、いま、その、数の恐ろしさを、味わっていた。


初めて、この海の戦いが、海の上から陸へ移ろうとしていた。


海の戦いは、亡命艦隊の、領分だった。だが、陸の戦いは、違う。陸には、陸の、戦い方がある。アルセナには、そこで何ができるか、分からなかった。できるのは、湾口を、守り続け、これ以上、敵を、陸に、行かせないこと。それだけだった。


そして、その陸で何が起きるかを。アルセナは、まだ、知らなかった。


知らないまま、目の前の敵と撃ち合い続けた。ドドンッ、ドドンッ、と。硝煙の向こうで、また一隻、敵艦が、湾口へ迫ってきた。


戦いは、まだ、終わらなかった。


湾口では、なおも砲声が続いた。亡命艦隊は、すり減りながら、それでも敵を削り続けた。一隻、また一隻。沈め、座礁させ、燃やした。だが、そのたびに、亡命艦隊の、砲弾も、減り、乗員も、疲れていった。


すり減らし合い。数の多い方が勝つ、その戦い。亡命艦隊は、その不利な戦いを、それでも続けるしかなかった。後ろに、守るべき土地が、あったから。


そして、湾口を、抜けた三隻は。


いま、豪州の北岸へ向かっていた。白い帆が、三つ。静かな、海岸へ。まだ、戦火を知らない、集落へ。


その海岸で、豪州軍が、待っていた。この半年、後方で支援に徹してきた、豪州軍が。初めて、前線で、敵と向き合うために。


海の戦いは、亡命艦隊の、領分だった。だが、陸の戦いは、豪州の領分だった。そして、その陸の戦いに、日本が加われるかどうかは——まだ、東京の、机の上に、あった。


そして、陸の戦いは、これから、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ