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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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届かない手紙

退却から 二十日後 ダーウィン基地 会議室


戦いが終わって、半月が過ぎた。


攻撃艦隊は、退いた。この海は、守られた。だが、誰も、勝った、とは言わなかった。皆、知っていた。これは、終わりではなく、休みだと。本国の机が、次を送ってくるまでの、束の間の休みだと。


この半月、海は、静かだった。砲声は、消えた。焼けた火船の残骸は、潮に流され、海の底へ沈んだ。乗員たちは、傷を癒し、艦を繕い、失った蓄えを、補充した。日常が、戻ってきたように、見えた。


だが、その日常は、借りものだった。次の艦隊が来れば、また、砲声が、この海を殴りつける。誰もが、それを、分かっていた。分かっていて、束の間の静けさを、味わっていた。次の嵐が来る前の、凪の海のように。


会議室に、いつもの顔が、揃っていた。赤城。白瀬。十六夜。カーター。ノックス。そして、アルセナと、レイス。


「次が、来ます」白瀬が言った。「時期は、分かりません。ですが、来る。——今度は、切り札を、警戒した上で。今度は、もっと、大きな艦隊で」


「防げますか」赤城が言った。


「一度は、防ぎました」カーターが言った。「二度目も、防げるかもしれません。ですが——三度目は。四度目は。本国が送り続ける限り、こちらは、守り続けなければなりません。守る側は、一度でも破られれば、終わりです。攻める側は、何度でも、やり直せる」


部屋が、静かになった。


「軍事的には」カーターは続けた。「これを、非対称と言います。攻める側は、失敗しても、次がある。負けても、また攻めればいい。守る側は、一度の失敗が、致命傷になる。九十九回守り抜いても、百回目に破られれば、それで終わりです。——この非対称は、時間が経つほど、守る側に不利に働きます」


「勝ち続けても、負ける、ということですか」赤城が言った。


「勝ち続けることが、そもそも不可能なんです」カーターは言った。「人は、疲れます。艦は、傷みます。運も、いつかは尽きる。百戦して、百勝することは、できません。——一度でも負ければ終わる戦いを、永遠に続けることは、できない」


守り続けることの限界を、全員が感じていた。


「勝つ方法は、一つしか、ありません」白瀬が言った。「本国が、送るのをやめること。——それしか、この海が生き延びる道は、ありません」


「本国を、どうやって、やめさせる」赤城が言った。


「分かりません」白瀬は言った。「ですが、武力では、無理です。こちらが、いくら艦隊を退けても、本国は、また送る。武力で退けるほど、本国の意地は固くなる。——武力以外の、何かが要ります」


その言葉に、アルセナが、口を開いた。


「一つ、心当たりが、ある」アルセナは言った。


────


全員が、アルセナを、見た。


「あの、技術者だ」アルセナは言った。「火船を、止めた男。こちらに、渡ってきた、あの一人」


この半月、その技術者は、亡命艦隊で過ごしていた。名を、ナサ、といった。アルセナが、拾った日に聞いた名だった。


最初の数日、ナサは、ほとんど口をきかなかった。敵の艦の上で、拾われた身だった。いつ、処断されるか、分からない立場だった。だが、誰も、ナサを責めなかった。海に落ちた者は拾う、という掟に従って、拾われ、そして、そのまま、置かれた。


やがて、ナサは、少しずつ話すようになった。この海の乗員たちが、自分を道具として扱わないことに、気づいたからだった。かつて、本国は、ナサを道具として使った。火薬の専門家という、道具として。だが、この海は、ナサを、一人の人間として扱った。名で呼び、食事を分け、傷を手当てした。


その違いが、ナサの口を、開かせた。


「ナサは」アルセナは言った。「本国の、最奥にいた男だ。技術調査員として、本国の、いちばん深いところを知っている。そして——本国を捨てて、こちらに来た。その理由も、はっきりしている」


「なぜ、あの海が、警戒しなかったのか」レイスが言った。「その、問いのため」


「そうだ」アルセナは言った。「ナサは、その問いのために、切り札を潰し、本国を捨てた。——もし、その理由を、本国が知ったら。本国は、どう思う」


白瀬が、顔を、上げた。


「揺らぎます」白瀬は言った。「本国が、いちばん信頼した技術者が、なぜ寝返ったのか。——その理由が、『敵の海が警戒しなかったから』では、本国は理解できない。理解できないものは、恐ろしい。恐ろしいものには、本国も慎重になります」


「なぜ、理解できないと、慎重になるんですか」レイスが聞いた。


「人は」白瀬は言った。「理解できる敵には、強気になれます。相手の手が、読めるからです。読めれば、対策が、立てられる。ですが、理解できない敵には——手が、読めない。何をしてくるか、分からない。分からない相手には、慎重にならざるを得ません。次に何を、奪われるか、分からないからです」


「今回、本国は、技術者を奪われた」十六夜が言った。「本国が、いちばん信頼した一人を。——次は、何を奪われるか。本国は、それを、恐れます」


「そして、その恐れが」白瀬は言った。「本国の中に、慎重派を、育てます。『あの海の何かを、理解するまで、次を送るな』という声を。——その声が、育てば、次の遠征は、遅れる。遅れれば、こちらに、時間ができる」


「武力ではなく」十六夜が言った。「寝返りの理由そのものが、本国を揺らす」


「そうだ」アルセナは言った。「ナサが、なぜ来たか。ミゼンが、何を見たか。この海が、何を積んだか。——それを、本国に伝えられたら。本国の中に、問いが生まれる。なぜ、あの海の何かが、我々の技術者を奪ったのか、と」


「問いは」レイスが、静かに言った。「砲弾では、生まれない」


その言葉に、部屋が、静まった。


半年前、レイスが面会室で覚えた、片言の日本語。それが、いま、この海の戦略の核心を言い当てていた。


────


「ですが」ノックスが言った。「どうやって、本国に、伝えるんですか」


現実的な、問いだった。


「本国と、こちらは、戦争状態です」ノックスは言った。「使者を送れば、撃たれる。手紙を送っても、届く保証はない。——伝える手段が、ありません」


沈黙が、あった。


その通りだった。この海と、本国の間には、戦争があった。その戦争が、言葉の通り道を塞いでいた。伝えたいものは、あった。伝える相手も、いた。だが、伝える道が、なかった。


戦争とは、そういうものだった。武力で殺し合う前に、まず、言葉を殺す。話す道を、塞ぐ。話せなくなれば、相手は、ただの敵になる。敵になれば、殺せる。——戦争は、いつも、言葉を殺すことから、始まる。


そして、いま、この海は、その逆をやろうとしていた。殺された言葉を、もう一度、生き返らせる。塞がれた道を、もう一度、開く。——だが、それは、武力で戦うより、難しいことだった。武力なら、砲がある。艦がある。だが、言葉を届ける道には、砲も、艦も、役に立たなかった。


「一つ、道は、あります」白瀬が言った。「退いた、攻撃艦隊です。あの艦隊は、本国に、帰りました。——あの艦隊の指揮官。あるいは、ドラフォ様。彼らは、本国にいて、この海を直接見た者たちです。彼らが、本国で、証言すれば——」


「ドラフォは」アルセナが言った。「たぶん、裁かれる。故意の遅延で。証言する立場には、ないだろう」


「では、指揮官は」


「あの指揮官も」アルセナは言った。「敗軍の将だ。発言力は、弱い。——それに、彼らは、ナサの寝返りの理由までは知らない。この海が、何を積んだかを見ていない。証言できるのは、負けた、という事実だけだ」


道は、また、塞がった。


伝えたい。だが、伝えられない。この半年、この海が積んだものを、いちばん届けたい場所にだけ、届けられない。


「時間を、かけるしか、ないのかもしれません」十六夜が言った。「いますぐには、届かない。ですが、いつか、道が開くかもしれない。——その日のために、いま、証言をまとめておく。ナサの話も。ミゼンの記録も。この半年の、全部も。——届ける日が来たとき、すぐ渡せるように」


「届く日は、来ますか」レイスが言った。


「分かりません」十六夜は言った。「ですが、来ないと決めて、やめてしまえば、来た道も、閉じます。——来ると信じて、備えておく。それしか、できません」


────


退却から 二十日後 ヴァルタ本国 評議会の私室


同じ夜。海を、隔てた、本国で。


オルグは、一人、私室にいた。


机のいちばん上の引き出しには、あの技術者の名を書いた紙が、しまってある。ナサ、という名。寝返った、技術者の名。


オルグは、それを、時々取り出して眺めた。


なぜ、この男は、寝返ったのか。その問いは、この半月、オルグの中で育ち続けていた。政治家として、無数の裏切りを見てきた。だが、その全部に、理由があった。利。恐怖。恨み。野心。——だが、この男には、そのどれも当てはまらなかった。


あるのは、問いだけだった。


なぜ、あの海が警戒しなかったのか。——その問いのために、本国最奥の技術者が、全部を捨てた。


オルグは、その事実を、評議会で繰り返し説いた。強硬派は、聞かなかった。敵の海が、警戒しなかった。それが何だ、と。奇策で、油断させたのだ、と。——彼らは、理解できないものを、理解できる形に押し込めて、片付けた。


それが、政治家の、習性だった。理解できないものは、恐ろしい。恐ろしいものは、既知の枠に押し込めて、恐ろしくなくする。奇策、油断、敵の工作。——そういう言葉で、片付ければ、夜、眠れる。


オルグ自身、長年、そうやって生きてきた。理解できない事態を、既知の言葉で片付けて、前に進む。それが、政治を動かすコツだった。立ち止まって、理解しようとすれば、政治は進まない。


だが、オルグは、片付けられなかった。


片付けようとするたびに、あの問いが、頭をもたげた。もし、あの海が、本当に、警戒しなかったのなら。もし、それが、奇策でも、油断でもなく、あの海の、本当の姿だったのなら。——我々は、いったい、何を攻めたのか。


オルグは、立ち上がり、窓の外を見た。


本国の、夜。静かな、海。この海の遥か向こうに、あの海がある。攻撃艦隊が退いてきた、あの海が。技術者を奪った、あの海が。


オルグは、思った。


あの海の者と、一度、話してみたい。


なぜ、警戒しなかったのか。何を積んだのか。我々の技術者を、何が奪ったのか。——それを、あの海の者の口から聞いてみたい。


だが、それは、叶わぬ望みだった。この本国と、あの海は、戦争状態にある。使者を送れば、撃たれる。あの海の者を招けば、評議会が黙っていない。話す道は、どこにもなかった。


伝えたい問いが、あった。聞きたい答えも、あった。だが、その二つを繋ぐ道が、なかった。


オルグは、その夜、気づいていなかった。


海を隔てた、同じ夜に。あの海の指導者もまた、同じ壁の前に立っていたことを。伝えたいものが、あるのに、伝える道がない、という同じ壁の前に。


────


退却から 二十五日後 ダーウィン基地 解析室


十六夜は、証言を、まとめ始めていた。


ナサの話を、聞き取った。本国最奥の、構造。技術調査員の役割。火船の仕組み。そして——なぜ寝返ったのか、という、その理由。


ナサは、静かに、語った。


「私は、港を、測りました」ナサは言った。片言の、日本語で。この半月で、少しずつ、覚えた言葉で。「敵の、港。焼くために。——でも、あの港。私たち。警戒しない。測らせた。私に。敵かもしれない、私に」


「それが、不思議でしたか」十六夜が聞いた。


「不思議」ナサは言った。「そして——怖い。警戒しない。なぜ。理由。分からない。分からないもの。怖い。——だから、知りたい。知りたくて、逃げた。答え。持つ港。焼けない」


十六夜は、その言葉を、書き取った。


「ナサさん」十六夜は言った。「その答えを、教えましょうか。なぜ、この海が、警戒しなかったのか」


ナサが、顔を、上げた。


「あなた。知っている。カ」


「たぶん」十六夜は言った。「私たちは、警戒しなかったのではありません。——警戒するかどうかを、選んだんです。あなたたちを敵と決めつけて、警戒することも、できました。ですが、そうすれば、あなたたちは、本当に敵になる。——だから、私たちは、賭けたんです。あなたたちが、敵ではない方に。港を見せて、それでも、敵にならない方に」


「賭け」


「賭けです」十六夜は言った。「そして、その賭けは——半分、外れて、半分、当たりました。本国は、攻めてきた。賭けは、外れた。ですが、あなたが、寝返った。あなた一人は、敵にならなかった。——その分だけ、賭けは、当たったんです」


ナサは、その言葉を、ゆっくりと噛みしめた。


「私。あなたたちの。賭けの。当たり。カ」ナサは言った。


「そうです」十六夜は言った。「あなたは、私たちが、半年かけて賭けた、その賭けの、最初の当たりです。——港を見せて、警戒せずに、それでも敵にならない相手を、待った。あなたが、その一人でした」


ナサは、しばらく、黙っていた。それから、静かに、言った。


「私。ずっと。思っていた。私。裏切り者。本国。裏切った。——でも。あなた。言う。私。当たり。賭けの。当たり」


「裏切り者か、当たりか」十六夜は言った。「それは、どちらの側から、見るかです。本国から見れば、裏切り者。この海から見れば、当たり。——同じ一つの行いが、二つに、見える。あなたは、その、境目に、立っています」


ナサは、長く、黙っていた。


そして、言った。


「その話」ナサは言った。「本国。聞かせたい。——本国。知らない。この話。知れば。変わる。かもしれない」


「私も、そう思います」十六夜は言った。「ですが、道がありません。本国に、伝える道が」


「私が」ナサは言った。「戻れば」


十六夜は、ナサを、見た。


「戻れば、殺されます」十六夜は言った。「あなたは、寝返った。本国に戻れば、裏切り者として」


「分かっている」ナサは言った。「でも——私。しか。いない。本国。最奥。知る。そして。この海。知る。両方。知る者。私。しか。いない」


両方を知る者。


十六夜は、その言葉に、ミゼンを思い出した。二つの名を持ち、二つの文明を跨いだ、あの証人。ナサもまた、いつのまにか、同じ場所に立っていた。本国と、この海。両方を知る者に。


「なぜ」十六夜は言った。「そこまで、するんですか。あなたは、もう、この海で安全に暮らせます。誰も、あなたを、責めません。——なぜ、危険を冒して、戻ろうとするんですか」


ナサは、しばらく、考えた。


「答え。欲しい」ナサは言った。「なぜ。あの海。警戒しない。——その答え。あなた。教えてくれた。賭け。だと。でも」


ナサは、言葉を、探した。


「でも。私。だけ。知って。意味。ない」ナサは言った。「本国。まだ。知らない。本国。この海。ただの。敵。思っている。——本国。知れば。変わる。次。送らない。かもしれない。戦争。終わる。かもしれない」


「あなた一人の証言で、戦争が終わると」


「分からない」ナサは言った。「でも。始まり。なる。かもしれない。——私。始まり。なりたい。裏切り者。じゃなく。始まり。に」


十六夜は、その言葉を、書き取れなかった。書き取るには、あまりに、重い言葉だった。裏切り者ではなく、始まりになりたい。——本国を捨てた男が、その本国のために、命を賭けようとしていた。


「まだ、決めないでください」十六夜は言った。「戻る道は、最後の手段です。——まず、他の道を探します。あなたが、死なずに、証言を届ける道を」


ナサは、頷いた。だが、その目は、既に、何かを決めているように見えた。


その様子を、部屋の隅で、ミゼンが見ていた。


ミゼンには、ナサの目が、分かった。同じ目を、自分も、したことがあったからだ。敵艦に連れ去られる前、レイスに、証人になる、と誓ったとき。海に飛び込んで、戻ると決めたとき。——あのとき、自分も、きっと、こういう目を、していた。


決めた者の目だった。止められない者の、目だった。


ミゼンは、思った。もし、ナサが、本国へ戻るなら。一人では、行かせられない。ナサは、本国最奥を知っている。だが、この海のことは、まだ半月しか、知らない。この海が、何を積んだかを、いちばん近くで見てきたのは、自分だった。


証言を、届けるなら。両方を知る者が、二人、要る。本国を語るナサと、この海を語る、自分と。


ミゼンは、まだ、それを口にしなかった。だが、心の中では、もう、決めかけていた。


────


同じ夜。アルセナも、甲板で、海を見ていた。


ナサが、戻りたがっている、という話を聞いていた。止めるべきか、送るべきか、決めかねていた。送れば、ナサは、死ぬかもしれない。止めれば、この海は、道を失うかもしれない。


アルセナは、覚え書きを、開いた。「従わない」から始まった、この記録。その最後に、今日の日付を書き、一行、記した。


——道が、要る。本国へ、届ける道が。


書いてから、その一行を、見た。道が要る。だが、その道を作れるのは、自分ではなかった。艦隊でも、砲でもなかった。作れるのは、両方を知る者だけ。ミゼンか、ナサか。——命を賭けられる、その二人だけだった。


指導者でありながら、いちばん大事な一手を、部下の命に委ねるしかない。アルセナは、その無力を、噛みしめた。


その夜。


十六夜は、まとめた証言を束ねた。ナサの話。ミゼンの記録。レイスとの、半年の対話。この海が、積んできた、全部。


分厚い、束に、なった。


だが、その束を届ける宛先は、まだなかった。宛先は、あった。本国の、机。だが、その机まで届ける道が、なかった。


十六夜は、その束を、机に置いた。


いつか、届ける日のために。


そして、その同じ夜。海の、向こうで。


オルグもまた、あの技術者の名を書いた紙を、引き出しから取り出していた。


二つの手が、同じ問いに、向かって、伸びていた。一方は、答えを届けようとして。もう一方は、答えを聞きたがって。


一方は、この海の、解析室で。分厚い証言の束を、前にして。もう一方は、本国の、私室で。技術者の名を書いた、一枚の紙を、前にして。


二人は、互いの存在を、知らなかった。十六夜は、オルグを知らない。オルグは、十六夜を知らない。だが、二人は、同じ問いの両端に、立っていた。答えを持つ側と、答えを求める側。その二つが、海を隔てて、向き合っていた。向き合っていることを、互いに、知らないまま。


だが、その二つの手は、まだ繋がっていなかった。


戦争が、間に、あった。


繋ぐ道は、まだ、どこにもなかった。


繋ぐには、誰かが、その道を通らなければならなかった。撃たれる海を、越えて。この海から、本国へ。答えを、運んで。


そして、その役目を担える者は、限られていた。二つの文明を跨ぎ、両方を知り、そして——命を賭けても、届けたいと願う者。


この海には、そういう者が、二人、いた。


ミゼンと、ナサ。


二人とも、まだ、動いていなかった。だが、二人とも、同じことを考え始めていた。誰かが、この道を、通らなければ、と。


両方の手が、同じ方向に伸び始めていた。


それは、まだ、道では、なかった。


道に、なる前の、何かだった。


だが、その何かが動き出すのは、もう、遠くなかった。

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