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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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喫水の深い船

戦い 二日目 湾口 亡命艦隊「エイカ」


二日目は、膠着した。


攻撃艦隊は、押してきた。だが、湾口の地形と亡命艦隊の粘りで、突破できなかった。亡命艦隊は、退かなかった。豪州の後方支援が、弾薬と真水を、絶え間なく届けた。防衛側は、陸を背にして、いくらでも続けられた。


一方、攻撃艦隊は、蓄えを削られ続けていた。戦うたびに、水と食料が、減っていく。二日目の夜には、残り、三日分ほどになっていた。


亡命艦隊は、その減り方を、読んでいた。攻撃艦隊が一日撃ち合えば、それだけ蓄えが減る。減れば、退くしかなくなる。だから、亡命艦隊は、深追いしなかった。ただ、湾口で、受け続けた。受けて、しのいで、相手の蓄えを削る。


戦いというより、我慢比べだった。どちらが、先に、限界に達するか。そして、その我慢比べでは、陸を背にした亡命艦隊が、圧倒的に有利だった。豪州から、水と食料が、絶え間なく届く。亡命艦隊の乗員は、渇かない。飢えない。攻撃艦隊の乗員だけが、日ごとに、乾いていく。


だが、攻撃艦隊は、焦っていなかった。


アルセナは、その落ち着きが、不気味だった。


普通なら、蓄えが減れば、焦る。焦って、無理な突撃を、仕掛けてくる。だが、攻撃艦隊は、無理をしなかった。まるで、蓄えの尽きる前に決着がつくと、知っているかのように。


アルセナは、指揮官の立場で、考えた。もし、自分が、あの攻撃艦隊を率いていたら。蓄えが三日分になった時点で、焦る。焦って、総攻撃を、仕掛ける。それが、普通の判断だった。


だが、向こうは、しない。ということは、向こうには、総攻撃以外の勝ち筋がある。蓄えを使い果たす前に、確実に勝てる、何かが。


その「何か」を、アルセナは、まだ掴んでいなかった。掴んでいないことが、いちばん、怖かった。見えている敵より、見えていない切り札の方が、恐ろしい。


「白瀬さんの、言った通りだ」アルセナは、レナに言った。「向こうには、確実な策がある。それを、待っている」


「切り札、ですか」


「そうだ」アルセナは言った。「そして、それが動くまで、向こうは本気を出さない。——いま撃ち合っているのは、前座だ」


「前座に、これだけ、撃ち合って」レナは言った。「本番は、どれほどのものか」


「分からん」アルセナは言った。「分からんから、備える。前座のうちに、本番の正体を、掴む。——それが、この二日の、本当の戦いだ。撃ち合いは、時間稼ぎに過ぎん」


アルセナは、ダーウィンの方を、見た。あの基地に、この海で、いちばん鋭い目を持つ者がいる。言葉を解く目で、いまは、敵の企みを解こうとしている者が。


その目が、本番の正体を掴んでくれることに、賭けるしかなかった。


────


戦い 三日目 ダーウィン基地 解析室


十六夜は、ミゼンの証言を、繰り返し検討していた。


喫水の深い、大型二隻。他の艦から離れて、守られている。六人の技術調査員が乗る一隻。


これらが、切り札に、関わっている。それは、間違いなかった。だが、切り札が何かは、分からなかった。


十六夜は、ミゼンを解析室に呼んだ。


「ミゼンさん。もう一度、あの二隻のことを、教えてください」十六夜は言った。「喫水が深い、と言いましたね。どれくらい、深かったですか」


「かなり、です」ミゼンは言った。「戦うための艦は、あんなに、沈みません。あれは、重いものを船倉いっぱいに積んでいます」


「どれくらい、重いか、分かりますか」


「艦の、動きで、分かります」ミゼンは言った。「あの二隻は、波に、鈍い。重いものを積んだ船は、波に、ゆっくり反応します。軽い船は、波に、すぐ乗る。あの二隻は、まるで、動きたがらない老いた獣のようでした。——船倉が、いっぱいなんです。それも、底の方まで」


十六夜は、その観察の正確さに、感心した。ミゼンは、この半年で、船を見る目と、物を測る目を、両方身につけていた。海の民の目と、解析する目を。


「重いもの。武器でしょうか」


「分かりません」ミゼンは言った。「ですが、一つ、気づいたことが、あります。あの二隻から、時々、乗員が、慎重に樽を運び出していました。とても、慎重に。落とさないように」


「樽」


「はい」ミゼンは言った。「そして、その樽を運ぶとき、火を近づけないようにしていました。甲板の火を、全部、消して。——樽のそばでは、誰も、火を使いませんでした」


「他に、気づいたことは」


「運ぶ乗員が、六人だけでした」ミゼンは言った。「あの、技術調査員の、六人。他の乗員は、樽に、触れさせませんでした。触れるどころか、近づけない。六人だけが、扱っていました」


「六人だけが」


「はい」ミゼンは言った。「まるで、六人以外には、扱い方が分からない、という様子でした。——大事なもので、危険なもの。その両方を、六人だけが、知っている」


十六夜の、手が、止まった。


火を、近づけない樽。


「火薬です」十六夜は言った。「大量の、火薬。——喫水が深いのは、船倉いっぱいに、火薬を積んでいるからです」


「火薬で、何を」


十六夜は、しばらく、考えた。そして、答えに、たどり着いた。


「火船です」十六夜は言った。「火薬を積んだ船を、港に、突っ込ませる。そして、爆発させる。——港の設備も、停泊中の艦も、一度に焼き払う」


ミゼンは、その言葉を聞いて、青ざめた。


「あの二隻が」ミゼンは言った。「私が乗っていた艦の、すぐ後ろにいました。——あんなものが、すぐ後ろに」


「知らなかったのですか」


「知りませんでした」ミゼンは言った。「案内人には、教えません。用済みになれば、始末される立場です。切り札のことなど、聞かされるはずがありません。——ですが、いま、繋がりました。あの、慎重すぎる樽の扱い。六人だけが触れること。喫水の深さ。——全部、火薬なら説明がつきます」


十六夜は、頷いた。ミゼンの記憶と、自分の推論が、一つに噛み合った。噛み合ったとき、それは、ただの推論ではなく、確信に変わった。


────


十六夜は、その推論を作戦室に持ち込んだ。


「火船」カーターが、繰り返した。「なるほど。それなら、五日で決着、という計算が成り立ちます」


「説明してください」赤城が言った。


「火薬を満載した船を、二隻」カーターは言った。「これを、港の中枢に突っ込ませ、爆発させる。港が使えなくなれば、亡命艦隊も豪州も、補給の拠点を失います。補給を失えば、防衛は、崩れる。——たった二隻で、こちらの、いちばんの強みを潰せます」


「補給の非対称が、ひっくり返る」白瀬が言った。


「ひっくり返ります」カーターは言った。「こちらの強みは、陸を背にした、無限の補給でした。ですが、港が焼ければ、その補給が止まる。——向こうは、それを、狙っている」


部屋が、静かになった。


「六人の技術調査員は」十六夜が言った。「たぶん、火薬と火船の専門家です。大量の火薬を、安全に運び、確実に爆発させる。——それは、専門の技術が要ります。だから、本国は、六人を送り込んだ」


「監察に、紛れさせて」ノックスが言った。


「監察は、隠れ蓑でした」十六夜は言った。「本当の目的は、火船を突っ込ませる、港の中枢の正確な位置を掴むことです。あの視察で、六人が測っていたのは——火船をどこに突っ込ませれば、いちばん効くか、でした」


半キロの錨地。設備への質問。港の視察。——全部が、一つの、目的に、繋がった。


火船を、正確に港の心臓へ導くための、下準備。


「いつ、来ますか」赤城が言った。


「補給が、尽きる前」カーターが言った。「四日目か、五日目。向こうは、火船を使って、一気に決着をつける。——それが、切り札です」


「防げますか」赤城が言った。


カーターは、すぐには、答えなかった。


「難しい」カーターは言った。「火船は、厄介です。近づけば、爆発に、巻き込まれる。遠くから沈めれば、防げますが——確実に沈めるには、砲撃を集中させる必要があります。集中させれば、他が、手薄になる。その隙を、他の艦に、突かれる」


「では」


「一つだけ、確実な方法が、あります」カーターは言った。「火船が、港に届く前に、沈める。港から、遠い位置で。爆発しても、港に、被害が及ばない距離で。——ですが、それには、火船が、どこから、いつ来るかを、正確に知る必要があります」


「読めますか」


「読めません」カーターは言った。「火船は、夜明け前か日没後の、暗い時間に来るでしょう。暗ければ、こちらの砲は、狙いにくい。向こうは、それを、狙ってきます。——闇に紛れて、港へ。気づいたときには、手遅れ、という形が、いちばん怖い」


部屋が、静かになった。


「向こうの、狙いが、分かっているのに」ノックスが言った。「防ぐ手立てが、ない、ということですか」


「今のままでは」カーターは言った。「火船が、いつ、どこから来るか。それを、事前に、掴めれば——防げます。掴めなければ、賭けになります」


────


戦い 三日目 夜 亡命艦隊「エイカ」


アルセナのもとに、十六夜の推論が、届いた。


「火船」アルセナは、呟いた。


読んで、すぐに、腑に落ちた。攻撃艦隊の、落ち着き。無理をしない、その理由。切り札が、確実だから、焦らない。火船が、港を焼けば、勝てる。それを、知っているから。


「レナ」アルセナは言った。「ドラフォに、伝えられるか」


「ドラフォ閣下に、ですか」レナは言った。「敵艦隊の、指揮下です。連絡は——」


「危険は、承知だ」アルセナは言った。「だが、ドラフォは、この火船のことを知っているかもしれん。知っていて、遅らせているのかもしれん。——確かめたい」


レナは、しばらく、考えた。


「一つ、方法が、あります」レナは言った。「ミゼンです」


「ミゼン」


「ミゼンは、あの艦隊に、いました」レナは言った。「あの艦隊の、内部を、知っています。ドラフォ閣下との接触の方法も——ミゼンなら、思いつくかもしれません」


アルセナは、ミゼンを、呼んだ。


「無茶を、頼む」アルセナは言った。「お前は、生きて、戻ったばかりだ。だが——ドラフォに、火船のことを、伝えたい。方法は、あるか」


ミゼンは、しばらく、考えた。


「一つ、あります」ミゼンは言った。「あの調査員です」


「調査員」


「私を、逃した、あの一人」ミゼンは言った。「あの人は、火船の、専門家です。火船のことを、いちばん、知っている。——そして、あの人は、私に、答えを持ってこいと言いました。再会を、望んでいます」


「それが、どう繋がる」


「あの人に、接触できれば」ミゼンは言った。「火船の、詳細が、分かります。いつ、どこから、どう来るか。——そして、あの人は、たぶん、迷っています。なぜ、あの海を攻めるのか、と。迷っている人なら——止められる、かもしれません」


「どうやって、接触する」アルセナは言った。「敵艦隊の、真ん中に、いる相手だ」


「火船は、乗員が、操ります」ミゼンは言った。「無人で突っ込ませるにしても、最後まで、誰かが舵を取り、直前に脱出する。その、脱出する乗員の中に——あの調査員が、いるはずです。火船の専門家なら、最後まで船に残る」


「その、脱出の瞬間を、狙う、と」


「はい」ミゼンは言った。「火船が来れば、私は、海に出ます。あの調査員が、脱出する場所で、待ちます。——海の上でなら、二人だけに、なれます。艦隊の目も、届かない。そこで、話します」


「話して、何になる」


「二つ、あります」ミゼンは言った。「一つ、火船の仕掛けを聞き出す。どう止めれば、爆発しないか。——専門家なら、知っています。二つ、あの人に、問い返す。あなたは、なぜ、答えのない命令に従うのか、と」


アルセナは、ミゼンを、見た。片言だった乗員が、いま、作戦を語っていた。二つの文明を跨いだ者だけが、思いつく作戦を。


アルセナは、ミゼンを、見た。


「危険すぎる」アルセナは言った。「もう一度、敵艦隊に、近づくことになる」


「はい」ミゼンは言った。「ですが、私にしか、できません。私は、二つの名前を持つ、証人です。——どちらにも、属さない。だから、両方に、近づける」


────


同じ夜 本国艦隊 最後尾の一隻


技術調査員たちは、火船の最終点検をしていた。


六人のうちの、一人。ミゼンを逃した、あの調査員は、火薬樽の間を歩いていた。


一つ一つ、点検する。湿気ていないか。導火の、仕掛けは、正常か。——明日か明後日、この船は、港へ突っ込む。乗員は、直前に、脱出する。無人の船が、火薬を積んだまま、港の心臓へ。そして、爆発する。


港が焼ければ、この海岸の補給は、断たれる。戦いは、終わる。


それが、任務だった。


火薬の扱いは、調査員の専門だった。若い頃から、火薬と共に生きてきた。どれだけの量を、どこで、どう爆発させれば、何が壊れるか。それを計算するのが、仕事だった。人を殺すためではなく、岩を砕くため。港を造るため。——本来は、そういう技術だった。


海を拓く技術が、いま、海を焼く技術に使われている。


同じ火薬。同じ計算。違うのは、向ける先だけだった。岩に向ければ、港ができる。港に向ければ、港が消える。技術は、同じ。向ける先を決めるのは、技術者ではなかった。決めるのは、命令だった。


調査員は、点検の手を、止めた。


あの海のことを、思い出していた。港の長さを測ったとき、あの海は、警戒しなかった。敵かもしれない自分たちに、港を、見せた。——なぜだろう、と、あのとき、思った。その疑問は、まだ、消えていなかった。


そして、いま、その警戒しなかった港を、自分は焼こうとしている。


疑問を、抱えたまま。


調査員は、火薬樽に手を置いた。冷たい、木の樽。この中の火薬が、あの港を、焼く。あの、警戒しなかった港を。


なぜ、と、また、思った。


なぜ、警戒しない相手を、焼くのか。答えは、命令だから、だった。だが、その答えは、疑問を消さなかった。


海に飛び込んだ、あの案内人のことを、思い出した。ミゼン、という名の。二つの名を持つ、と言った、あの男。


生きて着け、と言った。答えを持ってこい、と。


あの男は、いま、あの港にいるのだろうか。もし、この火船が港を焼けば——あの男も、焼くことになる。答えを、持ってくるはずの、あの男を。


調査員は、火薬樽から手を離した。


任務は、任務だった。だが、その任務が、答えを持ってくるはずの男を焼く。それは、調査員の中で、何かを軋ませていた。


軋みは、まだ、小さかった。命令に、逆らうほどでは、なかった。


だが、軋んでいた。


外では、砲声が、続いていた。あと一日か二日で、この船は動く。そのとき、この軋みが、どうなるか。調査員自身にも、分からなかった。


────


戦い 四日目 未明 湾口


夜明け前。


見張りが、異変に、気づいた。


「殿下。攻撃艦隊の、後方。——大型の二隻が、前に、出てきます」


アルセナは、艦橋に、駆け上がった。


暗い海の、向こう。攻撃艦隊の、隊列が、動いていた。これまで後方に守られていた、喫水の深い二隻。それが、いま、隊列の前へ出てこようとしていた。


火船が、動き出した。


「来たか」アルセナは、呟いた。


四日目。補給が、尽きる、直前。予想通りの、タイミングだった。向こうは、切り札を、切ってきた。


だが、こちらは、切り札の正体を、既に掴んでいた。ミゼンの証言と、十六夜の推論のおかげで。何も知らずに突っ込まれていたら、港は、焼かれていた。だが、いまは、それが火船だと分かっている。分かっていれば、備えられる。


問題は、備えが、間に合うかだった。そして——備えの中身が、「殺さずに止める」という無茶な原則を、含んでいることだった。


アルセナは、ミゼンを、探した。ミゼンは、既に甲板にいた。小舟の、支度を、していた。約束通り、海に出て、あの調査員に接触するために。


「ミゼン」アルセナは言った。「本当に、行くのか」


「行きます」ミゼンは言った。「これが、私の、役目です。証人は、覚えるだけでは、ありません。——時々、動きます。動いて、覚えるべきものを、作りに行きます」


「総員、戦闘配置」アルセナは言った。「火船だ。あの二隻を、港に、近づけるな。——だが」


アルセナは、一瞬、迷った。


「沈めるな、とは、言えん」アルセナは言った。「あれは、火薬を積んでいる。沈めなければ、港が、焼ける。——だが」


だが、あの二隻にも、乗員がいる。昨日までの、同胞が。そして——あの六人の、調査員も。ミゼンが、接触したいと望んだ、あの一人も。


殺さずに、止める。この四日守ってきた、その原則が、いま、いちばん難しい局面を迎えていた。


火薬を積んだ船を、乗員を殺さずに、止める。


そんなことが、できるのか。


アルセナには、答えが、なかった。


一つだけ、望みが、あるとすれば。それは、あの二隻の中に、迷っている者がいることだった。ミゼンが、接触しようとしている、あの調査員。技術を、海を焼くために使うことに軋みを感じている、一人。


もし、その一人が、内側から火船を止めてくれたら。爆発を、遅らせるか、逸らすか、してくれたら。——そのわずかな時間が、こちらに、殺さずに止める隙を、与えるかもしれない。


だが、それは、望みでしかなかった。あの調査員が、迷いを、行動に変えるかどうか。それは、ミゼンにも、アルセナにも、分からない。分かるのは、あの調査員、自身にしか。


そして、その調査員は、いま、火船のどこかにいた。迷いを、抱えたまま。港へ、向かいながら。


だが、答えのないまま、その二隻は近づいてきていた。


夜明け前の、暗い海を。港の、心臓を、目指して。


喫水の深い、二隻の船が。


火を、積んで。


そして、その火の中に——迷う一人の答えを、乗せて。


夜明け前の、暗い海を。港の、心臓を、目指して。


喫水の深い、二隻の船が。


火を、積んで。

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