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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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問いの形

西暦××××年××月××日 ダーウィン基地 言語解析室 午前5時


昨夜、並べ方を変えた表を三種類作った。


出てきた順番で並べた表。音の構造の近さで並べた表。動作との対応の有無で分けた表。三つを横に並べて、見比べた。


見比べていると、重なる部分が見えてきた。


三種類の表で、同じ位置に来る音が二つある。


「最初の音」と、「動作のある音」だ。


この二つは、どの並べ方をしても、互いに近い位置に来る。音の構造が似ている。出てくるタイミングが近い。動作は一方だけが持っているが、対として機能している。


昨夜はそこまで見えて、力が尽きた。


今朝、その続きを考えている。


音の構造が似ている、ということは、同じ語族に属する可能性がある。同じ語族に属する語は、意味的に関連していることが多い。問いを示す語と、答えの形を示す語が、語族を共有している。


問いと答えが、語源レベルで繋がっている言語。


そういう言語体系が、地球にも存在する。疑問を作るとき、平叙文に疑問の形態素を加えるだけで疑問文になる言語だ。問いと答えが、構造的に対になっている。


捕虜の言語が、そういう体系を持っている可能性がある。


「面白いですね」


誰もいない部屋で言った。


────


同日 午前8時 赤城蓮人の執務室


「また朝から来た」


赤城は言ったが、今日はドアを開けたままにしていた。来ることが分かっていたからだ。


「昨夜の分析で、一つ見えました」


十六夜はホワイトボードに、昨夜の三種類の表の要点を書いた。


「最初の音と動作のある音が、どの並べ方をしても互いに近い位置に来ます。音の構造が似ています。語源的に近い可能性があります」


「語源が近い」


「問いと答えが語源を共有している言語体系があります。疑問文を作るとき、平叙文に形態素を一つ加えるだけで疑問文になる。最初の音が疑問の形態素で、動作のある音がその基底形、つまり答えの形にあたるとすれば」


「捕虜が繰り返しているのは、問いそのものではなく」


「問いの作り方を教えようとしている、という可能性があります」


赤城はコーヒーを置いた。「問いの作り方を教える、とはどういう意味だ」


「向こうの言語で答えてほしい、ということかもしれません。こちらが向こうの言語で答えられるように、まず構造を示している。最初の音が問いの形態素だと分かれば、その形態素を外した形が答えの形になる。その答えの形を、動作のある音で示している」


「つまり捕虜は」赤城はゆっくり言った。「こちらに向こうの言語で答えさせようとしている」


「可能性として」


「何を答えさせようとしているんだ」


「それがまだ分かりません。ただし今日の面会で、向こうが次の段階に移るとすれば、何を答えてほしいのかが見えてくるかもしれません」


赤城はホワイトボードを見た。しばらく黙っていた。


「官邸には」


「面会の後に上げます。今朝の分析はまだ仮説の段階です。面会の結果と合わせて報告します」


「了解だ」赤城は立ち上がった。「今日の面会、私も見る」


────


同日 午前9時 官邸地下 危機管理センター


「本日の予定を確認します」


白瀬が言った。「一、言語解析。本日の面会が重要な転換点になる可能性があります。詳細は面会後に報告します。二、タンカーが本日、日本沿岸に到着します。到着確認後に報告します。三、北西の艦隊。昨日からの方向変化が継続しています」


「タンカーの到着はいつだ」


「午後二時から四時の間を予定しています。受け入れ港の準備は整っています」


「到着したら報告しろ」


「はい。それと北西の状況ですが」藤堂が続けた。「昨日までの変化速度の上昇が、今朝の観測で一段落した可能性があります。方向の変化が続いているものの、速度の上昇は確認されていません」


「落ち着いてきた、ということか」


「可能性として。ただし安定したとは断定できません。引き続き観測を続けます」


「了解だ」


黒崎は少し間を置いた。「今日の面会については、詳細を後から聞く。面会中に介入するな。現場の判断に任せる。ただし何か大きな変化があった場合は即座に報告しろ」


「了解です」


────


同日 午後 ダーウィン基地 隔離区画 面会室


今日、捕虜の目はまた変わっていた。


昨日の「知っている相手を待っていた目」でもない。その先にある、何かを始めようとしている目だ。


十六夜は椅子に座った。


昨日と同じ音で始める。最初の音だ。それが合言葉のように機能し始めていた。同じ音で始めることで、昨日の続きだと示す。昨日の続きであれば、今日の出発点は昨日の到達点だ。ゼロから始めなくていい。


捕虜は応じた。


それからすぐに、捕虜は動いた。


昨日とは違う動きだ。まず手のひらを上に向ける動作。昨日「動作のある音」と同時に出ていた動作だ。だが今日は、音より先に動作だけが来た。


動作だけ。音がない。


十六夜は待った。


捕虜は、十六夜を見ている。動作を続けたまま、音を出さない。


「……何かを待っています」


壁際の記録者が小声で言った。


そうだ、と十六夜は思った。捕虜は待っている。動作を出して、こちらの反応を待っている。


昨日までの手順は、捕虜が音を出して、こちらが音を返す、だった。


今日は違う。捕虜が動作を出して、こちらが何かをする番だ。


何をすべきか。


動作に対して、音を返す。


昨夜の分析で見えたこと。動作のある音が、答えの形を示している可能性がある。動作が先に来たなら、その動作に対応する音をこちらが返す。


十六夜はその音を出した。


動作のある音。昨日捕虜が使っていた音。それをそのまま返した。


一拍。


捕虜の表情が、わずかに変わった。


驚きではない。確認した表情でもない。


安堵に近い何かだ。


それから捕虜は、最初の音を出した。問いかけの音だ。


だが今日は、それだけでは終わらなかった。


最初の音に続けて、新しい音が来た。これまでの面会で一度も出てこなかった音の組み合わせだ。長い。これまでの音の組み合わせよりずっと長い。


「……長い」


記録者が言った。十六夜は頷いた。


長いということは、情報量が多い。単語ではなく、文に近い構造かもしれない。


捕虜は、文を出してきた。


────


面会が終わった後、廊下で十六夜は動けなかった。


正確には、動く前に少し立ち止まった。頭の中を整理するための時間が必要だった。


赤城が隣に来た。「聞こえたか」


「聞こえました」


「あれは何だと思う」


十六夜は答える前に、もう一度今日の面会を頭の中で再生した。動作が先に来た。こちらが音を返した。捕虜が安堵した。最初の音、そして長い音の組み合わせ。


「問いを出しました」


「問い」


「はい。最初の音は問いの形態素だという仮説が、今日の流れで補強されました。動作を出してこちらの反応を見て、こちらが正しく応じたことを確認してから、問いを出した。準備が整ってから、本来言いたかったことを言った」


「中身は」


「まだ分かりません。長い音の組み合わせです。今夜分析します」


赤城は廊下の奥を見た。「向こうが問いを出した、ということは」


「こちらが答えを出さなければならない、ということです」


「答えられるか」


「今は答えられません。でも」十六夜は続けた。「問いが何かが分かれば、答えられるかどうかが分かります。答えられない問いなのか、答えを持っている問いなのか。それが分かるだけでも、次が変わります」


「今夜の分析か」


「はい。今夜が重要です」


────


同日 午後二時 横浜港


LNGタンカーが着いた。


岸壁に係留索が渡される。タラップが伸びる。関係者が乗り込む。書類の確認。貨物の引き渡し。手順通りに、淡々と進む。


港湾の担当者は、この船が何を意味するかを知らない。知っている必要もない。仕事は手順通りにやることだ。


手順通りにやれば、燃料は届く。


届いた燃料は、パイプラインを通じて各所に流れていく。工場へ。発電所へ。家庭へ。その流れも、誰かが手順通りにやった結果だ。


あの朝以来、外から届いたものは何もなかった。


今日、届いた。


────


同日 官邸地下 夕方


「タンカーが着岸しました。貨物の引き渡しが完了しています」


藤堂が報告した。


室内に、短い沈黙が落ちた。


「最初の取引が成立した、ということだな」


黒崎が言った。


「はい」


「物資が届いた。それだけでなく」相馬が言った。「届く仕組みが動いた。一回成立すれば、二回目が続く。仕組みが動いた、ということが重要です」


「オーストラリア側の反応は」


「到着の確認を求めてきています。確認の返答をしています。次の輸送についての打ち合わせを求めてきています」


「応じろ」


「了解です」


「言語解析は」


「面会が終わりました。詳細な報告は今夜の分析後になりますが、一点速報があります」白瀬が言った。「捕虜が、これまでより長い音の組み合わせを出しました。文に近い構造の可能性があります。問いを出してきた、という暫定評価です」


「問いを出した」


「はい。向こうから問いが来た、ということです。これまでは、こちらが状況を把握しようとしていた。今日から、向こうの問いにこちらがどう応じるか、という段階に入るかもしれません」


黒崎は少し間を置いた。「向こうの問いに答える準備はあるか」


「問いの中身が分かっていません。今夜の分析で中身が見えれば、答えられるかどうかが判断できます。答えるかどうかは、その後の判断です」


「中身が分かり次第、報告しろ」


「了解です」


「急ぐな。だが止まるな」


────


同日 夜 ダーウィン基地 言語解析室


今夜の作業は、これまでとは種類が違った。


これまでは「どんな音か」を分析していた。音節を切り出し、対応表を作り、パターンを探した。


今夜は「何を言っているのか」に踏み込む。


音の構造は分かっている。最初の音が問いの形態素である可能性が高い。動作のある音が答えの形を示している。七つの音の組み合わせのうち、機能語と内容語の区別がある程度できている。


今日出てきた長い音の組み合わせを、その知識で分解する。


十六夜は録音を再生した。一音節ずつ、切り出して並べる。既知の七つと照合する。一致するものに印をつける。一致しないものは新規として記録する。


全体の長さから、いくつかの単位に分かれている可能性がある。単位の境目を推定する。


「……三つの塊に分かれています」


独り言だ。


音の長さと間合いから、三つの意味の単位があるように見える。それぞれが語句か、節か、文か、まだ分からない。


一塊目。最初の音の形態素が含まれている。問いに相当する部分だ。


二塊目。既知の七つの音が複数含まれている。これまで積み上げてきた語彙が、ここにある。


三塊目。全部新規の音だ。一つも既知のものがない。


「三つ目が核心だ」


十六夜はノートに書いた。


既知の語彙が全部二塊目に集まっている。三塊目は新規だ。問いの形態素は一塊目にある。つまり、問いかけているのは三塊目の内容についてだ。


三塊目に何が入っているか。それが今夜解読できれば、問いの中身が分かる。


十六夜は音声データを繰り返し聴いた。三塊目だけを切り出して聴く。


音の構造を分析する。音節の数。音の長さ。音の組み合わせのパターン。


少し経って、一つのことに気づいた。


三塊目の音は、これまでの面会で一度も出てこなかった。だが、その音は、どこかで聞いた気がする。


面会の記録ではない。別の場所で聞いた。


どこで聞いたか。


十六夜は思い返した。


「……装置」


装置に触れたマクブライド少佐が証言した音だ。少佐が「最初に聞こえた音」として報告していた音の記録が、別のファイルにある。


十六夜はそのファイルを開いた。少佐の証言を録音した音声データだ。少佐が再現した装置からの音。


照合した。


一致する。


完全ではない。少佐が再現した音は、捕虜が出す音ほど正確ではない。だが構造が同じだ。音節の順序が同じだ。


三塊目の音は、装置から来た音と同じだ。


────


十六夜は椅子から立ち上がった。


立ち上がって、ホワイトボードの前に行って、マーカーを手に取った。


書いた。


「問いの中身:装置が少佐に問いかけた内容と同一の可能性」


それから、止まった。


この一文が持つ意味を、少し考えた。


捕虜が、こちらに問いを出してきた。その問いの内容は、装置が少佐に問いかけた内容と同じかもしれない。


装置が少佐に問いかけていた。少佐は「問われた」と証言していた。


装置の問いと、捕虜の問いが、同じだとすれば。


それは、捕虜が装置と同じ問いを持っている、ということだ。


あるいは、装置が捕虜の問いを代行していた、ということだ。


どちらにしても、その問いは、あの朝から一貫して続いていた問いだ。


何を問われているのか。


まだ分からない。だが、問いの形が見えてきた。


「……赤城さんを起こしてきます」


誰もいない部屋で言った。


時計を見た。深夜一時だった。


────


同日 深夜 官邸廊下


白瀬のメモ帳には、今夜まだ新しい言葉が書かれていなかった。


今夜の言葉は、ダーウィンから来る。


来てから書く。


廊下の蛍光灯がいつも通りに唸っていた

形態素 言語における意味を持つ最小の単位。単語よりも小さい場合がある。たとえば日本語の「食べ」「られ」「る」はそれぞれ意味を持つ形態素で、組み合わさって「食べられる」という語を作る。今回の分析では「問いかけ」を示す音節の組み合わせが、文法的な形態素として機能している可能性が出てきた。


語族 共通の起源を持つ言語の集合。同じ語族に属する言語は、単語の発音や文法構造に共通点を持つ傾向がある。今回の分析では、問いを示す音と答えの形を示す音が、音の構造上の類似を持つことが確認された。語族の概念が異なる文明の言語にも適用できるかどうかは未知数だが、構造的な近さを示す手がかりになる。


平叙文と疑問文 平叙文は事実を述べる文。疑問文は問いかける文。言語によって両者の作り方は異なる。英語では語順を変える方法と助動詞を加える方法がある。日本語では文末に「か」を加える。今回の言語では、特定の形態素を加えることで疑問文を作る体系を持つ可能性がある。


音節の切り出し 録音された音声を分析する際、どこで音節が区切れるかを判断する作業。言語によって音節の構造は異なるため、未知の言語では切り出し方の仮説が複数生まれる。切り出し方が変わると意味の単位も変わるため、最初の切り出しが分析全体を左右する重要な判断になる。


「塊」と節 音声の流れを意味の単位ごとに区切ったとき、まとまりとして認識される部分を節と呼ぶ。一つの文が複数の節から構成される場合、節の境目は間合いや音の変化で判別できることがある。今回の長い音の組み合わせを三つの塊に分けた根拠は、音の間合いと音量変化の観察による。

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