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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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防衛計画の見直し

西暦××××年××月××日 防衛省・市ヶ谷 統合幕僚監部 午前9時


「現状の戦力を確認する」


吾妻が言った。


会議室には統合幕僚監部の幕僚が集まっていた。陸・海・空、三自衛隊の代表が揃っている。普段の会議と違うのは、資料の一番上に書かれた言葉だ。


「前提条件の見直し」


これまでの防衛計画はすべて、地球上の日本を前提にしていた。脅威の方向。想定される装備。交戦規則。それらを支える地図、衛星、情報網。そのすべての前提が、今日から変わる。


「まず現状の把握から始める。正直に話せ。使えるものと使えないものを分けろ」


────


海上自衛隊の代表が口を開いた。


「護衛艦の状況です。現有勢力は維持されています。ただし問題が複数あります」


「言え」


「一点目、GPSが使えない。慣性航法で代替していますが、長距離航行での誤差が蓄積します。二点目、対艦ミサイルの誘導精度が低下しています。GPS誘導に依存している誘導弾は、現状では精密誘導ができません」


「対艦ミサイルが使えないということか」


「精密誘導ができない、ということです。目標が大型であれば有効ですが、精密な照準が必要な場合は精度が落ちます。また、相手が現代の艦船であればレーダー照準との組み合わせで補えます。ただし、帆船のようにレーダーに映りにくい目標には、対艦ミサイルの有効性が落ちます。帆船一隻を止めたのは76ミリ砲でした。帆船が相手であれば、砲撃が主力になります」


「砲撃の有効射程は」


「76ミリ砲で約十六キロメートル。127ミリ砲で約二十三キロメートル。相手が帆船であれば、この射程内に入れば有効です」


「相手が帆船より大型の場合は」


「分かりません。一隻の帆船のデータしか持っていない以上、大型艦への有効性は推測の域を出ません」


吾妻は頷いた。「続けろ」


────


「三点目が最も深刻です」海上自衛隊の代表は続けた。「消耗品・補修資材の問題です」


「詳しく言え」


「護衛艦が搭載している対空ミサイル、対艦ミサイル、魚雷。これらは撃てば減ります。補充するには製造が必要です。製造には原材料が必要です。その原材料の多くが、あの朝以前は輸入に依存していました」


資料が配られた。


「現在の弾薬備蓄量と、消耗した場合の補充見通しを整理しました。対空ミサイルについては、現有在庫を全部使い切った場合、国内の製造ラインで補充するまでに最低でも一年以上かかります。ただし、製造に必要な部品・素材の一部がすでに不足し始めています。このペースでいくと、製造ライン自体が止まる可能性があります」


「製造ラインが止まる」


「レアメタルと半導体の問題です。精密誘導装置に使われる部品の多くが、輸入素材に依存しています。国内在庫はありますが、有限です。消耗したものを補充できない状態が続けば、装備の質が落ちていきます」


「艦艇の修理部品は」


「同様です。護衛艦の主要部品の一部は輸入品です。あの朝以降、部品の供給が止まっています。今すぐ問題になるわけではありませんが、半年から一年のタイムラインで見れば、修理ができない艦艇が出てくる可能性があります」


「ワラマンガの修理は」


「ダーウィンで行われています。オーストラリア側の部品を使っています。日豪で共通の部品規格があるものについては、相互に融通できる可能性があります。これは今後の交渉次第です」


吾妻は少し間を置いた。「つまり。今ある装備は使えるが、使えば減る。減ったものを補充できるかどうかが分からない」


「その通りです」


「戦い方が変わる、ということだな。使い捨てにできない。一発一発を大事にしなければならない」


「はい。それと」代表は続けた。「装備を温存するという観点からも、帆船に対しては砲撃が最も合理的です。ミサイルを使うより、砲弾の方が補充の見通しが立ちます。砲弾は国内製造がある程度維持できています」


────


航空自衛隊の代表が続けた。


「F-15JとF-35Aの現状です。機体は維持されています。ただし問題が複数あります。一点目、GPSの精密誘導ができない。AAMの一部はレーダー誘導で代替できますが、精度が落ちます。二点目、燃料備蓄の問題です。KC-767による空中給油は維持できていますが、燃料備蓄が有限です。長距離の出撃を繰り返せば、燃料が早く減ります」


「三点目は」


「部品と消耗品の問題です。F-35Aは特に深刻です。F-35Aの部品はほぼ全量が海外からの供給に依存しています。整備に必要な特殊工具・ソフトウェアのアップデートも、開発元からの供給が止まっています。今すぐ飛べなくなるわけではありませんが、時間とともに稼働率が落ちていきます」


「F-15Jは」


「国内での整備・部品製造がある程度できます。F-35Aより状況はいい。ただし、一部の電子部品は輸入依存です。同じ問題を抱えています」


「哨戒能力は」


「P-1哨戒機は維持されています。ただし、哨戒範囲に限界があります。外縁の外側を哨戒しようとすれば、以前の投射試験で確認されている問題が出てきます」


「投射試験とは」


「外縁の向こうへ電波を送っても返ってこないという試験です。外縁の外での通信・レーダーの有効性が、内側と異なる可能性があります。相手が外縁の外にいる間は、こちらのレーダーが有効でない可能性があります」


室内の空気が重くなった。


「つまり」吾妻が言った。「相手が外縁を越えてくるまで、こちらは相手を見られないかもしれない」


「そうなります」


「外縁を越えた瞬間に、初めて捕捉できる。それでは」


「反応できる時間が極めて短くなります」


────


陸上自衛隊の代表が続けた。


「陸自の現状です。装備・人員は維持されています。ただし今回の状況において、陸自が直接対処する場面は限られます。海上・航空での対処が先行します。ただし」


「ただし」


「上陸への対処という観点では、陸自が最終的な防衛ラインになります。海上・航空での対処が機能しなかった場合、上陸してくる相手に対して陸自が対処します。その場合の問題は、相手の装備が不明なことです」


「帆船の乗員は鎧を着ていた」


「はい。金属製の鎧です。現代の小火器に対してどの程度の防御力があるかは不明です。また、計測器に映らない現象を使う者がいることが確認されています。その現象が戦闘においてどう使われるかも不明です」


「敵を知らずに戦えということか」


「今日の段階では。「しょうなん」での分析が進めば、相手についての情報が増えるかもしれません。それまでは、現状の装備でできる最善を考えるしかありません」


────


吾妻は全員を見回した。


「整理する。使えるものは使える。ただし、使えば減る。減ったものを補充できるかどうかが分からない。外縁の外での有効性が不明。相手の装備も不明。その状況で、防衛計画を立て直す」


誰も反論しなかった。反論できるものがない。それが現実だからだ。


「ただし」吾妻は続けた。「急ぐあまり、現有装備を無駄に消耗するな。使い捨てにできる時代は終わった。一発撃つ前に、その一発の意味を考えろ。それが今日から変わる戦い方だ」


────


同日 官邸地下


統合幕僚監部の報告が届いた。


黒崎は資料を読んだ。


弾薬備蓄。部品在庫。製造ラインの現状。レアメタルの残量。半導体の在庫。数字が並んでいる。どの数字も、有限だ。


「消耗戦はできない、ということか」


白瀬が答えた。「はい。長期の消耗戦になれば、装備の質が時間とともに落ちていきます。補充ができない以上、今持っているものを大切に使うしかありません」


「根本的な解決には何が要る」


「この惑星に、製造に必要な原材料の供給先を見つけることです。レアメタル、半導体素材、石油。それらを供給できる場所が、この惑星のどこかにあれば」


「衛星がなければ、どこにあるかも分からない」


「その通りです」


黒崎は資料を閉じた。「循環しているな」


「はい。ただし今日、一つはっきりしたことがあります」


「何だ」


「時間が有限だということです。装備の補充ができない状態が続けば、自衛隊の対処能力は時間とともに落ちます。北西の反応が来るかどうかも分からない。来るとしたらいつかも分からない。ただし、こちらの対処能力が落ちる前に、できることをやる必要があります」


「急ぐな。だが止まるな」


黒崎は窓のない地下室を見た。時間が、静かに動いていた。


────


同日 「しょうなん」 ダーウィン港内


外縁の外でのレーダー有効性確認の最初の実験が、静かに始まっていた。


「しょうなん」は港内に停泊したまま、計測装置を動かしていた。外縁方向に向けた送受信試験。以前の投射試験の発展版だ。


「送信。外縁方向」


数秒の待機。


「……返ってきません」


「記録。周波数変更」


「送信」


「……返ってきません」


試験が続く。どの周波数でも、外縁の向こうへは届かない。


吉田二佐が記録を見ていた。以前の試験から何も変わっていない。外縁の向こうへは、電波が通じない。


「変わっていないな」


「はい。ただし」三谷三尉が言った。「一点、気になることがあります」


「何だ」


「外縁の内側から試験をしています。ただし、外縁を越えた状態での試験をまだしていません。外縁の向こうから内側に向けて試験すれば、別の結果が出るかもしれません」


「外縁の向こうに出て試験するということか」


「はい。「あさひ」に外縁の外まで出てもらって、外縁の外から内側への試験を同時にやれば、電波が一方通行なのか、双方向で通じないのかが分かります」


吉田は少し考えた。「提案として上げる。判断は上がやる」


「了解です」


────


同日 ダーウィン基地 捕虜の隔離区画


分析が続いていた。


捕虜の男は今日も静かに座っていた。食事を受け取った。水を飲んだ。発光は今日のところ起きていない。


十六夜は監視映像を見ながら、言語分析の資料を読んでいた。


「進んでいますか」赤城が聞く。


「少しずつです。音節の構造は分かってきました。母音の配列に規則性があります。ただし意味の対応が全く取れていません」


「どのくらいかかる」


「分かりません。地球上の言語なら、比較できる言語が無数にあります。今回は比較できるものが何もない。ゼロから作ります」


「捕虜に協力させられないか」


「今の段階では難しいです。言葉が通じない相手に、言葉を教えてもらうのは難しい。ただし」


十六夜は少し間を置いた。「素質のある者を使えば、別の方法で情報を得られるかもしれません」


「どういうことだ」


「マクブライド少佐が装置に触れたとき、"何かが見えた"と言っていました。まだ説明できていません。その"見えたもの"が言語に関連している可能性があります。装置が送っているものの中に、言語の情報が含まれているとすれば、素質のある者を通じて、言語の解析が進む可能性があります」


赤城は少し考えた。「少佐に協力を求めるか」


「提案として上げたいです。判断は上がやります」


「官邸に上げる」


十六夜は画面を見た。捕虜の男は静かに座っている。今日も、観察を続けている。


「……あなたは何を待っているんですか」


誰にも聞こえない声で、十六夜は言った。


捕虜はもちろん答えない。


だが、その沈黙は、答えを持っている沈黙に見えた。

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