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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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22/57

漏れる

西暦××××年××月××日 東京 午前7時


最初に漏れたのは、写真だった。


ダーウィンの港湾施設で撮られた一枚。桟橋に係留された灰色の艦。艦尾に、日の丸が見える。「JMSDF」の文字が船体に見える。


投稿者はダーウィンの港湾作業員だった。意図があったわけではない。珍しいものを見た。撮った。上げた。それだけだ。


キャプションは短かった。「日本の軍艦がダーウィンに来ている」


────


最初の数時間、その投稿は静かだった。


ダーウィンの地元アカウントがいくつかリポストした。オーストラリア国内で少し広がった。日本語への翻訳が誰かによって付けられた。


そこから先は速かった。


「あの朝から音沙汰なかった自衛艦が、なぜオーストラリアに」「国内にいるはずでは」「政府は何も言っていない」「損傷しているように見える」「戦闘があったのか」


問いが問いを呼ぶ。推測が推測を呼ぶ。答えがないから、問いが増える。


────


同日 官邸地下


「SNSで拡散が始まっています」柳田美玲が言った。「ダーウィン港に係留された「あさひ」の写真です。日本語での拡散速度が上がっています。現時点では憶測の段階ですが、時間の問題です」


「内容は」白瀬が聞く。


「"なぜオーストラリアにいるのか"が中心です。損傷の有無について言及している投稿もあります。戦闘があったという推測も出始めています。ただし帆船については出ていません。外縁については出ていません」


「まだ事実の核心には届いていない」


「はい。今のところは"自衛艦がオーストラリアにいる"という事実だけです」


「止められるか」黒崎が言った。


柳田は首を横に振った。「止める理由がありません。事実です。虚偽情報ではない。削除する根拠がない」


「そうか」黒崎は言った。


「なら、次の段階が来る前に、こちらから話す準備をしろ。向こうから聞かれてから話すのと、こちらから話すのでは、意味が違う」


「了解です」


「相馬」


「はい」


「会見の準備をしろ。今日ではない。だが、明日以降のどこかで話す。その準備だ。今日は私が直接話す前に、相馬が先に出る。その後、私が話す。二段構えだ」


────


同日 メディア各社


記者が動き始めていた。


防衛省への問い合わせ。外務省への問い合わせ。官邸への問い合わせ。どこも「確認中」という回答だった。確認中という言葉が、逆に「何かある」という確信に変わっていく。


ベテランの記者が言った。「あの朝から、自衛艦の動向は一切発表されていなかった。それが突然オーストラリアに出ている。これは確認中で済む話じゃない」


若い記者が聞いた。「損傷しているように見えるという指摘がありますが」


「見ればわかる。艦体の右舷に焦げた跡がある。戦闘があったかどうかは分からないが、何かがあったことは確かだ。問題は、相手が誰かだ」


「外国との交戦は」


「あの朝以降、外国との通信が途絶えている。交戦するには相手が必要だ。相手が誰かが分からないから、みんな混乱している」


「外縁、という話を聞いたことがあります。帆船という話も」


ベテランは少し間を置いた。「どこで聞いた」


「ダーウィンにいる日本人から。オーストラリアの地元の話として」


「……裏を取れ。ただし急ぐな。間違えたら取り返しがつかない」


────


同日 ダーウィン 日本人居住者


ダーウィンには日本人が住んでいた。


あの朝から、日本との連絡が取れなくなっていた。家族の安否が分からなかった。仕事の状況が分からなかった。日本が、突然遠くなっていた。


「あさひ」が入港したとき、彼らは桟橋に走った。


「日本から来たのか」「日本はどうなっている」「家族は」「東京は」


乗員は答えられなかった。何を話していいか、指示がなかった。「確認します」としか言えなかった。


だが、その「確認します」という言葉が、何よりも重かった。確認できる場所に、日本がある。それだけで十分だった。


在ダーウィン日本人コミュニティのSNSグループに、投稿が流れた。「自衛艦が来た。日本は大丈夫だ」


その投稿が、日本国内に届いた。


────


同日 各地の反応


投稿を見た人間の反応は、一様ではなかった。


「よかった。日本は動いている」という安堵。「なぜ黙っていたのか」という怒り。「オーストラリアに行けるなら、外側は存在するということだ」という驚き。「帆船が来た、戦闘があったというのは本当か」という恐怖。


どれも、同じ事実から派生した異なる感情だった。


答えがない場所に感情が集まると、感情が答えを作り始める。官邸が沈黙を続けるほど、外側で作られた答えが育っていく。


「政府は何を隠しているのか」


その問いが、静かに、しかし確実に広がり始めていた。


────


同日 官邸 相馬隆


相馬は定例会見に立った。


記者が多い。いつもより多い。最前列の記者の目が違う。準備してきた目だ。


「冒頭、一点お伝えします」相馬は言った。「海上自衛隊の艦艇が、オーストラリア・ダーウィン港に寄港しています。これは事実です」


会見場がざわめいた。


「理由を説明します。オーストラリア海軍艦艇が損傷を受けたため、支援のために行動した結果です。詳細については、現在確認中の事項が多く、本日の段階では限定的な情報しかお伝えできません」


「損傷の原因は何ですか」


「確認中です」


「戦闘があったのですか」


「確認中です」


「相手は誰ですか」


「確認中です」


「あの朝から、政府は自衛艦の動向を一切発表していませんでした。なぜですか」


相馬は少し間を置いた。「安全保障上の判断です。ただし、説明が不十分だったことは認めます。近日中に、より詳しい説明をする機会を設けます」


「近日中とは、いつですか」


「総理が直接説明する場を設けます。日程は追ってお知らせします」


────


会見が終わった後、相馬は官邸に戻った。


「総理が直接説明する」と言ってしまった。引き返せない。


だが、引き返す必要もない。もうその段階だ。


「確認できない」を守り続けてきた。外側に名前を付けなかった。だが今、外側が写真として国民の前に現れた。名前を付けなければならない段階が来た。


────


同日 黒崎恒一


黒崎は一人で執務室にいた。


テレビには、会見の映像が流れていた。相馬が「確認中」を繰り返している。その映像の下に、テロップが流れている。「自衛艦、オーストラリアに寄港」「政府、詳細説明せず」「帆船との戦闘か」


帆船、という言葉が出始めていた。


ダーウィンの日本人から、オーストラリアの市民から、情報が断片的に流れ出していた。断片だから、つながらない。つながらないから、想像が補う。想像が補うから、事実より大きくなる。


「急ぐな。だが止まるな」


自分が言い続けてきた言葉だ。


だが今日、「止まれない」段階が来た。


話す。国民に話す。全部は話せない。だが、話せることを話す。話せることと話せないことの境界を、今夜整理する。


黒崎はインターホンを押した。「白瀬を呼べ」


────


同日 夜 執務室


白瀬が来た。


「会見の準備だ」黒崎は言った。「明後日、私が話す。何を話すかを今夜決める」


「了解です。話せることと話せないことを整理します」


「話せること」黒崎は言った。「一、あの朝から外との通信が途絶えた。二、自衛艦がオーストラリアに向かった。三、オーストラリアとの間で情報共有を行っている。四、状況の確認を継続している」


「話せないこと」白瀬が引き取った。「一、帆船との戦闘の詳細。二、捕虜と装置の存在。三、この惑星が地球ではない可能性。四、捕虜が送信した位置情報と、それが示す可能性」


「話せないことの理由は」


「話せば、次の問いが来ます。次の問いに答えられない段階で答えれば、答えられないことが目立ちます。答えられないことが目立てば、隠しているという印象になります」


「では、何を話せばいい」


白瀬は少し考えた。「"確認できたこと"と"まだ確認できていないこと"を、正直に分けて話す。確認できたことは事実として話す。確認できていないことは、確認できていないと話す。それだけです」


「国民は納得するか」


「しない人もいます。でも、嘘をつくよりはいい。嘘は必ず後で割れます。割れたとき、信頼は取り返せません」


黒崎は頷いた。「それでいい。準備しろ」


「了解です」


「それと」黒崎は続けた。「オーストラリア側に連絡しろ。こちらが国民に話す前に、内容を共有する。向こうの発表と食い違いが出れば、混乱が大きくなる。足並みを揃える」


「了解です」


白瀬はメモ帳を出した。


「確認できない」「理由がない」「前提」。


その三つの言葉の横に、今夜初めて新しい言葉を書いた。


「話す」


────


同日 深夜 ダーウィン 十六夜さくら


分析室に明かりがついていた。


十六夜はデータを見ていた。衛星の観測データだ。日本が打ち上げた衛星と、オーストラリア側の観測システムを連携させた最初のデータが届いていた。


外縁方向の広域観測。


ほとんどは空白だ。外縁の向こうは、まだ何も見えていない。


だが、一点だけ。


ごく小さな、密度の高い点が、外縁の向こうの方向に検出されていた。


単発かもしれない。ノイズかもしれない。


だが、十六夜は昨日の背景ノイズデータと重ねた。


「……昨日はなかった」


独り言だ。


赤城に連絡しようとして、止めた。まだ一点だ。再現性がない。もう一周、衛星が戻ってきたときに、同じ場所に同じものがあれば、報告する。


十六夜は椅子に深く座り直した。


衛星が次の観測位置に移動するまで、あと四十分だ。


待つ。確認してから話す。


それが、あの朝から守り続けてきたことだった。

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