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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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畳まれた帆

外洋 「サフィ」


本国の岬が見える前の晩、ドラフォは甲板にいた。


月は細かった。南風が、白い帆を絶え間なく押していた。帆柱がギイ、ギイと軋み、舳先が波を割るたびにザブンと音が立った。


甲板の中央には、柱が縛りつけられていた。綱は、湾口を出た日から一度も緩められていなかった。毎朝、水夫の誰かが結び目を確かめていた。誰に命じられたわけでもなかった。


ドラフォは、懐から協定の写しを取り出した。


月明かりでは、文字はほとんど読めなかった。それでも、どこに何が書かれているかは、もう覚えていた。三行目の、帆を畳むという一語。末尾の三つの名。そして、アルセナの名の隣の空白。


明日、この空白を埋める。


ドラフォは、写しを畳んで懐に戻した。


背後で、足音がした。振り返ると、砲手見習いの少年が立っていた。手に、小さな布切れを握っている。湾口で、あの海の民の若い兵からもらったものだった。


「眠れないのか」ドラフォが聞いた。


「はい」少年は言った。「明日、母に会えると思うと」


少年は、布切れを鼻に近づけた。油の匂いがするのだと、少年は言った。


「あちらの兵の銃の匂いです」少年は言った。「あの兵は、この布で銃を磨いていました。でも、私たちには一度も向けなかった」


ドラフォは、少年の手の中の布切れを見た。


「大事にしろ」ドラフォは言った。


「はい」少年は言った。


少年が船室へ戻った後も、ドラフォはしばらく甲板にいた。北の空に、見慣れた星が昇り始めていた。


────


本国 北の軍港


「サフィ」の白い帆が岬の先に見えた時、桟橋は既に人で埋まっていた。


先に帰った二隻の船で、この港の者たちは知っていた。三隻目が、最後の百十三人を乗せてくることを。そして、その船には、あの将軍が乗っていることを。


夜明け前から、人が集まり始めていた。軍港の門番は、今日も黙って門を開けていた。港の外から来た者たちが、坂を下って桟橋へ向かっていった。


都から、何日もかけて歩いてきた者もいた。


桟橋の中ほどに、一人の女が立っていた。都の港の掲示板の前で、膝をついた女だった。息子の名は、三度目の船の名簿にあった。女は、それを知った日に都を発ったのだという。


桟橋の端に、若い水夫が立っていた。「ミルテ」で先に帰った男だった。その手を、小さな女の子が握っていた。


若い水夫は、帰ってきてから毎日この桟橋に来ていた。「オーレン」が着いた日も、ここにいた。湾口で同じ天幕にいた男たちを、一人ずつ迎えた。今日で、それも最後になる。


「あの帆」女の子が言った。「白いね」


「あれは、あちらの民の帆だ」若い水夫は言った。「燃えた帆の代わりに、もらったそうだ」


「あちらの民も、帆を使うの」


「使う」若い水夫は言った。「あちらには、帆の要らない鉄の船もある。でも、帆の民もいる。帆の民が、帆をくれた」


女の子は、しばらく白い帆を見つめていた。


「兄さんの絵と、同じ帆になるといいね」女の子は言った。


若い水夫は、懐に手を当てた。そこに、妹の描いた絵がしまってあった。


────


「サフィ」は、ゆっくりと港に入ってきた。


甲板の手すりに、男たちが鈴なりになっていた。桟橋から、名を呼ぶ声が次々に上がった。甲板から、それに応える声が返った。


一つの名が呼ばれると、甲板のどこかで手が上がる。その手を見つけた桟橋の誰かが、また名を叫ぶ。声と声が、港の水面の上で行き交った。


桟橋の中ほどの女も、一つの名を呼んだ。最初は、声がかすれて届かなかった。二度目に呼んだ時、甲板の手すりで一人の男が身を乗り出した。


女は、それ以上声を出さなかった。ただ、両手で口を覆った。


ドラフォは、船尾に立っていた。


錨鎖がガラガラと鳴り、船体が止まった。


ドラフォは、帆柱を見上げた。亡命艦隊の白い帆が、まだ風を孕んでいた。


湾口を出た時から、この帆は一度も破れなかった。継ぎ目の細かい、丁寧な縫い方の帆だった。あの海の民の水夫たちが、何年も手入れしてきた帆だった。


「帆を畳め」ドラフォは言った。


水夫たちが、帆桁に駆け上がった。綱を解き、帆布を巻き上げ、帆桁に縛りつけていく。白い帆が、一枚ずつ畳まれていった。


両手の火傷がようやく癒えた若い水夫も、帆桁の上にいた。最後の綱を、その手が結んだ。


手のひらには、まだ赤い痕が残っていた。それでも、結び目は固かった。若い水夫は、結び終えた綱を一度だけ強く引いて確かめた。それから、帆桁の上で小さく息を吐いた。


桟橋の人々が、その様子を見上げていた。誰も声を上げなかった。帆が全て畳まれた時、ようやく誰かが手を叩いた。その音は、すぐに港じゅうに広がった。


拍手は、長く続いた。帆を畳んだ水夫たちは、帆桁の上で戸惑ったように顔を見合わせていた。やがて、一人が帆桁の上から手を振り返した。


────


最後の一人が桟橋に降りるまで、ドラフォは船を降りなかった。


渡し板の横に立ち、降りていく男たちを一人ずつ見送った。その隣には、使節団に同行していた若い書記がいた。書記は、名簿を開いて一人ずつ名を読み上げた。


名を呼ばれた男が、渡し板を降りていく。桟橋で待つ誰かが、その名に駆け寄る。抱き合う者。泣き崩れる者。黙って肩を叩き合う者。


渡し板の下で、都から来た女が息子を抱きしめていた。女は、声を上げずに泣いていた。息子は、母の肩越しに甲板のドラフォを見上げた。そして、深く頭を下げた。


迎える者のいない男もいた。そういう男は、桟橋に降りると少し立ち止まり、それから港の外へ続く坂を一人で上っていった。


渡し板を降りきった後、女はドラフォの前まで来た。息子の手を握ったままだった。


「都の掲示板で、名を見ました」女は言った。「あの日から、ずっと数えていました」


「何を、ですか」ドラフォは聞いた。


「この子が帰る日までの日を」女は言った。「台所の柱に、毎朝一つずつ」


ドラフォは、甲板の柱を振り返った。


「同じことを、海の向こうでもしていました」ドラフォは言った。


女は、甲板の柱を見上げた。しばらく見つめた後、ドラフォに深く頭を下げた。


砲手見習いの少年が、渡し板を降りていった。桟橋の端で、一人の女が少年の名を叫んだ。少年は駆け出した。懐から、小さな布切れの端が覗いていた。


隣の寝台の男が、最後から二番目に降りた。男は、渡し板の上で一度だけ振り返った。甲板の中央の柱を見て、それからドラフォを見た。


「柱を、頼みます」男は言った。


「頼まれた」ドラフォは言った。


名簿を手に、一人ずつ数えた。百十三。数え終えると、ドラフォは名簿を閉じた。


一人も、落としていなかった。


────


桟橋の中ほどに、ゲラードが立っていた。


都から、わざわざ北の軍港まで来ていた。評議会の名代として、最後の船の帰還を見届けるためだった。


ゲラードの後ろには、評議会の書記が一人控えていた。帳面を手に、帰還の様子を記録している。ゲラード自身は、何も書いていなかった。ただ、腕を組んで桟橋を見ていた。


ドラフォが桟橋に降りると、ゲラードは短く言った。


「罰は、済んだか」


「済みました」ドラフォは言った。


ゲラードは、「サフィ」の帆柱を見上げた。畳まれた白い帆が、帆桁の上に整然と縛りつけられていた。


「本国の船に、あちらの帆か」ゲラードは言った。


「燃えかけました」ドラフォは言った。「あちらの民が、火を消し、帆をくれました」


「報告は、読んだ」ゲラードは言った。「あちらの船が、水を吐く管で火を消したと」


ゲラードは、甲板の中央に縛りつけられた柱に目を移した。


「あれは何だ」


「捕虜たちが、帰る日を数えた柱です」ドラフォは言った。「湾口の天幕の柱でした」


ゲラードは、しばらく柱を見ていた。それ以上は何も聞かなかった。


ドラフォは、懐から協定の写しを取り出した。折り目が擦り切れかけた紙だった。アルセナの名の隣に、空白が残っている。


「帆が畳まれたら書け、と言われています」ドラフォは言った。「立ち会っていただけますか」


ゲラードは、しばらくドラフォの顔を見ていた。


「記録に残す」ゲラードは言った。「書け」


────


桟橋に、樽が一つ据えられた。軍港の桟橋で、家族たちの手紙を受け取った樽だった。その上に、協定の写しが広げられた。


樽は、湾口で手紙を配り終えてから空のまま積まれていた。底には、まだ紙の切れ端が一枚貼りついていた。


桟橋にいた人々が、少しずつ樽の周りに集まってきた。何が始まるのか、誰も知らなかった。それでも、将軍と評議員が樽を挟んで向かい合っている。人々は、自然と輪になってそれを見守った。


ドラフォは、筆を取った。


一度だけ、筆先が紙の上で止まった。


あの湾口の海が、また瞼の裏に浮かんだ。砲煙。燃える帆。帆柱ごと海に落ちていった若い砲手。そして、艦を寄せてきたアルセナの声。帆を下ろそう、と。


それから、ゆっくりと自分の名を書いた。


アルセナの名の隣の空白が、埋まった。


ゲラードは、その紙を見下ろしていた。


「現地の指揮官が、本国の許しなく結んだ休戦」ゲラードは言った。「その休戦に、ようやく名が揃ったわけだ」


「遅すぎましたか」


「遅い」ゲラードは言った。「だが、順番は正しい」


ゲラードは、後ろの書記に目で合図をした。書記が、帳面に何かを書き留めた。


「三百二十人を帰し、帆を畳んでから名を書いた」ゲラードは言った。「先に名を書いていたら、私は記録にそう残していた。名だけ書いて、仕事をしなかった将軍だと」


「では、何と残しますか」


ゲラードは、少し考えた。


「仕事を終えてから、名を書いた男だと」ゲラードは言った。


────


輪の中から、若い書記が進み出た。


書記は、名簿の最後の頁を開いていた。帰らなかった者の頁だった。湾口で、捕虜たちが一人ずつ告げた名が、三枚にわたって並んでいる。


「評議員」書記は言った。「この頁も、記録に加えていただけますか」


ゲラードは、頁を受け取った。一行ずつ、目で追っていく。


「この者たちの家族は、まだ知らないのか」


「知らない家族の方が多いと思います」書記は言った。「名簿に名が無かったことは知っていても、どこでどう落ちたのかは」


ゲラードは、頁から顔を上げた。


「都の港の掲示板に、これも貼れ」ゲラードは言った。「この港の掲示板にもだ。評議会の許しは、私が取る」


書記は、深く頭を下げた。


────


桟橋の人垣が少しずつほどけていく中で、若い水夫がドラフォの前に来た。妹の手を引いていた。


「将軍」若い水夫は言った。「湾口では、絵を届けてくださいました」


「届けると約束した」ドラフォは言った。


若い水夫は、少し言いにくそうに口ごもった。それから、思い切ったように言った。


「砲術長から、手紙が来ました」若い水夫は言った。「サロンに着いて、上の娘の嫁入りに間に合ったそうです。将軍に伝えてくれと」


ドラフォは、しばらく黙っていた。


「間に合ったか」ドラフォは言った。


「間に合ったそうです」若い水夫は言った。「一生恨まれずに済んだ、と書いてありました」


ドラフォは、ほんのわずかに口元を緩めた。若い水夫は、それを見て驚いたような顔をした。将軍が笑うのを、初めて見たのだろう。


女の子が、兄の後ろから顔を出した。ドラフォを見上げ、小さな声で言った。


「帆、白かった」


「白かった」ドラフォは言った。


「兄さんの絵より、大きかった」


ドラフォは、膝を折って女の子と同じ高さになった。


「お前の絵の帆は、きちんと畳まれていた」ドラフォは言った。「あの白い帆も、今日、きちんと畳まれた。お前の絵と同じにな」


女の子は、満足そうに頷いた。


────


北の軍港 鍛冶屋


柱は、荷車で港の坂を上っていった。


荷車を引いたのは、「サフィ」の水夫たちだった。ドラフォは、その横を歩いた。坂の途中で、桟橋から付いてきた人々が荷車を後ろから押し始めた。


坂の途中に、一軒の鍛冶屋があった。炉の火は落とされていた。店先に、腰の曲がった老人が一人座っていた。


店の中は、薄暗かった。壁には、使い込まれた金槌やはさみが並んでいる。その一つ一つに、埃がうっすらと積もっていた。ずいぶん長い間、誰も手に取っていないようだった。


ドラフォが荷車を止めると、老人は顔を上げた。


「将軍か」老人は言った。


「もう将軍ではありません」ドラフォは言った。「お約束したことを、果たしに来ました」


ドラフォは、荷車の上の柱を指差した。刻み目の並んだ面を、老人の方へ向けた。


「湾口で、捕虜たちが帰る日を数えた柱です」ドラフォは言った。「隅の、小さな印です。お孫さんの印です」


老人は、杖をついて立ち上がった。荷車に歩み寄り、柱の隅を見下ろした。


離れて刻まれた、小さな印が一つ。


周りには、たくさんの刻み目が並んでいた。それでも、その印の周りだけは、指一本分の隙間が空いていた。


老人の指が、その印に触れた。


────


ドラフォは、ベルクから聞いた話を全て伝えた。


港の鍛冶屋の三男だったこと。砲の装填が誰より速かったこと。褒めると耳まで赤くなったこと。二度目の砲撃で、帆柱と一緒に海へ落ちたこと。波の間に一度だけ顔が見えて、それきりだったこと。


そして、その砲撃の号令を出したのが、自分だったこと。


ドラフォは、一語も省かなかった。


荷車を押してきた人々は、少し離れた場所で黙って立っていた。誰も、口を挟まなかった。


老人は、最後まで黙って聞いていた。指は、ずっと柱の印に触れたままだった。


話が終わると、老人は長いこと動かなかった。


ドラフォは、老人の前で膝をついた。湾口の浜で、アルセナの前でそうしたように。


「責めを受けに来ました」ドラフォは言った。


老人は、ドラフォを見下ろした。


「あの子が戻らんことは」老人は言った。「あの子の兄たちが、とうに知らせてくれておった。どこで、どう落ちたのかまでは知らなんだが」


老人は、杖で地面を一度突いた。


「号令を出したのは、お前だ」老人は言った。「だが、三百二十人を帰したのも、お前だ。どちらも、お前の手がしたことだ」


ドラフォは、顔を上げた。


「立て」老人は言った。「膝をつかれても、あの子は帰ってこん」


ドラフォは、ゆっくりと立ち上がった。


「この柱は」老人は、やがて言った。「どうするつもりだ」


「あなたに、お渡しするつもりでした」ドラフォは言った。


老人は、首を振った。


「わしに渡されても、薪にするしかない」老人は言った。「ここに立ててくれ。店の前に。坂を上る者が、皆見える場所に」


老人は、店の奥へ入っていった。しばらくして、小さな金槌を一本手に持って戻ってきた。柄の短い、子ども用の金槌だった。


「あの子が、最初に握った金槌だ」老人は言った。「兄たちは鍛冶屋を継がずに艦隊へ行った。あの子だけは、炉の前が好きだった。それでも、兄たちの後を追って海へ出た」


老人は、金槌の柄を指でなぞった。柄の木は、小さな手の形に擦り減っていた。


「帰ってきたら、炉を譲るつもりだった」老人は言った。「炉の火は、あの子が戻らんと聞いた日に落とした。それきりだ」


ドラフォは、何も言えなかった。


老人は、金槌をドラフォの手に握らせた。


「これは、お前が持っていけ」老人は言った。「あの湾口へまた行くことがあったら、あの子が落ちた海に沈めてやってくれ」


ドラフォは、小さな金槌を両手で受け取った。思ったよりも、ずっと重かった。


「必ず」ドラフォは言った。


────


柱を立てる穴を掘る間、ゲラードが坂を上ってきた。


ゲラードは、少し離れた場所から柱を見ていた。刻み目の列を、上から下まで目で辿った。それから、ドラフォの横に並んだ。


「お前の処遇を、決めねばならん」ゲラードは言った。「船団の指揮という罰は、今日で終わった。艦隊に戻す話も出ている」


ドラフォは、柱から目を離さなかった。


「艦隊には、戻りません」ドラフォは言った。


「では、何をする」


ドラフォは、しばらく考えた。


「通商の協定が、結ばれたと聞いています」ドラフォは言った。「塩と布を積んだ船が、あの湾口へ通うことになる」


ゲラードは、ドラフォの横顔を見た。


「あの海を、何度も渡った者が要るはずです」ドラフォは言った。「風の変わり方を知っている者が。あちらの民の顔を知っている者が」


「砲の無い船ばかりだぞ」ゲラードは言った。


「砲の無い船の指揮には、もう慣れました」ドラフォは言った。


ゲラードは、鼻を鳴らした。それが笑いなのかどうか、ドラフォには分からなかった。


「評議会に諮る」ゲラードは言った。「ヴェインが反対するだろうがな」


「記録で反対しろと、言ってやってください」


ゲラードは、今度ははっきりと笑った。短い、乾いた笑いだった。


────


その日の夕方、鍛冶屋の前に一本の柱が立った。


穴を掘ったのは、「サフィ」の水夫たちと、坂の途中に住む男たちだった。湾口で兵たちと捕虜たちがそうしたように、刻み目に刃を当てないよう、柱の周りは素手で土を固めた。


刻み目の面は、港の方を向いていた。坂を上ってくる者が、最初に目にする向きだった。


人々が引き上げた後、坂を上ってきた子どもが柱の前で足を止めた。刻み目を一つずつ指でなぞり、数を数えていた。途中で分からなくなって、また最初から数え直していた。


老人は、何日ぶりかで炉に火を入れた。ゴウ、と炎が立ち上がった。


炉の赤い光が、店先の柱を照らした。刻み目の一つ一つに、小さな影ができた。


ドラフォは、坂の下からそれを見ていた。


店の奥から、金槌の音が聞こえ始めた。カン、カン、と澄んだ音だった。老人が何を打ち始めたのか、ドラフォには分からなかった。


日が暮れると、ドラフォは坂を下りて官舎へ戻った。


召還されてから審問を待った、あの部屋だった。寝台と机と椅子が、一つずつ。壁には、何も掛かっていない。


ドラフォは、机の引き出しを開けた。外したままの階級章が、そこにあった。


ドラフォは、それを手に取って長いこと眺めた。それから、また引き出しに戻した。


窓の外に、港が見えた。桟橋の一番奥に、「グラナート」が繋がれていた。帆は、まだ下ろされたままだった。


その手前に、「サフィ」がいた。白い帆が、帆桁の上できちんと畳まれていた。


坂の途中で、鍛冶屋の炉の火が赤く揺れていた。金槌の音は、まだ続いていた。


机の端に、老人から預かった小さな金槌を置いた。ランプの光を受けて、擦り減った柄が鈍く光った。次にあの湾口へ渡る日が、いつになるかは分からなかった。それでも、その日は必ず来る。ドラフォは、そう思った。


ドラフォは、懐から協定の写しを取り出した。机の上に広げ、ランプの火を近づけた。


ランプの光の下で、協定の写しには四つの名が並んでいた。

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