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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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空白の隣

十二日後 本国 北の軍港


北の軍港には、朝から冷たい風が吹いていた。


岬に抱かれた深い入り江だった。石造りの桟橋が何本も海へ突き出し、その間に艦がずらりと並んでいる。本国の艦隊の半分が、この港を母港にしていた。


ドラフォは、軍港を見下ろす官舎の一室にいた。


召還されてから、ずっとこの部屋だった。外へ出ることは許されている。だが、港の外へ出ることは許されていない。評議会の審問が終わるまで、それが決まりだった。


部屋には、寝台と机と椅子が一つずつあるだけだった。壁には、何も掛かっていない。将軍の階級章は、召還の日に外して机の引き出しにしまったままだった。


朝は、決まった時刻に起きた。寝台を整え、顔を洗い、港を一巡りする。昼は、机に向かって湾口での日々を書き留めた。審問に備えるためではなかった。書かずにはいられなかった。


窓からは、港に並ぶ艦の帆柱が見えた。かつて自分が率いた艦も、そこにある。帆は下ろされたまま、もう何か月も上がっていなかった。


旗艦だった「グラナート」は、桟橋の一番奥に繋がれていた。甲板には、見張りの水夫が一人いるだけだった。帆桁の下で、下ろされた帆が風に揺れている。


あの帆を最後に上げたのは、湾口を離れる日だった。召還の命令書を受け取った朝、ドラフォは自ら号令をかけた。帆を上げろ。本国へ帰る。その声が、甲板の上でひどく乾いて聞こえたのを覚えている。


港を一巡りする時、ドラフォはいつも「グラナート」の前で足を止めた。


見張りの水夫は、ドラフォの顔を知っていた。最初の数日は、慌てて敬礼をしてきた。ドラフォが首を振ると、やがて敬礼の代わりに小さく頭を下げるようになった。


ある朝、見張りの水夫が口を開いた。


「将軍」水夫は言った。「帆は、いつ上がるんでしょうか」


「私には分からん」ドラフォは言った。「もう、私の艦ではない」


水夫は、下ろされた帆を見上げた。


「湾口では、毎晩、砲の手入れをしていました」水夫は言った。「今は、帆の手入れしかしていません。それが、妙に落ち着かないんです」


ドラフォは、何も答えなかった。ただ、その水夫の横に並んで、しばらく帆を見上げていた。


扉が叩かれた。


「将軍」従卒の声だった。「都から、書状が届いています。南の湾口からの便だそうです」


ドラフォは、椅子から立ち上がった。


「将軍ではない」ドラフォは言った。「今は、ただの審問待ちだ」


従卒は、困ったような顔で書状を差し出した。それでも、呼び方を改めようとはしなかった。


────


封を切ると、二枚の紙が出てきた。


一枚は、協定の写しだった。三行目に、見慣れない言葉があった。帆を畳む。ドラフォは、その一語をしばらく見つめていた。


古い協定の文を、ドラフォはいくつも知っていた。士官の修業時代に、書き写させられたものだ。そのどれにも、帆を下ろすと書かれていた。畳むと書かれた協定は、一つも無かった。


一行目には、二つの民が互いに砲を向けたことが記されていた。二行目には、休戦を始めた者の名として、アルセナと自分の名が並んでいた。


自分の名が、協定の文の中にある。ドラフォは、その文字を指でなぞった。


末尾には、三つの名が並んでいた。使節団の長。アルセナ。そして、あの海の特使の名。


アルセナの名の隣に、何も書かれていない空白があった。


一つの名が入るだけの、ちょうどの幅だった。偶然ではないことは、ドラフォにも分かった。


もう一枚は、短い手紙だった。レナの字だった。


殿下のお名前の隣に、空白を残してあります。いつか、ご自分の手で埋めてください。


それだけだった。挨拶も、湾口の様子も、何も書かれていない。だが、ドラフォには、その短さの意味が分かった。あの副官は、昔から言葉を惜しむ女だった。書きたいことが多いほど、短く書く。


ドラフォは、手紙を机に置いた。窓の外の帆柱を見た。それから、長いこと目を閉じていた。


瞼の裏に、湾口の海が浮かんだ。


砲煙が、低く海面を這っていた。ドドン、と黒い火薬が弾けるたびに、「グラナート」の船体が震えた。向こうの船の帆に火が移り、メラメラと燃え上がっていた。その船に乗っていたのは、同じ海で生まれた者たちだった。


あの日、アルセナは艦を寄せてきて、帆を下ろそうと言った。ドラフォは、長いこと答えられなかった。命令は、戦えだった。だが、目の前の海では、同胞が同胞を撃っていた。


頷いた時、自分が何を捨てたのか、ドラフォにはよく分かっていた。将軍の階級。艦隊の指揮。そして、たぶん自分の首も。


それでも、あの時に頷いたことを、ドラフォは一度も悔やんだことがなかった。


殿下に謝りたい。ミゼンに、そう言ったことがある。命令とはいえ、砲を向けたことに変わりはない。それが、けじめだと。


その謝罪は、まだ果たしていなかった。


────


同日 都 評議会場 小審問室


小審問室は、評議会場の二階の奥にあった。


窓の小さな、細長い部屋だった。壁には古い地図が掛かっている。本国の沿岸と、その先の外海。南の端に、誰かが後から描き足した湾口の輪郭があった。


ゲラードは、ドラフォの審問記録を読み返していた。


記録は、厚い綴りになっていた。召還された日の聴き取り。艦隊の士官たちの証言。湾口から送られた報告書の写し。全てが、ロウデンの手で整然と綴じられている。


向かいには、オルグとファリスが座っている。審問を任された三人だった。


強硬派と、証言外交派と、中立。評議会がこの三人を選んだのは、どの立場からも文句が出ないようにするためだった。だが、三人とも、その人選の意味をよく分かっていた。誰か一人が折れなければ、結論は出ない。


「結論を出さねばならん」ゲラードは言った。「評議会の許しなく、敵と休戦を結んだ。指揮系統を越えた。それは事実だ」


「その休戦が、協定になりました」オルグは言った。「帆を畳む、と」


「結果は、罪を消さない」ゲラードは言った。「私は以前、そう言ったはずだ」


ゲラードは、綴りの一頁を指で押さえた。


「現地の指揮官が、本国の頭越しに敵と取り決めを結ぶ」ゲラードは言った。「それが良い結果を生んだから許される。そう記録に残せば、次の指揮官はどうする。良い結果を生むと信じて、また頭越しに動く。その結果が悪かったら、誰が責めを負う」


オルグは、反論しなかった。ゲラードの言うことにも、筋が通っていた。


「言いました」ファリスが言った。「そして、全てを語った者と暴かれた者を同じに扱うな、とも言いました」


ゲラードは、ファリスを見た。


「ドラフォ将軍は、休戦を結んだその日に、艦隊の全員に理由を話しています」ファリスは言った。「本国にも、その日のうちに報告を送った。隠したことは、一つもありません」


ファリスは、綴りの別の頁を開いた。


「士官たちの証言です」ファリスは言った。「将軍は甲板に全員を集め、休戦を結んだと告げた。本国の許しは得ていない。罰を受けるなら自分一人だ。そう言ったと、十人の士官が口を揃えています」


ゲラードは、その頁に目を落とした。


「若い兵が一人、あの海の民は本当に敵ではないのかと尋ねたそうです」ファリスは続けた。「将軍は、分からないと答えた。だが、今日この海で撃ち合っているのは同胞同士だ、と」


ゲラードは、しばらく黙っていた。


窓の外で、鳩が一羽、軒に降り立った。羽を畳む小さな音が、静かな部屋に聞こえた。


「処分は要る」ゲラードは、やがて言った。「規則を越えた者が罰されなければ、次に越える者が出る」


「それは、否定しません」オルグは言った。


「では、どんな罰を」オルグが聞いた。


ゲラードは、机の上の別の書類を引き寄せた。捕虜の迎えの船団についての書類だった。三隻の船。三度の航海。指揮官の欄は、まだ空いていた。


船の名は、既に書き込まれていた。「ミルテ」「オーレン」「サフィ」。いずれも、砲門を塞いだ古い輸送船だった。


「艦隊の指揮を解く」ゲラードは言った。「代わりに、この船団を任せる。砲を積まない船の指揮だ。将軍には、屈辱だろう」


オルグとファリスは、顔を見合わせた。


「艦隊の将軍が、輸送船の船団長」ファリスが言った。「確かに、軍の者が聞けば降格としか思わないでしょう」


「そう思わせればいい」ゲラードは言った。


「湾口へ行かせる、ということですね」オルグが言った。


「罰だ」ゲラードは言った。「そう記録しろ」


ファリスは、小さく笑った。オルグは、笑わなかった。ただ、ゲラードの顔をじっと見ていた。


「一つ、聞いてもいいですか」オルグは言った。「なぜ、あの男を湾口へ」


ゲラードは、書類を揃えながら答えた。


「あの男は、湾口で同胞に砲を向けた」ゲラードは言った。「その同胞を、自分の手で連れて帰らせる。それ以上に重い罰を、私は思いつかない」


────


審問室を出た後、オルグとファリスは並んで階段を降りた。


「あの人は、最初からこう決めていたのでしょうか」オルグが言った。


「さあ」ファリスは言った。「ただ、迎えの船団の書類を、審問の机に持ち込んでいたのはあの人です。偶然ではないでしょう」


オルグは、足を止めた。


「半年前のゲラードなら」オルグは言った。「ドラフォ将軍を軍法に照らして裁いていたはずです。首まで求めたかもしれない」


「半年前のあなたなら」ファリスは言った。「ドラフォ将軍を英雄として祭り上げていたでしょう。罰など要らないと言って」


オルグは、苦笑した。


「どちらも、変わったということですか」


「変わったのは、この評議会です」ファリスは言った。「一つの証言が次の証言を呼んだように、一つの問いが次の問いを呼んだ。その間に、誰もが少しずつ、自分の言葉の形を変えた」


二人は、再び階段を降り始めた。

────


同日夕刻 都 評議会場 文書室


ロウデンは、審問の決定を記録の綴りに書き写していた。


ゲラードが、階段を降りてきた。書き上がった頁を、ロウデンの肩越しに覗き込む。


艦隊の指揮を解く。迎えの船団の指揮を命ず。その下に、ゲラードが口にしたとおりの一文があった。


これは罰である。


「書いたとおりでいい」ゲラードは言った。


ロウデンは、筆を置いた。


「評議員」ロウデンは言った。「百年後にこの記録を読む者は、これを罰だと思うでしょうか」


ゲラードは、しばらく頁を見ていた。


「思わせておけ」ゲラードは言った。「罰と書いておけば、あの男も後ろめたさを感じずに済む。褒美と書けば、あの男は受け取らん」


ロウデンは、小さく頷いた。そして、綴りを閉じて棚に戻した。

────


同日夕刻 都 評議会場 廊下


審問の結論は、夕方には評議員たちの耳に入っていた。


廊下で、ヴェインがゲラードを呼び止めた。


「ドラフォ将軍に、捕虜の迎えを任せたと聞きました」ヴェインは言った。「あの男は、敵と勝手に手を結んだ男です。湾口へ戻せば、またあちらの民に甘い顔をする」


「甘い顔をしてもらわねば困る」ゲラードは言った。「三百二十人を受け取りに行くのだ。砲を向けに行くのではない」


ヴェインは、言葉に詰まった。


「記録を読め」ゲラードは言った。「あの男が休戦を結んだ日に、甲板で何を言ったか。それを読んでから、まだ反対なら、記録で反対しろ」


ゲラードは、それだけ言って歩き去った。


ヴェインは、しばらく廊下に立ち尽くしていた。やがて、文書室へ続く階段の方へ歩いていった。


────


七日後 本国 北の軍港


審問の決定を、ドラフォは官舎の部屋で聞いた。


使いが読み上げる間、ドラフォは窓の外を見ていた。艦隊の指揮を解く。迎えの船団の指揮を命ず。


使いは、決定書を読み終えると、それを机の上に置いた。そして、少しためらってから付け加えた。


「ゲラード評議員から、伝言があります」使いは言った。「これは罰だ、と」


ドラフォは、窓の外から目を離さなかった。


「承った、と伝えてくれ」ドラフォは言った。


使いが去った後、ドラフォは机の引き出しを開けた。協定の写しが、そこにあった。


その隣には、外したままの階級章があった。ドラフォは、それを手に取った。しばらく掌の上で眺めてから、また引き出しに戻した。もう、あれを付けることはないだろう。


ドラフォは、写しを広げた。アルセナの名の隣の、空白を見た。


この紙に名を書く資格は、まだ自分には無い。そう思った。自分は、あの湾口で同胞に砲を向けた。命令だったとはいえ、ドドンと鳴ったあの音は、自分の艦から出た音だった。


あの砲撃で、何人が海に落ちたのか。ドラフォは、その数を知らなかった。知ろうとしなかった自分を、今になって恥じていた。


だが、三百二十人を連れて帰ることなら、できる。


ドラフォは、写しを丁寧に畳んで、懐にしまった。


その夜、ドラフォは机に向かって、アルセナへの手紙を書こうとした。


殿下。


最初の一語は、すぐに書けた。だが、その先が続かなかった。謝りたいことは山ほどあった。礼を言いたいことも、同じくらいあった。どれから書けばいいのか、分からなかった。


何枚も書きかけては、破った。床に、丸めた紙が溜まっていった。


夜半を過ぎた頃、ドラフォは筆を置いた。


書いて済ませるべきことではない。そう思った。湾口へ行くのだ。あの浜で、殿下の顔を見て、自分の口で言えばいい。


ドラフォは、丸めた紙を拾い集めて、暖炉にくべた。紙がパチパチと燃えて、すぐに灰になった。


────


同夜 北の軍港 官舎


夜更けに、もう一度扉が叩かれた。


入ってきたのは、湾口で「グラナート」の副長を務めた男だった。召還の後、別の艦に回されていた。ドラフォより十ほど若く、日に焼けた顔に深い皺が刻まれている。


「船団の指揮を取られると聞きました」副長は言った。


「降格だ」ドラフォは言った。「笑いに来たのか」


「乗せていただきたい」副長は言った。


ドラフォは、副長の顔を見た。


「お前は、まだ艦隊にいられる」ドラフォは言った。「輸送船に乗れば、出世の道は閉ざされる」


「湾口で撃った砲は、私が号令をかけました」副長は言った。「将軍の命令を、私が伝えた。あの三百二十人の中には、私の号令で撃たれた船の者もいるはずです」


副長は、背筋を伸ばした。


「迎えに行くなら、私も行くべきです」


ドラフォは、長いこと黙っていた。やがて、机の上の決定書を副長の方へ押しやった。


「あの海の民の技師が、名簿を作るのを手伝ったそうだな」ドラフォは言った。「ナサという男だ。寝返った男だと、お前も聞いているだろう」


「聞いています」副長は言った。


「その男が、捕虜一人一人に名を聞いた」ドラフォは言った。「寝返った男が名を聞き、砲を向けた男が迎えに行く。おかしな話だ」


「おかしな話です」副長は言った。「ですが、そういう順番でしか、帰れない者たちがいるのだと思います」


ドラフォは、副長の顔をしばらく見つめていた。


「『オーレン』の船長の欄が空いている」ドラフォは言った。「自分で名を書け」


────


翌日 北の軍港 桟橋


出航を二日後に控えて、桟橋には人が集まり始めていた。


港の外から来た者たちだった。軍港の門は、普段なら軍の者以外を通さない。だが、この数日だけは、門番が黙って人を通していた。


女がいた。老人がいた。子どもの手を引いた若い男がいた。誰もが、手に何かを握っていた。折り畳んだ紙だった。


「捕虜の迎えの船は、これですか」一人の女が、水夫に尋ねた。「息子に、手紙を届けてほしいのです」


水夫は、困った顔で甲板を振り返った。


ドラフォは、桟橋に降りていった。


「名は」ドラフォは聞いた。


女は、息子の名を告げた。生まれた土地と、乗っていた艦の名も。都の掲示板で覚えたのだろう。名簿のとおりの言い方だった。


ドラフォは、女の手から手紙を受け取った。


「必ず渡す」ドラフォは言った。


女の後ろに、列ができていた。ドラフォは、水夫に空の樽を一つ持ってこさせた。桟橋の上にそれを据え、一通ずつ手紙を受け取っては樽に入れていった。


名を聞き、顔を見て、手紙を受け取る。それを、日が暮れるまで繰り返した。


途中で、小さな女の子がドラフォの前に立った。父親らしい若い男が、その後ろで帽子を握りしめていた。


女の子は、両手で紙を差し出した。紙には、字ではなく絵が描かれていた。帆船が一隻。その帆は、きちんと畳まれて帆桁に縛られていた。


「兄さんに」女の子は言った。「字は、まだ書けないから」


ドラフォは、膝をついてその紙を受け取った。


「誰に教わった」ドラフォは聞いた。「帆を畳んだ絵を描けと」


「港の掲示板に書いてあったって、父さんが」女の子は言った。「帆を畳むって決まったから、兄さんは帰ってくるって」


ドラフォは、紙の上の小さな帆船を見つめた。拙い線だった。それでも、帆を縛る綱まで丁寧に描かれていた。


「必ず渡す」ドラフォは言った。


樽は、夕方には半分まで埋まった。


列の最後に、腰の曲がった老人がいた。老人は、手紙を持っていなかった。


「孫の名は、名簿に無かった」老人は言った。「手紙を書いても、渡す相手がおらん」


ドラフォは、老人の顔を見た。


「名を、教えてください」ドラフォは言った。


老人は、孫の名を告げた。ドラフォは、それを自分の手帳に書き留めた。


「湾口に、帰らなかった者の名を書く頁があると聞いています」ドラフォは言った。「そこに、この名があるか確かめてきます」


老人は、何も言わずに頭を下げた。


────


出航の前日 夕刻 北の軍港 桟橋


迎えの船団の三隻が、桟橋に並んでいた。


どれも、砲門を塞いだ輸送船だった。甲板には、寝台の材木と水樽が積み上げられている。三百二十人を、三度に分けて運ぶための船だった。


先頭が「ミルテ」、続いて「オーレン」、最後が「サフィ」。塞がれた砲門には、真新しい板が打ち付けられていた。その板の白さが、夕日の中で目立っていた。


ドラフォは、先頭の船の甲板に立った。


水夫たちが、手を止めてドラフォを見た。かつて艦隊を率いた将軍が、砲の無い船に乗っている。その意味を、水夫たちは測りかねているようだった。


船団の水夫長が、ドラフォの傍らに来た。白い髭をたくわえた、古い船乗りだった。


「積み荷を確かめてください」水夫長が言った。


ドラフォは、船倉へ降りた。


水樽が、壁際にずらりと並んでいた。干し肉と堅焼きのパン。塩漬けの魚。寝台用の材木と、麻の毛布。帰りの航海で、百人余りを十日以上食べさせるための量だった。


ドラフォは、樽の数を一つずつ数えた。それから、毛布の束を一つ開いて、手で厚みを確かめた。


「南の海は暖かいと聞いていますが」水夫長が言った。「夜の甲板は冷えます。痩せた者なら、なおさらです」


「毛布を、もう百枚積め」ドラフォは言った。「足りなければ、私の分を回せ」


水夫長は、少し驚いたような顔をした。それから、深く頷いた。


「風は、どうだ」ドラフォは聞いた。


「この季節なら、南へは追い風です」水夫長は言った。「十日と少しで着くでしょう。帰りは向かい風ですから、倍はかかります」


「倍か」ドラフォは言った。


「急ぎますか」


「いや」ドラフォは言った。「急がなくていい。一人も落とさずに帰る。それだけだ」


甲板の片隅には、手紙の詰まった樽が置かれていた。水夫の一人が、それに防水の布を掛けていた。


ドラフォは、帆柱を見上げた。


帆は、まだ下ろされたままだった。帆桁の下で、古い帆布が風を受けてゆったりと揺れている。明朝には、あれが上がる。南の湾口まで、十日あまりの航海になる。


「帆を上げる用意を」ドラフォは言った。「出航は、明朝だ」


水夫たちが、一斉に返事をした。


桟橋の端から、「グラナート」の見張りの水夫がこちらを見ていた。ドラフォと目が合うと、水夫は小さく頭を下げた。それから、下ろされたままの自分の艦の帆を見上げた。


港の向こうで、日が沈みかけていた。明日の朝には、この三隻だけが帆を上げて港を出ていく。


それから、ドラフォは少しだけ声を落とした。


「帰りは、畳んで帰る」

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