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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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カルストの選択

数日後 都 カルストの屋敷


カルストは、一人、書斎に座っていた。


机の上には、この数日、積み重なった報告書が山を成していた。証言外交の進展。通商協定の成立。そして、自らの関与を疑われている、脅迫事件と妨害工作の調査状況。


この屋敷で、カルストは長年、多くの政策を練り上げてきた。強硬派の中心人物として、常に確固たる信念のもとに動いてきたつもりだった。だが、いま、この机の上に積まれた報告書の一枚一枚が、その信念の脆さを静かに突きつけていた。


かつて、カルストはこの評議会で若い評議員だった頃、バルドー将軍と共に、多くの政策を練り上げてきた。艦隊の増強、遠征の是非、そして、あの海の民への対応。二人は常に、意見を共にしてきた仲だった。その友情が、いつしか今回の隠蔽を庇う結果へと繋がっていった。


窓の外は、既に夜が更けていた。カルストは、その闇をしばらく見つめ続けていた。灯りの落ちた都の街並みが、静かに闇の中に沈んでいた。この街のどこかで、いまも多くの人々が、この一連の証言の行方を見守り続けているのだろう。


────


扉が、静かに叩かれた。


「殿」使用人の声が聞こえた。「お客様が、いらしています」


カルストは、しばらく迷った。だが、やがて応じた。


「通せ」カルストは言った。


────


部屋に、一人の男が入ってきた。若い士官だった。バルドー将軍のかつての部下の一人で、カルストにも忠実に仕えてきた男だった。名を、フェルトといった。


フェルトは、部屋に入るなり、深く一礼した。その所作には、これまでの忠実な部下としての律儀さが滲んでいた。


「殿」フェルトは言った。「ドレク艦長の一件について、ご報告が」


カルストは、その言葉に眉を寄せた。


────


「あの件は」カルストは言った。「もう片付いたはずだ」


「表向きは」フェルトは言った。「ですが、ゲラード評議員が調査を続けています。あなたの部下の特徴が一致するという報告が、既に届いていると」


「その報告は」カルストは言った。「どこから漏れたと思う」


「分かりません」フェルトは言った。「ですが、ゲラード評議員の調査の緻密さは、既にこの評議会でも知れ渡っています。時間の問題だったのかもしれません」


────


カルストは、しばらく沈黙した。


「その報告は」カルストは言った。「正確なのか」


「分かりません」フェルトは言った。「ですが、あの夜、殿の指示で動いた者たちの中に——私も含まれています」


────


カルストは、その言葉に目を見開いた。


「お前が」カルストは言った。「あの脅迫を実行したのか」


「はい」フェルトは、静かに頷いた。「殿の大まかな指示を受けて。ドレク艦長を証言させないよう、圧力をかけるようにと」


カルストは、しばらくその言葉を噛み締めるように黙り込んだ。


────


「私は」カルストは言った。「家族を脅せとは言っていない」


「その詳細な手段までは」フェルトは言った。「殿の指示にはありませんでした。ですが、効果的な方法を考えた結果——」


カルストは、その言葉を遮った。


「それは」カルストは言った。「私の意図を超えたことだ」


「かもしれません」フェルトは言った。「ですが、結果として、殿の望みに沿う行動でした」


────


カルストは、しばらく両手で顔を覆った。長い沈黙が、部屋を支配した。


「私は」カルストは、やがて言った。「何をしていたのだろう」


フェルトは、その言葉に何も答えなかった。ただ、静かに、その姿を見つめ続けていた。


「バルドー将軍を守りたかった」カルストは言った。「あの男の功績を、無下にされたくなかった。それだけのつもりだった」


「あなたと、バルドー将軍は」フェルトが静かに聞いた。「長い、付き合いだったのですね」


「三十年になる」カルストは言った。「共に評議員として、この評議会に席を連ねてきた。彼が階級を剥奪されると聞いた時——私は自分のことのように悔しかった」


「その悔しさが」フェルトは言った。「殿を間違った方向に導いたのかもしれません」


「そうかもしれない」カルストは言った。「友を失いたくないという気持ちが、私の判断を曇らせた」


────


「その、つもりが」フェルトは言った。「いつの間にか、家族を脅すという手段にまで行き着いていました」


カルストは、深く息を吐いた。


「もし」カルストは言った。「このことが明るみに出れば」


フェルトは、しばらく、その言葉を待った。


────


「あなたの評議員としての立場は」フェルトは言った。「終わります。それだけでなく——処罰を免れないでしょう」


カルストは、しばらく沈黙した。窓の外の闇を再び見つめた。


「私一人で」カルストは、やがて言った。「済ませられる話ではなくなったな」


────


「一つ、聞きたい」カルストは、やがて言った。「お前は、これから、どうするつもりだ」


フェルトは、その問いにしばらく答えなかった。


「私は」フェルトは、やがて言った。「もう、これ以上、隠し通せるとは思っていません」


「それは」カルストが聞いた。「全てを話すという意味か」


「はい」フェルトは言った。「私自身の罪も含めて」


────


その頃 評議会場 ゲラードの執務室


ゲラードは、深夜まで資料と向き合っていた。


「フェルトという若い士官の動向を」ゲラードは、部下に言った。「引き続き、監視するように」


部下が頷いた。


「あの男が」部下は言った。「カルスト評議員の屋敷を訪れたという報告があります」


────


ゲラードは、その報告に目を細めた。


「今夜か」ゲラードは言った。


「はい」部下は言った。「先ほど、見張りの者から」


「二人の間で、どのような話が交わされているのか」ゲラードは言った。「窺い知ることはできないか」


「屋敷の中の会話までは」部下は言った。「さすがに確認できません」


────


ゲラードは、しばらく考え込んだ。


「もし」ゲラードは言った。「その会話の内容が、明日、この委員会に証言として上がってくるなら——それは今夜、カルストが決断を下したという証だ」


「もし、上がってこなければ」部下が聞いた。


「その時は」ゲラードは言った。「こちらから、フェルトに召喚状を送る。時間は、こちらの味方だ」


部下は、その言葉に頷いた。


「隊長は」部下が言った。「随分と、この一件に時間を割いてきましたね」


「割く価値のある一件だ」ゲラードは言った。「一人の隠蔽が、これほど多くの人間の決断を生み出す。これほど興味深い調査は、そうそうない」


「興味深い、ですか」部下は少し驚いたように言った。


「そうだ」ゲラードは言った。「証言というものが、これほど人の心を動かす力を持つとは、私自身、この調査を始めるまでは思っていなかった」


────


その頃 カルストの屋敷


フェルトは、しばらく、カルストの前に立ち尽くしていた。


「殿」フェルトは、やがて言った。「私は、明日、全てを話すつもりです。あなたの指示のことも含めて」


カルストは、その言葉に深く目を閉じた。


長い沈黙が、二人の間に横たわった。窓の外の夜風だけが、僅かに部屋の空気を揺らしていた。


────


「そうか」カルストは、やがて言った。「では、私も覚悟を決めなければならないな」


「殿」フェルトは言った。「申し訳ありません」


「謝る必要はない」カルストは言った。「私が蒔いた種だ」


フェルトは、その言葉に深く頭を垂れた。


「殿は」フェルトは言った。「これから、どうなさるのですか」


────


「私も」カルストは言った。「明日、共に証言する。逃げても意味はない。もう、そのことは分かっている」


フェルトは、その言葉に僅かに顔を上げた。


「ご一緒していただけるのですか」フェルトは言った。


「一人で罪を背負わせるつもりはない」カルストは言った。「私が始めたことだ」


────


翌朝 評議会場 調査委員会


フェルトが、召喚状に応じ、委員会の前に立った。


議場には、既にこの数日続いてきた一連の調査を見守り続けてきた、多くの評議員が集まっていた。誰もが、この日の証言に何かが動くことを予感しているようだった。


「昨夜」フェルトは言った。「私は、カルスト評議員のもとを訪れ、話し合いました。そして、今日、全てを話す決意をしました」


────


ゲラードは、その言葉に静かに頷いた。


「話してくれ」ゲラードは言った。


「ドレク艦長への脅迫は」フェルトは言った。「私が実行しました。カルスト評議員の指示を受けて。ですが、家族を脅すという具体的な手段は——私自身の判断でした」


────


議場に、緊張が走った。


「カルスト評議員の指示は」ゲラードが聞いた。「どのようなものでしたか」


「ドレク艦長を証言させないよう、圧力をかけるように、というものでした」フェルトは言った。「詳細な手段は指示されていません」


「その指示を」議長が聞いた。「あなたは、なぜ断らなかったのですか」


「長年、殿に忠誠を誓ってきました」フェルトは言った。「その忠誠心が、正しい判断を曇らせました」


「忠誠心、というものは」議長は言った。「時に、危うい、ものですね」


「その通りです」フェルトは言った。「命令の正しさを疑うことなく、従い続けることが忠誠だと思っていました。ですが、それは、間違っていました」


「間違っていた、というのは」議長が聞いた。


「本当の忠誠は」フェルトは言った。「間違った命令には、逆らうことにも、あったのだと思います。私は、それを理解していませんでした」


────


その時、議場の扉が開いた。


カルストが、自ら姿を現した。全員の視線が、一斉に、その姿に集まった。


「私も」カルストは言った。「証言する」


────


議場に、どよめきが広がった。


「カルスト評議員」議長が言った。「自ら出頭する、ということですか」


「そうだ」カルストは言った。「フェルトの証言は真実だ。私は、ドレク艦長への圧力を指示した」


────


「なぜ」ゲラードが聞いた。「ここで、自ら認めることを選んだのですか」


カルストは、しばらく沈黙した。それから、議場全体を見渡すように視線を巡らせた。


「バルドー将軍を」カルストは言った。「守りたかった。だが、その結果、家族を脅すという卑劣な手段にまで行き着いた。この責任は、私が負わなければならない」


────


「フェルトを」ゲラードが聞いた。「庇うつもりは」


「ない」カルストは言った。「彼は、私の指示に従っただけだ。真の責任は、私にある」


三人目の評議員が、その言葉に身を乗り出した。


「あなたのような立場の人間が、自ら罪を認めるのは」その評議員は言った。「珍しいことだと思います。何が、あなたを変えたのですか」


────


カルストは、しばらく、その問いに考え込んだ。


「フェルトが」カルストは言った。「先に話す決意をしました。私は、その決意に後押しされたに過ぎません。もし、あの若者の勇気がなければ——私はまだ逃げ続けていたかもしれません」


「それは」オルグが、静かに、口を挟んだ。「フェルトの勇気が、あなたの決断を導いた、ということですか」


「その通りです」カルストは言った。「あの若者は、私の、部下でした。だが、この一件では、彼の方が私よりも先に、正しい道を選びました。それが恥ずかしくもあり、同時に——救いでもありました」


ファリスが、その言葉に耳を傾けていた。


「救い、というのは」ファリスが聞いた。


「もし」カルストは言った。「フェルトが、最後まで沈黙を守っていたら。私も、いつまでも、決断できずにいたでしょう。彼の勇気が、私の背中を押してくれました」


────


議長が、しばらく考え込んだ。


「あなたの証言は」議長は言った。「記録に残します。処分については、正式に後日決定します」


カルストは、深く頭を垂れた。フェルトも、その隣で、同じように深く頭を下げた。


ファリスが、その様子を静かに見つめていた。


「一つの、抵抗が」ファリスは言った。「こうして、幕を閉じましたね」


オルグは、その言葉に頷いた。


「バルドー将軍、セドリック、ドレク艦長、そして、カルストとフェルト」オルグは言った。「隠蔽から始まった、この長い糸がようやく辿り着いた」


「これで」ファリスが言った。「証言外交への抵抗は、本当に収まるでしょうか」


「分からない」オルグは言った。「だが、少なくとも、この評議会は、この一連の調査を通じて多くのことを学んだはずだ」


────


その頃 豪州基地 交渉の場


赤城のもとに、この新たな展開が届いていた。


「カルストが」赤城は言った。「自ら出頭したそうだ」


十六夜が、その報告に目を通した。


「意外な展開ですね」十六夜が言った。「あれほど抵抗していた男が」


────


「証言の力は」赤城は言った。「時に、抵抗する者の心にも届く。フェルトという若い士官の決断が、カルストを動かしたのかもしれない」


「一つの証言が」十六夜は言った。「次の証言を生み、その証言が、また次を生む。この連鎖は、どこまで続くのでしょうか」


「分からない」赤城は言った。「だが、少なくとも、この連鎖が続く限り、証言外交はまだ力を失っていないということだ」


十六夜は、しばらく報告書に目を落とした。


「バルドー将軍から始まって、セドリック、ドレク艦長、そして、いまカルストとフェルト」十六夜は言った。「一つの隠蔽が、これほど多くの人間の人生を動かすとは、正直、この調査が始まった頃は想像していませんでした」


「私も、同じだ」赤城は言った。「だが、こうして振り返ってみると、一つ一つの決断が確かに、この評議会を少しずつ変えてきたのだと分かる」


「変える、という意味では」十六夜が言った。「証言外交は、単にあの海の民との対話だけでなく、本国そのものを内側から変える力にもなっているのですね」


「そうかもしれない」赤城は言った。「証言は、外に向けたものだけじゃない。この国自身に向けられた、証言でもあったのだろう」


────


その頃 湾口 護衛艦


ミゼンとナサは、この報せを聞いていた。


「カルストが」ミゼンが言った。「自分から出てきたのか」


「そう」ナサが言った。「彼。最後。選んだ。逃げる。より。話す」


カーターが、その話に加わった。


「意外だったな」カーターは言った。「あれほど強硬に抵抗していた男が」


────


「証言外交、って奴は」ミゼンが言った。「本当に、色んな人の決断を生んでいくんだな」


「一つ。証言」ナサが言った。「また。一つ。証言。呼ぶ。それ。繰り返し」


ミゼンは、しばらく、窓の外の海を見つめた。


「俺たちの最初の証言が」ミゼンは言った。「こんなところまで届くとは思わなかった」


「証言。始まり。小さい」ナサが言った。「でも。広がる。人。心。まで。届く」


カーターは、その言葉に深く頷いた。


「フェルトという若者は」カーターは言った。「まだ、若い。その若さで、罪を認める決断を下したのは、簡単なことじゃなかっただろう」


「若い。でも。勇気。ある」ナサが言った。「その勇気。カルスト。動かした。それ。証言。力」


ミゼンは、しばらく、考え込んだ。


「証言外交ってのは」ミゼンは言った。「最初は、俺とお前の二人だけの話だった。それが、いつの間にかこんなに多くの人間を巻き込む、大きな流れになったんだな」


「巻き込む。悪い。ことじゃない」ナサが言った。「一人。一人。証言。それ。みんな。前。進む。理由」


────


窓の外には、夕暮れの光が差し込んでいた。


長く続いた隠蔽と妨害の糸が、いま、その最後の結び目まで辿り着いた。カルストの自らの証言によって。


証言から交渉へ。そして、その道を脅かした最後の抵抗が、いま静かに幕を閉じようとしていた。


その先に何が待っているのか、まだ誰にも分からなかった。だが、少なくとも、この物語は、また一つ前に進んだ。

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