裁きの日
数日後 評議会場 本会議
評議会の本会議が開かれていた。
議題は、この数週間に及ぶ調査委員会の結論に基づく、正式な処分の決定だった。議場には、これまでにない多くの評議員が集まっていた。
この数週間、隠蔽の発覚からロウデンの証言、バルドー将軍の告白、セドリックの自白、そしてドレク艦長への脅迫事件まで、次々と明らかになってきた真実を、評議員たちは固唾を呑んで見守り続けてきた。今日は、その全てに、正式な決着をつける日だった。
議長が開会を告げた。
「本日は」議長は言った。「北岸集落の被害報告、その隠蔽に関わった者たちへの処分を決定します」
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ゲラードが壇に立った。
調査委員会を代表し、これまでの経緯を報告する役目を担っていた。手にした書類は、この数週間の調査の全ての記録をまとめたものだった。
「調査の結果」ゲラードは言った。「バルドー将軍による報告書の改変指示。セドリックによる、その黙認。そして、拘留中もなお続けられた証言外交への妨害工作。これら全てが明らかになりました」
ゲラードは、一度議場を見渡した。
「これは」ゲラードは続けた。「単なる、一人の将軍の過ちではありません。この評議会全体が、都合の悪い事実から目を逸らし続けてきたことの証でもあります」
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「妨害工作、というのは」ファリスが確認するように聞いた。
「ドレク艦長への脅迫。そして、その背後にいた複数の若い士官たちです」ゲラードは言った。「彼らは、バルドー将軍への忠誠心から独自に行動しました」
議場に静かなざわめきが広がった。
「その、若い士官たちは」別の評議員が聞いた。「バルドー将軍の、直接の部下だったのですか」
「かつての部下です」ゲラードは言った。「将軍が既に拘留されていたにもかかわらず、彼らは忠誠心から独自の判断で行動しました」
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「これらの関係者について」ゲラードは続けた。「調査委員会として、以下の処分を提案します」
ゲラードは書類を手に取った。議場の誰もが、その一言一言を聞き逃すまいと耳を澄ませていた。
「バルドー将軍については、階級の剥奪。そして、艦隊への二度の復帰を禁じる処分」
議長が、その処分の重さを確かめるように資料に目を通した。
「階級の、剥奪というのは」議長が聞いた。「これまでの、この評議会での前例と比べて、どうですか」
「前例のない、重い処分です」ゲラードは言った。「ですが、十一人の死を意図的に隠したという事実の重さを考えれば、当然の判断だと思います」
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「セドリックについては」ゲラードは続けた。「記録部門からの更迭。だが、その自主的な証言を考慮し、刑事的な処罰は求めません」
「ドレク艦長については」ゲラードは言った。「今回の示威行動への関与は認めるが、脅迫を受けながらも最終的に真実を証言した、その勇気を考慮し、譴責処分に留めます」
別の評議員が、その処分に疑問を投げかけた。
「示威行動そのものは」その評議員は言った。「休戦協定への、明確な違反行為です。譴責のみで、済ませてしまって、良いのでしょうか」
「その点は」ゲラードは言った。「調査委員会でも、議論しました。ですが、ドレク艦長は家族を脅されながらも、最終的に真実を話す道を選びました。その決断を軽んじれば、今後、同様の状況に置かれた者が沈黙を選ぶ悪しき前例になりかねません」
議長も、その言葉に頷いた。
「証言する勇気を、評価することも」議長は言った。「この評議会の、大切な、役目の一つです」
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「若い士官たちについては」ゲラードは言った。「脅迫行為への直接の関与を認め、それぞれ降格処分とします」
議場は、その提案を静かに聞いていた。
ファリスが、静かにその提案に頷いた。
「均衡の取れた、提案だと思います」ファリスは言った。「罪を認め、証言に協力した者には、寛容を。だが、罪そのものは決して軽んじない」
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その時、議場の後方から声が上がった。
「異議がある」
全員の視線が、その声の主に向いた。バルドー将軍と旧知の、強硬派の評議員だった。名を、カルストといった。壮年の恰幅の良い男で、長年、評議会の中でも強い発言力を持ってきた人物だった。
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「異議とは」議長が言った。
「バルドー将軍の処分は」カルストは言った。「重すぎる。彼は長年、艦隊のために尽くしてきた。この一件だけで全てを剥奪するのは——彼のこれまでの功績を、あまりにも軽んじている」
「その一件が」ゲラードが鋭く言った。「十一人の命に関わることだった、ということを忘れてはいけない」
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カルストは、その言葉に怯まなかった。
「十一人の死は」カルストは言った。「痛ましい。だが、それは戦争という状況の中で起きたことだ。バルドー将軍一人に全ての罪を負わせるのは酷ではないか」
「戦争で人が死ぬことと」オルグが静かに割って入った。「その死を隠蔽することは、全く別の問題だ」
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「酷、ではない」オルグが口を開いた。「彼は、その死を隠そうとした。それが罪だ。戦争で人が死んだこと自体を問うているのではない」
議場に緊張が走った。
カルストは、その反論に一瞬詰まった。だが、すぐに言葉を継いだ。
「隠蔽したことは」カルストは言った。「確かに、罪だ。だが、その罪の重さと、これまでの長年の功績を、天秤にかけるべきだと私は言っている」
ファリスが、静かに口を開いた。
「功績と罪を、天秤にかけるという考え方自体」ファリスは言った。「危険だと思います。功績があれば罪が軽くなるという前例を作ってしまえば、この評議会の公正さそのものが揺らぎます」
カルストは、その言葉に僅かに口を閉ざした。
「では」カルストは、やがて言った。「功績は一切、考慮しないと言うのか」
「考慮しないわけではありません」ファリスは言った。「ですが、それは罪の重さを決める材料にはなり得ません」
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カルストは、しばらく沈黙した。それから立ち上がり、議場の中央に進み出た。
「私は」カルストは言った。「この処分の採決に反対する。動議を提出する」
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議長が、その動議を受け取った。
「動議の内容を」議長は言った。「明確にしてください」
「バルドー将軍への処分を」カルストは言った。「軽減すべきだ、という動議だ。具体的には、艦隊への復帰は禁じるとしても、階級の剥奪までは行わないという形で」
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議場が、その動議に揺れ始めた。強硬派の一部が、カルストに賛同する声を上げ始めた。
「もっともな意見だ」と呟く声も、あちこちから聞こえてきた。
議長は、その空気の変化に僅かに眉を寄せた。
「賛同の声が、少なくないようですね」議長は言った。「では、この動議についても、一度議論する必要がありそうです」
ゲラードは、その様子をじっと見つめていた。表情には、これまでの調査委員会での経験から来る、冷静な観察眼が宿っていた。この展開を既に予期していたかのような落ち着きだった。
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「一つ、確認したい」ゲラードが言った。「カルスト評議員。あなたと、バルドー将軍の関係は」
カルストは、その問いに一瞬目を細めた。
「なぜ、そんなことをこの場で聞く必要がある」カルストは僅かに苛立ったように言った。
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「あなたの、この動議が」ゲラードは言った。「純粋な正義感からのものか。それとも、個人的な繋がりから来るものか。それを確認したい」
「個人的な、繋がりがあってはいけない、というのか」カルストが言った。「私が、バルドー将軍を知っているというだけで、この動議は不当だと言うのか」
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「私とバルドー将軍は」カルストは、しばらく考えてから言った。「古い友人だ。だからといって、この動議が不当だとは思わない」
「友人、というのは」ゲラードが言った。「先日、若い士官たちがドレク艦長を脅迫した事件。その背後に、あなたの影はなかったか」
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議場に鋭い緊張が走った。
カルストの表情が一瞬強張った。
「何を根拠に、そんなことを」カルストが言った。「私を、まさか、その脅迫事件の黒幕だとでも疑っているのか」
「黒幕、とまでは」ゲラードは言った。「言っていない。ただ、確認しているだけだ」
「確認、という名目で」カルストは言った。「人を疑いの目で見るのは、いい加減にしてもらいたい」
「疑いの目を、向けているのではない」ゲラードは言った。「事実を、一つ一つ、積み上げているだけだ。もし、あなたが無関係だと言うなら、それを証明する機会を差し上げているつもりだ」
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「ドレク艦長を脅迫した男の特徴が」ゲラードは言った。「あなたの部下の一人と一致するという報告がある。年齢、体格、そして事件当夜の行動記録」
議場が大きくざわついた。
「証拠が、あるというのか」別の評議員が、驚いたように言った。
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カルストは、しばらく沈黙した。それから深く息を吐いた。その額には、僅かに汗が浮かんでいた。
「証拠があるのか」カルストが静かに聞いた。
「まだ確定的な証拠はない」ゲラードは言った。「特徴の一致は、あくまで、状況証拠だ。だが、調査は続ける。もし、あなたがこの動議を強く推し進めるのであれば——調査は、よりあなたの周辺にも及ぶことになるだろう」
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カルストは、その言葉にしばらく何も言わなかった。額の汗を、静かに、拭った。それから静かに動議を取り下げた。
「動議を撤回する」カルストは言った。「バルドー将軍への個人的な思い入れが、私の判断を曇らせていたのかもしれない。この処分案に、従おう」
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議場に静かな安堵の空気が広がった。
議長が口を開いた。
「では」議長は言った。「調査委員会の提案通り処分を決定します。異議のある方は」
誰も手を挙げなかった。
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「処分を正式に決定します」議長は言った。
その言葉と共に、議場に深い静けさが広がった。長かった隠蔽調査の一つの区切りがついた瞬間だった。
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その日の夕方 オルグの控室
オルグとファリスは、この日の結果を振り返っていた。
「カルストという男が」ファリスが言った。「動議を撤回したのは意外だったな」
「あの男も」オルグは言った。「自分の身に危険が及ぶことを悟ったのだろう。ゲラードの追及は、まだ続くはずだ」
「あの、部下の特徴の一致というのは」ファリスが聞いた。「どこまで、確かなものなのだろうか」
「正直なところ」オルグは言った。「まだ、状況証拠の域を、出ていない。だが、ゲラードのあの一手は見事だった。真偽はどうあれ、カルストを退かせるには十分だった」
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「バルドー将軍を庇う動きが」ファリスが言った。「まだあるということだな」
「まだある」オルグは言った。「証言外交への抵抗は簡単には消えない。だが、一つ一つ、この評議会が正しい方向に進んでいることは確かだ」
「カルストの件も」ファリスが言った。「引き続き、調べる必要があるだろうな」
「必要だ」オルグは言った。「ゲラードなら、必ず、調べ上げるだろう」
「もし」ファリスが言った。「カルストが本当に脅迫事件に関与していたとしたら。あの男は単なる、バルドー将軍の友人以上の存在だったことになる」
「強硬派の新たな中心人物、ということか」オルグが言った。
「そうかもしれない」ファリスは言った。「バルドー将軍が処分されたことで、強硬派の勢いが弱まるかと思っていたが——まだ、そう単純にはいかないようだ」
オルグは、しばらく窓の外を見つめた。
「一つの、火を、消せば」オルグは言った。「また、別の場所から、火の手が上がる。だが、それでも一つずつ消していくしかない」
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その頃 豪州基地 交渉の場
赤城のもとに、この日の決定が届いていた。
「処分が正式に決まったそうだ」赤城は言った。
十六夜が、その報告に目を通した。
「カルストという評議員が」十六夜が言った。「新たに名前が挙がっていますね」
「バルドー将軍の友人だそうだ」赤城は言った。「まだ、確定的な証拠はないが、疑惑は残っている」
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「長い道のりでしたね」十六夜が言った。「ロウデンの証言から始まって、バルドー将軍、セドリック、ドレク艦長、そして若い士官たち」
「一つの証言が」赤城は言った。「これほど多くの人間の運命を動かすとは思わなかった」
「そして、まだ」十六夜が言った。「終わっていないのかもしれません」
「そうだな」赤城は言った。「この糸を辿っていけば、まだ次の名前が出てくるかもしれない」
十六夜は、資料を閉じた。
「証言外交というものは」十六夜は言った。「一度始まったら、途中で止められないものなのかもしれません。真実を明らかにするたびに、また新しい真実の扉が開いていく」
「その通りだ」赤城は言った。「だが、それでいいのだと思う。止まってしまえば、また都合の悪い事実が静かに埋もれていく。この評議会が本当の意味で変わるためには、この終わりのない追及こそが必要なのかもしれない」
「終わりのない、追及」十六夜は言った。「それは、時に疲れる道のりでもありますね」
「疲れる道のりだ」赤城は言った。「だが、証言が始まった、あの日から、この道は既に選ばれていた。いまさら後戻りはできない」
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その頃 湾口 護衛艦
ミゼンとナサは、この報せを聞いていた。
「終わったんだな」ミゼンが言った。「あの長い調査が」
「終わった」ナサが言った。「でも。カルスト。まだ。いる。ゲラード。まだ。調べる。多分」
「カルストって奴は」ミゼンが言った。「バルドー将軍の、友達だったんだろ」
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「まだ、火種は残ってるってことか」ミゼンが言った。
「そう」ナサが言った。「一つ。片付く。でも。次。ある。それ。証言外交。続く。理由」
「友達を、庇おうとした」ミゼンが言った。「それも、人間らしい話だな」
「人間らしい」ナサが言った。「でも。それ。理由。事実。隠す。許される。ならない」
カーターが、その会話に、加わった。
「バルドー将軍にも」カーターは言った。「友人はいたんだな。それでも、十一人の命は、戻らない」
「戻らない」ナサが言った。「だから。証言。大事。友情。より。事実。より。大事」
ミゼンは、その言葉に深く考え込んだ。
「友情と事実の、どちらを取るか」ミゼンは言った。「簡単なようで、難しい選択だな」
「難しい」ナサが言った。「でも。ドレク艦長。選んだ。カルスト。まだ。選んでない。かもしれない」
カーターは、その言葉に、頷いた。
「いつか」カーターは言った。「カルストも、選ばなければならない日が来るだろうな」
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窓の外には、夕暮れの光が差し込んでいた。
一つの大きな裁きが下された。だが、その裁きの影には、まだ見えない火種が残っていた。カルストという名前が、その火種の、新たな在り処だった。
証言から交渉へ。そして、その道の周辺に、まだ燻る抵抗の火種を消しながら、この物語は続いていく。
その先に何が待っているのか、まだ誰にも分からなかった。




