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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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共同の灯

数日後 湾口 緩衝地帯


共同観測所の建設が始まっていた。


湾口の小さな岩礁の上に、簡素な木造の櫓が組み上げられていく。豪州の技術者と、本国から派遣された要員たちが、共に作業にあたっていた。


この観測所は、緩衝地帯における最初の共同事業だった。設計は豪州側が担当し、資材の一部は本国側が提供していた。互いの持ち場を明確に分けながらも、実際の作業は自然と混ざり合っていった。


カーターは、その様子を船の上から見ていた。


「順調に進んでいるな」カーターは言った。


「ええ」護衛の兵が言った。「双方の要員が、思ったよりもうまく協力できています」


────


作業員の一人、豪州の若い技術者が、本国側の作業員に道具を手渡していた。


「これを使ってくれ」若い技術者が身振りを交えて言った。


本国側の作業員は、まだ片言だったが、簡単な日本語を覚え始めていた。


「ありがとう」その作業員は言った。


若い技術者は、その返事に嬉しそうに頷いた。


「発音、うまくなったな」若い技術者は言った。「最初の頃より、ずっと」


「毎日。練習」本国側の作業員は言った。「ミゼン。ナサ。教えてくれる」


────


その様子を、ナサが遠くから見ていた。


「言葉。少しずつ。通じる」ナサが、ミゼンに言った。「良い。こと」


「あの若い技術者」ミゼンが言った。「熱心に、教えてるみたいだな」


「証言外交。効果」ナサが言った。「実際。会う。話す。それ。恐れ。減る」


ミゼンは、その光景をしばらく見つめ続けた。


「最初は」ミゼンは言った。「本国の兵と、あの海の民がこうして並んで、作業する日が来るなんて想像もできなかった」


「私。も」ナサが言った。「でも。今。ここ。ある。それ。証拠」


若い技術者が、二人の会話を聞きつけ近づいてきた。


「あんたたちが」若い技術者は言った。「あの、証言をした人たちか」


「そう」ナサは言った。「証言。休戦。この観測所。全部。繋がってる」


「すごいことだよな」若い技術者は言った。「言葉が、こんなに多くのことを変えるなんて」


ミゼンは、その言葉に笑った。


「まだ、始まったばかりだ」ミゼンは言った。「これから、もっと変わっていくはずだ」


────


その日の午後、作業が進む中、見張りの一人が異変に気づいた。


「あれは」見張りが水平線を指した。「船影か」


カーターが双眼鏡を覗いた。一隻の艦影が、湾口の外からこちらに向かってきていた。


「本国艦隊の旗を掲げているな」カーターは言った。「だが、事前の連絡はなかったはずだ」


護衛の兵が、その艦を更に確認した。


「速度は、それほど、速くありません」護衛の兵は言った。「ですが、明らかにこちらへ向かっています」


────


「緩衝地帯への無断進入か」護衛の兵が言った。


「まだ分からない」カーターは言った。「使節団に確認を」


無線が、使節団の代表に緊急の連絡を送った。


「そのような艦の派遣は」代表の声が無線越しに返ってきた。「私は聞いていません。確認させてください」


カーターは、その返答を待つ間も、双眼鏡から目を離さなかった。


「艦の規模は」カーターが傍らの兵に聞いた。


「中型の、一隻です」兵は言った。「武装は、確認できます。ですが、砲門は開いていません」


「乗員は」カーターが聞いた。


「詳細は、まだ、分かりません」兵は言った。「ですが、艦の動きから見て少数精鋭という感じではありません」


カーターは、その報告に僅かに安堵した。だが、油断は、しなかった。


「引き続き、監視を」カーターは言った。「動きに変化があれば、すぐに報告しろ」


────


艦は、更に接近を続けていた。


「観測所の作業員を避難させろ」カーターが指示を出した。「万一に備える」


作業員たちが慌ただしく小舟に乗り込み、岩礁から離れ始めた。ナサとミゼンも、その避難を手伝っていた。


「急いで」ミゼンが本国側の作業員に声をかけた。「早く、こっちへ」


本国側の作業員は、まだ覚えたばかりの言葉で応じた。


「大丈夫。急ぐ」その作業員は言った。


小舟が、次々と岩礁を離れていった。豪州の技術者と、本国側の作業員が同じ小舟に乗り込む光景もあった。


避難する小舟の中、本国側の作業員の一人が不安げに、湾口の外を見つめていた。


「戻ってくる、艦か」その作業員が、傍らの若い技術者に聞いた。


「分からない」若い技術者は言った。「だが、心配するな。ここには俺たちがいる」


その作業員は、その言葉に少し安心したように頷いた。ミゼンとナサも、同じ小舟に、乗り込んでいた。


「大丈夫」ナサが、その作業員に、言った。「みんな。守る。それ。約束」


────


その頃 交渉の場


使節団の代表が、本国との緊急の通信を行っていた。


「艦の派遣について」代表は言った。「艦隊司令部に確認したところ——正式な命令ではない、との回答でした」


赤城が、その報告に眉をひそめた。


「正式な命令では、ない、というと」赤城が聞いた。


────


「独断です」代表は言った。「以前、拘束された孤立艦の件と、似た状況かもしれません。あるいは——」


代表は、言葉を切った。


「あるいは」赤城が続きを促した。


「強硬派の指示による、意図的な挑発、という可能性も否定できません」代表は言った。


「その、可能性を」赤城が言った。「どう見積もりますか」


「五分五分、というところでしょうか」代表は言った。「先日の間者の一件も、ありました。今回も、同じ、根から出た動きかもしれません」


「もし」赤城が言った。「これが、意図的な、挑発だとしたら。交渉全体にどのような影響が」


「難しい、質問です」代表は言った。「ですが、少なくとも私たちが、この程度の妨害で交渉を止めることはありません」


「その姿勢が」赤城は言った。「証言外交を、ここまで、続けてきた原動力ですね」


「そうかもしれません」代表は言った。「妨害があるたびに、かえって、この道が正しいことを確認させられている、そんな気さえします」


────


その頃 湾口


艦は、緩衝地帯の境界線を超えようとしていた。


「発光信号を」カーターが言った。「停止せよ、と」


信号が放たれた。だが、艦は速度を緩めなかった。


「応答なし」護衛の兵が言った。


甲板の兵たちの間に、緊張が、走った。誰もが、砲を握る手に力を込めていた。


若い兵の一人が、隣の古参の兵に小声で聞いた。


「撃つことに、なるんでしょうか」若い兵は言った。


「分からない」古参の兵は言った。「だが、慌てるな。カーター隊長の指示を待つ」


若い兵は、その言葉に頷いた。だが、その手はまだ僅かに震えていた。


────


「もう一隻、増援を呼べ」カーターが言った。「万が一の事態に備える」


その時、艦から、小さな発光信号が返ってきた。


「あれは」護衛の兵が双眼鏡を覗いた。「休戦の合図では、ありません。別のパターンです」


カーターは、しばらくその信号の点滅を見つめ続けた。


「意味は読み取れるか」カーターが急いで聞いた。


────


「読み取れるか」カーターが聞いた。


護衛の兵が、その信号を注意深く読み取った。


「『交渉、継続、反対』」護衛の兵は言った。「そう読めます」


カーターの表情が険しくなった。


「示威行動か」カーターは言った。「実際に攻撃する意図は、なさそうだが」


護衛の兵も、その言葉に頷いた。


「攻撃態勢は、取っていません」護衛の兵は言った。「ただ、こちらに意志を示すためだけに来たようです」


────


艦は、緩衝地帯の境界線のすぐ手前で停止した。そして、しばらく、その場に留まったまま動かなくなった。


「威嚇だけの、ようです」護衛の兵が言った。


カーターは、しばらく、その艦を見つめ続けた。


「強硬派が」カーターは呟いた。「まだ交渉に反対する意志を示している、ということだな」


しばらくの対峙の後、艦は、ゆっくりと旋回し、その場を離れ始めた。


「退いていきます」護衛の兵が言った。


カーターは、深く息を吐いた。


「威嚇だけで、済んだか」カーターは独り言のように呟いた。


────


その頃 都 評議会場


この報せが、評議会にも届いていた。


ゲラードが、その報告書を読んでいた。


「示威行動、か」ゲラードは呟いた。「攻撃には至らなかったが——」


「強硬派の動きが」ファリスが言った。「まだ収まっていない、ということですね」


ゲラードは、その報告書を机の上に置いた。


「艦の、識別番号は」ゲラードが聞いた。「特定できているのか」


「はい」ファリスは言った。「艦隊司令部の記録から、既に割り出しています」


────


「収まって、いない」ゲラードは言った。「むしろ、間者の一件で一度失敗した分、より目立つ形で反発を示そうとしているのかもしれない」


「これは」ファリスが言った。「調査委員会の次の課題になりますね」


「そうだ」ゲラードは言った。「この艦の派遣を指示した者を突き止める必要がある」


「艦長への、聴取も」ファリスが言った。「必要になりますね」


「呼び出しの、準備を」ゲラードは言った。「進めてくれ」


ファリスは、しばらく、考え込んだ。


「今回のような、事態が」ファリスが言った。「今後も、続くとすれば。証言外交そのものが常に、こうした揺さぶりに晒され続ける、ということになりますね」


「その通りだ」ゲラードは言った。「だが、揺さぶられるたびに屈していては、この道は続かない。一つ一つ、丁寧に、対処していくしかない」


「バルドー将軍の一件から」ファリスは言った。「この艦の一件まで。全て、根は、同じかもしれません」


「そうかもしれない」ゲラードは言った。「だからこそ、この評議会が内側から変わっていく必要がある」


────


その日の夕方 湾口


艦は、日没とともに静かに湾口の外へと退いていった。


作業員たちは、再び観測所の建設に戻っていった。中断していた作業が再開された。


ナサは、その様子を見ながら呟いた。


「戻ってきた」ナサが言った。「みんな。恐れない。作業。続ける」


若い技術者も、再びその作業に加わっていた。


「怖くなかったのか」ミゼンが、その若者に、聞いた。


「怖かった」若い技術者は言った。「でも、ここで逃げたら意味がない。この観測所が完成することに意味があるんだ」


────


ミゼンは、その言葉に頷いた。


「一つの脅しに」ミゼンは言った。「屈しない。それが、証言外交の続いてきた理由なんだろうな」


「そう」ナサが言った。「恐れる。より。作る。方。選ぶ。それ。私たち。学んだ」


本国側の作業員も、その会話を静かに聞いていた。


「私。も。同じ。気持ち」その作業員は言った。「作業。続ける。それ。私。答え」


────


翌朝 湾口 緩衝地帯


夜明けとともに、観測所の建設が続けられていた。


豪州の技術者と、本国からの作業員が並んで、櫓の最後の木材を組み上げていた。


「完成だ」若い技術者が言った。


本国側の作業員も、その言葉に笑顔で頷いた。


作業員たちの間から、自然と拍手が起こった。豪州の兵も、本国側の作業員も共に、その完成を喜んでいた。


────


カーターは、その完成した観測所を見上げた。


「小さな灯りだが」カーターは呟いた。「これが、この海の新しい道標になるといい」


ナサは、その言葉に頷いた。


「小さい。でも。確か」ナサが言った。「証言。交渉。今。この。灯り。全部。繋がってる」


若い技術者と、本国側の作業員が完成した観測所の前で握手を交わしていた。


「また、明日から」若い技術者は言った。「別の場所の、建設にも、行くのか」


「行く」本国側の作業員は言った。「もっと。作る。もっと。繋がる」


カーターは、その光景をしばらく見つめ続けた。


「これが」カーターは、静かに、呟いた。「本当の意味での証言外交の成果なのかもしれない」


ミゼンとナサも、その言葉に頷いた。


────


証言から交渉へ。そして、交渉の先に、こうした小さな共同の営みが一つずつ積み重なっていく。


その先に何が待っているのか、まだ誰にも分からなかった。だが、少なくとも今日、また一つ灯りが灯された。

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