↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
108/128

静かな告白

数日後 評議会場 調査委員会


セドリックが、召喚に応じ、委員会の前に立った。


物静かな、目立たない男だった。地味な文官の服を着て、俯きがちに椅子に座った。バルドー将軍の堂々とした佇まいとは、対照的だった。


委員たちは、この対照的な二人の証人を、思い比べていた。将軍の揺るぎない体格と、書記官の痩せた小さな体。だが、その内側に抱えていた苦悩は驚くほど似通っていた。


召喚状を受け取ってから、セドリックはほとんど眠れていなかった。妻のリーサには、評議会の通常業務での呼び出しだと、告げていた。だが、心の中ではこの日が来ることを、どこかで覚悟していたのかもしれなかった。


「セドリック」ゲラードが言った。「あなたは、記録部門で戦況報告を扱う担当をしている。半年前から」


セドリックは、小さく頷いた。


「その通りです」セドリックは、囁くような声で言った。


────


「その異動の時期は」ゲラードは言った。「北岸集落での被害が報告された頃と一致する。これは偶然か」


セドリックは、しばらく答えなかった。手が微かに震えていた。


「偶然では、ありません」セドリックは、やがて言った。


議場に、緊張が走った。


「では、その異動は」議長が確認するように聞いた。「あなた自身が望んだものか。それとも、誰かの意向によるものか」


セドリックは、その問いに僅かに視線を上げた。


「私が、希望しました」セドリックは言った。「義父の頼みを、受け入れやすくするために」


「その希望を記録部門の上司に伝えた際」三人目の評議員が聞いた。「理由は、どう説明したのですか」


「戦況報告の実務に、興味があると、伝えました」セドリックは言った。「それ自体は、嘘ではありませんでした。ただ、本当の理由は隠していました」


「その説明で上司は疑わなかったのですか」その評議員が聞いた。


「疑われませんでした」セドリックは言った。「私は、これまで真面目に職務を果たしてきた自負があります。だからこそ、この異動の希望もすんなりと通ったのだと思います」


────


「では」ゲラードは言った。「誰の指示だったのか」


セドリックは、深く俯いた。


「義父です」セドリックは言った。「バルドー将軍からの頼みでした」


「頼み、と言ったな」ファリスが言った。「命令ではなく」


「命令では、ありませんでした」セドリックは言った。「義父は、私に頼んだのです。もし、艦隊司令部から届いた報告書に民間人の被害が記されていたら——記録に残す前に、自分に知らせてほしい、と」


「その頼みを」ファリスが聞いた。「あなたは、どう感じましたか」


セドリックは、しばらくその問いに考え込んだ。


「戸惑いました」セドリックは言った。「だが、義父の頼みを断るという発想は、そもそも私の中になかったのだと思います」


「義父との、関係は」ファリスが聞いた。「良好だったのですか」


「良好、というより」セドリックは言った。「私にとって、義父は、実の父のような存在でした。私は、幼い頃に、父を亡くしています。義父が、その空白を、埋めてくれた部分がありました」


「その恩義が」ファリスが言った。「あなたをこの沈黙に縛りつけたのかもしれませんね」


セドリックは、その言葉に深く頷いた。


「その通りです」セドリックは言った。「恩義があるからこそ、断れなかった。それが、私の正直な気持ちです」


────


「知らせて、どうしたのか」議長が聞いた。


セドリックは、しばらく沈黙した。


「義父が」セドリックは言った。「その報告書を直接、確認しに来ました。そして——既に艦隊司令部の段階で書き換えられていることに気づきました」


「つまり」ゲラードが言った。「あなたの役目は、記録部門で二重に確認することではなく、義父に報告書を見せることだったのか」


「そうです」セドリックは言った。「私自身が、報告書に手を加えたことは一度もありません」


「一度もない、と」ゲラードは念を押すように聞いた。


「一度も、ありません」セドリックは言った。「私の役目は、あくまで義父に知らせることだけでした」


「では、書き換え作業自体は」議長が確認した。「誰が行っていたのですか」


「ロウデンです」セドリックは言った。「艦隊司令部の文書係。既に、証言をしていると聞いています」


「あなたと、ロウデンは」ゲラードが聞いた。「直接、連絡を取り合っていたのですか」


「いいえ」セドリックは言った。「私たちは、直接話したことはありません。全て、義父を、通していました」


「つまり」ゲラードは言った。「あなたとロウデンは、互いの存在を知らなかった、ということか」


「その通りです」セドリックは言った。「私は、義父から報告書が既に書き換えられていることを聞かされただけです。誰がその作業をしたのかは、今日この場で初めて知りました」


────


「では」ファリスが言った。「あなたは、義父の判断を知りながら黙認していた、ということか」


セドリックは、その言葉に体を強張らせた。


「知って、いました」セドリックは言った。「義父から、事情を聞いていました。前線への支援が揺らぐことを恐れている、と」


「その説明を」ゲラードが聞いた。「信じたのか」


三人目の評議員が、身を乗り出した。


「信じた、というより」その評議員が聞いた。「信じたかった、のではないですか」


セドリックは、その言葉に僅かに目を見開いた。


────


セドリックは、しばらく答えなかった。


「信じたかった」セドリックは、やがて言った。「義父は、長年誠実に務めを果たしてきた人でした。その義父が、そこまで思い詰めているのを見て——私にできることは何もありませんでした」


「何もない、というのは」オルグが言った。「評議会に直接、報告するという選択肢はなかったのか」


セドリックは、しばらくその問いに目を閉じた。


「その選択肢を、考えなかったわけでは、ありません」セドリックは言った。「ですが、考えるたびに義父の顔が頭に浮かびました。裏切ることが、できませんでした」


────


セドリックは、その問いに深くうつむいた。


「ありました」セドリックは言った。「何度も考えました。だが、義父を告発することになります。妻の父親を」


「妻は」ファリスが聞いた。「この件を知っているのか」


「知りません」セドリックは、強く言った。「妻には、一切話していません。彼女は、何も知らないのです」


「なぜ、話さなかったのですか」ファリスが聞いた。


「話せば」セドリックは言った。「妻は、板挟みになります。夫と、父親の間で。私は、その苦しみを彼女に負わせたくありませんでした」


────


議場に、しばらく沈黙が落ちた。


ゲラードが、静かに口を開いた。


「あなたは」ゲラードは言った。「義父を守るためだけでなく、妻を傷つけないためにも、沈黙を選んだということか」


セドリックは、頷いた。涙が、その頬を伝っていた。


「その通りです」セドリックは言った。「私は、卑怯者です。真実より家族の平穏を選びました」


議場の何人かが、その告白に視線を落とした。誰もが、その言葉の重みを静かに受け止めているようだった。


────


「卑怯者、と言うが」ゲラードは言った。「あなたは、いま、ここで全てを話している」


セドリックは、顔を上げた。


「もう、限界でした」セドリックは言った。「毎日、あの十一人の名前を頭の片隅で思い出しながら、平然と仕事を続けることに——耐えられなくなっていました」


「限界、というのは」議長が聞いた。


「眠れない夜が」セドリックは言った。「続いていました。義父も、同じだったと聞きました。私たちは二人とも、あの十一人の死を抱えたまま生きていました」


「二人で、その重荷を語り合うことは」オルグが聞いた。「あったのですか」


「一度だけ」セドリックは言った。「義父と、二人で、酒を飲んだ夜がありました。互いに何も言わずに、ただ黙って杯を重ねました。それが、私たちにできる唯一の慰め合いでした」


「その夜、何か言葉を交わさなかったのですか」ファリスが聞いた。


「一言だけ」セドリックは言った。「義父が、去り際に、私に言いました。『すまない』と。それだけでした。だが、その一言に義父の全てが詰まっているように感じました」


オルグは、その言葉にしばらく考え込んだ。


「その一言が」オルグは言った。「あなたをこの場に立たせる、最後の後押しになったのかもしれない」


「そうかもしれません」セドリックは言った。「あの一言を聞いてから、私はいつか真実を話さなければならないと、心のどこかで決めていたのだと思います」


────


ファリスが、静かに言った。


「あなたたちの沈黙は」ファリスは言った。「結果として、この評議会の判断を歪めた。それは、事実だ」


「分かっています」セドリックは言った。「どのような処分も受け入れます」


ゲラードは、しばらくセドリックを見つめていた。


「一つ、聞きたい」ゲラードは言った。「もし、証言外交がなかったら。あなたは、この事実をいつか話すつもりだったのか」


────


セドリックは、その問いにしばらく考えた。


「分かりません」セドリックは言った。「もしかしたら、一生話せなかったかもしれません。あの証言が休戦を生んだと聞いて——初めて、真実を告げることが何かを変える力を持つのだと分かりました」


「その力に」ゲラードは言った。「あなたも動かされた、ということか」


「はい」セドリックは言った。「証言が、戦争を止めた。それを見て、私も話す勇気を持てました」


「その勇気は」議長が言った。「遅すぎたかもしれません。だが、なかったわけではなかったということですね」


セドリックは、深く頷いた。


────


議長が、評議員たちを見渡した。


「セドリックの証言も」議長は言った。「記録に残す。バルドー将軍とセドリック、二人の証言を突き合わせ最終的な報告書をまとめる必要があります」


ゲラードは、頷いた。


「これで」ゲラードは言った。「隠蔽の経緯は、ほぼ明らかになった。バルドー将軍が一人で決断し、セドリックがそれを黙認した。組織的な陰謀ではなかった——これが私の結論だ」


三人目の評議員が、その結論に頷いた。


「予想していたよりも」その評議員は言った。「単純な話だったのかもしれません。組織の腐敗というよりは、一人の男の判断と、その家族の苦しい選択」


「単純だからといって」ゲラードは言った。「軽い話ではない。この単純な選択の連鎖が、十一人の死を、隠し通そうとした。その事実は変わらない」


議長が、しばらく議場を見渡した。


「では」議長は言った。「本日の尋問は、これで終了とします。バルドー将軍とセドリックの処分については、次回の評議会本会議で正式に審議します」


セドリックは、深く頭を下げた。


「一つだけ」セドリックは、去り際に言った。「妻には、私自身の口から、話します。この場で明らかになる前に」


ゲラードは、その言葉に頷いた。


「それが、いいだろう」ゲラードは言った。「あなたが自分の言葉で伝えるべきことだ」


────


その日の夕方 オルグの控室


オルグとファリスは、その日の証言を振り返っていた。


「単独犯行、というバルドー将軍の主張は」ファリスが言った。「結局、正しかったということか」


「正しかった」オルグは言った。「だが、単独ではなかった。娘婿という、一人の共犯者がいた。それでも、組織的な陰謀ではなかったという点では、バルドー将軍の証言は嘘ではなかった」


「ゲラードは」ファリスが言った。「満足しているだろうか」


────


「満足、というより」オルグは言った。「一区切りついた、という感覚だろう。あの男は、真実を突き止めることが目的だった。誰かを断罪することが目的ではなかった」


「これから」ファリスが聞いた。「二人には、どんな処分が」


「それは」オルグは言った。「評議会全体で決めることになる。だが、少なくとも、真実は明らかになった。それが何よりも大きい」


ファリスは、しばらく考え込んだ。


「セドリックの、あの涙は」ファリスは言った。「演技には、見えなかった」


「私も、そう思う」オルグは言った。「あの男は、長い間一人で、その重荷を抱え続けてきたのだろう」


「バルドー将軍が、亡き父の代わりだった、という話も」ファリスは言った。「印象的だった」


「そうだな」オルグは言った。「その恩義が、正しい判断を、鈍らせる結果になった。皮肉なものだ」


「皮肉、というより」ファリスは言った。「人間らしい、話だと思う。恩や愛情が時に、正しさを曲げてしまうことは誰にでもあり得ることだ」


オルグは、その言葉にしばらく考えた。


「証言外交も」オルグは言った。「その、人間らしさに、支えられてきた。証言する勇気も、証言を受け止める心も、全て感情から生まれるものだ」


「感情が」ファリスは言った。「時に隠蔽を生み、時に告白を生む。その両方の力を、この一連の調査は見せてくれた」


────


その頃 豪州基地 交渉の場


赤城のもとに、調査の結末が届いていた。


「バルドー将軍とセドリック」赤城は言った。「二人の証言が一致した。組織的な陰謀ではなく、個人的な繋がりの中での隠蔽だったそうだ」


十六夜が、その報告に目を通した。


「証言が、証言を呼んだのですね」十六夜が言った。「ナサとミゼンの証言がバルドー将軍を動かし、バルドー将軍の証言がセドリックを動かした」


「一つの証言が」赤城が言った。「次の証言を生む。まるで、水面に落ちた一滴が、波紋を広げていくようだ」


────


「証言というのは」赤城は言った。「連鎖するものなのかもしれない。一つの真実が明らかになれば、別の真実も語られやすくなる」


「証言外交という言葉が」十六夜は言った。「本当に多くのものを動かしましたね」


「そうだな」赤城は言った。「まだ、終わりではない。だが、この一連の出来事が、この本国という国を少しずつ変え始めている。それは確かだと思う」


十六夜は、しばらく報告書を閉じた。


「セドリックという人物は」十六夜が言った。「私たちが、直接会うことは、ないでしょう。ですが、彼の告白がこの物語に確かな影響を与えたのは間違いありません」


「証言というのは」赤城は言った。「必ずしも、勇敢な人間だけが、するものじゃない。恐れながらも限界に達して、初めて口を開く。そういう証言も、あるのだろう」


「セドリックの証言は」十六夜が言った。「まさに、そうでしたね。勇気というより、追い詰められた末の、告白でした」


「それでも」赤城は言った。「告白することを、選んだ。逃げ続けることも、できたはずだ。だが、彼は選ばなかった」


十六夜は、その言葉に頷いた。


「証言外交という言葉の、意味が」十六夜は言った。「また、少し、広がった気がします。証言は、勇者だけのものじゃない。弱さを抱えた人間の、最後の誠実さの表れにもなり得るのですね」


────


その頃 湾口 交渉の場


ミゼンとナサは、その日の報告を受け取っていた。


「単独犯行、って言葉」ミゼンが言った。「半分正しくて、半分違ったんだな」


「そう」ナサが言った。「バルドー将軍。決めた。一人。でも。セドリック。知ってた。黙ってた。それ。共犯」


「セドリックも」ミゼンが言った。「限界だったんだな」


カーターが、その話に、加わった。


「妻には、話していなかったそうだな」カーターは言った。


「話さなかった」ナサが言った。「妻。守りたい。それ。理由」


────


ナサは、頷いた。


「証言。連鎖」ナサが言った。「私たち。証言。バルドー将軍。動かした。バルドー将軍。証言。セドリック。動かした」


「一つの証言が」ミゼンが言った。「また、次の証言を生む。それが、証言外交ってやつなのかもな」


「そう」ナサが言った。「証言。止まらない。一度。始まれば。広がる」


ミゼンは、しばらく、窓の外を見た。


「俺たちの証言も」ミゼンは言った。「まさか、こんなところまで繋がっていくとは思わなかった」


「証言。始まり。小さい」ナサが言った。「でも。終わり。まだ。分からない。どこまで。広がる」


カーターは、しばらく、考え込んだ。


「セドリックって男は」カーターは言った。「これから、どうなるんだろうな」


「分からない」ミゼンは言った。「処分は、これからだろう。だが、少なくとも罰を受け入れる覚悟はあるみたいだった」


「覚悟。ある」ナサが言った。「でも。罰。それ。だけ。じゃ。ない。セドリック。義父。関係。壊れる。かもしれない。それ。も。重い」


カーターは、その言葉に深く頷いた。


「真実を話すことには」カーターは言った。「代償が、伴うんだな。楽になる部分もあれば、失うものもある」


「それでも」ナサが言った。「隠す。より。良い。私たち。証言。それ。学んだ。こと」


────


窓の外には、夕暮れの光が差し込んでいた。


隠蔽の全貌は、いま明らかになった。組織的な陰謀ではなく、一人の将軍と、その娘婿の個人的な沈黙だった。それでも、その沈黙が十一人の死を一時、闇に葬りかけていた。


証言から交渉へ。そして、隠された事実を掘り起こす戦いは、一つの静かな終わりを迎えようとしていた。


だが、その先に証言外交そのものが、これからどこへ向かうのか、まだ誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。