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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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庇われた名前

数日後 評議会場 ゲラードの執務室


ゲラードは、一人机に向かっていた。


バルドー将軍の証言から、数日が経っていた。委員会の公式な尋問は、一区切りついていた。だが、ゲラードは、それで終わりにするつもりはなかった。


夜も更けた時刻だった。執務室には、蝋燭の灯りだけが、揺れていた。ゲラードは、この数日、ほとんど自室にこもり続けていた。バルドーの証言の裏に、まだ何かがあるという確信が、ゲラードを机に縛り付けていた。


食事も、簡単なもので済ませていた。睡眠も、削っていた。この執着は、単なる職務上の義務感を超えていた。ゲラード自身、なぜこれほどまでに、この調査にのめり込んでいるのか、自分でもうまく説明できずにいた。だが、一度真実の欠片を見つけてしまうと、その先を見届けずにはいられない性分がゲラードにはあった。


机の上には、バルドーの経歴を記した書類が広げられていた。艦隊司令部での任官の記録。異動の履歴。そして——親族の一覧。


────


ゲラードは、その一覧を指で辿った。


バルドーには、一人の娘がいた。名を、リーサといった。そのリーサは、評議会の書記官の一人と結婚していた。


「書記官」ゲラードは、その名を確かめるように呟いた。「セドリック」


セドリック。評議会の記録を管理する部署に、長く勤めている男だった。ゲラードは、その名に見覚えがあった。


記憶を辿ると、その顔が次第にはっきりとしてきた。物静かな、目立たない男だった。評議会の廊下で、幾度となく、すれ違ってきたはずだった。だが、これまで、その存在を特に気に留めたことはなかった。


────


ゲラードは、書類の束を更にめくった。


評議会の記録部門は、戦況報告を含む全ての公文書の最終的な保管を担う部署だった。艦隊司令部から届いた報告書は、記録部門を経由して評議会の各評議員へと配布される。


「もし」ゲラードは独りごちた。「艦隊司令部での改変だけでなく、評議会に届いた後、更に手が加えられていたとしたら」


その可能性が、ゲラードの頭を離れなかった。


ゲラードは、記録部門のこれまでの人事異動の記録も取り寄せていた。セドリックが、この部署に配属されたのは、五年前。ちょうど、バルドー将軍の娘との、結婚の少し前だった。偶然か、それとも、何らかの意図があってのことか。それは、まだ、分からなかった。


ゲラードは、その他にも、セドリックのこれまでの勤務評定を取り寄せていた。真面目で、目立たない働きぶり。上司からの評価は、常に、可もなく不可もなく。だが、その平凡な記録の中に一つだけ気になる点があった。半年前、記録部門内での業務分担の変更があり、セドリックが戦況報告を扱う担当に異動していたのだった。


その異動の時期は、ちょうど北岸の集落での被害が報告された頃と重なっていた。


────


その日の午後 オルグの控室


ゲラードが、オルグの部屋を訪れた。


「珍しいな」オルグは言った。「お前が、私の部屋に来るとは」


「話がある」ゲラードは言った。「一人で抱えるには、重すぎる話だ」


オルグは、椅子を勧めた。ゲラードの表情には、これまでにない深刻さが宿っていた。


「何かあったのか」オルグが聞いた。


「聞いてくれ」ゲラードは、腰を下ろしながら言った。


────


「バルドー将軍の娘は」ゲラードは言った。「評議会の書記官、セドリックの妻だ」


オルグは、その言葉に目を見開いた。


「セドリックというと」オルグは言った。「記録部門の——」


「そうだ」ゲラードは言った。「評議会に届いた報告書の、最終的な保管を担う部署だ」


オルグは、しばらく沈黙した。頭の中で、その情報をこれまでの証言と照らし合わせているようだった。


「偶然、ということは」オルグが、慎重に聞いた。


「偶然にしては」ゲラードは言った。「時期が、出来過ぎている。セドリックが記録部門に配属されたのは、バルドー将軍の娘との結婚の直前だ」


「もう一つ」ゲラードは続けた。「半年前、セドリックは記録部門内の異動で、戦況報告を扱う担当になっている。その時期が、北岸集落の被害の報告があった頃と一致する」


オルグは、その言葉に目を細めた。


「つまり」オルグは言った。「その異動自体が、意図的なものだった可能性があるということか」


「その可能性を私は疑っている」ゲラードは言った。「だが、これも、まだ状況証拠に過ぎない」


────


「つまり」オルグは、やがて言った。「艦隊司令部で改変された報告書が、記録部門で更に確認されていた可能性がある、ということか」


「その可能性を排除できない」ゲラードは言った。「バルドー将軍が娘婿のセドリックに何らかの形で協力を求めていたとすれば——『巻き込みたくない』という、あの言葉の意味が繋がる」


オルグは、深く息を吐いた。


「証拠は」オルグは聞いた。


「まだ、状況証拠だけだ」ゲラードは言った。「だが、状況証拠がこれだけ重なるということは無視できない」


────


「まだ、ない」ゲラードは言った。「だが、確かめる方法はある。セドリックを、この委員会に召喚する」


「バルドー将軍の娘婿を」オルグは言った。「それは——」


「厳しい追及になるだろう」ゲラードは言った。「だが、真実を明らかにするためには避けられない」


オルグは、しばらく考え込んだ。


「セドリックにも」オルグは言った。「家族がいるだろう。妻であるリーサ。もし、子がいれば、その子も」


「分かっている」ゲラードは言った。「この召喚が、罪のない家族にまで、影を落とすかもしれないことは」


「それでも」オルグが聞いた。「進めるのか」


「進める」ゲラードは、迷いなく言った。「真実を明らかにすることと、家族を傷つけないことが両立しないなら——私は前者を選ぶ。それが、この評議会に必要なことだ」


オルグは、しばらくゲラードを見た。


「お前は」オルグは言った。「本当に止まらないな」


「止まる理由がない」ゲラードは言った。「途中でやめれば、これまでの調査の全てが中途半端になる」


────


「証言外交が」ゲラードは、静かに言った。「あの海の民との真実を明らかにしたように。この調査は、本国内部の真実を明らかにするためのものだ。——性質は違う。だが、目指すところは同じかもしれない」


オルグは、その言葉に驚いた。


「お前の口から、そんな言葉を聞くとは」オルグは言った。


「私は」ゲラードは言った。「証言外交そのものを支持しているわけではない。だが、真実を正しく扱うことの重要性は否定しない。それだけは一貫している」


オルグは、しばらく、その言葉を噛み締めるように黙っていた。


「思い返せば」オルグは言った。「あの証言外交が評議会に持ち込まれた日、お前は誰よりも強く反対した。だが、いま、お前はこの評議会の隠された真実を、誰よりも粘り強く暴こうとしている。その変化は、どこから来たものなのか」


ゲラードは、しばらく考えた。


「変化ではない」ゲラードは言った。「私は、あの日から、何も変わっていない。ただ、証言というものがこれほどの重みを持つことを、あの日初めて思い知らされただけだ」


「重みを、思い知った、というのは」オルグが聞いた。


「ナサとミゼンの証言が」ゲラードは言った。「この評議会を動かした。それを目の当たりにして、私は真実というものが、どれほどの力を持つかを否応なく理解させられた。だからこそ、いま、その力を隠蔽の追及にも使わない理由がない」


「お前と、こうして、同じ方向を見る日が来るとは」オルグは、やがて言った。「思っていなかった」


「私も、思っていなかった」ゲラードは言った。「だが、真実というものは、時に思わぬ場所で人を同じ方向に向かわせるものらしい」


────


その頃 豪州基地 交渉の場


赤城のもとに、調査の進展が届いていた。


「バルドー将軍の娘婿が」赤城は言った。「記録部門の書記官だったそうだ」


十六夜が、その報告に目を通した。


「セドリックという人物ですね」十六夜が言った。「もし、彼が二段階目の改変に関わっていたとすれば」


────


「隠蔽は」赤城は言った。「一人の判断ではなく、家族という繋がりを通じて、より根深いものになっていた可能性がある」


「家族のため、というのは」十六夜が言った。「時に、正義よりも強い動機になりますね」


「そうだ」赤城は言った。「バルドー将軍が娘婿を守るために沈黙を貫いていたとすれば——その気持ちは理解できなくもない」


「日本にも」十六夜が言った。「家族を守るために不正を犯した例は、少なからずあります。それを単純に責めることは難しい」


「難しい」赤城は言った。「だが、責任は責任として問われなければならない。それが、たとえ、家族を思う気持ちから生まれたものだとしても」


────


「証言外交も」十六夜は言った。「ナサとミゼンという、二つの世界を繋ぐ者たちがいたから成立しました。この隠蔽の調査も、家族という繋がりが鍵を握っているのかもしれません」


「繋がりは」赤城は言った。「時に真実を隠す壁にもなれば、真実を明らかにする橋にもなる」


十六夜は、その言葉を資料に書き留めた。


「もし、セドリックが召喚されれば」十六夜は言った。「バルドー将軍と娘婿という、二人の証言が揃うことになりますね」


「その二つの証言が」赤城は言った。「一致するのか、食い違うのか。それによって、この隠蔽の全容が初めて明らかになるだろう」


「一致すれば」十六夜が言った。「二人が、共謀していたことが、確定します。食い違えば」


「食い違えば」赤城は言った。「どちらかが、嘘をついているということだ。あるいは、二人とも真実の一部しか知らないのかもしれない」


十六夜は、しばらく考え込んだ。


「ゲラード評議員は」十六夜が言った。「その両方の可能性を、視野に入れて、動いているのでしょうね」


「そうだろうな」赤城は言った。「あの男の慎重さと粘り強さを見ていると、そう思わざるを得ない」


────


その頃 湾口 交渉の場


ミゼンとナサは、その日の報告を受け取っていた。


「娘婿」ミゼンが、その言葉を繰り返した。「バルドー将軍が、庇ってたのは家族だったのか」


「多分」ナサが言った。「バルドー将軍。言った。『巻き込みたくない』。それ。家族。意味。多分」


カーターが、その話に、加わった。


「家族を守るための、嘘か」カーターは言った。「複雑な話だな」


「複雑」ナサが言った。「でも。理解。できる。私も。あの海。守りたい。今。同じ。気持ち。かもしれない」


────


ミゼンは、しばらく考え込んだ。


「家族を守りたい気持ちは」ミゼンは言った。「分かる気がする。だが、それで真実が隠され続けるのは——」


「良くない」ナサが言った。「でも。分かる。気持ち。バルドー将軍。悪い。人。じゃない。ただ。守りたい。もの。あった」


「悪い人じゃない、か」ミゼンは言った。「そうだな。誰も単純に悪人ってわけじゃない」


カーターは、その言葉に深く頷いた。


「セドリックって男も」カーターは言った。「呼び出されれば、大変な思いをするだろうな」


「大変」ナサが言った。「でも。真実。大切。それ。証言外交。教えた。こと」


ミゼンは、しばらく、窓の外を見た。


「証言ってのは」ミゼンは言った。「本当に、色んなところに、繋がっていくんだな。あの海の民との対話から始まって、いまじゃ、本国の家族の話にまで」


「一つ。糸」ナサが言った。「引く。もっと。繋がる。見える。今まで。見えなかった。こと」


カーターは、その言葉に、頷いた。


「セドリックが」カーターは言った。「もし、本当に義父を守るために手を貸していたなら。その気持ちも、分からなくはない。だが——」


「それでも」ナサが言った。「本当。伝える。必要。それ。証言。私たち。学んだ」


────


窓の外には、夕暮れの光が差し込んでいた。


ゲラードは、その日の夜、召喚状の準備を自らの手で進めていた。この一枚の紙が、また一つの家族の平穏を、揺るがすことになる。その重みを、ゲラードは十分に承知していた。


それでも、ゲラードの手は、止まらなかった。真実を、明らかにすること。それが、この評議会の信頼を取り戻すための、唯一の道だと信じていたからだった。


召喚状に、セドリックの名を、書き記す。その一文字一文字に、ゲラードはこれまでにない重みを感じていた。


バルドー将軍が守ろうとした、その名前が、いま明らかになろうとしていた。セドリック。評議会の書記官。娘婿。


証言から交渉へ。そして、隠された事実を掘り起こす戦いは、家族という最も個人的な絆の中に、その根を見出そうとしていた。


その先に何が待っているのか、まだ誰にも分からなかった。

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