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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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握り潰した手

数日後 評議会場 調査委員会


調査委員会の初会合が開かれた。


議場の一角に、小さな部屋が用意されていた。委員は五名。ゲラード、ファリス、そして議長が指名した三名の評議員だった。


窓のない、狭い部屋だった。机が一つ、椅子が五つ。壁際には、証拠となる書類を保管するための、簡素な棚が据えられていた。この部屋自体が、この調査の性質を物語っていた。派手さも、権威の誇示もない。ただ、事実を洗い出すための、実務的な空間だった。


委員たちは、それぞれ緊張した面持ちで席についていた。この調査が、単なる形式的なものでは終わらないことを、誰もが薄々感じ取っていた。もし、この隠蔽の背後に評議会の有力者が関わっていたなら、この五人の調査が評議会全体を揺るがす結果を招くかもしれなかった。


「これより」議長が言った。「北岸集落の被害報告が、なぜ評議会に届かなかったのか、その経緯を調査する」


ゲラードは、机の上に一枚の書類を広げていた。戦況報告の写しだった。


「まず」ゲラードは言った。「この報告書を見ていただきたい」


────


ファリスが、その書類を覗き込んだ。


「これは」ファリスが言った。「北岸の戦況報告書ですね」


「そうだ」ゲラードは言った。「日付は、集落での戦闘があった翌日のものだ。だが——見てくれ。ここには、兵力の損耗しか記されていない。民間人の被害については、一文字もない」


「意図的に省かれた、ということですか」別の評議員が聞いた。


「そう考えるのが自然だ」ゲラードは言った。「この報告書を作成したのは誰か。まず、そこから洗う必要がある」


三人目の評議員が、机に身を乗り出した。


「一つ、確認したい」その評議員は言った。「この報告書は、正式なルートで、評議会に提出されたものですか」


「その通りだ」ゲラードは言った。「正規の戦況報告として、他の書類と共に、評議会の記録庫に保管されていた」


「では」その評議員は言った。「不正な形で持ち込まれたものではなく、あくまで正式な経路を通った上で、内容が改変された、ということですね」


「その理解で正しい」ゲラードは言った。


「それは」その評議員は言った。「単純な事務的なミスより、はるかに、悪質だと思います。正式な手続きに紛れ込ませることで誰にも気づかれないようにした、ということですから」


ゲラードは、その評議員の言葉に、頷いた。


「その通りだ」ゲラードは言った。「もし、単なる不注意であれば、これほど巧妙な書き換えにはならない。文体を整え、必要な情報だけを丁寧に削り取っている。これは意図と技術を持った者の仕業だ」


────


調査委員会は、報告書の経路を一つずつ辿り始めた。


戦況報告は、現地の指揮官から艦隊司令部を経由し、評議会へ届く。その経路のどこかで、民間人被害の記述が消えていた。


「現地の指揮官は」ファリスが言った。「カーター将軍ですね。彼に確認を」


「既に、使節団を通じて問い合わせている」ゲラードは言った。「カーター将軍の原本の報告には、被害の記述があったそうだ」


「では」ファリスが言った。「艦隊司令部の段階で」


「その可能性が高い」ゲラードは言った。「艦隊司令部から評議会へ送られる際に、報告書が書き直された形跡がある」


議長が、資料を確認しながら言った。


「艦隊司令部での、報告書の取り扱い手順は、どうなっていますか」


「通常は」ゲラードは言った。「現地からの報告を、そのまま転送するのが規則だ。要約や内容の変更は、想定されていない」


「では」議長は言った。「今回のような書き換えは、規則違反ということですね」


「明確な、規則違反だ」ゲラードは言った。「現地からの報告に、手を加える権限を持つ者は、限られている。その権限を持つ者の誰かが、この改変に関与している可能性が高い」


「その、権限を持つ者は」ファリスが聞いた。「何名ほど、いるのですか」


「艦隊司令部の、文書管理部門に所属する者」ゲラードは言った。「その中でも、報告書の最終確認を行う立場にある者は数名に限られている」


「その数名を、洗い出せば」別の評議員が言った。「犯人に、辿り着けるということですね」


「そう単純ではない」ゲラードは言った。「彼らが独断で行ったのか、それとも上からの指示によるものか。それによって事の重大さが大きく変わる」


────


「書き直した、というのは」評議員の一人が聞いた。


「文体が途中で変わっている」ゲラードは言った。「現地からの生々しい報告と、評議会に届いた整理された報告。その間に、一段階加工された痕跡がある」


ゲラードは、二枚の書類を並べて見せた。


「これが原本の写し」ゲラードは言った。「そして、これが評議会に届いた最終版だ。読み比べてみてくれ」


────


ファリスは、二枚の書類を丁寧に読み比べた。


「確かに」ファリスは言った。「文体が違いますね。原本は、もっと切迫感がある。最終版は事務的で——整えられている」


「整えられた、というのは」評議員の一人が言った。「悪意があった、ということですか。それとも、単に要約されただけ、ということも」


「要約なら」ゲラードは言った。「兵力の損耗は要約されずに詳細に残っている。なぜ、民間人の被害だけが綺麗に消えたのか。要約の基準として不自然だ」


ファリスは、原本の一文を、指でなぞった。


「ここに」ファリスは言った。「『集落の民間人、十一名の死亡を確認』と、はっきり書かれています。それが、最終版では完全に抜け落ちている」


「削除ではなく」ゲラードは言った。「意図的な、抹消だ。単純な見落としではあり得ない」


三人目の評議員が、二枚の書類を改めて手に取った。


「文章の流れも」その評議員は言った。「不自然に、繋がっています。まるで、この一文があったことを隠すために前後の文を書き足したような跡があります」


「その通りだ」ゲラードは言った。「削除しただけでは、文の繋がりが、おかしくなる。それを誰かが丁寧に補修している。これは、単なる兵士の仕業ではない。文書の扱いに精通した者の手だ」


ファリスは、その言葉に頷いた。


「つまり」ファリスは言った。「これを行った者は、報告書がどう読まれるか、評議会がどう反応するかを正確に理解していた、ということですね」


「その通りだ」ゲラードは言った。「これは、素人の仕業ではない。この評議会の仕組みをよく知る者の仕業だ」


────


議場に、重い空気が流れた。


「誰が」ファリスが静かに聞いた。「この書き直しを、指示したのですか」


「それを、これから突き止める」ゲラードは言った。「艦隊司令部の文書担当者を、この委員会に召喚する必要がある」


議長が頷いた。


「召喚状を出しましょう」議長は言った。「次回の委員会までに」


三人目の評議員が、その決定に、頷いた。


「文書担当者だけでなく」その評議員は言った。「その上長にあたる者にも、話を聞く必要があるでしょう。書き直しの指示が、どこから、下されたのか」


「同感だ」ゲラードは言った。「一人を追及して、終わりにするつもりはない。組織のどの段階に、この隠蔽の意図が、あったのか。それを、明らかにする」


────


その日の夕方 オルグの控室


オルグは、調査委員会の途中経過を報告として受け取っていた。


ファリスが、その報告書をオルグに渡した。


「ゲラードは」ファリスは言った。「本当に徹底している。証拠の集め方が、検察官のようだ」


「意外か」オルグが言った。


「意外だ」ファリスは言った。「証言外交には、あれほど慎重だった男がこの調査にはこれほど容赦がない」


オルグは、その報告書に目を通した。原本と最終版の比較資料が、几帳面な字で、まとめられていた。


「この、比較の仕方を見ろ」オルグは言った。「一文字も、見逃していない。まるで、この男自身が証拠を隠されたことに個人的な怒りを抱いているようだ」


「個人的な怒り、ですか」ファリスが言った。


「あの男は」オルグは言った。「証言は、感情に訴えかけるものだ。だから疑った。だが、この隠蔽は制度そのものへの裏切りだ。あの男の譲れない一線は、そこにあるのかもしれない」


────


「もし」ファリスが言った。「この隠蔽の指示が、評議会の誰かの意向によるものだったら」


オルグは、その可能性を考えた。


「あり得る話だ」オルグは言った。「都合の悪い事実を隠せば、遠征への支持は保ちやすくなる。誰かが、そう考えたのかもしれない」


「誰だと思う」ファリスが聞いた。


「分からない」オルグは言った。「だが、ゲラードは、それが誰であっても追及の手を緩めないだろう。あの男のそういうところは信頼できる」


ファリスは、オルグの言葉に少し目を細めた。


「お前は」ファリスは言った。「あの男を、随分と、信頼するようになったな。三日前の採決の頃とはまるで違う」


オルグは、その指摘に苦笑した。


「変わったのは」オルグは言った。「私の見方だけじゃない。あの男自身も証言外交という言葉に触れて、少しずつ変わってきているのかもしれない。反対の立場は変えていないが」


「反対の立場を、変えないまま、変わる、というのも」ファリスは言った。「不思議な話だな」


「そうかもしれない」オルグは言った。「だが、人間とは、そういうものだと思う。立場は同じでも、その立場に至る理由が少しずつ変わっていく」


ファリスは、しばらく考え込んだ。


「もし」ファリスは言った。「調査の先に、評議会の重鎮が、関わっていたら。ゲラードは、それでも、追及を続けるでしょうか」


「続けるだろう」オルグは言った。「あの男にとって、地位や人間関係よりも規則と真実の方が重い。それだけは、確信を持って言える」


「その確信は」ファリスは言った。「お前自身の、経験から来るものか」


「そうだ」オルグは、言った。「証言を評議会に持ち込んだあの日、あの男は誰よりも激しく反対した。だが、その反対は、私への個人的な敵意ではなかった。あの男は、いつも規則と手続きの正しさを見ている。それだけは、一貫している」


────


その頃 豪州基地 交渉の場


赤城のもとに、調査委員会の経過報告が届いていた。


「艦隊司令部の文書担当者が」赤城は言った。「近く召喚されるそうだ」


十六夜が、その報告書を覗き込んだ。


「誰の指示だったのか」十六夜が言った。「それが分かれば」


「証言外交だけでなく」赤城は言った。「本国の内部統制の問題としても、大きな意味を持つ。もし、組織的な隠蔽が明らかになれば——評議会の信頼そのものが問われることになる」


「日本にも」十六夜が言った。「似たような事例が、過去にありましたね」


「ある」赤城は言った。「都合の悪い情報が、途中で書き換えられたり、握り潰されたりする。それは、この惑星に限った話じゃない。組織というものが抱える、共通の病だ」


「では」十六夜は言った。「この調査の結果は、こちら側にとっても、他人事ではありませんね」


「その通りだ」赤城は言った。「我々も、いつか、同じ過ちを犯すかもしれない。この調査を注意深く見届ける必要がある」


十六夜は、その言葉に頷いた。


「豪州側の、報告体制は」十六夜が聞いた。「今回、問題なく、機能していたのですか」


「カーター将軍の原本は」赤城は言った。「正確だった。改変が起きたのは、あくまで、本国側の経路だ。だが、それで我々が安心していい理由にはならない」


「どういう意味ですか」十六夜が聞いた。


「今回は、たまたま」赤城は言った。「現地の指揮官が、正直に、報告した。だが、次も、同じとは限らない。仕組みとして情報が歪められない体制を、我々自身も整えておく必要がある」


十六夜は、その言葉を手元の資料に書き留めた。


────


「ゲラードという人は」十六夜は言った。「思っていたより複雑な人ですね」


「複雑というより」赤城は言った。「一貫している、と言うべきかもしれない。あの男は証言の正しさそのものよりも、それを扱う制度の正しさにこだわっている」


「制度の正しさ、ですか」十六夜が言った。


「そうだ」赤城は言った。「証言が真実でも、それを歪めて伝える者がいれば、意味がない。逆に言えば証言が本当に正しいものなら、あの男の追及は証言外交の味方になる」


十六夜は、その言葉に頷いた。


「敵か味方か」十六夜は言った。「本当に単純には分けられませんね」


赤城は、窓の外を見た。


「人というのは」赤城は言った。「一つの立場だけで、割り切れるものじゃない。あの男を見ているとそれを改めて感じさせられる」


十六夜は、資料をしばらくめくった。


「ミゼンさんも、同じようなことを、言っていました」十六夜は言った。「ゲラード評議員は、自分の正しさを持つ人だ、と」


「その通りだと思う」赤城は言った。「証言外交を支持していないのに、その周辺の不正には誰よりも厳しい。矛盾しているようで、実は一本の筋が通っている」


「その筋を」十六夜は言った。「私たちも、見習うべきなのかもしれません」


「そうかもしれない」赤城は言った。「証言外交が、成功すればいい。それだけを望むのではなく、それが正しい過程を経て進んでいるかを常に確かめる。それが、私たちの役目でもある」


────


その頃 湾口 交渉の場


ミゼンとナサは、調査委員会の動きを聞いていた。


「握り潰した奴が」ミゼンが言った。「見つかるといいな」


「見つかる。多分」ナサが言った。「ゲラード。諦めない。人」


「あの評議員、結局」ミゼンは言った。「敵なのか味方なのか、俺にはまだよく分からない」


「両方。じゃない」ナサが言った。「ゲラード。自分の。正しさ。持つ。それ。私たち。違う。正しさ。時々。同じ方向。時々。違う方向」


ミゼンは、その言葉に少し考え込んだ。


「自分の正しさを持つ、か」ミゼンは言った。「それは、悪いことじゃないな」


「悪くない」ナサが言った。「怖い。でも。信じられる。人。曲げない。から」


────


カーターが、その会話に、加わった。


「俺の、原本の報告書が」カーターは言った。「証拠として、使われているらしいな」


「そうだ」ミゼンが言った。「あんたが送った、そのままの報告が書き直されていたことが分かった」


カーターは、しばらく黙っていた。


「あの報告を、書いたときのことを、覚えている」カーターは言った。「集落の焼け跡に立って、十一人の名前を一つずつ確かめながら書いた。その言葉が途中で消されていたとはな」


ミゼンは、その言葉に何も言えなかった。


「誰が、それをやったのか」カーターは言った。「見当は、つくのか」


「まだ、分からない」ミゼンは言った。「でも、ゲラードが、突き止める。あの評議員は、そういう男だ」


「なら」カーターは言った。「任せるしかないな。俺たちが、ここでできることは限られている」


ナサが、静かに口を開いた。


「カーター。あなたの。言葉。無駄。じゃない」ナサが言った。「消された。でも。ゲラード。見つけた。それ。あなたの。報告。正しかった。証明」


カーターは、その言葉に深く頷いた。


「そう思うことにする」カーターは言った。「あの十一人のためにも」


────


窓の外には、夕暮れの光が差し込んでいた。


ナサは、その光をしばらく見つめていた。


「証言。届いた」ナサが言った。「でも。まだ。全部。じゃない。誰。隠した。それも。知る。必要」


「そうだな」ミゼンが言った。「証言は、始まりに過ぎなかった。その先に、こんな話がまだ隠れていたとはな」


「隠れている。話。まだ。ある。かもしれない」ナサが言った。「一つ。見つける。また。次。ある」


ミゼンは、その言葉に深く頷いた。


「終わりのない、仕事だな」ミゼンは言った。「だが、続ける価値は、ある」


証言から交渉へ。そして、いま、その交渉の裏側で隠された事実を掘り起こす、もう一つの戦いが始まっていた。


十一人の死が、一度は握り潰されようとした。だが、その事実は、証言という形で既に世に出ていた。そして、いま誰がその握り潰しを図ったのかという、もう一つの真実が明らかにされようとしていた。


誰が、その報告を握り潰したのか。その答えが、この物語に、どんな影を落とすのか。まだ、誰にも分からなかった。

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