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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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謝罪の形

翌日 豪州基地 交渉の場


休会明けの交渉が、再開された。


使節団の代表は、昨日とは違う表情をしていた。一晩、あの数字と向き合ったのだろう。その顔には、疲労と何か決意めいたものが浮かんでいた。目の下には、隈があった。おそらく、昨夜は、ほとんど眠っていないのだろう。


「昨日の報告について」代表は言った。「本国の評議会に、緊急の書簡を送りました。この事実を正式に共有するために」


赤城は、その言葉に頷いた。


「評議会の反応は」赤城が聞いた。


「まだ返答はありません」代表は言った。「ですが、私個人としては、この場で一つ申し上げたいことがあります」


代表は、机の上に手を置き、しばらくその場に立ち尽くしていた。何かを言い出す前の覚悟を固めているようだった。


────


代表は、席を立ち、深く頭を下げた。


「本国を代表して謝罪します」代表は言った。「この犠牲を防げなかったこと。そして、その事実さえ正しく把握していなかったこと。両方について」


会議室に、静けさが広がった。誰も、すぐには、言葉を発しなかった。


オルグが、口を開いた。


「その謝罪を」オルグは言った。「私は証言の一部として記録に残したい。よろしいですか」


「構いません」代表は言った。「記録に残すべきです」


赤城は、その一連のやり取りを、静かに見守っていた。この交渉が単なる政治的な駆け引きではなく、確かに何かを変えようとしていることを感じ取っていた。


────


監視役の評議員が、その様子を見ていた。何かを言おうとして、口を閉じた。その表情には、迷いと僅かな苛立ちが入り混じっていた。


ミゼンが、その様子に気づいた。


「何か、言いたいことが」ミゼンが監視役に聞いた。


監視役は、しばらく迷った。それから、意を決したように、口を開いた。


「謝罪は」監視役は、やがて言った。「言葉に過ぎない。十一人は戻らない。謝罪で何が変わるのか」


その言葉に、代表の表情が僅かに曇った。


議場に、緊張が走った。ミゼンとナサも、その言葉の重みを、感じ取っていた。


────


「その通りです」代表は言った。「謝罪は何も取り戻さない。ですが、事実を認めないことよりは良いはずです」


「認めて、それで」監視役は言った。「終わりですか」


「終わりではありません」代表は言った。「この事実を踏まえた上で、二度と同じことを繰り返さない仕組みを、この交渉で作る必要があります」


監視役は、しばらくその言葉を考えていた。腕を組み、視線を机の一点に落としていた。


「仕組み、というのは」監視役が聞いた。「具体的に、何を、指しているのですか」


「例えば」代表は言った。「戦況報告の中に必ず、民間人の被害状況を含めることを義務化する。これまでのように都合の悪い情報が途中で握り潰されることのないよう、報告経路そのものを見直すべきだと考えます」


「報告経路の見直し、ですか」オルグが言った。


「そうです」代表は言った。「今回の隠蔽が、どの段階で、誰の判断によって起きたのか。それが分からなければ、同じことが、また起きます」


「具体的には」監視役は聞いた。


代表は、その視線を、まっすぐに受け止めた。


────


代表は、その問いに少し考えてから答えた。


「まず、上陸部隊の捕虜の問題」代表は言った。「彼らの処遇を、この交渉で正式に決める必要があります。人道的な扱いを保証する形で」


「捕虜については」カーターが言った。「既に基地で保護しています。負傷者には治療も施しています」


「感謝します」代表は言った。「その扱いを正式な合意として文書化したい」


カーターは、頷いた。


「文書化には、賛成です」カーターは言った。「口約束だけでは、いずれ、曖昧になる。書面に残すことで、双方が、責任を持てるようになるはずです」


「捕虜の帰還については」代表が聞いた。「どのような手続きを想定していますか」


「順次、健康状態を確認した上で」カーターは言った。「本国側の受け入れ態勢が整い次第、送還する形が、望ましいと考えています」


「受け入れ態勢は」代表は言った。「早急に、整えます。彼らの家族にも生存を知らせる必要があります」


ミゼンが、その言葉に口を挟んだ。


「捕虜の中には」ミゼンは言った。「言葉を学びたいと、申し出ている者もいる。その希望は、尊重されるべきだと思う」


「その点も」代表は言った。「本国に持ち帰り、検討します。前向きに」


────


「もう一つ」代表は続けた。「この犠牲についての正式な記録を、双方の公文書として残す。本国の側でも、この事実を隠さず記録に留めるべきです」


オルグは、その提案に頷いた。


「賛成です」オルグは言った。「隠された事実は、いずれ別の形で噴き出す。最初から正直に記録する方が、長い目で見て双方の信頼につながります」


ファリスも、その言葉に続けた。


「記録は、過去を繰り返さないための道標になります」ファリスは言った。「証言が、そうであったように」


────


ファリスが、口を開いた。


「賠償については」ファリスが聞いた。「どのようにお考えですか」


代表は、しばらく考え込んだ。


「賠償の話は」代表は言った。「本国の評議会の正式な承認が必要です。ここで即答はできません。ですが、個人的には——応じるべきだと考えています」


監視役が、その言葉に反応した。


「賠償を安易に口にすべきではない」監視役は言った。「評議会の承認なしに、個人の考えをこの場で述べることは——」


監視役の声には、焦りが滲んでいた。この交渉が想定を超えて進み始めていることへの、危機感のようだった。


────


「分かっています」代表は言った。「これは、あくまで私個人の見解です。正式な決定は評議会が下します。ですが、私は、この目であの焼け跡の写真を見ました。十一人の名前も。——それを見て何も感じない者に、この交渉を任せるべきではないと思います」


監視役は、その言葉に何も言い返さなかった。ただ、視線を資料の上に落としたままだった。


会議室に、しばらくの間沈黙が続いた。誰もが、それぞれの立場で、この重い事実を消化しようとしているようだった。


ファリスが、その沈黙を、破るように言った。


「賠償の、形について」ファリスは言った。「金銭だけでなく他の形も考えられるのではないでしょうか」


「他の形、とは」代表が聞いた。


「例えば」ファリスは言った。「集落の再建への、技術的な支援。あるいは、この地に暮らす人々への、医療や教育の提供。金銭以上に意味のある賠償の形があるかもしれません」


代表は、その提案にしばらく考え込んだ。


「興味深い、視点です」代表は言った。「本国に持ち帰り、検討させていただきます」


────


その頃 都 評議会場


湾口からの報せが、評議会に届いていた。


集落の被害についての緊急の書簡。ゲラードが、その内容を読んでいた。


その手元の紙面には、被害の詳細が、簡潔に記されていた。死者十一名。その内訳。老人が三名、女性が四名、子供が四名。


「十一名」ゲラードは呟いた。


議場が、その報せに動揺していた。


「これまで、この事実が報告されていなかったのは」ある評議員が言った。「なぜですか」


「戦況報告の体裁を整えるためだったのかもしれません」別の評議員が言った。「都合の悪い事実は報告から外された、と」


別の評議員が、立ち上がった。


「これは、由々しき事態です」その評議員は言った。「我々は、この半年、戦況を常に正確に把握していると信じてきました。だが、その前提そのものが崩れたことになる」


議長は、その言葉に重々しく頷いた。


「その通りです」議長は言った。「この事実を、まず正式に評議会全体で共有する必要があります」


────


ゲラードは、しばらくその書簡を読み返していた。眉間には、深い皺が、刻まれていた。


「この事実は」ゲラードは、やがて言った。「証言外交への反対の材料にはならない」


その言葉に、議場がざわついた。


「ゲラード評議員、それは」議長が言った。


「私は、これまで」ゲラードは言った。「証言外交に慎重であるべきだと主張してきた。だが、それは感情に流されて拙速な判断をするな、という意味だった。——この犠牲を隠していたことは、別の問題だ。これは我々の統制の失敗であり恥だ」


ゲラードは、その言葉を強く言い切った。議場の誰もが、その語気の強さに、驚いていた。


────


「ゲラード評議員」議長が、慎重に、言葉を選ぶように、言った。「あなたは常に、証言の信憑性に疑いを向けてきました。その、あなたが」


「証言の信憑性と」ゲラードは言った。「この隠蔽は、全く、別の問題だ。証言は、我々が、検証すべきものだった。だが、この犠牲の報告は最初から、この評議会に届けられるべきだったものだ。それが、届かなかった。それは、証言外交の是非とは関係のない、我々自身の機能不全だ」


「意外ですね」ある評議員が、隣の者に言った。「ゲラード評議員が、これほど強く隠蔽を糾弾するとは」


別の評議員も、その様子を興味深そうに見ていた。


「ゲラード評議員は」その評議員は言った。「軍の指揮系統や統制の乱れには、人一倍厳しい。今回の隠蔽は、まさに、その統制の乱れそのものだ。彼の主義に、反する」


「なるほど」隣の評議員は言った。「証言外交への慎重さと、この糾弾は、矛盾しないということですか」


「矛盾しない」その評議員は言った。「むしろ、あの男の中では一貫しているのかもしれません」


────


議場では、隠蔽の経緯を調査する動議が提出された。


「誰が、この報告を握り潰したのか」議長が言った。「徹底的に調査する必要がある」


ゲラードが、その動議に真っ先に賛同の手を挙げた。


「調査委員会には」ゲラードは言った。「私も、加わりたい。この機能不全の責任の所在を明確にすべきだ」


議場が、その申し出に驚きの声を上げた。証言外交に最も慎重だったはずの男が、いま、その周辺の不正を誰よりも糾弾しようとしていた。


「ゲラード評議員」議長は言った。「あなたは、証言外交そのものにこれまで慎重な立場を取ってきました。調査委員会に加わることで、その立場に何らかの変化があるのですか」


ゲラードは、しばらくその問いに考え込んだ。


「立場は、変わらない」ゲラードは言った。「私は、いまも証言に対する安易な感情移入には慎重であるべきだと考えている。だが、事実を隠すことは、また別の話だ。証言外交の是非を正しく判断するためにも、まず正確な事実がこの評議会に届く仕組みが必要だ」


「では」議長は言った。「あなたの調査への参加は、証言外交を支持するためではなく、正確な情報の流通を確保するため、ということですか」


「その通りだ」ゲラードは言った。「私は、証言外交を、支持しているわけではない。だが、この評議会が正しい判断を下すためには正しい情報が必要だ。それだけのことだ」


「よろしいでしょう」議長は言った。「調査委員会の構成については、次回の会議で決定します」


────


その日の夕方 豪州基地


赤城のもとに、都からの正式な返答が届いた。


「評議会は、この事実を正式に認めました」赤城は言った。「そして、隠蔽の経緯についても調査を始めるそうです」


十六夜が、その報せを聞いた。


「思わぬ方向に進みましたね」十六夜は言った。


「予想外だった」赤城は言った。「ゲラードという評議員が、最も強く隠蔽を糾弾したそうだ」


十六夜は、資料に目を通した。


「調査委員会にも、自ら、名乗りを上げたようです」十六夜は言った。「証言外交には反対していたはずの人物が、今度は隠蔽の追及に先頭に立っている」


「敵か味方か、単純には分けられませんね」十六夜は言った。


────


赤城は、しばらくその報せを考えていた。


「あの男は」赤城は言った。「証言外交という、感情に訴える手法には、慎重だった。だが、事実を隠すという統治の根幹に関わる問題には誰よりも厳格なのかもしれない」


「一貫している、ということですか」十六夜が言った。


「一貫している」赤城は言った。「ただ、その一貫性の向く先がこれまでは我々にとって都合が悪かっただけだ」


十六夜は、その言葉に頷いた。


「これから先は」十六夜は言った。「あの男が、味方になる場面もあるかもしれませんね」


「味方、というのは」赤城は言った。「少し、違うかもしれない」


「どういう意味ですか」十六夜が聞いた。


「あの男は」赤城は言った。「証言外交の、味方になったわけじゃない。ただ、この評議会が正しく機能することを望んでいるだけだ。その結果として、我々にとって都合の良い動きをすることもあれば都合の悪い動きをすることもある」


「一貫した、原則があるということですね」十六夜は言った。


「そうだ」赤城は言った。「その原則が時に我々の味方になり、時に敵になる。それが、あの男の本当の姿なんだろう」


十六夜は、その言葉を手元の資料に書き留めた。


────


その頃 交渉の場


その日の交渉は、捕虜の処遇と犠牲者の記録について、具体的な文書化の作業に入っていた。


書類には、双方の代表の署名が一つ、また一つと加えられていった。捕虜の人道的扱いに関する合意。犠牲者記録の双方保存に関する合意。それぞれが、この交渉が確実に前へ進んでいることの証だった。


ミゼンとナサは、その作業を見守っていた。


「進んでいるな」ミゼンが言った。


「進む。でも。まだ。終わらない」ナサが言った。「賠償。まだ。決まらない。評議会。次。判断」


「一つずつだ」ミゼンは言った。「今日は、大きな一歩だった」


ナサは、その署名の並んだ書類をじっと見つめた。


「十一人。名前。この紙。残る」ナサが言った。「忘れられない。それ。大事」


「忘れないこと、か」ミゼンは言った。


「忘れる。簡単」ナサが言った。「でも。忘れたら。また。同じ。起きる」


ミゼンは、その言葉にしばらく考え込んだ。


「証言も、そうだったな」ミゼンは言った。「忘れられていた事実を、掘り起こす。それが、俺たちの仕事だった」


「今も。同じ」ナサは言った。「これから。も。同じ」


カーターが、傍らに、近づいてきた。


「この文書化が、終われば」カーターは言った。「捕虜の送還手続きに、入る。着実に、一つずつ、片付いていくな」


「片付く」ナサが言った。「でも。まだ。賠償。残る。それ。一番。難しい」


「難しいだろうな」ミゼンは言った。「金額の問題じゃない。この十一人の命に、どんな値段をつけても正しくはならない」


────


窓の外には、夕暮れの光が差し込んでいた。


十一人の死は、消えなかった。だが、その事実を隠さず直視することを、双方が選び始めていた。


証言から交渉へ。そして、その交渉の中で、これまで見過ごされてきた重い事実が一つ一つ明るみに出ていく。


その先に何が待っているのか、まだ誰にも分からなかった。だが、少なくとも目を逸らさないという選択は、この場に確かにあった。

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