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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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使節団

数日後 評議会場


使節団の人選を巡る議論が、再び評議会場で行われていた。


議場には、前回にも増して多くの評議員が詰めかけていた。この決定が、今後の交渉全体の方向性を左右することを、誰もが理解していた。


議長が、開会を告げた。


「本日は、外交使節団の構成について、最終的な決定を行う」議長は言った。「オルグ評議員からは、ナサとミゼンの二人を、使節団に加えるべきだという提案が出ている」


ゲラードが、すぐに立ち上がった。


「その提案には」ゲラードは言った。「改めて反対を表明する」


議場が、ざわついた。前回の議論で、既に、一定の落としどころが見え始めていたはずだった。だが、ゲラードは、その流れに抗おうとしていた。


────


「理由を伺いたい」オルグは言った。


「二つある」ゲラードは言った。「一つは、中立性の問題だ。二人は既に、あの海の民に強い共感を示している。交渉の場において、本国の利益を冷静に代弁できるとは思えない」


「もう一つは」ゲラードは続けた。「前例の問題だ。寝返った技術者を、正式な外交使節団の一員として遇するという前例を作れば、今後、同様の事例が増えることにも繋がりかねない」


オルグは、その主張を注意深く聞いていた。周囲の評議員たちも、それぞれの反応を、その顔に浮かべていた。頷く者、首を傾げる者。反応は、様々だった。


「前例、ということで言えば」ある若い評議員が控えめに声を上げた。「休戦協定も既に、前例のない現地判断で結ばれています。前例がないことを理由に拒むのであれば、休戦協定そのものも否定することになりませんか」


ゲラードは、その若い評議員に鋭い視線を向けた。


「休戦協定と、この問題は、別だ」ゲラードは言った。「休戦は、既に、評議会が追認している。今、議論しているのは、これから新たに作る前例についてだ」


「新たに作る前例だからこそ」オルグが言った。「慎重に、しかし恐れずに決めるべきだ。前例がないことは、拒む理由にはならない」


────


「反論させていただきたい」オルグは言った。「まず、中立性についてだが、ナサとミゼンは共感を示している。だが、それは事実に基づいた共感だ。感情に流されているのではなく、実際にあの海で見聞きしたことを、正直に伝えているに過ぎない」


「その正直さが」ゲラードは言った。「交渉においては、時に不利に働く」


「では、聞きたい」オルグは言った。「交渉の場に、事実を正直に伝えられない者を送り込むことが、本当に本国の利益に繋がるのか」


ゲラードは、その問いにしばらく答えなかった。議場の空気が、僅かにオルグに傾き始めていた。


「前例の問題については」オルグは続けた。「寝返った、という言葉の使い方自体を、見直すべきだ。ナサは、あの朝以降、本国とあの海の両方を知る唯一無二の存在になった。それを単なる裏切り者として扱い続けることは、本当に正しいのだろうか」


────


ファリスが、口を開いた。


「二人の参加については」ファリスは言った。「別の角度から考えるべきだと思う。この交渉は、これまで、双方が互いの言葉を十分に理解しないまま進んできた歴史がある。その言葉の壁を埋められる存在は、いまのところ、ナサとミゼン以外にいない」


「通訳であれば」ゲラードは言った。「別に用意すればいい」


「通訳と証人は違う」ファリスは言った。「ナサとミゼンは、単なる言葉の翻訳者ではない。二人は、実際にあの海で半年を過ごし、その経緯を証言した当事者だ。その経験は、他の誰にも代えがたい」


「言葉を訳すだけなら」ファリスは続けた。「誰でもできる。だが、あの海の民が何を恐れ何を大切にしているかを、実感として理解している者は、この本国に二人しかいない」


────


ゲラードは、しばらく腕を組んだ。


「では、聞くが」ゲラードは、やがて言った。「もし、あの二人が交渉の場で有利な発言を繰り返したら、誰がそれを止められるのか」


「止める必要はない」オルグは言った。「二人の発言は、あくまで、参考意見に過ぎない。最終的な、交渉方針の決定権は、正式な使節団員が持つ。二人の役割は、事実と言葉を正確に伝えることだ」


「参考意見と言うが」ゲラードは言った。「実際には、その参考意見が交渉の空気を大きく左右することもあるだろう」


「それは、あり得る」ファリスが言った。「だが、それは二人の発言が、それだけ価値のあるものだからだ。価値があるからこそ、影響力を持つ。それを恐れて排除するのは本末転倒ではないか」


ゲラードは、しばらくその言葉に答えを見つけられずにいた。


議場に、しばらく沈黙が落ちた。


────


議長が、口を開いた。


「一つ、折衷案を提示したい」議長は言った。「ナサとミゼンを、使節団の正式な構成員としてではなく、特別随行員として参加させるのはどうか。交渉の決定権は持たないが、言語と事情の説明において助言する立場とする」


ゲラードは、しばらく考え込んだ。周囲の評議員たちも、その提案に静かに耳を傾けていた。


「特別随行員、という位置づけであれば」ゲラードは言った。「一定の条件付きで、受け入れられる」


「その条件を、伺おう」議長は言った。


────


「条件とは」議長が聞いた。


「二人の発言は」ゲラードは言った。「あくまで参考意見として扱い、最終的な交渉方針の決定には関与させない。また、二人の行動には常に本国の監視役を同行させる」


オルグは、しばらくその条件を検討した。この条件を受け入れなければ、交渉そのものが振り出しに戻る可能性があった。だが、この条件で二人が交渉の場に立てるなら、十分な成果だった。


「その条件であれば」オルグは言った。「受け入れられる。重要なのは、二人が交渉の場に居られることだ」


ファリスも、その判断に静かに頷いた。


────


「採決を取りたい」議長は言った。「ナサとミゼンを、特別随行員として使節団に加えることに賛成の者は」


多くの手が挙がった。オルグの手も、ファリスの手も迷いなく挙がっていた。


ゲラードも、渋々といった様子で手を挙げた。反対を貫くよりも、条件付きで飲み込むことを選んだようだった。


「賛成、多数」議長は言った。「この条件で、二人の参加を正式に決定する」


議場に、安堵の空気が広がった。もう一つの、大きな懸案が、片付いた瞬間だった。


ゲラードは、席に着いたまましばらく何も言わなかった。だが、その表情には、これまでのような強い反発の色は見られなかった。むしろ、この決定を既に織り込んでいたかのような落ち着きが、そこにはあった。


議長は、議場を、見渡した。


「では」議長は言った。「使節団の詳細な編成について、次回の会議で、決定する。本日は、これで散会とする」


評議員たちは、それぞれに席を立ち、議場を後にしていった。


────


議場を出た後 オルグの控室


オルグは、ファリスと共に、結果を振り返っていた。


「特別随行員、という妥協点は」ファリスは言った。「よくまとまったな」


「ゲラードも」オルグは言った。「完全な拒否ではなかった。互いに譲れる一線を見つけられたということだ」


「今回は、案外、早く、決着がついた印象だ」ファリスは言った。


「そうだな」オルグは言った。「あの男も、今回の反対は、形式的なものだった気がする。以前ほどの強い抵抗は感じられなかった」


「もしかしたら」ファリスは言った。「ゲラードなりに、この交渉が本国にとって必要なものだと理解し始めているのかもしれない」


「それは、あるかもしれない」オルグは言った。「あの男は、頑固だが、無能ではない。状況を見極める目は、持っている」


「敵にすると厄介だが」ファリスは言った。「味方になれば、心強い相手だろうな」


「いつか、そうなる日が来るといいが」オルグは言った。「いまは、まだその日は遠いようだ」


「監視役の同行、というのは」ファリスは言った。「気になる条件だが」


「仕方ない」オルグは言った。「これも、一つの現実だ。全てを、思い通りにはできない」


────


「監視役には」ファリスは言った。「誰が、選ばれるだろうか」


「恐らく」オルグは言った。「ゲラードの息のかかった人物だろう。だが、それも、悪いことばかりではないかもしれない」


「どういう意味だ」ファリスが聞いた。


「監視役が、実際に、交渉の現場を見れば」オルグは言った。「あの二人の働きぶりを、直接、目にすることになる。もしかすると、その監視役自身の考え方が変わることもあり得る」


ファリスは、その言葉に感心したようにオルグを見た。


「お前は、本当に、粘り強いな」ファリスは言った。


「粘り強いというより」オルグは言った。「諦めが悪いだけかもしれない」


ファリスは、その言葉に、小さく笑った。


「その、諦めの悪さが」ファリスは言った。「ここまで証言外交を支えてきたんだろうな」


「一人の力では、なかった」オルグは言った。「お前や、他の評議員たちの、支えがあってこそだ」


「謙遜するな」ファリスは言った。「お前がいなければ、あの証言はこの評議会に届かなかった」


オルグは、しばらくその言葉を噛み締めるように黙っていた。


────


その頃 豪州基地


ナサとミゼンは、決定の詳細を受け取っていた。


「特別随行員」ミゼンが、その言葉を繰り返した。「決定権はないが、参加はできる、ということか」


「監視。付き」ナサが言った。「でも。参加。できる」


「文句は言えないな」ミゼンは言った。「行けるだけ、良かったと思うべきだ」


カーターが、二人に言った。


「使節団の出発は、来週の予定だ」カーターは言った。「準備を進めてくれ」


ナサは、詳細な決定文書にじっくりと目を通した。


「発言。参考意見。だけ」ナサが言った。「でも。それ。十分」


「十分か」ミゼンが聞いた。


「十分」ナサは言った。「言葉。届く。それ。一番。大事」


────


「監視役って」ミゼンが聞いた。「誰が来るんだ」


「まだ決まっていない」カーターは言った。「オルグ殿からの報告では、ゲラード評議員の息のかかった人物が選ばれる可能性が高いということだ」


「厄介そうだな」ミゼンは言った。


「厄介だろう」カーターは言った。「だが、お前たちなら、うまくやれるはずだ」


「うまくやれる、っていうのは」ミゼンが言った。「具体的には、何をすればいい」


「監視役に、疑いを持たれないよう誠実に行動することだ」カーターは言った。「もし、監視役がお前たちの仕事ぶりを正当に評価するようになれば、それだけで大きな一歩になる」


ミゼンは、しばらくその言葉を考えた。


「監視役を、味方にできれば」ミゼンは言った。「証言の説得力も、増すってことか」


「その通りだ」カーターは言った。「監視役も、ゲラード評議員に、報告を上げる立場だ。もし、その報告が好意的なものになれば、評議会での証言外交への評価も、より強固なものになる」


ナサは、その話を静かに聞いていた。


「監視役。敵。じゃない」ナサが言った。「彼。も。仕事。ある。それ。だけ」


「その通りだ」ミゼンは言った。「誰もが、それぞれの立場で、仕事をしているだけだ。敵か味方かで決めつけるのは、よくないな」


────


ナサは、窓の外を見た。


「証言。次。段階」ナサが言った。「今度。交渉。私たち。まだ。役目。ある」


「まだ、途中だ」ミゼンは言った。「一区切りついたと思ったら、また次の壁だ」


「壁。越える。それ。仕事」ナサが言った。「私たち。得意」


ミゼンは、その言葉に、小さく笑った。


「得意、か」ミゼンは言った。「確かに、この半年、壁を越えることばかりやってきた気がする」


「これから。も。同じ」ナサが言った。「一つ。ずつ」


ミゼンは、窓の外の青い空を見上げた。


「一つずつ、か」ミゼンは言った。「気が遠くなるような話だが、他に、方法もないな」


「急ぐ。より。確か」ナサが言った。「一つ。一つ。積む。それ。強い」


「積み重ねる、ということか」ミゼンは言った。


「そう」ナサは頷いた。「証言。積んだ。休戦。積んだ。使節団。次。積む」


────


その夕方、湾口には、外交使節団を乗せた船が、新たに姿を現していた。


先発隊として、使節団の一部が、亡命艦隊への正式な挨拶に訪れていた。船団は、これまでの軍艦とは違う、外交使節にふさわしい姿をしていた。


アルセナは、その使節団を、旗艦の甲板で出迎えた。


「ようこそ」アルセナは言った。「長い道のりを越えて来ていただいたことに感謝する」


使節団の代表が、一礼した。使節団の代表は、初老の外交官だった。落ち着いた物腰と鋭い眼光が、その経験の深さを物語っていた。


「アルセナ殿下」代表は言った。「これより、正式な交渉が始まります。互いに実りある対話ができることを願っております」


アルセナは、その言葉に深く頷いた。


「私も、同じ願いを持っている」アルセナは言った。「これまでの半年、多くの犠牲があった。その全てが無駄ではなかったと証明する道を、共に探していきたい」


代表は、その言葉に、しばらく考え込むような表情を見せた。


「殿下は」代表は言った。「証言外交の、当事者だと伺っております。この半年の経緯について、本使節団としてもぜひ詳しくお聞かせいただきたい」


「喜んで」アルセナは言った。「まずは、皆様の疲れを癒していただくのが先だろう。詳しい話は、明日以降ゆっくりと」


────


その様子を、少し離れた場所から、ミゼンとナサが見つめていた。


「本格的に始まるんだな」ミゼンが言った。


「始まる」ナサが言った。「証言。始まり。今。交渉。次」


湾口の海は、その日も静かだった。だが、その静けさの中には、これまでとは違う緊張と期待が入り混じっていた。


使節団の到着を遠くから見つめる兵士たちの間にも、それぞれの思いがあった。ようやく、この長い対峙に、一つの区切りがつくという安堵。そして、これから始まる未知の交渉への僅かな不安。


亡命艦隊の甲板には、多くの水兵たちが、集まっていた。彼らもまた、この半年、危険と隣り合わせの日々を過ごしてきた。使節団の到着は、その日々に、一つの意味を与える出来事だった。


「本当に、終わるのかな」若い水兵が隣の同僚に囁いた。


「終わるかどうかは」年配の水兵が言った。「これからの、交渉次第だろう。だが、こうして話し合いの場が設けられただけでも、大きな違いだ」


若い水兵は、頷いた。


「あの二人が」若い水兵は言った。「随行員として、加わるんですよね」


「そうらしい」年配の水兵は言った。「あの二人には、感謝しかない。俺たちが、こうして生きて、この光景を見られるのも、あの二人のおかげだ」


証言から生まれた対話の芽は、いま、正式な交渉という新たな段階へと根を伸ばそうとしていた。


その先に何が待っているのか、まだ誰にも分からなかった。


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