現在(いま)を生きる⑥ 久しぶりの上陽館
中間テストも終わり、5月末にもなると夏の気配が漂い始めた。6月に入ると、梅雨入りをした。自転車通学の僕にとっては嫌な季節だった。雨の日は雨合羽を着て登下校した。
空手道部は屋内だからいいが、硬式テニス部は屋外での活動なので雨が降ると思うように練習できないと由美子が嘆いていた。6月も中旬を過ぎると今度は期末テストが迫ってきた。テスト1週間前になり、乾君がまた「勉強会をしよう。」と言った。みんなに異存はなく、前と同じメンバーで勉強会をした。勉強会は楽しかった。今回も前回の中間テスト同様に頑張って勉強した。
結果は前回と同じで、また学年1位を取ることができた。期末テストが終わるとテスト休みの期間に入った。テスト休みの期間でもクラブ活動はあるので、クラブ活動のために学校に登校していた。空手道部、ボランティア部のともに午前中が活動時間だった。そんなある日、空手道部の活動終わりに、風宮先生に呼び止められた。
「桧室君。来週の火曜日空いてる?」
「空いてますけど、何か?」
「一度、上陽館にご挨拶に行きましょう。」
「えっ、上陽館ですか?」
正直僕は気が進まなかった。
「どうせ卒業してから一度も連絡してないでしょ?桧室君の頑張っている姿を見てもらいなさい。」
「分かりました。」
そして、問題の火曜日になった。上陽館にはテスト休みはなく、今の期間も午前中授業が続いていた。風宮先生には「11時に学校に来て」と言われていたので、11時前には学校に着いた。一応、手土産を用意した方がいいのかなと思って、お菓子の詰め合わせを買って準備しておいた。11時になり、僕は職員室に向かった。
「失礼します。」
「桧室君来たわね。それじゃ、行きましょう。」
先生はいつでも出発できるように準備できていた。上陽館へは先生の車で行くことになっていた。先生のあとに続き、教職員用の駐車場へ向かって行った。その途中で、女子の硬式テニス部が休憩しているところに出くわした。ちょうど、休憩をしていた由美子を見つけた。僕がそちらを見ていると、由美子が気付いてこちらに走り寄ってきた。
「大河君、今日は部活休みじゃないの?」
「うん。休みだけど、風宮先生と上陽館に挨拶に行くんだ。」
「そうなの。私も行きたいな。」
由美子が僕の手を掴んでいった。
「それはダメだよ。上陽館は今日も授業をやっているし、彼女連れで行くのはまずいと思う。由美子のことはちゃんと言っとくから。」
焦った僕は何とか由美子を説得しようとした。
「なんだ。残念。」
由美子が俯いて不満そうに言った。
「ごめんね武隈さん。それは今度、桧室君と相談してね。今日はちょっと桧室君を借りて行くわね。」
先生が由美子の肩に手を置いてやんわりといい聞かせるように言った。どうやら、先生も僕と由美子が付き合っているのは知っている感じだった。
「それじゃあ由美子、行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。また、今日のこと教えてね。」
そう言うと由美子は部活のみんなのところに戻って行った。
僕と先生は駐車場に着いた。家族以外の車に乗るのはタクシーを除くと初めてだ。
「じゃあ桧室君、乗って。」
先生が言った。先生の車は、赤色のワゴンタイプの軽自動車だった。
「失礼します。」
僕はそう言って助手席に乗り込んだ。
「私、だいたいの場所はわかるけど、桧室君、道案内よろしくね。」
「分かりました。」
まあ順調にいけば、ここからなら20~30分ほどで着くだろう。走り出してしばらくして先生が声を掛けてきた。
「桧室君っていつから武隈さんと付き合ってるの?」
「ゴールデンウィークの少し前です。」
「そうなの。それはおめでとう。」
「先生は恋人とかいないんですか?」
僕は思わず聞いてしまった。
「今はいないわ。どこかにいい人いないかしらね。」
そう言って先生は笑った。その後は他愛のない雑談をしながら車を走らせていたら、上陽館学園が見えてきた。どうやら道案内の必要はなかったみたいだ。
「着いたわね。」
そう言って先生は正門に車を廻した。そして車を降りてインターホンを押して来意を告げた。しばらくして、用務員の先生が門を開けてくれて、「どうぞ」と言って導き入れてくれた。そして先生は来客用駐車場に車を停めた。
「それじゃあ行くわよ。今日来ることは電話で言ってあるから。中学校はどっち?」
上陽館は中学校と高等学校の校舎が分かれているのだ。
「こっちです。」
僕は中学校の校舎を指さして言った。まだ、中学校を卒業して4カ月ほどしか経っていないが、随分昔のことのように感じた。僕と先生は中学校の校舎に向かって歩き出した。校舎に着くと、来客用の入り口から校舎に入った。入口で来客簿に記入して、スリッパに履き替えて、僕と先生は職員室に向かった。
「さあ、桧室君。久しぶりに職員室の扉を開きなさい。」
先生がそう言った。僕は、まるで上陽館の生徒のようにガラガラと横開きの扉を開いた。
「失礼します。」
そう言って僕と先生は職員室に入った。まだ授業の時間だったので職員室はまばらだったが、室内にいた先生たちが一斉にこちらを向いた。その中から、僕の担任の先生だった先生が立ちあがってこちらに来た。
「おう、桧室か。久しぶりやな。元気にしてたか?」
米沢先生が懐かしそうに僕に言った。
「はい。元気でやっています。」
「そちらがお電話いただいた風宮先生ですね。初めまして、上陽館中学の米沢です。まあ、どうぞこちらへ。桧室も一緒に来い。」
米沢先生はそう言うと、僕たちを応接室へと通してくれた。
「本日はわざわざ遠いところまでありがとうございました。」
「こちらこそ、お忙しい中お時間をいただきましてありがとうございます。」
米沢先生と風宮先生が型通りのあいさつを交わしていた。そこに別の先生がお茶を運んできてくれた。僕は持ってきた手土産のお菓子の詰め合わせをカバンから取り出し、米沢先生に渡した。
「あの、これ、どうぞ。」
何と言っていいか分からずしどろもどろになりながら言った。
「おお、わざわざありがとうな。気を遣わんでもいいのに。ありがたく貰っとくな。」
そう言って米沢先生は受け取ってくれた。
「桧室、高校生活は楽しくやってるか?」
「はい、楽しくやっています。」
僕は、空手道部とボランティア部を兼部していることや、彼女ができたことなどを手短に話した。
「そうか、それは良かった。勉強の方はどうや?」
「1学期の中間テスト、期末テストで学年トップでした。」
僕は少し得意気に言った。
「彼は授業態度も真面目だし、基礎学力もしっかりしていると思います。でも何より本人の努力の結果だと思ってますわ。」
風宮先生が横から言った。
「今日は、米沢先生に1つお話があって来ました。桧室君、六城さんのこと、米沢先生には言っておいた方がいいと思うの。」
「分かりました。僕からは上手く言えそうにないので、先生、言ってもらっていいですか?」
「分かったわ。」
そう言うと風宮先生は彩音さんのことを米沢先生に話し始めた。米沢先生は驚いた表情で、頷きながら真剣に聞いていた。どうやら、米沢先生も彩音さんの事件自体は知っているようだった。
「そうか・・・。あの事件の素性不明の男性って桧室のことやったんか・・・。それで、うちを辞めて公立高校に行きたいって言ったわけか。」
米沢先生がしみじみと言った感じで言った。
「はい、そうです。その時には正直に言えずにすみませんでした。」
「そら言えんわな。でも、今聞いて納得がいったよ。どうも、理由が曖昧なところがあったからな。風宮先生、ありがとうございました。今日、彼を連れてきてくれたおかげでスッキリしました。」
「米沢先生、お願いがあるんですけど・・・。」
僕は遠慮がちに言った。
「何や。」
「彩音さんのこと、みんなには内緒にしといてくれませんか?」
「よし分かった。誰にも言わんと先生の胸にしまっとくわな。」
「ありがとうございます。」
僕はホッとして礼を言った。
「ところで、高校に上がったみんなは元気ですか?」
僕はかつてのクラスメイト達を思い出しながら聞いてみた。
「みんな元気でやってるよ。今、昼休みやから高校の校舎に行ってみるか?」
「いいんですか?」
「別に構わんよ。先生が案内したる。ついておいで。」
そう言うと米沢先生は立ち上がった。
「風宮先生もご一緒にどうですか?」
「そうですね。それではお言葉に甘えてご一緒させていただきますわ。」
僕たち3人は応接室を後にして、高校の校舎へと向かった。中学の時の同級生と会うのは久しぶりなので、少し緊張してきた。上陽館高校では内部進学生と外部からの入学生がいるが、1年次では同じクラスになることはない。内部進学生は2クラスあり隣り合った教室になっていた。ちょうど今、昼休み中でみんな昼食を摂っているところだった。その教室に近づいていくと、教室の中の生徒が僕たちに気が付いた。
「あれって、桧室とちゃう?」
「ほんまや。桧室や。」
教室はちょっとした騒ぎになった。僕は、教室の中に入って行き、みんなと話を始めた。その間、米沢先生と風宮先生は廊下で話をしていた。そして、僕が来ていることを聞きつけた隣の教室からも生徒が来た。しばらく旧交を温めているとあっという間にチャイムが鳴った。それを潮に僕は教室を出た。
「また来いよ。」
誰がともなく言った。
「ありがとう。また来るよ。」
そう言って僕は、米沢先生と風宮先生のところに戻った。
「桧室、いっぱい話してきたか?」
「はい、久しぶりにみんなと話せてよかったです。ありがとうございました。」
僕は満足感一杯で言った。
「それじゃあ、お暇しましょうか。米沢先生、本日はありがとうございました。」
「いえいえ、またいつでも来てください。歓迎しますよ。」
僕と風宮先生は改めてお礼を言って上陽館を後にした。




